霧開けて、明暗

小島秋人

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2020/06/26

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2020/06/26

 「お酒って美味しいの?」
 忍び足の背後から掛けられた声に硬直を余儀なくされる。寝酒を漁りに寝室を抜け出せば見咎められる可能性は考慮していたものの矢張り幾許かの気拙さを覚えつつ振り返る。

 「まぁ、なんだ、嗜みだな」
 酒精の美味を知ってから此方肝の臓に年中無休を強いる暴飲を其れと呼んで良いのかは甚だ疑問であるが。

 「手指に震えが出る程ではねぇさな」
 ショットグラスに注いだ蒸留酒を片手にすれ違いざま彼の髪を撫ぜご機嫌を取ってみる。御不満遣る方無いと言った風に顔を背ける。残念、振られたか。
 気に入りの座椅子に腰掛け紙巻に火を着ける。使うのは心覚え深い錆の浮いたZippo、結局手放さず手元に留まった。

 「『生き急ぐ』ってのを此処まで行動で体現しなくても良いと思いますけど」
 「時勢に逆行していると言う観点でだけは同意してやっても良い」
 頃年喫煙者には肩身の狭い御触書の多い所は全く悩みの種だった。

 「不機嫌の理由は聞いときてぇな」
 未だ頬を膨らまさんばかりの勢いで不満気を放つ彼に問い掛ける。酒気の為か口角の引き上がりが厭らしく作られている自覚が有った。

 「肺でも肝でも腎でも然程に違いが有るかねぇ」
 『同じにしたい』と思っても意図的に腎臓を壊す手に凡そ見当は付かないのだから他の手で納得しろよと言った心算だった。

 「そんな話じゃない」
 見当違いにご不興の強まり。抑彼の思う所など的確に読み切れた経験に乏しい私に核心など突きようもない。

 「…終わりは綺麗で在って欲しいよ」
 やや微睡む程の数舜の後に放たれた言葉は想定していた彼是よりも数段いじらしい其れだった。

 「チアノーゼの浮いた男はお嫌いですか」
 満足げに鼻を鳴らす心算がせせら嗤う様な響きで息が抜けて行った。
 「茶化すなよ」
 声色の真意を量りかね彼の表情を伺えば成程、不興というよりは照れ隠しの風情が強いらしかった。

 「俺が素直さをどの程度好ましく思うかはもう少し説いておいても良かったかも知れんな」
 「性分だよ、君の好みなんて知ったことか」
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