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エピソード2 ルイカと老騎士の願い
第八話 ルイカと老騎士の願い①
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ルイカが長い年月を経て漸く手にした終の棲家の玄関のドアを開けると、その先には家の中の風景が広がる。
何が言いたいのか訳が分からないとのご指摘はご尤もであるが、ルイカの家の二階へと続く階段下の物置の扉と、ルイカが長い年月を経て漸く手にした終の棲家の玄関は繋がっているのである。
「ねえルイカ……急に馬車の手入れを始めるなんてどうしちゃったのさ?」
ルイカの頭の上でだらしなく座るカーバンクルのモップが不思議そうに尋ねる。
「何よモップ。その言い方だと私が普段馬車の手入れをしてないみたいじゃない」
ルイカは馬車の外装部分を乾拭きしながらモップの発言に異議を唱える。
ルイカが保有している馬車は動く要塞と言っても過言ではなく、幾重にも張られた術式は外部からの攻撃をほぼ無効化することができるのである。
ルイカとモップが今いる場所は、王都メダリアの城下町の外れにあるちょっと豪華な邸宅の敷地内に建てられた倉庫の中で、倉庫の隣に広がる広めの庭では、今日も馬車馬である二角獣のブランドンが元気に走り回っている。
「これでよしっと」
ルイカは馬車の手入れが一通り終わると、服に着いた汚れを洗浄魔法で洗い流し、満足そうな表情で綺麗になった馬車を眺める。
「ねえルイカ……最初から洗浄魔法で洗車すればよかったんじゃない?」
馬車の外装に幾重にも張られた術式は外部からの攻撃をほぼ無効化するのだが、雨露や洗浄魔法までは無効化しない。
「……あっ……じ、自分の手でそ、掃除するから意味があるのよっ」
ルイカはモップの指摘に思わず言葉を詰まらせるが、そこは不老不死の呪いを受け継いだ少女、すぐに持ち直し見事な切り返しでフォローする。
「ふーん、そーなんだー」
モップは敢えて抑揚をつけずに一本調子な口調で返事をすると、眠たそうに目を閉じる。
「むっ……何か腹立つなー」
ルイカは腹いせにモップをもふり倒してやりたい衝動に駆られるが、ここで手を出したら負けた気がしてグッと堪えるのだった。
ルイカは頭の上で眠りこけてしまったモップを他所に忘れ物がないかもう一度確認し、庭で走り回っているブランドンと馬車をハーネスで固定すると、モップを起こすことなく馬車を走しらせるのだった……
ルイカが今回旅に出ようと思った切っ掛けは、定期的に送られてくる一通の手紙だった。
手紙の送り主であるライザーはギオバルト子爵家の当主で、ルイカとはかれこれ五十年ほどの付き合いになる。
ルイカとライザーが出会ったのもその頃で、当時、彼の婚約者が重い病に伏せてしまい、その病を治すのに七色の花弁を持つ花の根が必要だと知ったライザーは、人族にとって未踏の地であったヤエヌの聖地に単身で乗り込んだものの敢えなく遭難、目的を果たせないまま失意の中で死を覚悟するのだった……
「おおっ、これはまた絶景だねー」
その頃のルイカは常に時間を持て余しており、世界中に点在する秘境にふらふらと出掛けては、その様子を日記にしたためるといった、所謂、探検家の真似事を行っていた。
「うんうん。これは”ルイカ百景”に認定しないとね」
ルイカは目の前に広がるカルデラ湖に向け指でフレームを作り覗き込むと、空間から日記帳と筆記用具を取り出し、この感動をどう表現すべきか考え込むのだった。
「ルイカ、魔素が濃くなってる場所見つけたよ」
モップは移動用の魔方陣を仕込むのに適切な場所を探して欲しいとルイカから頼まれ、魔素溜まりと言われる、大気中の魔素が自然と濃くなっている場所を見つけて報告する。
「モップ、ちょっと待ってて……今、インスピレーションがモクモクと……来たーーーっ!」
ルイカは絶叫すると、何かが降りてきたかのように迷いなく筆を走らせる。
「ルイカ……どうせ二度と見ることもないんだから、適当で良くない?」
旅から戻った後、家の中でルイカが日記帳を広げているのを見たことがないモップは、何年経っても一向に理解することのできないルイカの日記に書かれている内容を覗き見て呟く。
「もう……これだからモップはお子ちゃまなんだよ」
日記帳の新しいページに溢れんばかりの感動を刻み終えたルイカは、充実した気持ちのまま将来黒歴史となる日記帳を閉じるのだった……
ヤエヌの聖地のカルデラ湖を満喫したルイカは、ポップが探し出してくれた場所に移動用の魔方陣を設置すると、結界を張って人や魔物などが迷い込まないよう処理を行い、正常に動作するかどうか確認するために空間を繋ぎ止めている扉を解放して移動してみる。
「おっ、入り口に設置した場所だ」
ルイカはヤエヌの聖地に入った際に設置した移動用の魔方陣と繋がっていることを確認すると、効率良く大気中の魔素を集めるために魔光苔を結界内に植え付ける。
「ルイカ、人が倒れてるよ」
植え終えた魔光苔を指先でツンツンするルイカの頭の上に座っていたモップが、近くに人が倒れていることを知らせる。
「もうモップたら……こんな所に人が倒れてるわけないで……居たっ」
モップの報告通り、移動用の魔方陣から少し離れた場所に衰弱しきった男性を発見したルイカは、まだ息があることを確認すると、急いで救急処置を行うのだった。
「いやあ、本当にかたじけない」
モップの解析魔法の結果、その男、ライザーが倒れていた原因は極度の空腹と脱水症状で、回復した本人の話によると、勇んでヤエヌの聖地に入ったものの直ぐに道に迷ってしまい、食料も尽きて死を覚悟していたらしい。
「その根っこなら持ってるけど欲しい?」
ライザーと名乗る男から一連の事情を聞いたルイカは、ライザーの話に不審な点が多々あることに疑問を抱くと、七色の花弁を持つ花の根を譲る条件としてライザーの婚約者の元へ共に向かうことを了承させるのだった……
「やはりね……」
ライザーの婚約者の元へ同行したルイカは、ベッドで横たわる婚約者をブレスレットに変形しているモップに解析してもらうと、ライザーの婚約者を蝕んでいるのは病ではなく呪術であることを知る。
ルイカは人払いをした別室にてライザーにそのことを告げると、ライザーの婚約者を襲った病魔はギオバルト子爵家の跡継ぎ騒動へと変貌を遂げるのだった。
結果的にギオバルト子爵家を揺るがしたお家騒動はルイカの八面六臂の暗躍により沈静化するのだが、その途中でルイカが不老不死の呪いを受け継いだ少女であることと、霊獣カーバンクルであるモップのことがばれてしまう。
騒動終結後、人知れず行方をくらまそうとしたルイカを逃がさなかったライザーは、ルイカに手紙を書くことを約束し、ギオバルト子爵家の当主となった今も、年に数回途絶えることなくルイカの元へ手紙を寄せるのだった……
「まっ、杞人天憂なら物見遊山して帰るだけだもんね」
ルイカは不老不死者であるが故に人の生と死については達観している節があるのだが、それ故、気付かねばそれで済んでしまうような些細なことにも気が付いてしまうのだ。
「あれ……ルイカ、ここは何処だい?」
ルイカの頭の上で深い深い眠りについていたモップは、夢うつつにルイカに尋ねる。
「さあね。モップが嫌がる所へ向かってる最中かな?」
モップはライザーの豪快な性格と反りが合わないようで、モップの苦手な人トップファイブに入っているらしい。
「ルイカ……もしかして、倉庫でのことを年甲斐もなく根に持って、僕に嫌がらせをしたいのかい?」
意地悪な返答をするルイカに対し、モップは負けじと意地悪な言葉を返す。
「モップちゃん、寝ぼけてるのかなー?」
ルイカは手綱を片手で器用に握ると、モップを頭の上から腿の上へ仰向けに移動させて挟み込む。
「ちょ、ル、ルイカ。何をするんだよー」
身動きが取れなくなり不安の眼差しでルイカを見つめるモップに向かい、ルイカは指をわらわらさせながら、問答無用にモップを揉みしだくのだった……
何が言いたいのか訳が分からないとのご指摘はご尤もであるが、ルイカの家の二階へと続く階段下の物置の扉と、ルイカが長い年月を経て漸く手にした終の棲家の玄関は繋がっているのである。
「ねえルイカ……急に馬車の手入れを始めるなんてどうしちゃったのさ?」
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「何よモップ。その言い方だと私が普段馬車の手入れをしてないみたいじゃない」
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ルイカが保有している馬車は動く要塞と言っても過言ではなく、幾重にも張られた術式は外部からの攻撃をほぼ無効化することができるのである。
ルイカとモップが今いる場所は、王都メダリアの城下町の外れにあるちょっと豪華な邸宅の敷地内に建てられた倉庫の中で、倉庫の隣に広がる広めの庭では、今日も馬車馬である二角獣のブランドンが元気に走り回っている。
「これでよしっと」
ルイカは馬車の手入れが一通り終わると、服に着いた汚れを洗浄魔法で洗い流し、満足そうな表情で綺麗になった馬車を眺める。
「ねえルイカ……最初から洗浄魔法で洗車すればよかったんじゃない?」
馬車の外装に幾重にも張られた術式は外部からの攻撃をほぼ無効化するのだが、雨露や洗浄魔法までは無効化しない。
「……あっ……じ、自分の手でそ、掃除するから意味があるのよっ」
ルイカはモップの指摘に思わず言葉を詰まらせるが、そこは不老不死の呪いを受け継いだ少女、すぐに持ち直し見事な切り返しでフォローする。
「ふーん、そーなんだー」
モップは敢えて抑揚をつけずに一本調子な口調で返事をすると、眠たそうに目を閉じる。
「むっ……何か腹立つなー」
ルイカは腹いせにモップをもふり倒してやりたい衝動に駆られるが、ここで手を出したら負けた気がしてグッと堪えるのだった。
ルイカは頭の上で眠りこけてしまったモップを他所に忘れ物がないかもう一度確認し、庭で走り回っているブランドンと馬車をハーネスで固定すると、モップを起こすことなく馬車を走しらせるのだった……
ルイカが今回旅に出ようと思った切っ掛けは、定期的に送られてくる一通の手紙だった。
手紙の送り主であるライザーはギオバルト子爵家の当主で、ルイカとはかれこれ五十年ほどの付き合いになる。
ルイカとライザーが出会ったのもその頃で、当時、彼の婚約者が重い病に伏せてしまい、その病を治すのに七色の花弁を持つ花の根が必要だと知ったライザーは、人族にとって未踏の地であったヤエヌの聖地に単身で乗り込んだものの敢えなく遭難、目的を果たせないまま失意の中で死を覚悟するのだった……
「おおっ、これはまた絶景だねー」
その頃のルイカは常に時間を持て余しており、世界中に点在する秘境にふらふらと出掛けては、その様子を日記にしたためるといった、所謂、探検家の真似事を行っていた。
「うんうん。これは”ルイカ百景”に認定しないとね」
ルイカは目の前に広がるカルデラ湖に向け指でフレームを作り覗き込むと、空間から日記帳と筆記用具を取り出し、この感動をどう表現すべきか考え込むのだった。
「ルイカ、魔素が濃くなってる場所見つけたよ」
モップは移動用の魔方陣を仕込むのに適切な場所を探して欲しいとルイカから頼まれ、魔素溜まりと言われる、大気中の魔素が自然と濃くなっている場所を見つけて報告する。
「モップ、ちょっと待ってて……今、インスピレーションがモクモクと……来たーーーっ!」
ルイカは絶叫すると、何かが降りてきたかのように迷いなく筆を走らせる。
「ルイカ……どうせ二度と見ることもないんだから、適当で良くない?」
旅から戻った後、家の中でルイカが日記帳を広げているのを見たことがないモップは、何年経っても一向に理解することのできないルイカの日記に書かれている内容を覗き見て呟く。
「もう……これだからモップはお子ちゃまなんだよ」
日記帳の新しいページに溢れんばかりの感動を刻み終えたルイカは、充実した気持ちのまま将来黒歴史となる日記帳を閉じるのだった……
ヤエヌの聖地のカルデラ湖を満喫したルイカは、ポップが探し出してくれた場所に移動用の魔方陣を設置すると、結界を張って人や魔物などが迷い込まないよう処理を行い、正常に動作するかどうか確認するために空間を繋ぎ止めている扉を解放して移動してみる。
「おっ、入り口に設置した場所だ」
ルイカはヤエヌの聖地に入った際に設置した移動用の魔方陣と繋がっていることを確認すると、効率良く大気中の魔素を集めるために魔光苔を結界内に植え付ける。
「ルイカ、人が倒れてるよ」
植え終えた魔光苔を指先でツンツンするルイカの頭の上に座っていたモップが、近くに人が倒れていることを知らせる。
「もうモップたら……こんな所に人が倒れてるわけないで……居たっ」
モップの報告通り、移動用の魔方陣から少し離れた場所に衰弱しきった男性を発見したルイカは、まだ息があることを確認すると、急いで救急処置を行うのだった。
「いやあ、本当にかたじけない」
モップの解析魔法の結果、その男、ライザーが倒れていた原因は極度の空腹と脱水症状で、回復した本人の話によると、勇んでヤエヌの聖地に入ったものの直ぐに道に迷ってしまい、食料も尽きて死を覚悟していたらしい。
「その根っこなら持ってるけど欲しい?」
ライザーと名乗る男から一連の事情を聞いたルイカは、ライザーの話に不審な点が多々あることに疑問を抱くと、七色の花弁を持つ花の根を譲る条件としてライザーの婚約者の元へ共に向かうことを了承させるのだった……
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ルイカは人払いをした別室にてライザーにそのことを告げると、ライザーの婚約者を襲った病魔はギオバルト子爵家の跡継ぎ騒動へと変貌を遂げるのだった。
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騒動終結後、人知れず行方をくらまそうとしたルイカを逃がさなかったライザーは、ルイカに手紙を書くことを約束し、ギオバルト子爵家の当主となった今も、年に数回途絶えることなくルイカの元へ手紙を寄せるのだった……
「まっ、杞人天憂なら物見遊山して帰るだけだもんね」
ルイカは不老不死者であるが故に人の生と死については達観している節があるのだが、それ故、気付かねばそれで済んでしまうような些細なことにも気が付いてしまうのだ。
「あれ……ルイカ、ここは何処だい?」
ルイカの頭の上で深い深い眠りについていたモップは、夢うつつにルイカに尋ねる。
「さあね。モップが嫌がる所へ向かってる最中かな?」
モップはライザーの豪快な性格と反りが合わないようで、モップの苦手な人トップファイブに入っているらしい。
「ルイカ……もしかして、倉庫でのことを年甲斐もなく根に持って、僕に嫌がらせをしたいのかい?」
意地悪な返答をするルイカに対し、モップは負けじと意地悪な言葉を返す。
「モップちゃん、寝ぼけてるのかなー?」
ルイカは手綱を片手で器用に握ると、モップを頭の上から腿の上へ仰向けに移動させて挟み込む。
「ちょ、ル、ルイカ。何をするんだよー」
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