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エピソード2 ルイカと老騎士の願い
第九話 ルイカと老騎士の願い②
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ギオバルト子爵家は根っからの武家であり、現国王から統治を任されているここロルカの街も、元々は敵国の領土だったものを先代のギオバルト子爵が奪い取ったものである。
「これはルイカ様。本日は遠くからお越し頂き、ありがたく存じます」
ロルカの街を見下ろす丘の上に築かれた砦を改築して建造されたギオバルト子爵邸を訪れたルイカは、出迎えた執事の案内でライザーの待つ応接室に通された。
「いやあ、頭では理解していても、実際に会うと違和感が半端ねえな」
応接室でルイカの到着を待っていたライザーは数十年振りの再開に笑顔を浮かべると、ルイカの変わらない容姿を見て、早速鈍感発言を繰り出すのだった。
「それは奇遇ね、私も同じことを思っておりましたわ。お便りにて知らせて頂ければ、愛馬ブランドンの鬣で相応の鬘を作って差し上げましたのに」
ルイカはすっかり失われてしまったライザーの頭髪を弄ってやり返す。
「はっはっはっ、相変わらずルイカ殿は毒の舌をお持ちだ」
ライザーは弄られた頭皮を自身の手で数回叩いて笑い飛ばすと人払いをし、用意してあったグラスに果実酒を注いでルイカへ手渡すのだった。
「今年のはここ数年で一番の出来だ」
ライザーは注いだ果実酒を口に含み、その豊潤な香りを楽しむと、モップのために用意した魔石の欠片が入った小皿をテーブルの上に置く。
「あら不思議、昨年頂いたお手紙にも同じようなことが書き綴られていた気がしますわ」
ルイカの毒の舌は留まるところを知らない。
「それは、昨年よりも更に良い出来だったということですな」
この辺りはさすが貴族と言った感じで、どんな言葉にも顔色一つ変えずに対応する。
「ぷっ。ライザーさんは変わらないね」
ルイカは何十年振りかの遣り取りに笑いを吹き出すと、あの頃と同じ言葉遣いに戻すのだった。
「見て呉れは変わろうとも、中身はそうそう変われんよ」
ライザーはテーブルの上に探知魔法が埋め込まれた魔道具を置くと、周囲に人が居ないことを証明して見せる。
「人払いはしてある」
モップは自身の探知魔法を発動し周囲に人が居ないことを確認すると、霊獣カーバンクルの姿に戻りテーブルの上に置かれた魔石の欠片を一つ選んで齧る。
「ふん。これなら及第点をあげてもいいよ」
初対面でライザーに犬ころ呼ばわりされたことを根に持っているモップは、数十年経った今でもライザーのことを毛嫌いしている。
「はっはっはっ、及第点であれば召しあがってもらえると言うことだな。用意した甲斐があったわ」
モップに嫌らわれていることはライザーも重々承知で、毎回、ルイカへ手紙を送る際にモップが喜びそうな魔石の欠片を厳選しては献上しているのだった。
「もうモップ、意地悪しないの。毎回、送ってくれた魔石の欠片を美味しそうに食べてるじゃない」
ルイカもライザーから送られてきたことを隠すことはせず、毎回、同封されていた魔石の欠片をどう処理すればいいのかをモップに尋ねている。
「ル、ルイカ……今そんなこと言わなくてもいいじゃないかー」
モップは尻尾をピンっと立ててルイカに抗議をすると、小皿の中から新しい魔石の欠片を選別し、拗ねた表情のまま咥えるのだった。
「……世間話はこれくらいにして、お互いまどろっこしいのは嫌いよね?」
ルイカはライザーの手紙から感じた違和感が偶然なのか意図的なのかを確かめる。
「やはりルイカ殿ともなると気付いてしまうのだな……」
問われたライザーは駆け引きを仕掛けることもなく、思わせぶりな手紙を送ったのが意図的であったことを素直に認める。
「生きている間にどうしても成し遂げたいことがあってな……不躾な望みと百も承知の上であの手紙を送らせてもらったのだ」
数年前に息子レイザムへ家督を譲ったライザーは、国王から拝借したロルカの街の統治を息子に引き継ぐと、自身はここギオバルト子爵邸にて余生を過ごすことに決めたのだった。
「儂も歳を取ったのか、昔を思い出すことが多くなってな……」
趣味である鍛錬や魔獣狩りなど、隠居生活としてはそれなりに充実した毎日を送っていたのだが、先日、ふと最愛の妻レミンと交わした約束が果たされぬままであったことを思い出したのだ。
「当時は当主として仕事に明け暮れていてな……」
ライザーの妻レミンは五十年前ルイカがライザーと出会う切っ掛けとなったライザーの婚約者で、今から十七年ほど前に病気でこの世を去ったとルイカは手紙にて報告を受けていた。
「それで、鎮魂の花と言われる生命の花を摘みに行きたいのね」
ライザーが妻と交わした約束。それは十七回目の結婚記念日に誰も見たことがない珍しい花束を贈るというものであった。
しかし、その時、既に妻は不治の病に侵されていて、十七回目の結婚記念日を迎えることなくこの世界から旅立ったのである。
「……分かったわ。そういう事なら道楽として付き合ってあげる」
ルイカはライザーが敢えて話さなかったことを承知した上で、ライザーに協力することを決めたのだった……
「ルイカ、人が来る」
ルイカとライザーの話がまとまった直後、モップは小皿の中にある魔石の欠片を入るだけ口に放り込むと、ルイカの腕に巻き付いてガーネットがちりばめられたブレスレットに姿を変える。
「父上っ、話が違うではないですか」
ノックもせず乱暴に扉を開けた身なりの良い青年は、若かった頃のライザーとそっくりだ。
「レイザムっ、客人の前だぞ」
ライザーはテーブルの上に置いてあった小皿を隠すと、息子の犯した礼儀に反する行いを叱責する。
「……これは失礼しました。お客人、お詫び申し上げる」
レイザムは自身の無作法な振る舞いを認めると、ルイカに向かって深く頭を下げるのだった……
「……で、何でこうなった?」
あれよあれよという間に、ルイカはギオバルト子爵邸の中庭でレイザムと対峙することになっていた。
「すまんな、ルイカ殿。これがギオバルト子爵家の家訓でな」
昔からギオバルト子爵家では、揉め事や意見の対立があると決闘にて決着をつけるのが習わしである。
「この脳筋一族めっ」
レイザムが乗り込んで来た後、ライザーとレイザムとの間で激しい口論になり、一歩も引かないライザーに対して、ルイカが本当にライザーの身を守れるほどの強者なのか確認したいとレイザムが言い出したのだ。
「人を見た目で判断するきらいがあるうちの愚息にはいい勉強だ。ルイカ殿、手加減は不要ですぞ」
発起人であるライザーが高みの見物をしていることに大きな不満を抱いたルイカは、ストレス発散を兼ねて挑発する。
「あら、貴方一人だけなの? 小物一人では準備運動にもならなくてよ」
ルイカから見たレイザムはそこそこの力を持った騎士程度であり、若かった頃のライザーとは比べ物にならない。
「そちらこそ、父の助力を乞うたらどうですかな? 私がどれだけ手を抜いたとしても飯事では済みませんよ」
さすがライザーの息子だけあって、むかっ腹の立つ返しをする。
それならばと、ルイカは無詠唱で束縛の魔法を発動させるのだった。
「あら、それは武者震いですの? お体が震えてますわよ」
ルイカの束縛魔法によって身動きが取れなくなったレイザムは、ルイカが持つ途轍もない強さをその身を以て思い知る。
「うぐぐっ……まさか、これ程までとは……」
亡き母からルイカについてよく聞かされていたレイザムは、ルイカが不老不死の呪いを受け継ぐ魔女であることも知っていて、当然、その事はライザーから手紙で謝罪の報告を受けたルイカも知っている。
「しかし、何があっても父上をこのまま行かせる訳にはいかないんだっ」
ライザーがルイカに敢えて話さなかったことを知っているレイザムは、非道の手段に訴えてでもルイカに勝利せねばならないのだった。
「騎士道に反するが、勝たせてもらうっ」
身動きが取れなくなったレイザムが大声を上げると、二人の対決を見ていた兵士達が武器を構える。
「その反骨精神は嫌いじゃないわよ」
挑発が成功してストレス発散の対象が増大したルイカは満足そうに微笑むと、指定した範囲内全てを対象に束縛魔法を発動する。
「一人くらい動ける人が居るといいね」
人智を超えたルイカの魔力に抗える者などこの場に居るはずもなく、ライザーを含め、その場に居る全ての人がルイカの魔力に束縛され動けなくなる。
「さて、決着の時よ」
ルイカは空間に無数の魔方陣浮かび上がらせると、大小様々な金ダライを出現させる。
「ルっ、ルイカ殿……なんで儂の頭上にも巨大な金ダライが浮かんでおるのだ?」
ルイカは疑問を投げ掛けるライザーに微笑みを向けると、容赦なく金ダライを落下させるのだった……
「これはルイカ様。本日は遠くからお越し頂き、ありがたく存じます」
ロルカの街を見下ろす丘の上に築かれた砦を改築して建造されたギオバルト子爵邸を訪れたルイカは、出迎えた執事の案内でライザーの待つ応接室に通された。
「いやあ、頭では理解していても、実際に会うと違和感が半端ねえな」
応接室でルイカの到着を待っていたライザーは数十年振りの再開に笑顔を浮かべると、ルイカの変わらない容姿を見て、早速鈍感発言を繰り出すのだった。
「それは奇遇ね、私も同じことを思っておりましたわ。お便りにて知らせて頂ければ、愛馬ブランドンの鬣で相応の鬘を作って差し上げましたのに」
ルイカはすっかり失われてしまったライザーの頭髪を弄ってやり返す。
「はっはっはっ、相変わらずルイカ殿は毒の舌をお持ちだ」
ライザーは弄られた頭皮を自身の手で数回叩いて笑い飛ばすと人払いをし、用意してあったグラスに果実酒を注いでルイカへ手渡すのだった。
「今年のはここ数年で一番の出来だ」
ライザーは注いだ果実酒を口に含み、その豊潤な香りを楽しむと、モップのために用意した魔石の欠片が入った小皿をテーブルの上に置く。
「あら不思議、昨年頂いたお手紙にも同じようなことが書き綴られていた気がしますわ」
ルイカの毒の舌は留まるところを知らない。
「それは、昨年よりも更に良い出来だったということですな」
この辺りはさすが貴族と言った感じで、どんな言葉にも顔色一つ変えずに対応する。
「ぷっ。ライザーさんは変わらないね」
ルイカは何十年振りかの遣り取りに笑いを吹き出すと、あの頃と同じ言葉遣いに戻すのだった。
「見て呉れは変わろうとも、中身はそうそう変われんよ」
ライザーはテーブルの上に探知魔法が埋め込まれた魔道具を置くと、周囲に人が居ないことを証明して見せる。
「人払いはしてある」
モップは自身の探知魔法を発動し周囲に人が居ないことを確認すると、霊獣カーバンクルの姿に戻りテーブルの上に置かれた魔石の欠片を一つ選んで齧る。
「ふん。これなら及第点をあげてもいいよ」
初対面でライザーに犬ころ呼ばわりされたことを根に持っているモップは、数十年経った今でもライザーのことを毛嫌いしている。
「はっはっはっ、及第点であれば召しあがってもらえると言うことだな。用意した甲斐があったわ」
モップに嫌らわれていることはライザーも重々承知で、毎回、ルイカへ手紙を送る際にモップが喜びそうな魔石の欠片を厳選しては献上しているのだった。
「もうモップ、意地悪しないの。毎回、送ってくれた魔石の欠片を美味しそうに食べてるじゃない」
ルイカもライザーから送られてきたことを隠すことはせず、毎回、同封されていた魔石の欠片をどう処理すればいいのかをモップに尋ねている。
「ル、ルイカ……今そんなこと言わなくてもいいじゃないかー」
モップは尻尾をピンっと立ててルイカに抗議をすると、小皿の中から新しい魔石の欠片を選別し、拗ねた表情のまま咥えるのだった。
「……世間話はこれくらいにして、お互いまどろっこしいのは嫌いよね?」
ルイカはライザーの手紙から感じた違和感が偶然なのか意図的なのかを確かめる。
「やはりルイカ殿ともなると気付いてしまうのだな……」
問われたライザーは駆け引きを仕掛けることもなく、思わせぶりな手紙を送ったのが意図的であったことを素直に認める。
「生きている間にどうしても成し遂げたいことがあってな……不躾な望みと百も承知の上であの手紙を送らせてもらったのだ」
数年前に息子レイザムへ家督を譲ったライザーは、国王から拝借したロルカの街の統治を息子に引き継ぐと、自身はここギオバルト子爵邸にて余生を過ごすことに決めたのだった。
「儂も歳を取ったのか、昔を思い出すことが多くなってな……」
趣味である鍛錬や魔獣狩りなど、隠居生活としてはそれなりに充実した毎日を送っていたのだが、先日、ふと最愛の妻レミンと交わした約束が果たされぬままであったことを思い出したのだ。
「当時は当主として仕事に明け暮れていてな……」
ライザーの妻レミンは五十年前ルイカがライザーと出会う切っ掛けとなったライザーの婚約者で、今から十七年ほど前に病気でこの世を去ったとルイカは手紙にて報告を受けていた。
「それで、鎮魂の花と言われる生命の花を摘みに行きたいのね」
ライザーが妻と交わした約束。それは十七回目の結婚記念日に誰も見たことがない珍しい花束を贈るというものであった。
しかし、その時、既に妻は不治の病に侵されていて、十七回目の結婚記念日を迎えることなくこの世界から旅立ったのである。
「……分かったわ。そういう事なら道楽として付き合ってあげる」
ルイカはライザーが敢えて話さなかったことを承知した上で、ライザーに協力することを決めたのだった……
「ルイカ、人が来る」
ルイカとライザーの話がまとまった直後、モップは小皿の中にある魔石の欠片を入るだけ口に放り込むと、ルイカの腕に巻き付いてガーネットがちりばめられたブレスレットに姿を変える。
「父上っ、話が違うではないですか」
ノックもせず乱暴に扉を開けた身なりの良い青年は、若かった頃のライザーとそっくりだ。
「レイザムっ、客人の前だぞ」
ライザーはテーブルの上に置いてあった小皿を隠すと、息子の犯した礼儀に反する行いを叱責する。
「……これは失礼しました。お客人、お詫び申し上げる」
レイザムは自身の無作法な振る舞いを認めると、ルイカに向かって深く頭を下げるのだった……
「……で、何でこうなった?」
あれよあれよという間に、ルイカはギオバルト子爵邸の中庭でレイザムと対峙することになっていた。
「すまんな、ルイカ殿。これがギオバルト子爵家の家訓でな」
昔からギオバルト子爵家では、揉め事や意見の対立があると決闘にて決着をつけるのが習わしである。
「この脳筋一族めっ」
レイザムが乗り込んで来た後、ライザーとレイザムとの間で激しい口論になり、一歩も引かないライザーに対して、ルイカが本当にライザーの身を守れるほどの強者なのか確認したいとレイザムが言い出したのだ。
「人を見た目で判断するきらいがあるうちの愚息にはいい勉強だ。ルイカ殿、手加減は不要ですぞ」
発起人であるライザーが高みの見物をしていることに大きな不満を抱いたルイカは、ストレス発散を兼ねて挑発する。
「あら、貴方一人だけなの? 小物一人では準備運動にもならなくてよ」
ルイカから見たレイザムはそこそこの力を持った騎士程度であり、若かった頃のライザーとは比べ物にならない。
「そちらこそ、父の助力を乞うたらどうですかな? 私がどれだけ手を抜いたとしても飯事では済みませんよ」
さすがライザーの息子だけあって、むかっ腹の立つ返しをする。
それならばと、ルイカは無詠唱で束縛の魔法を発動させるのだった。
「あら、それは武者震いですの? お体が震えてますわよ」
ルイカの束縛魔法によって身動きが取れなくなったレイザムは、ルイカが持つ途轍もない強さをその身を以て思い知る。
「うぐぐっ……まさか、これ程までとは……」
亡き母からルイカについてよく聞かされていたレイザムは、ルイカが不老不死の呪いを受け継ぐ魔女であることも知っていて、当然、その事はライザーから手紙で謝罪の報告を受けたルイカも知っている。
「しかし、何があっても父上をこのまま行かせる訳にはいかないんだっ」
ライザーがルイカに敢えて話さなかったことを知っているレイザムは、非道の手段に訴えてでもルイカに勝利せねばならないのだった。
「騎士道に反するが、勝たせてもらうっ」
身動きが取れなくなったレイザムが大声を上げると、二人の対決を見ていた兵士達が武器を構える。
「その反骨精神は嫌いじゃないわよ」
挑発が成功してストレス発散の対象が増大したルイカは満足そうに微笑むと、指定した範囲内全てを対象に束縛魔法を発動する。
「一人くらい動ける人が居るといいね」
人智を超えたルイカの魔力に抗える者などこの場に居るはずもなく、ライザーを含め、その場に居る全ての人がルイカの魔力に束縛され動けなくなる。
「さて、決着の時よ」
ルイカは空間に無数の魔方陣浮かび上がらせると、大小様々な金ダライを出現させる。
「ルっ、ルイカ殿……なんで儂の頭上にも巨大な金ダライが浮かんでおるのだ?」
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