悪役令嬢の子

metta

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本編

01 隠された花

 小高い丘で朝日を浴び、輝く海と領地を眺めると、海風が髪と頬を撫でていく。

 海を見ていると前世の故郷を思い出す。

 しかし潮の匂いは多少するが、からりとした風はどちらかというと爽やかで、少し絡むような記憶の中の潮風とは少し違う。
 ガルディア公爵領は、ルストナーク王国の南西に位置する広大な領だ。辺境と言えば辺境が、様々な産業が発展していて裕福で、南側は海に面していることから貿易も盛んである。王都を東京だとすれば、名古屋や大阪くらいの規模感かなという気がする。
「ウィス様――!」
 丘の下から俺を呼ぶ声がする。もう少ししたら戻るつもりだったのに、呼びに来させてしまい悪い事をした。
「おはようキース。手間かけさせちゃってごめんな」
「いいえ。それよりもそんな恰好で外に出るのは駄目ですよ」
 そう俺を嗜めて、キースは日傘を差し出す。女子か! と俺は口を尖らせた。
「日傘は嫌だ。それに変な恰好はしていない」
「以前こっぴどく日焼けして火傷のようになってぴぃぴぃ泣いていたのは何処のどなたでしたか? 貴方は陽射しに弱いのですから」
 正論を言われてぐっと詰まる。でもやっぱり日傘は嫌だ。夏に長袖も嫌だ。どう足掻いても何だか女の子っぽい。かといって反論の材料はない俺は、仕方なくキースの差す日傘に入り、屋敷へと一緒に歩きだした。
 
 〝王国と光の花"
 
 ルストナークという王国を舞台に、精霊の加護を持った勇者が仲間とともに魔王を倒す冒険に出るという勇者が主人公のシンプルなストーリーのRPG。
 ゲーム開始時に男と女かどちらかを選択するようになっていて、RPGの他にその旅の仲間との恋愛要素があり、好感度によってエンディングウやエピローグが若干変化するようになっている。前世の俺はもっぱら男主人公を選択していたが、両方の主人公をクリアすると特別なアイテムやイベントが発生したり、隠しダンジョンが解放されたりするので、一応女主人公も一通りはプレイしていた。
 今世の俺は、このRPG「王国と光の花」の女勇者ヒロインローズが旅の仲間である王子ルートに進んだ場合における悪役令嬢リリアーナ・ガルディアの息子として生を受けた。
 リリアーナはこのルストナークの正妃の子である第二王子の婚約者だ。女勇者ヒロインが王子の好感度を上げて王子ルートに進むと、恋路の邪魔をする役割となり、嫉妬から様々な嫌がらせを行った末、魔族に唆されて王都に魔物を大量発生させるという事件を起こしてしまう。それを公衆の面前で断罪され、婚約破棄の後、王都から離れた領地に追いやられるのだ。それだけならまあ、昨今よくある展開テンプレだよなと思う。
 ただ――ここからはゲームではなく、今俺がいる現実に起こった話。
 リリアーナは当時の国王陛下と、宰相であるリリアーナの父が外遊で不在の際にこの事件を起こし、事件の罪と主人公である女勇者ヒロインに行った諸々で貴人用の牢に軟禁されたのだが――数日後、報せを受けて急ぎ国へ戻った宰相が彼女を牢から出したときには、彼女はボロボロの状態で心身を病んでおり、記憶も定かでなかった。
 そして彼女は、二ヶ月後に子を孕んでいる事が判明する。
 その孕んでいた子が俺だ。
 犯人と思しきものは複数いて、父親が誰かは分からない。リリアーナの記憶がない上に、当時の牢番の騎士、侍女、下働きに至るまであっという間に全て消されてしまったため、犯人も推測は出来るが断定は出来ない。リリアーナは領地に移された後俺を秘密裏に出産し、一人娘に起こった数々の出来事に心労が祟った祖母は俺が産まれてすぐに亡くなった。
 俺はガルディア家に遅くに出来た待望の嫡男、そして祖母の忘れ形見として国に届け出られ、公的な父母は宰相である祖父と亡くなった祖母で、母であるリリアーナは姉ということになっている。
 大貴族にしては珍しく恋愛結婚で、愛妻家として有名だった祖父は、大切な忘れ形見の嫡男を掌中の珠として領地に隠していると、そんな風に世間には浸透していて、リリアーナが俺の母親であることは、ガルディアの中でも数人しか知らないトップシークレットであり、俺自身もそれを知らないことになっている。
 決して監禁されているわけでも虐げられている訳でもないが、基本的に領から出されず大貴族の嫡男として通常行うべき他の貴族との交流等が避けられていることに、疑問を抱いていた俺は、朧気な赤子の頃からの記憶と前世の記憶を頼りに、こそこそと調べてこの事実を知った。結果この話題を掘ったところで何もいいことないなと思い、そっと記憶に蓋を閉じた。
 確かに魔物を王都に発生させた事件は、リリアーナが悪い。けれど、リリアーナは前の正妃の前の息子である第一王子――現在の王兄殿下と想い合っており、婚約する予定だったらしい。
 ところが国で一、二を争う裕福な大貴族かつ宰相を父に持つリリアーナが、第一王子と結婚するのはパワーバランスを崩しかねないもので認められず、結局第二王子の王位継承を磐石のものとするためにと請われ、リリアーナは第二王子と婚約した。王子を蹴って他の人間と婚約することは不可能、リリアーナはこれを受けるしかなかった。そんな経緯があるにも関わらず第二王子は女勇者ヒロインに現を抜かす。かといって王位継承の問題もあるから自分からは婚約破棄をできない。
 そんな時にこの事件が起き、これ幸いとリリアーナは婚約破棄及び断罪される。
 何ともご都合主義的な事だろうか。俺は前世でもリリアーナ可哀想と思っていたクチなのだが、現実はもっと酷かった。王妃になるような深窓のお嬢様が牢に入れられて、好き勝手れて身籠って心身を壊している。その結果産まれたのが俺だ。殺されてもいびり倒されても致し方ないと思う。
 しかし、宰相――本当は祖父である父は、俺を決して虐げたりせず、普通に愛して育ててくれた。領地から基本的に出してはもらえないが、恐ろしい貴族社会など興味はないのでむしろ好都合だし、今世の俺には異世界転生の物語にありがちな戦闘系のチートはなく、前世の知識も大したものは持っていない。ゲームの知識はあるが、俺の幼少期にゲームの時間軸は終了しているから、特段役立つこともない。女勇者ヒロインと王子達によって魔王は倒されているので世界も平和だ。もし何か特殊能力を持っていたとしても、大した出番はないだろう。
 そうれがなくとも、ありがたいことに、美形ばかりの貴族の中でも群を抜いて美形な一族の遺伝子と裕福な領地を持つ公爵家の生まれであること。一を聞けば十を知るタイプの真のチート、従者のキースがいつも傍に居る。ちなみに祖父も同じタイプのチートである。俺のこんなのはどうだろうというふわふわとした前世の知識からの意見をキースや父が検討、実現に向けて動く。俺に出来ることといえば、一般的な事務仕事と責任は俺が取るから好きにやれと言って、何かあったときにフォローするのみだ。放任主義ともいう。いや、ちゃんと領主代行の仕事はしている。それでこんなに領が豊かに発展するなんてさ。色々含めて俺のチートなのかもしれない。他力本願だけど。
 お陰でガルディア公爵領は驚くほどに豊かで美しい。農業も盛んだし、鉱物も採れる。砂糖や香辛料も貿易して国内で販売している。元々豊かな上、父が発展させていたけれど、宰相位にいる以上は行き届かない部分も多く、新しい事に取り組むというのは厳しかった。それを俺とキースで行き届かない部分をフォローしたり見直したりでどんどん領が発展していく様子を見ているのは楽しくて、ちょっと調子に乗った気がしないでもない。
 俺の微妙な知識の中の一番の当たりは、塩害で作物が採れなくなった海近くの土地を活用した海水から塩を作る事業だ。夏休みの自由研究と郷土の歴史で習った程度の知識だが役に立った。おかげで岩塩の独占市場で儲けていたスワルド公爵からは若干睨まれているが、どうしようもない。
「ウィス様?」
「なんでもない。上半期の報告がきているから、しばらく忙しくなるなって思ってた」
「そうですね……またしばらくは引き籠りですかね……」
「いつものことだろ」
 心の中でばちんと頬を叩いて気合いを入れ、キースとともに屋敷に戻った俺は仕事に取り掛かった……のだが。
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