悪役令嬢の子

metta

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本編

03 母の恋

「顔を見せるのが遅くなりすみません、。体調はいかがですか?」
「お疲れ様、ウィスタリア。ここ最近はずっと体調がいいから今日も元気よ。貴方こそ忙しそうだけれど大丈夫なの?」
「逃げてきました匿ってください」と答えると、リリアーナは笑って招き入れてくれた。
 ガルディアの屋敷の更に奥には、許可された者しか近付けないこじんまりとした離れがある。
 リリアーナは産まれた俺とともに引きこもり、世俗から完全に離れて領地の屋敷の更に奥で暮らしている。心身を壊していた彼女は、牢に入れられてからの一切の記憶をなくした。そして俺を産んだ記憶もない。
 しかし記憶を無くして世俗の一切を遮断したこと、また、産まれ落ちると同時にを育ててやらねばという責任感からか、徐々に自分を取り戻すことができた。なくした記憶部分については罪を犯したあと、領地に封じられて病気になり、子の出来にくい身体となったと説明されたことをそのまま信じている。
 俺の母さん。
 そう呼ぶことは、決してないのだけれど。
「ここ最近というか、ウィルフリード殿下が来るからでしょう」
「……そうね。そうかもしれないわね」
 否定するかと思いつつ、淹れてくれた紅茶を飲みながらそう投げ掛ければ、
「姉さんも年貢の納め時ですか」
 そう揶揄われて頬をさっと赤らめる姿は、とても三十代後半とは思えない程、若々しく美しい。事件当時、第一王子だった現王兄殿下は、王都を混乱に陥れた事件を起こし、身体を壊して適齢期もとうに過ぎ、子も望めないと、求愛を拒否し続けていたリリアーナをずっと優しく愛し続け、根気よく説得し続けていた。
 祖父から俺の出生の秘密を明かされた上で、だ。
「……私のために、継承権どころか、王家との縁まで切ったと言われてしまったら、もう頷くしかないと思うのよ」
「まあ、確かに。ある意味脅しですよね」
 頬に手を添えて困ったように笑うリリアーナの瞳――ガルディアの海と同じ、美しい瑠璃色の瞳は澄んでいる。
「そうそう、来てくれてちょうど良かった。今年のお祭りで配るものなんだけど、こんな感じでどうかしら」
「――今年も素晴らしいです。本当に助かります!」
 異世界転生ものの例に漏れず、学校教育を俺も検討したのだが、大々的な予算、意識改革……裕福なうちの領でも単独では無理だと早々に諦めた。子どもが産まれた家に絵本を配付する絵本事業とか色々考えたが、識字率の問題もあるし、予算も足りないし、まあぶっちゃけ本当に必要な層には……売られてしまって終わるだろう。何か低予算で出来ないかと考えたのが、夏祭りで配る団扇だ。お洒落さの欠片もないが、田舎出身の会社員に発想なんてそんなものである。とりあえず、団扇の骨組みが分からないから厚紙に指を入れる穴を抜いた丸団扇を作って、表にスポンサーの広告を入れ、裏に文字や数字の一覧……あいうえお表とか九九表みたいなものを印字してお祭りで配っている。
 ただ発案してみたのは良かったが、残念ながら俺は絵について、壊滅的にセンスがなかった。猫を描いたはずなのに、生き物であることすら誰も当ててくれなかった。キースも他の文官も上手くも下手でもなく似たり寄ったり。だからといって外注に出す予算はない。そこで救世主となったのがリリアーナだ。
「大袈裟ね」
「いやいやいや……本当に助かっているので……」
 リリアーナは貴族令嬢らしく、手紙を書くのが上手で、字も美しかった。刺繍なんかも上手く、構図からきちんと考える。ものは試しとデザイン諸々を考えてもらったのだが、これが素晴らしかったのだ。今ではデザイン系全般と、俺宛の手紙の返事の代筆もしてもらっていて非常に助かっている。
「あと預かっていた分のお手紙と、その控えよ。こっちはそのままお返ししてもいいと思うけれど、こっちは一応お父様に伺ってから出した方がいいわ」
「ありがとう、姉さん!」
 あぁ、本当に助かる……! こういう判断もしてくれるから本当助かる!
「まぁ、ウィル」
 リリアーナの気遣いに感謝していると、にこにことこちらを見ている美丈夫と目が合った。俺はパッと姿勢を正し、会釈をして。
「ようこそいらっしゃいました。ウィルフリード王兄殿下。お声掛け下さればよかったのに……」
「麗しい姉弟が仲良くしているのを眺めているのもまた、目の保養だったからね」
 いや、お邪魔虫は退散いたしますから、普通に声をかけて欲しい。
「姉が今か今かと待ちわびていたので、馬に蹴られる前に私は仕事に戻ります。何かございましたらお申し付けください」
「うん。後で執務室に寄らせて貰うよ」
「もう!」と怒るリリアーナと、小さく手を振る殿下を横目に見ながら、俺は平和な場所から修羅場へと戻っていく。
 夕食後、言っていたとおり執務室に寄ってくれた王兄殿下を迎え入れ、雑談を交えながら領政について引き継ぎを行っていく。こうしてリリアーナを訪ねてくれたついでに、少しずつ引継ぎをしていて、それももう終わりを迎えようとしている。
「同情を誘う作戦は上手くいきましたね。若干脅しにも見えますが」
「ふふ、リリアーナは優しいからね」
「……除籍が認められて良かったです」
「ありがとう。結婚が認められたわけではないけれど、話は前に向かっているから頑張るよ」
 憎まれても致し方ないのに。この人もまた、愛する人が産んだ望まれない子に対して、まるで弟のように我が子のように接してくれる素晴らしい人だ。
 何なの、俺の周り聖人君子ばっかりなの? と割と本気で思う。
 リリアーナは罪を犯して以降領地に籠っているが、実際は魔王討伐後に王太子となった第二王子と女勇者ヒロインが結婚する際に恩赦が与えられている。魔物の襲来で死者が出ず、被害者にはガルディア公爵家より少なくない賠償を行い、自費で王都の復興を行ったこと、城でリリアーナの身に起こったことを総合勘案してのことだ。
 リリアーナが俺を産んだことは、祖父と祖母を含めた何人かの故人、あとは乳母と王兄殿下とキースくらいしか知らないが、牢でリリアーナがどんな目にあったかを察している人間もいる。俺が決定的に貴族の集まりを嫌うようになったのも、そのことを嬉しげに俺に囁く人間がいるからだ。
 殿下はリリアーナと結婚した後、そういう悪意に晒されないために王位継承権を放棄し、王族からの除籍を願っていた。しかしながら王位継承権の放棄は第二王子の立太子後すぐに認められたものの、除籍は長らく認められず、王妃となった女勇者ヒロインが二人目の王子を産んでやっと認められた。それによって、祖父と俺は二人が結婚出来るのであれば、殿下とリリアーナがガルディア公爵家を継げばいいと結論を出したのだ。
「稀代の宰相とその優秀な息子が治め、発展を遂げたこのガルディアを、私が継いでもいいものかというのは今でも甚だ疑問ではあるんだけどね」
「ご謙遜を。父はともかく、私は大したことはありません。元々父はキースに継がせるつもりだったわけですから、逆に殿下が継いで下さった方が後腐れなくていいんです。それに……私もキースもちょっと調子に乗ってしまいましたから、ガルディアを妬む者も増えて来ました。そこらの対処を殿下に投げる形になりますが……殿下ならその辺りの対処は私よりずっと上手いでしょう」
「買い被りすぎだよ」
 殿下は困ったように笑い、そのまま眉を下げた。
「……本当に行ってしまうのかい?」
「はい。ただ、キースは残ってもいいと思うんですが……私についてきたら才能を持ち腐れてしまうかもしれないし、婚期も逃してしまうかもしれないし……本当に連れていくべきか、正直今も悩んでいます」
「君が行くなら彼を置いていくのは駄目だよ。ちゃんと連れていってあげなさい。彼は君の従者で、君への献身が彼の歓びなのだから」
 俺は「はい」と返事をした。何故そこまでキースが俺に心酔してるのか本当に謎だけど、ついてくると言って聞かないのだから、色々思うところはあれど、いい大人の選択だから、本人がいいと言うのなら、止める手立てもない。
「分かってなさそうだね」
「いや、だって。そもそも私、結婚を断られてますからね。その割にはずっと一緒に居てくれるなんて言うから、よく分からなくて」
「嘘だろう?」
「いえ、残念ながら事実ですけれど……」
 殿下は驚いた顔をしたあと、考え込むように額を抑えている。いやいや、そんな考え込まなくても、俺のことはいいんだよ」
「まあ、ガルディアと縁を切るわけではありませんし、時々遊びに来させてくださいね」
「もちろんだよ」
「たった一人の大事な姉です。何かあれば尽力いたしますから遠慮なくお申し付けください……義兄上あにうえ
 その言葉を聞いた殿下はにこりと笑った。
「基本的には自分の力で出来るだけは何とかするけど、リリアーナのことは、すぐ協力要請するから覚悟しておいて。私は……自分より何より、彼女の方が大事だ」
 真剣な顔でそう言い続けてくれているこの人なら、きっと大丈夫だろう。俺はこの人の腕に早く母を託してあげたいと思った。
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