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本編
09 番犬の心うち
しおりを挟む「なーに話してたんですか?」
「げっ……セルジュ……」
俺はこそこそ話をしていた先輩の両肩に手を置いた。話に夢中だったとはいえ、騎士訓練生がこんなに簡単に背後を取られるのはどうかと思うぞ。
「俺が先に気付いたからよかったですけど、こんな場所でそんな話は止めた方がいいですよ。危うくフィリス様と鉢合わせするところでした。感謝してくださいね」
そう指摘すると、気まずさを取り繕うために先輩方は目線をみんなでさ迷わせている。だけど沈黙で逃げられないとは分かっているからか、バツが悪そうに口を開いた。
「……すまん、つい。悪かったよ」
俺に謝られてもなぁと思うけど、言い訳せずに謝れるだけみなさん素直である。とは言ってもそれほど酷い話じゃなかったしな。融通が効かないとか感じ悪いとか、学校なんかで、悪気なく無邪気に人を傷つける類の。
ただ、俺みたいに全然気にしない人や殿下みたいに上手に流せる人はいいけど、フィリス様はそうじゃない。真面目に全部を受け止めてしまう。
「しかしすっかり番犬だな、お前」
「ここでも犬扱い……」
わしゃわしゃと撫でる先輩の手をぺっと剥がし、牙を剥く真似をする。
「しかしみなさん、文句ばっかり言ってますけど、実際あの人以上に殿下にふさわしい人っているんですか? 俺は心底疑問なんですけど」
顔よし頭よし身分も高い。そもそも王様と偉い人達が王子様の相手をフィリス様にしようと決めたのに。代替案も出さずに文句を言って、実際フィリス様が下りたらどうする気なんだろう。後釜狙いもいるとは思うが、みんながみんなそうではないだろうに。
「俺は辺境の田舎者で、頭もよくないし、偉い人の力関係も空気もあまり読めませんが、お2人の婚約って、陛下と色んな派閥の上の方が決めたんですよね。それを先輩方は物申せる立場なんですか?」
これは前に王子様が賊に言っていたそのまんまだが、俺も同意見である。この国のトップが決めたことを、みんなグチグチ言いすぎじゃない? しかも決めた人達じゃなくて、フィリス様に嫌がらせしてさ。
貴族の云々かんぬんはよく分かっていなかったとしても、前世のサラリーマン体質というか部活の上下関係というか、上が決めたことを下が物申せることなんてほとんどないのは変わらないと思うし、そもそもフィリス様は何も悪くないよな。段々腹立ってきた。
「……お前意外と怒ってるな……悪かったって」
「本当に番犬じゃないか」
「犬で結構。一生懸命やってる人を、改善案も言わずにただ陰口叩くのが人だというなら、俺は犬でいいですよ」
犬ほど気に入られてるかどうかはちょっと分からないけど、それなら俺は、あの人に寄り添う犬でいい。
確かに真面目さは一定以上の立場だと、免罪符にはならない。だけどそれが短所というのは違うと思う。
大体その辺りは殿下がとてもお上手なのだから、気にする必要はないだろうし、むしろニコイチならいいバランスだ。営業なんかでも少しきつめの設定値がある場合、強硬に攻めるやつと「まあまあ」と宥めるやつがいて、それで折衷案というか、こちらが確実に取りたい数字で相手に「うん」と言わせる事ができる。北風と太陽のお話みたいな。それに……
「正論が痛いのは、実力不足の自覚があるか、何か後ろめたいことがある証拠だと思いますけどね」
出来ないことに自分の力が足りないのなら、もっともっと努力するしかない。スポーツだって一緒だ。体力がないなら体力がつくよう、よく食べよく寝て運動するしかない。シュートが入らないなら入るようになるまで、ひたすらシュート練習するしかない。上手く動けないなら身体が勝手に動くようになるまで、練習して叩き込むしかない。仕事ができず終わらなければ、時間をつぎ込んでどうにか終わらせるしかない。やれるだけやりきったか。そんなの自分で判断するしかない。相手が正しくて、正しくないことに理由がないのなら、それを改めるだけ。
全部が全部自分でやる必要はない。俺だって「なんで頭悪いの」と言われたらぐうの音も出ないし。でも人に理不尽な要求をするやつには、「じゃあ自分はどうなんだよ」と返したくなる。
できないことや悪いことに正当な理由があるのなら、きちんとそれを伝えればいい。その情報を知れば、あの人はそれ込みで判断するくらいの聞く耳は持っている。
「いや……大体1番色々言われてるのお前だろ?」
「俺はそういう事で色々言われてるわけじゃないですし、言われたって別に平気ですよ」
「そういう事で言われてるわけじゃない? あれだけキツいのに?」
みんなが怪訝な目で見る。何か変か?
そのうちに怪訝な目は、可哀想なものを見る目に変わる。お前被虐趣味なのと言われるがそうではない……多分。あの冷たい目線に一種の癒しを感じることはあるけども、別にマゾなわけではない……と思う……多分。
「まあでも、確かに……セルジュが護衛になってから、少しは丸くなったよな」
「分かる。感じの悪さばかりが先行してたけど、それはかなり減ったもんな。それで改めて見るとあの子やっぱ頭いいし、凄い美人なんだわ」
「それには同意します。じゃあ俺はこれで」
「……おう、悪かった」
何だかんだと好意的な雰囲気に変わったところで、俺は先に行かせたフィリス様達を追いかけていく。
しかし、王子様や自分だけが理解しているような気になっていたフィリス様の魅力を他の人に知られるのは、ほんのりと、何とも言えない気持ちになるのだった。
「遅いぞ」
「申し訳ありません!」
もうお茶してるかと思っていたが、どうやら待っていてくれたようで、ウォルがさっと給仕をし始めた。
柔らかい注ぎ音を聞いていると、温かい香りが漂ってきて、少しずつ気持ちが落ち着いてきた気がする。フィリス様もそれは同じようで、茶が運ばれてくる時には、すっかりくつろいだ雰囲気になっていた。
「ずっと勉強も飽きているだろうし、休憩したら少し身体を動かすぞ」
「へっ、運動?フィリス様が?」
「運動と言えば運動かもしれんが……所作だ」
「うぇ……」
ずっと机に向かうのも疲れるだろうからと、式典の所作や、最低限のダンスを教えてくれるらしい。あぁ……最も苦手とする分野である。
「す、すみません……」
案の定ガチガチになってしまい、右手右足が一緒に出てしまう。フィリス様は無表情で、ウォルは笑いを堪えきれていない。傍から見たらそりゃ可笑しいとは思うけどさ、あいつホントに失礼すぎない?
それよりフィリス様は大丈夫だろうか。呆れてはいるだろうが、怒ってはいないだろうかと恐る恐る見れば、溜め息を吐いていた。けど雰囲気は柔らかい。
「……お前は難しく考えすぎだ。武術や剣術の体運びの方がよほど高度だろうに」
以前俺が言ったのをお返しとばかりに言いながらフィリス様が笑う。
「相手がこう動いたらこう、と、一定の法則があるとでも思えばいい。細かい所作は気にせず動きを覚えるだけなら、そう難しくもあるまい。少々間違っていても、堂々としていれば、案外そういうものだと誰も気にはしないぞ。背筋を伸ばして笑えればどうにかなる」
そう背中をぱしぱし叩かれ、深呼吸して背筋を伸ばすと、確かにそんな気がしてくる。
「私の真似をしてみろ」
俺のためにゆっくりと見せるフィリス様の動きは、迷いや無駄がない。まさに優美といった感じだ。天井近くから落ちる照明の光さえも、味方につけているようだった。
こうして見ていると、美しい所作というのは無駄な動きをなくした立ち居振る舞いなんだなと思う。迷いをなくして削ぎ落として磨くということなら、確かに武術や剣術に近いものがあるかもしれないとユリイカした気分になった。そうと分かれば繰り返し練習するのみ。反復練習は得意である。
とはいえ覚えが悪い俺の繰り返しの練習なので、部屋に帰ってもらってもかまわなかったのに、フィリス様は最後まで付き合ってくれた。
「上手だ」「よくできたな」と褒められて嬉しくなるのは本当に犬みたいだが、この顔が見られるのなら、俺はやっぱり犬でいいかもしれないなと思った。
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