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第二章 冒険者編

第四十五話 『幸せな日々』

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 その二つの人影は白い光沢をなびかせながらやってきた。
 一つは輝くような笑顔を放ちながら、カインの元へ。

「間に合ってよかったですカインさん!」
 聞き慣れた声、一瞬にしてその正体がわかった。

「そっちこそ、無事で良かったよ・・・ミリア」

 名前を呼ばれた少女は元気よく「はい!」と返事をした。
 ここに彼女がいる、ということは作戦は成功したのだろう。

「・・・本当に、よかった」
 そう思った瞬間、安堵で一気に全身の力が抜けていった。

「・・・後は任せて、カインさんはゆっくり休んでいてください」
 それを見たミリアは優しく微笑んで、そっとカインの髪を撫でた。

「もう大丈夫です。なぜなら、この国で1番頼りになる人が来てくれましたから」

 ミリアは自信満々に言った。

「魔法において、私の父にーーー勝てる者はいません」


 ////


 吹き上がる炎の背後からゆらゆら動く影。
 ザクはすぐに分かった。
 その影が誰なのか。

「どうやら、もう迷いはないようだね」
 ザクはその者の正体を待ちに待ったかのように言う。

「ーーーねえ、父さん」

「ああ」

 パチンッ。
 カリオスが指を鳴らすと、行く手を阻んでいた炎の壁がその残滓を残しながら綺麗に消え去った。

 熱く、厚くそびえ立っていたそれを一瞬にして消す様はまさに圧倒的だったが、それを見てザクが驚くことは一切なかった。
 それもそのはず、ザクが魔法を教わったのは紛れもない、父からなのだから。

 ・・・ほんと、いつ見ても化け物じみてるな。

 熱風を浴びて肌がピリつくのを感じながらザクはクスっと笑う。

「大丈夫、これを計画したときから覚悟はできているさ」
「・・・そうか」

 お互いにこれ以上の言葉はいらなかった。
 それだけで全てを察したカリオスはゆっくりと目を伏せ、それを見たザクも落ち着いた様子で戦闘態勢に入った。

 ーーーどうやらすぐそっちに行けそうだよ、アイリ。
 ザクは地面を強く踏みしめると、勢いよく蹴ってカリオスに向かって飛び出した。
  
 ザクは最初から自分の最大数の魔法陣を生成。
 たった数秒にして、ザクの背後は魔法陣で埋め尽くされる。

 いくら全力を出せたところで結果は目に見えている。
 だが、これの目的は勝つかどうかじゃない。
 一種の意思表示だ。

 最初から分かっていたよ。
 泣き寝入りするしかないこの妖精族エルフの現状を変えられるのは・・・
 ーーーってことくらい。

 僕が、たとえ戦争を起こしたってこの戦力じゃ良くて壊滅。
 勝つことは絶対に、ありえない。

 なら、どうするか。
 そんなの決まっている。

 頼むしか無いだろう。
 無力な自分に変わってそれができる者に。

 普通、王子でできないなら誰もできるはずがないのだが、すぐ側にいるじゃないか。

 妖精族エルフによる妖精族エルフのための国を創るという誰にもできないことをやり遂げた人物が。

「これが、僕からの最後のお願いだよ」
 背後に展開させていた魔法陣が発動し、淡く光り始める。

「もう二度と、妖精族エルフが奴隷になるなんてこと、させないでよ・・・」
「ーーー父さん!!」
 その掛け声とともに光輝く魔法の数々がカリオスに向かって勢いよく放たれた。

「・・・ああ」
 迫りくる魔法を前にカリオスは自分の拳を握りしめる。

 本当に、私は国王失格だ。
 王子に、こんなことを言わせるなんて。

 カリオスは静かに右手を上げ、手のひらをザクに向けた。

 だがね、たとえ国王失格だとしても私は・・・

 ーーー父親まで、失格になるつもりはない。

 目を開き、向かってくるザクに向けカリオスは堂々たる立ち姿で答えた。

「お前のその願い、必ず、この私が叶えてみせる」

 その瞬間、カリオスの背後には終わりが見えないほどに無数の魔法陣が出現した。
 ザクの倍、いやそれ以上だろうか。
 天高くまで埋め尽くされ、辺りが魔法陣の輝きで照らされる。

「・・・約束だ」

 その言葉が発せられた瞬間、無限にある魔法陣から数多の光が飛び出していった。
 それはまるで満点の星空に降り注ぐ流星群のように空一面を覆い尽くし、輝く軌跡を残しながら徐々にそれらは一箇所に集まっていく。
 すべての光が一つに結集し、それはやがて巨大な流星となった。

 その流星はザクが放った魔法を一瞬にして飲み込み、無防備なザクの前に立ちはだかる。

 だがしかし、大地を抉りながらも進む流星を前にしても、それでもザクが立ち止まることはない。
 スピードを落とさぬままそれに向かってザクは直進し続ける。

 この一連の騒動を、戦争を企てた大罪人である自分の死で決着させるために。

「ーーー頼んだよ」

 そして、ザクの身体が光の中に消えた次の瞬間、辺りは眩い光に包まれた。


 /////


「・・・ん」
 あまりの眩しさに目を瞑ったミリアはゆっくりとその目を開いた。
 辺りを見渡すと、一箇所だけ地面が大きく削れていて、そして、そこにはボロボロの身体になって倒れている変わり果てた兄の姿があった。

「お兄様・・・」
 ミリアは急いでその場所へ向かった。
 そこに一切の躊躇はなかった。

 ミリアはザクの元に駆け寄って身体を起こすと、ザクは、

「・・・ミリア、か」
 と目は開いていないはずなのに、今にも消えそうな声で震える唇を動かして自分の身体に触れた者の名を言い当てた。

「はい、そうです・・・妹のミリアです」
 ザクはそれを聞くと和らいだ表情で、「そうか」と呟いた。

「ミリア、君には、本当にすまないことをした。許されるとは思っていないが、それでも、謝っておきたかった・・・」
 それを聞いたミリアは一度ぎゅっと手に力を加えるがすぐに、その力を緩めた。

「・・・そう、ですね、たしかに私はあなたのことを許すことはできません」
「なに、それがあたりまえだ・・・」

 その言葉を聞いてザクは安心して、薄れゆく意識を完全に閉じようとしたが、それを妨げるようにミリアが続けて言った。

「ーーーただ、恨むことも、できません」

「・・・それは、どういう」
 予想外の返答にザクは聞き返してしまった。
 ザクはミリアの大切な仲間を傷つけ、大切な人を奪ったのだ。
 今すぐ止めをさされてもおかしくないはずなのに、それなのにミリアがそう言った理由がザクにはわからなかった。

 すると、ミリアがゆっくりと話し始めた。

「お兄様、私、知っているんですよ」
 そう言うと、ミリアはザクの目をじっと見つめた。

「私が小さい時、いじめられているのを知ったあなたは、私にバレないように密かに守ろうとしてくれていたことを」

 ミリアはさらに続ける。

「あと、お父様から聞きました。戦争を企てたのは、大事にして世の中に妖精族エルフの現状を知らしめるためだろうって。確かに大事にはなるでしょうね、ただ戦争を企てたらどうなるのかくらい、誰もが知っていることです!!」

 ミリアの目からポツポツと涙がこぼれ始めた。

「だから、お兄様は最初からすべての責任を負って、犠牲になるつもりだったんですよね・・・。そんな人を恨めるはずがないじゃないですか・・・!」

「・・・ははっ」
 ボロボロと泣くミリアを見て、ザクはつい声が漏れてしまった。
 僕は、なんて優しい妹に持ったんだろう。

 たとえどんな事情があろうとも、大切な人を殺した相手を恨まないなんてこと、そう簡単にできることではないのに。
 もう、昔のミリアじゃないんだな。

 ーーーどうやら、心配は無用なようだ。

 ザクはミリアの目を見て優しく髪を撫でた。

「・・・見ないうちに成長したな、ミリア」
「はい・・・」

 その返事を聞いたザクはそっと目を閉じ、溜め込んだ息をゆっくりと吐き出した。
 吐き出すたびに不思議な安心感がザクの心を包み込んだ。
 それは穏やかで心地の良いものだった。

 ・・・これでもう、気兼ねなく行けそうだ。

 最後の一息がゆっくりと漏れる瞬間、ザクの顔は柔らかな微笑みに包まれていた。
 そして、その最期を見届けたミリアは、そっと、兄に向けて最後のあいさつをした。

「おやすみなさい、お兄様」

 そう言ってミリアはゆっくりと兄を横に寝かせてあげた。

 すると、どこからか一羽の白い小鳥がザクのもとにやってきて、何かを咥えて飛び去って行った。

「あ、待って・・・」

 急いで取り戻そうとミリアはその小鳥が飛んでいった方を見た。
 そして、次の瞬間にはミリアは取り返すのを諦めた。


 ーーーだって、取り返す必要がなかったから。


 雲ひとつない青空の下で、二羽の小鳥が仲良く飛んでいた。
 太陽に照らされ、キラキラと輝く、あの赤い花のバッジを咥えながら。

 その花の名は『ロメリア』

 花言葉は・・・
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