430 / 608
第6章
21.悲惨な子ども
しおりを挟む
『聖威師は特定の人間に深入りできません。私にできることは、定期的にあの子の情報を仕入れ、現状と動向を確認するのみでした。しかし、入って来る情報によれば、あの子を取り巻く環境は芳しくないようでした』
「はい。私もフルード様から頼られた以上はと、聖威師に許される範囲で調べてみましたが、予想以上に悲惨でした。ご存知だと思いますが、孤児院の職員や教育係が相当厳しく接したようで……」
孤児院の職員の一部や、神官府を含む国の公的機関の上層部などは、ガルーンの子の出自を知っている。残虐な所業の末、高位神の怒りを買った愚かな男の子ども。一歩間違えれば、狼神が激昂し世界が滅ぼされていたかもしれない。有事の際は天威師が宥めに出るとはいえ、それまでに大きな被害が出ていた怖れもあった。
事情を知る者たちは、地上をそのような危機に晒したガルーンに批判的な目を向け、危険人物と認識していた。だからこそ、彼の血を引く実子に対しても、父親の血と気質を引いている可能性を鑑みて、道を踏み外さぬようにと容赦ない特別教育を施したそうだ。
『私もそのことを知った時、あの子の状況が緩和されるよう、可能な範疇で手を回そうとしました。しかし、上手くいきませんでした。あの子の処遇については人間に一任すると、ハルア様が仰せになられていたためです。私は人間ではありませんから、権利がないのです』
通常ならば、間接的な手段を用いるなど方法を工夫すれば、ある程度のやりようはある。だが、選ばれし神の意向が働いている場合はそのような小細工も不可能だ。狼神にそれとなく発言の撤回を頼んでみたが、あっさり却下されたという。
『僕が新しく神託を出し、狼神様の言葉を相殺することもできた。だが、それは狼神様に喧嘩を売るも同然の行為だ。そんなことはしなくて良いとセインが言うから、やめておいた』
ラミルファがヘラリと笑って言うが、当然である。選ばれし神同士の諍いなど、考えるだに恐ろしい。フルードが溜め息を吐いた。
『色々と試行錯誤しましたが、結局、書類上で現状を確認するのが精一杯でした。後は、不特定多数の孤児院に均一の支援物資を送る際、あの子がいる孤児院を含めることくらいでしょうか。それ以上何かをしようとすれば、その時点で天から警告を受けてしまうのです』
それはアマーリエも同じだ。どうにかしてやりたいと思っても、文字通り指をくわえて見ていることしかできない。
『孤児院側の対応が間違いだとは思いません。気質は時に遺伝することもあるのです。一般家庭に養子にもらわれた赤子が、成長して残虐な言動や異様な振る舞いを行うようになり、調べてみれば実は殺人鬼の遺児であった、という事例は現実にもありますから』
ガルーンの子の中に流れる父親の遺伝子を危惧した施設側の懸念は真っ当なものだ。それはアマーリエとフルードも理解している。だが――
『しかし、もしも子どもに親の性質が受け継がれていなければ、度を越す過酷な扱いは地獄以外の何物でもありません。物心付いた時より、担当職員や教育係から手厳しい態度を取られ続けていたあの子は、卑屈で後ろ向きな性格に育ってしまいました』
フルードはそのことに危機感を覚えたという。子ども自身が可哀想だということに加え、幼少期からの体験が心に刻む悪影響を懸念した。
暴力にせよ罵倒にせよ冷遇にせよ、何らかの力を振りかざされて制圧を受けて来た者は、些細なきっかけで精神のタガが外れた際、自分も下の者に対して同じ行動に出るかもしれないのだ。圧倒的な力差で叩き伏せる方法が、弱者に対してどれだけ効果的で有効的であるか、実体験で分かっているから。
むろんフルードやアマーリエ、他の聖威師たちのように、自分が与えられた苦痛を他者に味わわせてなるものかという思考を育てられる場合もある。だが、全員がそうなるわけではない。
暴力や圧政は時に連鎖し、継承される。腕ずくで従わされて育った子は、同じように相手を打ち負かすことでしか感情や自己を表現できない大人になるかもしれない。父親の遺伝子を継いでいるか否かは関係なく。ガルーンの子は、いつそのスイッチが入ってもおかしくない状況にいる。
『成人して孤児院を出た後も、彼の気質は治らず……私が昇天した年、あの子は22歳かそこらでしたが、独り身で親しくしている者もなく、幸福とはほど遠い状況にいました』
「さらに5年経過した今もそうですよ。友人も恋人もいないみたいです。率直に申し上げますが、幸せどころか不幸の沼に沈んでいくのを見届ける羽目になってしまうかもしれません」
(不幸中の幸いといえば、徴が出なかったことくらいよ)
徴が出ていれば神官になり、死後は神使として昇天することになっていた。そうなれば、ガルーンの子の行く末には永遠の生き地獄が待っていただろう。天の神々は、子の本当の出自を知っている。自身の実父がしでかしたことを聞かされ、同胞を迫害した者の身内として冷遇されることも有り得るのだ。
だが、一般人であれば昇天しない。死後は輪廻の輪に乗って来世に進み、別の人間として生まれ変われる。フルードもそれを承知しているので、今世での幸福を見届けたいと望んでいたのだ。
『狼神様は、セインがガルーンの子を気にかけることを良く思っていない。子が幸せになるのは自由だが、だからといってセインがそのために気を揉み心を砕く必要はないと考えている。狼神様だけではなく、神々はほぼ全員がそうだ。君の夫でさえやんわりとだが反対しているほどだよ、アマーリエ』
「フレイムもですか?」
『ああ。余計なことは考えずセイン自身こそ天界で幸せになれ、という言い方だがね。ガルーンの子は放っておけ、ということだろう。それでもこの場で狼神様を足止めしてくれたのだから、彼は結局弟に甘いのだよ』
「ラミルファ様は……?」
『僕はセインの望みに添う。言っただろう、反対している神々はほぼ全員だと。ほぼということは、僅かながら例外もいるということだよ』
ラミルファがテーブルを離れてここに来た時点で、そうだろうと思っていた。この邪神はいつだって宝玉の心を第一に考える。
「はい。私もフルード様から頼られた以上はと、聖威師に許される範囲で調べてみましたが、予想以上に悲惨でした。ご存知だと思いますが、孤児院の職員や教育係が相当厳しく接したようで……」
孤児院の職員の一部や、神官府を含む国の公的機関の上層部などは、ガルーンの子の出自を知っている。残虐な所業の末、高位神の怒りを買った愚かな男の子ども。一歩間違えれば、狼神が激昂し世界が滅ぼされていたかもしれない。有事の際は天威師が宥めに出るとはいえ、それまでに大きな被害が出ていた怖れもあった。
事情を知る者たちは、地上をそのような危機に晒したガルーンに批判的な目を向け、危険人物と認識していた。だからこそ、彼の血を引く実子に対しても、父親の血と気質を引いている可能性を鑑みて、道を踏み外さぬようにと容赦ない特別教育を施したそうだ。
『私もそのことを知った時、あの子の状況が緩和されるよう、可能な範疇で手を回そうとしました。しかし、上手くいきませんでした。あの子の処遇については人間に一任すると、ハルア様が仰せになられていたためです。私は人間ではありませんから、権利がないのです』
通常ならば、間接的な手段を用いるなど方法を工夫すれば、ある程度のやりようはある。だが、選ばれし神の意向が働いている場合はそのような小細工も不可能だ。狼神にそれとなく発言の撤回を頼んでみたが、あっさり却下されたという。
『僕が新しく神託を出し、狼神様の言葉を相殺することもできた。だが、それは狼神様に喧嘩を売るも同然の行為だ。そんなことはしなくて良いとセインが言うから、やめておいた』
ラミルファがヘラリと笑って言うが、当然である。選ばれし神同士の諍いなど、考えるだに恐ろしい。フルードが溜め息を吐いた。
『色々と試行錯誤しましたが、結局、書類上で現状を確認するのが精一杯でした。後は、不特定多数の孤児院に均一の支援物資を送る際、あの子がいる孤児院を含めることくらいでしょうか。それ以上何かをしようとすれば、その時点で天から警告を受けてしまうのです』
それはアマーリエも同じだ。どうにかしてやりたいと思っても、文字通り指をくわえて見ていることしかできない。
『孤児院側の対応が間違いだとは思いません。気質は時に遺伝することもあるのです。一般家庭に養子にもらわれた赤子が、成長して残虐な言動や異様な振る舞いを行うようになり、調べてみれば実は殺人鬼の遺児であった、という事例は現実にもありますから』
ガルーンの子の中に流れる父親の遺伝子を危惧した施設側の懸念は真っ当なものだ。それはアマーリエとフルードも理解している。だが――
『しかし、もしも子どもに親の性質が受け継がれていなければ、度を越す過酷な扱いは地獄以外の何物でもありません。物心付いた時より、担当職員や教育係から手厳しい態度を取られ続けていたあの子は、卑屈で後ろ向きな性格に育ってしまいました』
フルードはそのことに危機感を覚えたという。子ども自身が可哀想だということに加え、幼少期からの体験が心に刻む悪影響を懸念した。
暴力にせよ罵倒にせよ冷遇にせよ、何らかの力を振りかざされて制圧を受けて来た者は、些細なきっかけで精神のタガが外れた際、自分も下の者に対して同じ行動に出るかもしれないのだ。圧倒的な力差で叩き伏せる方法が、弱者に対してどれだけ効果的で有効的であるか、実体験で分かっているから。
むろんフルードやアマーリエ、他の聖威師たちのように、自分が与えられた苦痛を他者に味わわせてなるものかという思考を育てられる場合もある。だが、全員がそうなるわけではない。
暴力や圧政は時に連鎖し、継承される。腕ずくで従わされて育った子は、同じように相手を打ち負かすことでしか感情や自己を表現できない大人になるかもしれない。父親の遺伝子を継いでいるか否かは関係なく。ガルーンの子は、いつそのスイッチが入ってもおかしくない状況にいる。
『成人して孤児院を出た後も、彼の気質は治らず……私が昇天した年、あの子は22歳かそこらでしたが、独り身で親しくしている者もなく、幸福とはほど遠い状況にいました』
「さらに5年経過した今もそうですよ。友人も恋人もいないみたいです。率直に申し上げますが、幸せどころか不幸の沼に沈んでいくのを見届ける羽目になってしまうかもしれません」
(不幸中の幸いといえば、徴が出なかったことくらいよ)
徴が出ていれば神官になり、死後は神使として昇天することになっていた。そうなれば、ガルーンの子の行く末には永遠の生き地獄が待っていただろう。天の神々は、子の本当の出自を知っている。自身の実父がしでかしたことを聞かされ、同胞を迫害した者の身内として冷遇されることも有り得るのだ。
だが、一般人であれば昇天しない。死後は輪廻の輪に乗って来世に進み、別の人間として生まれ変われる。フルードもそれを承知しているので、今世での幸福を見届けたいと望んでいたのだ。
『狼神様は、セインがガルーンの子を気にかけることを良く思っていない。子が幸せになるのは自由だが、だからといってセインがそのために気を揉み心を砕く必要はないと考えている。狼神様だけではなく、神々はほぼ全員がそうだ。君の夫でさえやんわりとだが反対しているほどだよ、アマーリエ』
「フレイムもですか?」
『ああ。余計なことは考えずセイン自身こそ天界で幸せになれ、という言い方だがね。ガルーンの子は放っておけ、ということだろう。それでもこの場で狼神様を足止めしてくれたのだから、彼は結局弟に甘いのだよ』
「ラミルファ様は……?」
『僕はセインの望みに添う。言っただろう、反対している神々はほぼ全員だと。ほぼということは、僅かながら例外もいるということだよ』
ラミルファがテーブルを離れてここに来た時点で、そうだろうと思っていた。この邪神はいつだって宝玉の心を第一に考える。
22
あなたにおすすめの小説
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。
蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。
これで、貴方も私も自由です。
……だから、もういいですよね?
私も、自由にして……。
5年後。
私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、
親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、
今日も幸せに子育てをしています。
だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。
私のことは忘れて……。
これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。
はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?
厄介払いされてしまいました
たくわん
恋愛
侯爵家の次女エリアーナは、美人の姉ロザリンドと比べられ続け、十八年間冷遇されてきた。
十八歳の誕生日、父から告げられたのは「辺境の老伯爵に嫁げ」という厄介払いの命令。
しかし、絶望しながらも辺境へ向かったエリアーナを待っていたのは――。
慈愛と復讐の間
レクフル
ファンタジー
とある国に二人の赤子が生まれた。
一人は慈愛の女神の生まれ変わりとされ、一人は復讐の女神の生まれ変わりとされた。
慈愛の女神の生まれ変わりがこの世に生を得た時、必ず復讐の女神の生まれ変わりは生を得る。この二人は対となっているが、決して相容れるものではない。
これは古より語り継がれている伝承であり、慈愛の女神の加護を得た者は絶大なる力を手にするのだと言う。
だが慈愛の女神の生まれ変わりとして生を亨けた娘が、別の赤子と取り換えられてしまった。
大切に育てられる筈の慈愛の女神の生まれ変わりの娘は、母親から虐げられながらも懸命に生きようとしていた。
そんな中、森で出会った迷い人の王子と娘は、互いにそれと知らずに想い合い、数奇な運命を歩んで行くこととなる。
そして、変わりに育てられた赤子は大切に育てられていたが、その暴虐ぶりは日をまして酷くなっていく。
慈愛に満ちた娘と復讐に駆られた娘に翻弄されながら、王子はあの日出会った想い人を探し続ける。
想い合う二人の運命は絡み合うことができるのか。その存在に気づくことができるのか……
あっ、追放されちゃった…。
satomi
恋愛
ガイダール侯爵家の長女であるパールは精霊の話を聞くことができる。がそのことは誰にも話してはいない。亡き母との約束。
母が亡くなって喪も明けないうちに義母を父は連れてきた。義妹付きで。義妹はパールのものをなんでも欲しがった。事前に精霊の話を聞いていたパールは対処なりをできていたけれど、これは…。
ついにウラルはパールの婚約者である王太子を横取りした。
そのことについては王太子は特に魅力のある人ではないし、なんにも感じなかったのですが、王宮内でも噂になり、家の恥だと、家まで追い出されてしまったのです。
精霊さんのアドバイスによりブルハング帝国へと行ったパールですが…。
◆◆お別れなので「王位継承セット」をプレゼントしたら、妹カップルが玉座を手に入れました。きっと喜んでくれてますよね◆◆
ささい
恋愛
ん?おでかけ楽しみ? そうだね。うちの国は楽しいと思うよ。
君が練ってた棒はないけど。
魔術に棒は要らない。素手で十分? はは、さすがだね。
なのに棒を量産したいの? 棒を作るのは楽しいんだ。
そっか、いいよ。たくさん作って。飾ってもいいね。君の魔力は綺麗だし。
騎士団に渡して使わせるのも楽しそうだね。
使い方教えてくれるの? 向上心がある人が好き?
うん、僕もがんばらないとね。
そういえば、王冠に『民の声ラジオ24h』みたいな機能つけてたよね。
ラジオ。遠く離れた場所にいる人の声を届けてくれる箱だよ。
そう、あれはなんで?
民の声を聞く素敵な王様になってほしいから?
なるほど。素晴らしい機能だね。
僕? 僕には必要ないよ。心配してくれてありがとう。
君の祖国が素晴らしい国になるといいね。
※他サイトにも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる