神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘

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第6章

21.悲惨な子ども

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『聖威師は特定の人間に深入りできません。私にできることは、定期的にあの子の情報を仕入れ、現状と動向を確認するのみでした。しかし、入って来る情報によれば、あの子を取り巻く環境は芳しくないようでした』
「はい。私もフルード様から頼られた以上はと、聖威師に許される範囲で調べてみましたが、予想以上に悲惨でした。ご存知だと思いますが、孤児院の職員や教育係が相当厳しく接したようで……」

 孤児院の職員の一部や、神官府を含む国の公的機関の上層部などは、ガルーンの子の出自を知っている。残虐な所業の末、高位神の怒りを買った愚かな男の子ども。一歩間違えれば、狼神が激昂し世界が滅ぼされていたかもしれない。有事の際は天威師が宥めに出るとはいえ、それまでに大きな被害が出ていた怖れもあった。

 事情を知る者たちは、地上をそのような危機に晒したガルーンに批判的な目を向け、危険人物と認識していた。だからこそ、彼の血を引く実子に対しても、父親の血と気質を引いている可能性を鑑みて、道を踏み外さぬようにと容赦ない特別教育を施したそうだ。

『私もそのことを知った時、あの子の状況が緩和されるよう、可能な範疇で手を回そうとしました。しかし、上手くいきませんでした。あの子の処遇については人間に一任すると、ハルア様が仰せになられていたためです。私は人間ではありませんから、権利がないのです』

 通常ならば、間接的な手段を用いるなど方法を工夫すれば、ある程度のやりようはある。だが、選ばれし神の意向が働いている場合はそのような小細工も不可能だ。狼神にそれとなく発言の撤回を頼んでみたが、あっさり却下されたという。

『僕が新しく神託を出し、狼神様の言葉を相殺することもできた。だが、それは狼神様に喧嘩を売るも同然の行為だ。そんなことはしなくて良いとセインが言うから、やめておいた』

 ラミルファがヘラリと笑って言うが、当然である。選ばれし神同士の諍いなど、考えるだに恐ろしい。フルードが溜め息を吐いた。

『色々と試行錯誤しましたが、結局、書類上で現状を確認するのが精一杯でした。後は、不特定多数の孤児院に均一の支援物資を送る際、あの子がいる孤児院を含めることくらいでしょうか。それ以上何かをしようとすれば、その時点で天から警告を受けてしまうのです』

 それはアマーリエも同じだ。どうにかしてやりたいと思っても、文字通り指をくわえて見ていることしかできない。

『孤児院側の対応が間違いだとは思いません。気質は時に遺伝することもあるのです。一般家庭に養子にもらわれた赤子が、成長して残虐な言動や異様な振る舞いを行うようになり、調べてみれば実は殺人鬼の遺児であった、という事例は現実にもありますから』

 ガルーンの子の中に流れる父親の遺伝子を危惧した施設側の懸念は真っ当なものだ。それはアマーリエとフルードも理解している。だが――

『しかし、もしも子どもに親の性質が受け継がれていなければ、度を越す過酷な扱いは地獄以外の何物でもありません。物心付いた時より、担当職員や教育係から手厳しい態度を取られ続けていたあの子は、卑屈で後ろ向きな性格に育ってしまいました』

 フルードはそのことに危機感を覚えたという。子ども自身が可哀想だということに加え、幼少期からの体験が心に刻む悪影響を懸念した。

 暴力にせよ罵倒にせよ冷遇にせよ、何らかの力を振りかざされて制圧を受けて来た者は、些細なきっかけで精神のタガが外れた際、自分も下の者に対して同じ行動に出るかもしれないのだ。圧倒的な力差で叩き伏せる方法が、弱者に対してどれだけ効果的で有効的であるか、実体験で分かっているから。
 むろんフルードやアマーリエ、他の聖威師たちのように、自分が与えられた苦痛を他者に味わわせてなるものかという思考を育てられる場合もある。だが、全員がそうなるわけではない。

 暴力や圧政は時に連鎖し、継承される。腕ずくで従わされて育った子は、同じように相手を打ち負かすことでしか感情や自己を表現できない大人になるかもしれない。父親の遺伝子を継いでいるか否かは関係なく。ガルーンの子は、いつそのスイッチが入ってもおかしくない状況にいる。

『成人して孤児院を出た後も、彼の気質は治らず……私が昇天した年、あの子は22歳かそこらでしたが、独り身で親しくしている者もなく、幸福とはほど遠い状況にいました』
「さらに5年経過した今もそうですよ。友人も恋人もいないみたいです。率直に申し上げますが、幸せどころか不幸の沼に沈んでいくのを見届ける羽目になってしまうかもしれません」
(不幸中の幸いといえば、徴が出なかったことくらいよ)

 徴が出ていれば神官になり、死後は神使として昇天することになっていた。そうなれば、ガルーンの子の行く末には永遠の生き地獄が待っていただろう。天の神々は、子の本当の出自を知っている。自身の実父がしでかしたことを聞かされ、同胞フルードを迫害した者の身内として冷遇されることも有り得るのだ。

 だが、一般人であれば昇天しない。死後は輪廻の輪に乗って来世に進み、別の人間として生まれ変われる。フルードもそれを承知しているので、今世での幸福を見届けたいと望んでいたのだ。

『狼神様は、セインがガルーンの子を気にかけることを良く思っていない。子が幸せになるのは自由だが、だからといってセインがそのために気を揉み心を砕く必要はないと考えている。狼神様だけではなく、神々はほぼ全員がそうだ。君の夫でさえやんわりとだが反対しているほどだよ、アマーリエ』
「フレイムもですか?」
『ああ。余計なことは考えずセイン自身こそ天界で幸せになれ、という言い方だがね。ガルーンの子は放っておけ、ということだろう。それでもこの場で狼神様を足止めしてくれたのだから、彼は結局弟に甘いのだよ』
「ラミルファ様は……?」
『僕はセインの望みに添う。言っただろう、反対している神々はほぼ全員だと。ほぼということは、僅かながら例外もいるということだよ』

 ラミルファがテーブルを離れてここに来た時点で、そうだろうと思っていた。この邪神はいつだって宝玉の心を第一に考える。
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