454 / 601
第6章
45.フレイムはお怒り中
しおりを挟む
『何で――何であなたなのよ。元はたかが人間だった癖に。料理も宝飾品も、私よりずっと良い物ばかり用意してもらって!』
アマーリエの髪を彩るヘッドドレスは、フレイムの神域で採れた天珠の中でも、最高級を超えた極上品ばかりを連ねて作られている。フレイムが手ずから作り上げた一品で、どこにでも生えている結晶花とは比較にすらならない。
纏う精緻な衣も、天糸を紡ぐところから染め付け、織り上げと模様の入れ込みまで全てフレイムが行った。
マイカと話をして盛り上がった――とアマーリエは思っていた――席でも、ズラリと並べられていた豪華な朝食は、一つ残らずフレイム渾身のお手製だ。
愛する妻のためだけに作られた、二つとして同じ物はない品。
『私の話を聞いても余裕綽々で笑っているばかり……本当に嫌な女ね! 自分の方が上位だと思ってるんでしょう。勝者のゆとりってわけ!?』
『ふふ、随分と姦しい精霊だ』
袖の袂を口元に当てて嗤うラミルファの声が冷たい。
「あ、あなたの話って何――もしかしてフレイムに髪留めとかお菓子をもらったというアレ? いえ、だってまさかフレイムを好いているなんて知らなくて、ただ思い出話をしてくれているとばかり……」
いきなりの激昂に付いて行けず、目を白黒させるアマーリを庇う形で、フルードが前に立った。大神官時代と同じ鋭さと酷薄さを帯びた眼差しで唇を開きかける。だが、フレイムの方が早かった。
『黙れ精霊』
常よりも低く重い声。だが、一切の感情を排除した美貌には、怒りも悲しみも憤激も浮かんでいない。路傍の小石に向けるような目で、遠き日の同輩を見ている。対峙するこの2名が共に汗を流していた日は、もう遥か彼方へと過ぎ去った。
『……フレイム?』
数呼吸置いて、投げられた言葉の意味を理解したのだろう。マイカが掠れた声を漏らす。
『精霊って、どうしてそんな言い方』
『お前にはお前なりの言い分があるのかと聞いていれば、どこまでも身勝手な妄言をほざくばかり。我が妻をどこまで愚弄すれば気が済むのか』
心胆が縮み上がるような威圧と共に、紅蓮の神威が熱と化し、ジリジリと大気を炙る。態度と口調を豹変させた意中の者に、愚行を犯した精霊が竦み上がる。ラミルファが呆れ顔で嘆息した。
『そもそもの話、実際にアマーリエの方が上位かつ勝者なのだよ。フレイムの妻にして高位神になったのだから。元が人間であろうが関係ない。ただの精霊とは全てが違いすぎる。そのようなことも分からぬとは、君は実に魯鈍だ』
「あの、別に勝負をしていたわけではないので……」
小さく異論を差し挟むアマーリエ。だが、この場の空気に圧倒され、消え入りそうな声しか出なかった。
そう言えば以前、フレイムも嵐神と同じような会話をしていた気がする。確か神使内定者の懇親会の時だった。自分たちは似た者夫婦なのだろうか。
『自身の欲望を満たすため、火神の神器を用途に反した目的で濫用し、我が神域で盗みを働き、聖威師の表決権を侵害しかけ、極め付けに我が妻を窮地に追いやった。事故や誤解による結果であればともかく、全て恣意的に行ったこととなれば、酌量の余地はない』
『い、委任状はすぐに返すつもりだったの! 聖威師様の権利を侵すつもりなんかなかった! ただ、燁神様が少しだけ慌てて困れば良い、私がフレイムに目をかけてもらえれば良いと思って……なのに、まさか疫神様がお出でになるなんて――』
ついに神に対する丁寧な言葉遣いまでかなぐり捨て、マイカが言い訳を並べる。彼女の中で、フレイムの時は精霊のまま止まっているのかもしれない。かつては自分の同胞だった意中の彼。必死で謝罪すれば、以前と同じように分かってくれる、許してくれる、助けてくれると。
真赤の炎が踊った。ワインレッドの髪が長くうねり、混じり気のない赤に染まる。その瞬間、フルードが片膝を付いて低頭し、一歩下がったラミルファが胸に片手を当て、恭しく礼をした。アマーリエも慌ててひれ伏す。従神たちも深く額突き、精霊たちは床に這いつくばった。
『これはこれは火神様、ご機嫌麗しく』
ラミルファと同様の所作で敬意を示した疫神が笑う。焔火神として真の本性を顕現させたフレイムが、髪と同じ色に変じた瞳を場に一巡させる。
『神格を持つ者は楽にせよ』
そして、目の前にいる精霊を見た。腰を抜かしてへたり込むマイカが、か細い声で懇願する。
『待ってフレイム、お願い……』
『黙れ、衣冠禽獣の使役風情が。許可も得ず火神様の御名を呼ぶでない』
疫神が冷厳さを孕んだ声で言い放った。それは刃物の一閃が通過したような鋭利さで空気を裂き、精霊の言葉の続きを切り捨てる。
『火神の権限において、精霊マイカの担当を変更する』
アマーリエの髪を彩るヘッドドレスは、フレイムの神域で採れた天珠の中でも、最高級を超えた極上品ばかりを連ねて作られている。フレイムが手ずから作り上げた一品で、どこにでも生えている結晶花とは比較にすらならない。
纏う精緻な衣も、天糸を紡ぐところから染め付け、織り上げと模様の入れ込みまで全てフレイムが行った。
マイカと話をして盛り上がった――とアマーリエは思っていた――席でも、ズラリと並べられていた豪華な朝食は、一つ残らずフレイム渾身のお手製だ。
愛する妻のためだけに作られた、二つとして同じ物はない品。
『私の話を聞いても余裕綽々で笑っているばかり……本当に嫌な女ね! 自分の方が上位だと思ってるんでしょう。勝者のゆとりってわけ!?』
『ふふ、随分と姦しい精霊だ』
袖の袂を口元に当てて嗤うラミルファの声が冷たい。
「あ、あなたの話って何――もしかしてフレイムに髪留めとかお菓子をもらったというアレ? いえ、だってまさかフレイムを好いているなんて知らなくて、ただ思い出話をしてくれているとばかり……」
いきなりの激昂に付いて行けず、目を白黒させるアマーリを庇う形で、フルードが前に立った。大神官時代と同じ鋭さと酷薄さを帯びた眼差しで唇を開きかける。だが、フレイムの方が早かった。
『黙れ精霊』
常よりも低く重い声。だが、一切の感情を排除した美貌には、怒りも悲しみも憤激も浮かんでいない。路傍の小石に向けるような目で、遠き日の同輩を見ている。対峙するこの2名が共に汗を流していた日は、もう遥か彼方へと過ぎ去った。
『……フレイム?』
数呼吸置いて、投げられた言葉の意味を理解したのだろう。マイカが掠れた声を漏らす。
『精霊って、どうしてそんな言い方』
『お前にはお前なりの言い分があるのかと聞いていれば、どこまでも身勝手な妄言をほざくばかり。我が妻をどこまで愚弄すれば気が済むのか』
心胆が縮み上がるような威圧と共に、紅蓮の神威が熱と化し、ジリジリと大気を炙る。態度と口調を豹変させた意中の者に、愚行を犯した精霊が竦み上がる。ラミルファが呆れ顔で嘆息した。
『そもそもの話、実際にアマーリエの方が上位かつ勝者なのだよ。フレイムの妻にして高位神になったのだから。元が人間であろうが関係ない。ただの精霊とは全てが違いすぎる。そのようなことも分からぬとは、君は実に魯鈍だ』
「あの、別に勝負をしていたわけではないので……」
小さく異論を差し挟むアマーリエ。だが、この場の空気に圧倒され、消え入りそうな声しか出なかった。
そう言えば以前、フレイムも嵐神と同じような会話をしていた気がする。確か神使内定者の懇親会の時だった。自分たちは似た者夫婦なのだろうか。
『自身の欲望を満たすため、火神の神器を用途に反した目的で濫用し、我が神域で盗みを働き、聖威師の表決権を侵害しかけ、極め付けに我が妻を窮地に追いやった。事故や誤解による結果であればともかく、全て恣意的に行ったこととなれば、酌量の余地はない』
『い、委任状はすぐに返すつもりだったの! 聖威師様の権利を侵すつもりなんかなかった! ただ、燁神様が少しだけ慌てて困れば良い、私がフレイムに目をかけてもらえれば良いと思って……なのに、まさか疫神様がお出でになるなんて――』
ついに神に対する丁寧な言葉遣いまでかなぐり捨て、マイカが言い訳を並べる。彼女の中で、フレイムの時は精霊のまま止まっているのかもしれない。かつては自分の同胞だった意中の彼。必死で謝罪すれば、以前と同じように分かってくれる、許してくれる、助けてくれると。
真赤の炎が踊った。ワインレッドの髪が長くうねり、混じり気のない赤に染まる。その瞬間、フルードが片膝を付いて低頭し、一歩下がったラミルファが胸に片手を当て、恭しく礼をした。アマーリエも慌ててひれ伏す。従神たちも深く額突き、精霊たちは床に這いつくばった。
『これはこれは火神様、ご機嫌麗しく』
ラミルファと同様の所作で敬意を示した疫神が笑う。焔火神として真の本性を顕現させたフレイムが、髪と同じ色に変じた瞳を場に一巡させる。
『神格を持つ者は楽にせよ』
そして、目の前にいる精霊を見た。腰を抜かしてへたり込むマイカが、か細い声で懇願する。
『待ってフレイム、お願い……』
『黙れ、衣冠禽獣の使役風情が。許可も得ず火神様の御名を呼ぶでない』
疫神が冷厳さを孕んだ声で言い放った。それは刃物の一閃が通過したような鋭利さで空気を裂き、精霊の言葉の続きを切り捨てる。
『火神の権限において、精霊マイカの担当を変更する』
11
あなたにおすすめの小説
結婚十年目の夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。彼は「送り間違えた」というけれど、それはそれで問題なのでは?
ぽんた
恋愛
レミ・マカリスター侯爵夫人は、夫と政略結婚をして十周年。侯爵夫人として、義父母の介護や領地経営その他もろもろを完ぺきにこなしている。そんなある日、王都に住む夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。義弟を通じ、夫を追求するも夫は「送り間違えた。ほんとうは金を送れというメモを送りたかった」という。レミは、心から思った。「それはそれで問題なのでは?」、と。そして、彼女の夫にたいするざまぁがはじまる。
※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。
婚約破棄から50年後
あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。
そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。
できない子に転生しましたが、家族と食卓があれば十分です ―人間不信だった私が、ゆっくり育つ異世界生活―
愛朱ひいろ
ファンタジー
人の顔色ばかり伺い、心を壊した26歳の会社員女性。
彼女は死後、異世界で「できない子」として転生する。
魔法は使えない。
体は不器用で、成長も人より遅い。
前世の記憶のせいで、人と関わることが少し怖い。
けれどこの世界には、
見守り支えてくれる両親と、
あたたかい食卓があった。
泣いて、つまずいて、できないことに落ち込みながら、
彼女は少しずつ「できないままでも、生きていていい」と知っていく。
これは、
最強でもチートでもない主人公が、
家族と食事に支えられながら、ゆっくり育ち直す
生活密着型・異世界転生×成長×グルメファンタジー。
……の、予定です。
毎日更新できるように執筆がんばります!
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。
灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。
曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。
婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。
前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。
ローザリンデの第二の人生
梨丸
恋愛
伯爵令嬢、ローザリンデの夫はいつも彼女より仕事を優先させ、彼女を無碍にしている。
彼には今はもういない想い人がいた。
私と結婚したことにいい思いをしていないことは知っていた。
けれど、私の命が懸かっていた時でさえも、彼の精神は変わらなかった。
あなたが愛してくれないのなら、私は勝手に幸せになります。
吹っ切れたローザリンデは自分自身の幸せのために動くことにした。
※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。)
1/10 HOTランキング2位、ありがとうございます。
侯爵令嬢ソフィアの結婚
今野綾
恋愛
ソフィアは希少なグリーンアイを持つヴィンセントと結婚したが、これは金が欲しいソフィアの父の思惑と高い爵位が欲しいヴィンセントの思惑が一致したからに過ぎない
そもそもヴィンセントには美しい恋人がいる
美男美女と名高いヴィンセントとその恋人は身分に大きな差があるために結婚することは叶わないのだ
その事をソフィアも耳にしており、この結婚が形ばかりのものであることを知っていた
結婚して早々、ソフィアは実家から連れてきた侍女夫婦とあばら家に住むように言われて…
表紙はかなさんです✨
ありがとうございます😊
2024.07.05
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる