神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘

文字の大きさ
463 / 605
第6章

54.その貌を見てはならない

しおりを挟む
 一瞬の後、驚愕とどよめきが広間に発生し、浜辺に打ち寄せる波のごとく広がっていく。

『分不相応、身の程知らず……俺は貪婪どんらんな者が大好きなんだ。奸佞邪智かんねいじゃちな精霊よ、貴き我が目に留めていただけたことを誇るが良い』
『そ、んな……!』

 ヨルンの顔面が、血液が抜け落ちるように蒼白になっていく。歯の根が合わない口から、カタカタと軋み音が漏れた。

《アマーリエ様、悪神の愛し子は――》

 後方で様子を見ていたリーリアが、上擦った声を飛ばして来る。対照的におっとりした言葉で先を紡ぐのは祐奈だ。

《ええ、神罰牢並の責め苦を与えられて弄ばれる生き餌です。どれだけ酷い扱いをされても死ねないように神性を刻まれるだけですので、神になれるわけではありませんし神威も使えません》
《ど、どうにかしてあげられないかしら。そうだわ、慶事中なのだから恩赦が与えられるはず――》
《それは難しいと思いますわ、アマーリエ大神官。これは処罰ではなく、精霊の望みを叶えてやる褒賞という位置付け。そもそも恩赦が適用されるものではありませんの》

 冷静な意見はルルアージュだ。どうやらこの念話網は、聖威師を対象に展開されているようだ。

(そ、それもそうね)

 一人納得したアマーリエは、必死で頭を回転させる。同時に、葬邪神の体が鈍黒の霧に包まれた。蒸気を上げるような音を立てて霧が薄れると、巨大なボロ布を頭から被って全身を覆った異形が虚空に浮かんでいた。

『あはっ。アレクの悪神姿だ』

 クルンと一回転して床に着地した疫神がキャラキャラと笑った。

《アマーリエ、他の聖威師もだ、絶対に父上のご尊顔を見るな! 恐怖でショック死して完全昇天するぞ!》

 切羽詰まった念話が弾ける。アリステルからだ。

『そのお姿を取られるのは久しぶりですね。ヴェーゼを怖がらせないためにと、めっきり人の姿でいるようになってからはご無沙汰でした』

 ラミルファがスタスタと近付き、長兄に向かって背伸びをすると、よいしょと両腕を伸ばした。宙に浮遊している葬邪神が、『何だ?』と言わんばかりにカクンと首を傾げ、ふよよよと降りて来た。
 頭部から顔にかけてをすっぽり包んでいる布をペロッとめくり、中に隠された兄の顔をじっと眺めたラミルファは、にっこりと破顔する。

『相変わらず素敵なお顔ですね。威圧を抑えているのは残念ですが、放出すれば聖威師たちの精神が耐えられないので仕方ありませんか』

 アマーリエや聖威師たちからは、葬邪神が背を向ける状態になっているので――ラミルファと葬邪神がそう位置取ったのだろうが――容貌は見えない。だが、美醜の基準が逆転している悪神が絶賛するということは、アマーリエたちの基準では凄惨なものだろう。

『この精霊を我が愛し子に』

 葬邪神の言葉が響く。妙にくぐもった声だった。脳裏に直接わんわんと反響する、一言で表せば不快極まりない音。だというのに、何故か伏し拝みたくなるほどの威厳と崇高さを帯びている。

『我が寵を得られることを光栄に思え』

 ラミルファが元通りに布を降ろすと、黒い塊がスゥーと床を滑ってヨルンに近付いた。床に転がされている精霊の顔を覗き込むと、生温い風が吹いて布を巻き上げる。

『ぎぃやああああぁあああああああぁぁああああああああぁあああああっっっ!!!』

 やはりアマーリエたちからは見えなかったが、正面にいたヨルンはしっかりと目視したらしい。屠殺される家畜のごとき叫喚を上げ、口から泡を吹いて仰け反る。淡い紫色をしていた髪が、一瞬で白髪に変わった。股間からジワリと漏れ出た液体が床に広がる。

『あっ、またお漏らし。さっき、ちょっと小突いた時も、何度も漏らしてた。まだ出るんだ』
『おや、失神しないね。恐怖で忘我状態にもならない。ディスが正気と精神を強制維持させる術をかけたからだろうか』

 ケロリと嗤う疫神に続いて呟いたのは時空神だ。両目は閉じているが、周囲は問題なく見えているようだ。疫神がグッと親指を立ててウインクする。

『正解。我、抜かりなし』

 色持ちの神々の大半は、目の前で繰り広げられる光景を達観視している。ヨルンを嘲ったり馬鹿にしてはいないが、憐れんだり気遣ったりもしていない。道端の雑草に向ける眼差しと同じだ。鷹神と孔雀神はマイペースに羽繕いをしており、戦神は退屈そうに欠伸をして闘神に小突かれている。

『これより愛し子の誓約を結ぶ。拒絶しようとも、心身を操り否応無く受諾させる』
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

できない子に転生しましたが、家族と食卓があれば十分です ―人間不信だった私が、ゆっくり育つ異世界生活―

愛朱ひいろ
ファンタジー
人の顔色ばかり伺い、心を壊した26歳の会社員女性。 彼女は死後、異世界で「できない子」として転生する。 魔法は使えない。 体は不器用で、成長も人より遅い。 前世の記憶のせいで、人と関わることが少し怖い。 けれどこの世界には、 見守り支えてくれる両親と、 あたたかい食卓があった。 泣いて、つまずいて、できないことに落ち込みながら、 彼女は少しずつ「できないままでも、生きていていい」と知っていく。 これは、 最強でもチートでもない主人公が、 家族と食事に支えられながら、ゆっくり育ち直す 生活密着型・異世界転生×成長×グルメファンタジー。 ……の、予定です。 毎日更新できるように執筆がんばります!

身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」 魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。 鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。 (な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?) 実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。 レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。 「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」 冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。 一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。 「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」 これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。

結婚十年目の夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。彼は「送り間違えた」というけれど、それはそれで問題なのでは?

ぽんた
恋愛
レミ・マカリスター侯爵夫人は、夫と政略結婚をして十年目。侯爵夫人として、義父母の介護や領地経営その他もろもろを完ぺきにこなしている。そんなある日、王都に住む夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。義弟を通じ、夫を追求するも夫は「送り間違えた。ほんとうは金を送れというメモを送りたかった」という。レミは、心から思った。「それはそれで問題なのでは?」、と。そして、彼女の夫にたいするざまぁがはじまる。 ※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。

処理中です...