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第6章
53.嗤う葬邪神
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「信じられない……」
気が付けば、アマーリエは押し出すように肉声を放っていた。聖威で背後を窺うと、聖獣たちとマーカスが呆気に取られた様子で硬直している。よもや自分たちの成したことが、精霊の心に燻っていた願望を刺激してしまうとは思ってもいなかっただろう。
(あなたの私的な欲望のためにアンディを危険に晒したの? 高位神の神威に焼かれれば、聖威師とはいえどうなるか分かったものではないのに)
そのようなことは、精霊であるヨルンとて承知していたはず。にも関わらず――危険性を分かっていながら、我欲を優先させたのだ。
《フレイム……お義姉様の火の周囲に結界は張っていなかったの? もしくは見張りを置くとか》
《なかったはずだ。あの炎は火神の一族であるユフィーを歓迎するために、姉神が直々に用意したものだ。それは神々も精霊も知らされてる。――高位神が高位神のために手ずから掲げた神火。そんなものに恣意的に手を出せば、ほぼ確実に神罰牢行きだ》
密かに念話すると、応じてくれた夫の声が脳裏に重々しく響く。
《だから、結界とか監視とかの措置を取る間でもなく、誰も下手な真似はしないってのが当然の考えだった》
ヨルンのような愚行を犯す者が出ること自体、想定の範囲外だったのだ。
『神になった神使たちが羨ましかった。神格さえ得られれば、永遠の安泰と安寧が約束される。それは全ての使役の悲願です! だけど、そんな幸運と奇跡に恵まれる者なんか滅多に出ない。無数にいる精霊のほとんどは、数百年、数千年、数万年が経とうとも、永劫に使役のまま。僕も選ばれた一握りになりたかった!』
『ほぉ、そんなに神格が欲しいのか』
痛烈な叫びが木霊する中、場違いに明るい声が響いた。皆の視線が一点を向く。口を挟めずに傍観していたアマーリエは、恐る恐る発言者を呼んだ。
「葬邪神様……?」
『うん? 何かな、アマーリエ』
「い、いえ……御発言に驚いてしまいました。恐れ多くも大神様のお言葉を遮る非礼、申し開きもございません」
『アマーリエ、気にするな。このタイミングでいきなり喋り出した一の兄上が悪いのだよ。兄上、アマーリエを驚かせないでやって下さい』
フレイムやフルードに先んじてフォローしてくれたのは、末の邪神だった。腰に両手を当て、自分より遥かに上背のある長兄を見上げてプンプン頰を膨らませている。葬邪神の肩に乗る疫神が、小さな手で拍手した。
『ププッ。アレク、叱られた~』
『ああ、そうだったか。急に口を開いてすまんな。驚いただけなら、特に急ぎの用事があるわけではないんだな?』
「は、はい。大変失礼いたしました」
『では俺の話を進めさせてくれ。――精霊よ、お前はそこまで神格が欲しかったのか。可哀想になぁ。今回の件は許し難いが、きっと切望が迷走してしまっただけなんだろう』
漆黒の双眸が妖艶な光を放って眇められた。気配を薄くして控えめに佇んでいたフロースが、観察者の眼で葬邪神を眺め、そろりと近付いて来るのが見えた。フレイムの袖を引いて小声で何かを告げる。近くにいたアマーリエは、唇の動きで何を言ったか察した。
――何だか雲行きが怪しい。あの精霊、まずいんじゃないか
フレイムは無言のまま泡の神を一瞥し、葬邪神とヨルンを交互に見た。冷たく凍る山吹色の奥に微かに燃えるのは、それでも完全には消し切れぬ旧友への情か。
『その心意気への褒賞として、この俺がお前の望みを叶えてやろうではないか』
神々の長兄が慈悲深く破顔した。だが、双眸と唇に刻まれた笑みの種類は、紛れもなく嗤笑と嘲笑。神々に対してはめっぽう世話焼きで情が深い彼は、しかし、れっきとした禍神の長子でもある。
『精霊ヨルン。お前を俺の愛し子にしてやろう。良かったなぁ、これで神格をもらえるぞ』
気が付けば、アマーリエは押し出すように肉声を放っていた。聖威で背後を窺うと、聖獣たちとマーカスが呆気に取られた様子で硬直している。よもや自分たちの成したことが、精霊の心に燻っていた願望を刺激してしまうとは思ってもいなかっただろう。
(あなたの私的な欲望のためにアンディを危険に晒したの? 高位神の神威に焼かれれば、聖威師とはいえどうなるか分かったものではないのに)
そのようなことは、精霊であるヨルンとて承知していたはず。にも関わらず――危険性を分かっていながら、我欲を優先させたのだ。
《フレイム……お義姉様の火の周囲に結界は張っていなかったの? もしくは見張りを置くとか》
《なかったはずだ。あの炎は火神の一族であるユフィーを歓迎するために、姉神が直々に用意したものだ。それは神々も精霊も知らされてる。――高位神が高位神のために手ずから掲げた神火。そんなものに恣意的に手を出せば、ほぼ確実に神罰牢行きだ》
密かに念話すると、応じてくれた夫の声が脳裏に重々しく響く。
《だから、結界とか監視とかの措置を取る間でもなく、誰も下手な真似はしないってのが当然の考えだった》
ヨルンのような愚行を犯す者が出ること自体、想定の範囲外だったのだ。
『神になった神使たちが羨ましかった。神格さえ得られれば、永遠の安泰と安寧が約束される。それは全ての使役の悲願です! だけど、そんな幸運と奇跡に恵まれる者なんか滅多に出ない。無数にいる精霊のほとんどは、数百年、数千年、数万年が経とうとも、永劫に使役のまま。僕も選ばれた一握りになりたかった!』
『ほぉ、そんなに神格が欲しいのか』
痛烈な叫びが木霊する中、場違いに明るい声が響いた。皆の視線が一点を向く。口を挟めずに傍観していたアマーリエは、恐る恐る発言者を呼んだ。
「葬邪神様……?」
『うん? 何かな、アマーリエ』
「い、いえ……御発言に驚いてしまいました。恐れ多くも大神様のお言葉を遮る非礼、申し開きもございません」
『アマーリエ、気にするな。このタイミングでいきなり喋り出した一の兄上が悪いのだよ。兄上、アマーリエを驚かせないでやって下さい』
フレイムやフルードに先んじてフォローしてくれたのは、末の邪神だった。腰に両手を当て、自分より遥かに上背のある長兄を見上げてプンプン頰を膨らませている。葬邪神の肩に乗る疫神が、小さな手で拍手した。
『ププッ。アレク、叱られた~』
『ああ、そうだったか。急に口を開いてすまんな。驚いただけなら、特に急ぎの用事があるわけではないんだな?』
「は、はい。大変失礼いたしました」
『では俺の話を進めさせてくれ。――精霊よ、お前はそこまで神格が欲しかったのか。可哀想になぁ。今回の件は許し難いが、きっと切望が迷走してしまっただけなんだろう』
漆黒の双眸が妖艶な光を放って眇められた。気配を薄くして控えめに佇んでいたフロースが、観察者の眼で葬邪神を眺め、そろりと近付いて来るのが見えた。フレイムの袖を引いて小声で何かを告げる。近くにいたアマーリエは、唇の動きで何を言ったか察した。
――何だか雲行きが怪しい。あの精霊、まずいんじゃないか
フレイムは無言のまま泡の神を一瞥し、葬邪神とヨルンを交互に見た。冷たく凍る山吹色の奥に微かに燃えるのは、それでも完全には消し切れぬ旧友への情か。
『その心意気への褒賞として、この俺がお前の望みを叶えてやろうではないか』
神々の長兄が慈悲深く破顔した。だが、双眸と唇に刻まれた笑みの種類は、紛れもなく嗤笑と嘲笑。神々に対してはめっぽう世話焼きで情が深い彼は、しかし、れっきとした禍神の長子でもある。
『精霊ヨルン。お前を俺の愛し子にしてやろう。良かったなぁ、これで神格をもらえるぞ』
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