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第6章
68.発想の転換
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軽やかでありながら荘厳な声が、はっきりと言い切った。いったんは口を閉ざしていた太古の神だ。
「狼神様……?」
『お前の言う通り、三千年余りだ、アマーリエ。人間や若神の感覚では長き時だろう。歴代の天威師と聖威師は、それだけの年月をかけて天への慰撫を積み重ねて来た。その成果が花開き、現在では民の信仰心が高まり、神に対する畏敬の念も大幅に回復している』
遠くを見つめる眼が映しているのは、おそらく神苑の光景ではない。時代の流れの中で絶え間なく死力を尽くし続けた、歴世の天威師と聖威師たちの姿だ。
『連綿と受け継がれて来た、身を粉にする尽力。それにより、現時点において神々の怒りは相当に和らいでいる。入眠していた怒れる神々も、一眠りしたことで多少は冷静になっておるし、覚醒していた神々から天威師と聖威師のことを聞き、衝撃を受けている。人間に嫉妬するという意味でな』
灰銀の双眸がキラリと光った。眼前に並んで座る聖威師たちを静かに眺める。
『さらに、お前たちが一時とはいえ帰天した。目の中に入れようとも痛くないほどに可愛い雛たちが懐に還って来てくれたのだ。その感動は如何ばかりであることか。――分かるか。今はこの上ない好機だ。地上の同胞たちが留まるのは神々の怒りも大きな要因なのだと、今このタイミングで改めて突き付けられれば、彼らは怒りを消す。同胞に戻って来て欲しいが故に』
フレイムが苦笑混じりに頭をかいた。
『実を言えばな、狼神様に協力してもらって、俺とラミルファがここ何日かで一部には既に根回ししたんだ。帰還派の中でも特に怒りが深い神とか、中核にいる神とか、キーポイントになる神とかを、今の要領で説得した』
「根回し――もしかして、だからこの数日忙しそうにしていたの? ……キーポイントになる神というのは?」
アマーリエの問いに答えたのは、舞い落ちて来た花びらを摘まみ取ったラミルファだった。薄桃色の柔らかな欠片を無造作に弾いて大気へと返す。
『三千年あまり前、神々が堪忍袋の尾を切るきっかけになった存在だよ。神への畏敬を忘れた人間たちに虐げられた元聖威師たちだ。彼らが心から納得しなくては、怒れる神々に勘気を消してもらうことは難しいからね。さて、クイズだ。結果はどうだったと思う?』
最後は悪戯っぽくニヤリと笑って放たれた設問。答えを予想するのは簡単だった。上手くいっていなければ、あるいは反応が芳しくなければ、今こうしてここに来てはいないだろう。代表で答えたのはリーリアだった。
「首尾は上々……という言い方で伝わりますかしら?」
邪神が正解だと言わんばかりに親指を立てる。
『怒れる神々は、自身の悲憤より同胞の帰天を取ったよ。人間を滅ぼして神罰牢に落とすことも撤回して良いと言った。言い換えれば、人間への怒りより同胞への愛を選んだということだ。ねぇフレイム?』
『ああ。キーになる神々も……かつて人間に虐げられた元聖威師たちも、過去のことはもう良いから同胞に還って来て欲しいと望んだぜ』
アマーリエたちは息を呑んだ。神々の怒りによる存亡の危機から人間を脱却させる。それは三千年以上に及ぶ天威師と聖威師の悲願だ。今まさに、その達成に片足を踏み込んでいる。
『そういうわけで、上手くいったよ。ちなみに神々には、聖威師には僕たちからきちんと話すから、まだ言わないで欲しいと頼んでおいた。下手にフライングされたら混乱の元だからね』
(もしかして、それで神々がそわそわしていたのかしら)
この何日か、天界の神々が妙に落ち着かない雰囲気だったのは、そのためだったらしい。
『いや、まさに発想の転換ですなぁ。新たな着眼点と申しますか』
狼神が苦笑いした。ふわふわの銀髪に花びらが何枚かくっ付いている。それを横目で見ているフルードは、気のせいか微妙に指をわきわきさせている。まさか狼姿の時のようにモフりたいのだろうか。
『神の怒りを解くことは、人が自ずとやり遂げなければならない。ゆえに、天威師も聖威師も干渉できませんでした。しかし、まさか人間を外野に置き、神同士の情愛を活用することで、怒りを解くのではなく超える形で解消させるとは』
『ふふ、言ったでしょう。怒りを消すのに必要なものは愛だと』
「狼神様……?」
『お前の言う通り、三千年余りだ、アマーリエ。人間や若神の感覚では長き時だろう。歴代の天威師と聖威師は、それだけの年月をかけて天への慰撫を積み重ねて来た。その成果が花開き、現在では民の信仰心が高まり、神に対する畏敬の念も大幅に回復している』
遠くを見つめる眼が映しているのは、おそらく神苑の光景ではない。時代の流れの中で絶え間なく死力を尽くし続けた、歴世の天威師と聖威師たちの姿だ。
『連綿と受け継がれて来た、身を粉にする尽力。それにより、現時点において神々の怒りは相当に和らいでいる。入眠していた怒れる神々も、一眠りしたことで多少は冷静になっておるし、覚醒していた神々から天威師と聖威師のことを聞き、衝撃を受けている。人間に嫉妬するという意味でな』
灰銀の双眸がキラリと光った。眼前に並んで座る聖威師たちを静かに眺める。
『さらに、お前たちが一時とはいえ帰天した。目の中に入れようとも痛くないほどに可愛い雛たちが懐に還って来てくれたのだ。その感動は如何ばかりであることか。――分かるか。今はこの上ない好機だ。地上の同胞たちが留まるのは神々の怒りも大きな要因なのだと、今このタイミングで改めて突き付けられれば、彼らは怒りを消す。同胞に戻って来て欲しいが故に』
フレイムが苦笑混じりに頭をかいた。
『実を言えばな、狼神様に協力してもらって、俺とラミルファがここ何日かで一部には既に根回ししたんだ。帰還派の中でも特に怒りが深い神とか、中核にいる神とか、キーポイントになる神とかを、今の要領で説得した』
「根回し――もしかして、だからこの数日忙しそうにしていたの? ……キーポイントになる神というのは?」
アマーリエの問いに答えたのは、舞い落ちて来た花びらを摘まみ取ったラミルファだった。薄桃色の柔らかな欠片を無造作に弾いて大気へと返す。
『三千年あまり前、神々が堪忍袋の尾を切るきっかけになった存在だよ。神への畏敬を忘れた人間たちに虐げられた元聖威師たちだ。彼らが心から納得しなくては、怒れる神々に勘気を消してもらうことは難しいからね。さて、クイズだ。結果はどうだったと思う?』
最後は悪戯っぽくニヤリと笑って放たれた設問。答えを予想するのは簡単だった。上手くいっていなければ、あるいは反応が芳しくなければ、今こうしてここに来てはいないだろう。代表で答えたのはリーリアだった。
「首尾は上々……という言い方で伝わりますかしら?」
邪神が正解だと言わんばかりに親指を立てる。
『怒れる神々は、自身の悲憤より同胞の帰天を取ったよ。人間を滅ぼして神罰牢に落とすことも撤回して良いと言った。言い換えれば、人間への怒りより同胞への愛を選んだということだ。ねぇフレイム?』
『ああ。キーになる神々も……かつて人間に虐げられた元聖威師たちも、過去のことはもう良いから同胞に還って来て欲しいと望んだぜ』
アマーリエたちは息を呑んだ。神々の怒りによる存亡の危機から人間を脱却させる。それは三千年以上に及ぶ天威師と聖威師の悲願だ。今まさに、その達成に片足を踏み込んでいる。
『そういうわけで、上手くいったよ。ちなみに神々には、聖威師には僕たちからきちんと話すから、まだ言わないで欲しいと頼んでおいた。下手にフライングされたら混乱の元だからね』
(もしかして、それで神々がそわそわしていたのかしら)
この何日か、天界の神々が妙に落ち着かない雰囲気だったのは、そのためだったらしい。
『いや、まさに発想の転換ですなぁ。新たな着眼点と申しますか』
狼神が苦笑いした。ふわふわの銀髪に花びらが何枚かくっ付いている。それを横目で見ているフルードは、気のせいか微妙に指をわきわきさせている。まさか狼姿の時のようにモフりたいのだろうか。
『神の怒りを解くことは、人が自ずとやり遂げなければならない。ゆえに、天威師も聖威師も干渉できませんでした。しかし、まさか人間を外野に置き、神同士の情愛を活用することで、怒りを解くのではなく超える形で解消させるとは』
『ふふ、言ったでしょう。怒りを消すのに必要なものは愛だと』
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