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第7章
53.一方、地上では
◆◆◆
「お姉ちゃん、一体どうなってるの?」
「分からないわ。急に空が黒く……」
隣接する帝都と皇都の中央本府。その境に集った地上番の聖威師たちは、幼い体を強張らせて真っ暗な空を見上げていた。不安げに袖を掴むアンディを宥めつつ、ミンディも眉を曇らせる。無数の点と大きな燐光が、共にドス黒い輝きを垂れ流しながら天を席巻しているのだ。
――少し前、全国各地の神器の挙動が一斉におかしくなったという急報が入り、主任神官と副主任を筆頭に高位の神官たちが大わらわで確認に当たり始めた。当然、ミンディたちも状況の把握に奔走していたが、その矢先に空が色を変えたのだ。
「霞――じゃないな。虫……いや、生きている気配がしないから、細かいのは粉か? だけど、たくさんフラフラしてる黒い火の玉は何なんだ?」
「今は空を漂っているだけだけど、少しずつ地上に降りて来てるよ、兄さん。神器も一斉に不安定になったと主任たちが青ざめているし、何が起こっているんだろう」
「ラモス様とディモス様が大神官たちに連絡を取って下さっているが……」
表情を硬くして言葉を交わす大樹と高芽。美種が黒穹を指して叫んだ。
「お兄ちゃん、鳥さんが落っこちちゃった!」
黒点に埋め尽くされた上空から、翼を広げた鳥が落下して来る。羽根も体躯も無残に腐食し、あちこちが溶けていた。右の眼窩がぽっかり空いているのは、眼球が流れ落ちてしまったのか。聖威師の眼には、鳥の悲愴な成れの果てがはっきりと視認できる。
「これは酷いな……」
大樹が顔を歪めて呟いた。唯一幸いと言えることは、鳥の躰に残る気を遠隔で探ったところ、苦しんで死んだ痕跡がないということだ。おそらく致死量の何かにより、一瞬で意識が無くなった。
と、ちびっ子聖威師たちの背後で透明な輝きが立ち昇り、虚空を翔けると鳥を包み込んだ。
『空から来た物を地上に近付けてはいけない。毒の粉が付いている!』
『黒い点は悪神の毒粉です。触れれば地上も汚染されてしまいます!』
「ラモス様、ディモス様!」
振り返ったアンディが声を上げた。二頭の獅子が聖威を発現させ、上空を窺っている。
ヒタリヒタリと迫り来る破滅の息吹。気付けば風が凪ぎ、庭園の草花が枯れ、噴水の水が干上がっていた。上方から押し寄せる毒蜜に当てられ、地上までが死滅しようとしている。じわじわ下降する黒い光は間もなく地上へ到達し、天地を丸ごと呑み込んでこの星を死の世界へ変えるだろう。
「悪神の毒とはどういうことですか?」
高芽が硬い声で問いかけた時、リーリアから念話が届いた。
《ミンディ、アンディ、大樹、高芽、美種。聞こえますわね。緊急連絡ですわ》
《空と神器の件でしょうか?》
《聖獣様から、悪神様の毒と伺いました》
大樹とミンディが即応した。5名の中で落ち着いているのは、当然だがこの年長者たちだ。
《ええ。もう少し詳しく言えば、悪神様ご自身ではなく、神器によるものですの》
その言葉に、皆は色々な意味で表情を変えた。喜ばしくもあれば緊張を孕む内容でもあったからだ。関与しているのが神自身ではなく神器ならば、神の不興や怒りを買ったわけではない。その点は安堵して良い。だが、神が関わっていないならば天威師が出られないため、聖威師が対処に乗り出すことになる。つまり自分たちが。
《高位神の神器による変事ですし、通常の神ではなく悪神です。あなたたちはまだ経験が浅いこともありますから、今回はわたくしたちが出ますわ》
リーリアはその言葉に続き、これまでの経過をざっと説明してくれた。エアニーヌと慧音がしでかした何重もの愚挙と失態に、こちらの聖威師たちは言葉もない。
《て、天界に無断で昇って神々に自分をごり押しして、聖威師を強襲して神域を荒らして、悪神の生き餌になって神器で遊んで、果ては毒を地上に撒き散らした……》
ミンディが呻くように呟いた経緯は、羅列すると神官としては有り得ない行為ばかりだ。
《お空にいる魂も穢れちゃったの?》
《それってすごく大変なことですよね? 地下世界に引き込まれてしまうんでしょう?》
美種とアンディが心配そうな顔で、黒染めの空を見晴るかした。
「お姉ちゃん、一体どうなってるの?」
「分からないわ。急に空が黒く……」
隣接する帝都と皇都の中央本府。その境に集った地上番の聖威師たちは、幼い体を強張らせて真っ暗な空を見上げていた。不安げに袖を掴むアンディを宥めつつ、ミンディも眉を曇らせる。無数の点と大きな燐光が、共にドス黒い輝きを垂れ流しながら天を席巻しているのだ。
――少し前、全国各地の神器の挙動が一斉におかしくなったという急報が入り、主任神官と副主任を筆頭に高位の神官たちが大わらわで確認に当たり始めた。当然、ミンディたちも状況の把握に奔走していたが、その矢先に空が色を変えたのだ。
「霞――じゃないな。虫……いや、生きている気配がしないから、細かいのは粉か? だけど、たくさんフラフラしてる黒い火の玉は何なんだ?」
「今は空を漂っているだけだけど、少しずつ地上に降りて来てるよ、兄さん。神器も一斉に不安定になったと主任たちが青ざめているし、何が起こっているんだろう」
「ラモス様とディモス様が大神官たちに連絡を取って下さっているが……」
表情を硬くして言葉を交わす大樹と高芽。美種が黒穹を指して叫んだ。
「お兄ちゃん、鳥さんが落っこちちゃった!」
黒点に埋め尽くされた上空から、翼を広げた鳥が落下して来る。羽根も体躯も無残に腐食し、あちこちが溶けていた。右の眼窩がぽっかり空いているのは、眼球が流れ落ちてしまったのか。聖威師の眼には、鳥の悲愴な成れの果てがはっきりと視認できる。
「これは酷いな……」
大樹が顔を歪めて呟いた。唯一幸いと言えることは、鳥の躰に残る気を遠隔で探ったところ、苦しんで死んだ痕跡がないということだ。おそらく致死量の何かにより、一瞬で意識が無くなった。
と、ちびっ子聖威師たちの背後で透明な輝きが立ち昇り、虚空を翔けると鳥を包み込んだ。
『空から来た物を地上に近付けてはいけない。毒の粉が付いている!』
『黒い点は悪神の毒粉です。触れれば地上も汚染されてしまいます!』
「ラモス様、ディモス様!」
振り返ったアンディが声を上げた。二頭の獅子が聖威を発現させ、上空を窺っている。
ヒタリヒタリと迫り来る破滅の息吹。気付けば風が凪ぎ、庭園の草花が枯れ、噴水の水が干上がっていた。上方から押し寄せる毒蜜に当てられ、地上までが死滅しようとしている。じわじわ下降する黒い光は間もなく地上へ到達し、天地を丸ごと呑み込んでこの星を死の世界へ変えるだろう。
「悪神の毒とはどういうことですか?」
高芽が硬い声で問いかけた時、リーリアから念話が届いた。
《ミンディ、アンディ、大樹、高芽、美種。聞こえますわね。緊急連絡ですわ》
《空と神器の件でしょうか?》
《聖獣様から、悪神様の毒と伺いました》
大樹とミンディが即応した。5名の中で落ち着いているのは、当然だがこの年長者たちだ。
《ええ。もう少し詳しく言えば、悪神様ご自身ではなく、神器によるものですの》
その言葉に、皆は色々な意味で表情を変えた。喜ばしくもあれば緊張を孕む内容でもあったからだ。関与しているのが神自身ではなく神器ならば、神の不興や怒りを買ったわけではない。その点は安堵して良い。だが、神が関わっていないならば天威師が出られないため、聖威師が対処に乗り出すことになる。つまり自分たちが。
《高位神の神器による変事ですし、通常の神ではなく悪神です。あなたたちはまだ経験が浅いこともありますから、今回はわたくしたちが出ますわ》
リーリアはその言葉に続き、これまでの経過をざっと説明してくれた。エアニーヌと慧音がしでかした何重もの愚挙と失態に、こちらの聖威師たちは言葉もない。
《て、天界に無断で昇って神々に自分をごり押しして、聖威師を強襲して神域を荒らして、悪神の生き餌になって神器で遊んで、果ては毒を地上に撒き散らした……》
ミンディが呻くように呟いた経緯は、羅列すると神官としては有り得ない行為ばかりだ。
《お空にいる魂も穢れちゃったの?》
《それってすごく大変なことですよね? 地下世界に引き込まれてしまうんでしょう?》
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