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第7章
63.塔の上での語らい
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◆◆◆
神威を帯びた風がザァッと吹き抜けた。
天界の共有領域、その一角にそびえる塔。長大な塔の上に座し、遊運命神はボゥッと空を眺めていた。
青みがかった鉛色の瞳の中には、右目と左目で異なる遊戯盤が浮き上がり、双方に星くずのごとく煌めく光点が飛び交っている。ダラリと片膝を立てて座る彼の神の四方にも輝く盤面が大量に広がり、それぞれに無数の光の駒が動き回っていた。
『シュナ、いっぱい遊んでる』
『ディス様』
弾力のあるボールのように飛び跳ねて来た小さな影を、隈の浮いた容貌が一瞥する。多重展開した盤面を見てキャラッと笑いながら、幼児姿の疫神がテーンと遊運命神の隣に座った。
『アレク、報せて来た。2匹の人間、アリステルの神使、なった』
『私もアレク様とハーティから念話で事の次第を聞いた。2匹とも喜んでいたとか』
『うん。ホントは地下行き。でも、アリステルの神使、なって助かった、思ってる。アリステル、先代大神官。元聖威師。だから、神官に酷いことしない。自分たち、普通の神使と変わらない。そう信じてる。――とんだ勘違い』
甲高い嗤笑が神聖な空を貫いた。
『アリステル、悪神化、始まった。元人間の情、これから薄くなる。どんどん失くなってく』
アマーリエがその言葉を聞いていれば、『荒神化に悪霊化と来て、次は悪神化ですか。◯◯化シリーズってロクなものがないですね』と嘆いていただろう。
『我、聖威師のこと、いっぱいお勉強した。詳しくなったよ』
えっへんと胸を張り、疫神がちっちっちと指を振る。
『聖威師、神格表出させれば、人から神の精神に転じる。奇跡の聖威師、ただの神と違う、悪神に変容する』
『ああ。神と人間は精神の構造が根本から異なるが、通常の神ではなく悪神となれば、その乖離はより大きくなる。かるがゆえに奇跡の聖威師の場合、変容が――悪神化が完了するまでは幾ばくかの星霜がかかる』
遊運命神の言葉に、零れ落ちそうに大きな幼神の目がクリンと動いた。
『奇跡の聖威師の場合、神格を出してから悪神化が開始するまでの期間には個体差がある。あの子は……アリステルはかなり目覚めが速い』
『当然。あの子、アレクの〝特別〟なった逸材』
遊運命神の言葉に賛同を返しながら、幼い子どもの形をした疫神は、ここではない場所をじぃっと視る。渺々たる眼差しが映すのは、己の片割れの姿。自領の長椅子に座り、神衣の中に我が子を大事そうに包んでいる。大柄な葬邪神にすっぽり抱えられ、細身のアリステルはその中に埋まっていた。
父や兄弟などの家族神を除けば〝特別〟を持たず、愛し子にも宝玉にも興味が無かった葬邪神が、初めて家族以外で見初めた存在。
脳裏に広がる光景の中で、神衣がもそりと動いた。葬邪神の腕の中でぐったりしていたアリステルが、小さく身動ぎしたようだ。緩やかに瞼が開き、海底の瞳がチラリと覗く。
『ヴェーゼ、無理に動かんで良い』
『パパ……何かフラフラする。体に力が入らない』
答えた声は、常よりずっとあどけなく甘えたものだ。アリステルがこの話し方をするのは、葬邪神とそれに準ずる身内しかいない時だけだ。
『毒神様から受けた神威が回復し切れてないのかな?』
神の肉体は虚構のものなのに何故、と困惑する我が子の頭を撫で、葬邪神は優しく語りかけた。
『そうではない。それはきちんと全快しているとも。今の状態は、お前が俺たちに近付き始めた証拠なんだなぁ。悪神化の第一歩を踏み出したことで、魂がビックリしておる。それが脱力という形で、仮初めの体に現れているだけだ』
『悪神化の、第一歩……?』
『どうもあの2匹は、お前好みの生き餌だったようだ。悪神にはそれぞれ嗜好がある。あの2匹と見えたことで、お前の中に眠っていた悪神の部分が反応したんだ』
本来は、もっと長い年月をかけて徐々に覚醒していくはずだった悪神としての性が、己の嗜好に合うエアニーヌと慧音を目の当たりにしたことで、一気に目覚めへと近付いた。それで魂が驚き、体に影響が出ている。
神威を帯びた風がザァッと吹き抜けた。
天界の共有領域、その一角にそびえる塔。長大な塔の上に座し、遊運命神はボゥッと空を眺めていた。
青みがかった鉛色の瞳の中には、右目と左目で異なる遊戯盤が浮き上がり、双方に星くずのごとく煌めく光点が飛び交っている。ダラリと片膝を立てて座る彼の神の四方にも輝く盤面が大量に広がり、それぞれに無数の光の駒が動き回っていた。
『シュナ、いっぱい遊んでる』
『ディス様』
弾力のあるボールのように飛び跳ねて来た小さな影を、隈の浮いた容貌が一瞥する。多重展開した盤面を見てキャラッと笑いながら、幼児姿の疫神がテーンと遊運命神の隣に座った。
『アレク、報せて来た。2匹の人間、アリステルの神使、なった』
『私もアレク様とハーティから念話で事の次第を聞いた。2匹とも喜んでいたとか』
『うん。ホントは地下行き。でも、アリステルの神使、なって助かった、思ってる。アリステル、先代大神官。元聖威師。だから、神官に酷いことしない。自分たち、普通の神使と変わらない。そう信じてる。――とんだ勘違い』
甲高い嗤笑が神聖な空を貫いた。
『アリステル、悪神化、始まった。元人間の情、これから薄くなる。どんどん失くなってく』
アマーリエがその言葉を聞いていれば、『荒神化に悪霊化と来て、次は悪神化ですか。◯◯化シリーズってロクなものがないですね』と嘆いていただろう。
『我、聖威師のこと、いっぱいお勉強した。詳しくなったよ』
えっへんと胸を張り、疫神がちっちっちと指を振る。
『聖威師、神格表出させれば、人から神の精神に転じる。奇跡の聖威師、ただの神と違う、悪神に変容する』
『ああ。神と人間は精神の構造が根本から異なるが、通常の神ではなく悪神となれば、その乖離はより大きくなる。かるがゆえに奇跡の聖威師の場合、変容が――悪神化が完了するまでは幾ばくかの星霜がかかる』
遊運命神の言葉に、零れ落ちそうに大きな幼神の目がクリンと動いた。
『奇跡の聖威師の場合、神格を出してから悪神化が開始するまでの期間には個体差がある。あの子は……アリステルはかなり目覚めが速い』
『当然。あの子、アレクの〝特別〟なった逸材』
遊運命神の言葉に賛同を返しながら、幼い子どもの形をした疫神は、ここではない場所をじぃっと視る。渺々たる眼差しが映すのは、己の片割れの姿。自領の長椅子に座り、神衣の中に我が子を大事そうに包んでいる。大柄な葬邪神にすっぽり抱えられ、細身のアリステルはその中に埋まっていた。
父や兄弟などの家族神を除けば〝特別〟を持たず、愛し子にも宝玉にも興味が無かった葬邪神が、初めて家族以外で見初めた存在。
脳裏に広がる光景の中で、神衣がもそりと動いた。葬邪神の腕の中でぐったりしていたアリステルが、小さく身動ぎしたようだ。緩やかに瞼が開き、海底の瞳がチラリと覗く。
『ヴェーゼ、無理に動かんで良い』
『パパ……何かフラフラする。体に力が入らない』
答えた声は、常よりずっとあどけなく甘えたものだ。アリステルがこの話し方をするのは、葬邪神とそれに準ずる身内しかいない時だけだ。
『毒神様から受けた神威が回復し切れてないのかな?』
神の肉体は虚構のものなのに何故、と困惑する我が子の頭を撫で、葬邪神は優しく語りかけた。
『そうではない。それはきちんと全快しているとも。今の状態は、お前が俺たちに近付き始めた証拠なんだなぁ。悪神化の第一歩を踏み出したことで、魂がビックリしておる。それが脱力という形で、仮初めの体に現れているだけだ』
『悪神化の、第一歩……?』
『どうもあの2匹は、お前好みの生き餌だったようだ。悪神にはそれぞれ嗜好がある。あの2匹と見えたことで、お前の中に眠っていた悪神の部分が反応したんだ』
本来は、もっと長い年月をかけて徐々に覚醒していくはずだった悪神としての性が、己の嗜好に合うエアニーヌと慧音を目の当たりにしたことで、一気に目覚めへと近付いた。それで魂が驚き、体に影響が出ている。
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