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第8章
2.幸せの追憶 前編
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◆◆◆
『ねえ、あなた。このところ、仕事が立て続いてお疲れに見えますわ。たまには休息を取らなくては。今度、皆で散歩に行きませんか?』
母が穏やかに眦を下げて言い、母に甘い父が快諾したことで、自分も含めて家族で外に出た。天界の共有領域の中にある、使役たちが休憩や余暇のために使う庭園に足を延ばす。
多忙な務めを最速でこなして時間をこじ開けた父の提案で、あまり利用者がいない刻限を選んだ。父は神と精霊の狭間に位置する異例の立場なので、他の使役たちがいれば緊張させてしまうからだという。厳しいと評判の父だが、他者を思いやる優しい面もきちんと持っているのだ。
『お父様、お母様、花が綺麗です』
久しぶりの家族での外出に心が踊り、自然と声が高くなる。
父が一緒なので、利用する庭園は使役が使う中では最上級の場所だ。神々が戯れる神苑には遠く及ばずとも、ここも十二分に美しい。父は神の領域に片足を踏み入れているので、神苑を使えないこともないのだが、自身の性格と妻子が一緒であることにより遠慮した。母と自分はただの精霊だからだ。
はしゃぐ自分に、手を繋いでくれている母が笑っている。ふわりと波打つ金髪に、満天の夜空を映したような碧眼。常と同じく美しいその姿を見上げると、かつて言われた言葉が脳裏に去来する。
――お聞きなさい、アディ。あなたのお父様は、この天界に数多いる使役を束ねる大役を担っておられます。その子として生まれたあなたには、これより先多くの者が近付き、心地よい言葉を投げかけて来るでしょう。妻である私も、そのような経験をして来ました
――ですが皆が見ているのは、私たちの背後にいらっしゃるお父様であって、私たち自身ではないのです。本心から温かな言葉をかけてくれる者と、腹に魂胆を抱えて甘言を吹き込む者を見誤ってはいけません
――あなたが当たり前に享受している暮らしは、他の使役にとっては垂涎の的なのです。上質な衣食住、大切に傅かれる環境、高度な教育と展望に満ちた未来。それら全て、通常の使役が喉から手が出るほど欲しても、得ることが難しいものであると知っておきなさい
――時にはこの生活を息苦しいと感じることもあるでしょう。それは当然のことです。しかしそれは、恵まれた立場にいる者の苦悩であることを自覚するのです。その上で自分が取るべき言動を考え、選び、お決めなさい。自身の魂が指し示すままに
(はい、お母様)
かつて母より与えられた諭しは、この身に宿る魂の一部と化して刻まれている。そう、偉いのも凄いのも努力しているのも父。それに、陰から父を支えている母。自分は彼らの子で、たまたま強い霊威を持って生まれたから、皆が優しくしてくれるだけ。それを忘れたことも、忘れることもない。
『今日はパンケーキサンドを作って来たんですよ。あなたもアディもこれが大好きだから』
『お前が作ってくれる物は全部好物だ』
いつも通り仲睦まじい言葉を交わす両親が、柔らかな緑の中に腰を下ろした。両親に挟まれる形で座ると、父が持って来たバスケットを開けた。
『わぁ、美味しそう!』
覗き込んだ途端、歓声が漏れる。籠の中には、淡いクリーム色を中心に、赤や白、黄色に緑など様々な彩が煌めいていた。薄く焼いた小さめの生地に、クリームやフルーツ、肉、野菜、チーズなどを乗せて二つ折りにしたパンケーキサンドだ。バスケットに整然と詰められたこれは母の得意料理で、父と自分の大好物でもある。
『たくさんあるから、好きな物を何個でもお食べなさい』
『お前が先に選ぶと良い』
『良いのですか、お父様?』
自分たちの中で最も序列が上であり、別格の立場と力を有するのは父だ。必然、家族の中では何をするにも父が最優先となる。だが今回は、その父が一番を譲ってくれた。礼を言ってから、瑞々しい葉野菜と卵フィリングを挟んだ物を取る。続いて、両親もそれぞれ好みのパンケーキを手にした。
(早く食べたいな)
お気に入りの食事を前に、頰が緩むのが抑え切れなかった。
『ねえ、あなた。このところ、仕事が立て続いてお疲れに見えますわ。たまには休息を取らなくては。今度、皆で散歩に行きませんか?』
母が穏やかに眦を下げて言い、母に甘い父が快諾したことで、自分も含めて家族で外に出た。天界の共有領域の中にある、使役たちが休憩や余暇のために使う庭園に足を延ばす。
多忙な務めを最速でこなして時間をこじ開けた父の提案で、あまり利用者がいない刻限を選んだ。父は神と精霊の狭間に位置する異例の立場なので、他の使役たちがいれば緊張させてしまうからだという。厳しいと評判の父だが、他者を思いやる優しい面もきちんと持っているのだ。
『お父様、お母様、花が綺麗です』
久しぶりの家族での外出に心が踊り、自然と声が高くなる。
父が一緒なので、利用する庭園は使役が使う中では最上級の場所だ。神々が戯れる神苑には遠く及ばずとも、ここも十二分に美しい。父は神の領域に片足を踏み入れているので、神苑を使えないこともないのだが、自身の性格と妻子が一緒であることにより遠慮した。母と自分はただの精霊だからだ。
はしゃぐ自分に、手を繋いでくれている母が笑っている。ふわりと波打つ金髪に、満天の夜空を映したような碧眼。常と同じく美しいその姿を見上げると、かつて言われた言葉が脳裏に去来する。
――お聞きなさい、アディ。あなたのお父様は、この天界に数多いる使役を束ねる大役を担っておられます。その子として生まれたあなたには、これより先多くの者が近付き、心地よい言葉を投げかけて来るでしょう。妻である私も、そのような経験をして来ました
――ですが皆が見ているのは、私たちの背後にいらっしゃるお父様であって、私たち自身ではないのです。本心から温かな言葉をかけてくれる者と、腹に魂胆を抱えて甘言を吹き込む者を見誤ってはいけません
――あなたが当たり前に享受している暮らしは、他の使役にとっては垂涎の的なのです。上質な衣食住、大切に傅かれる環境、高度な教育と展望に満ちた未来。それら全て、通常の使役が喉から手が出るほど欲しても、得ることが難しいものであると知っておきなさい
――時にはこの生活を息苦しいと感じることもあるでしょう。それは当然のことです。しかしそれは、恵まれた立場にいる者の苦悩であることを自覚するのです。その上で自分が取るべき言動を考え、選び、お決めなさい。自身の魂が指し示すままに
(はい、お母様)
かつて母より与えられた諭しは、この身に宿る魂の一部と化して刻まれている。そう、偉いのも凄いのも努力しているのも父。それに、陰から父を支えている母。自分は彼らの子で、たまたま強い霊威を持って生まれたから、皆が優しくしてくれるだけ。それを忘れたことも、忘れることもない。
『今日はパンケーキサンドを作って来たんですよ。あなたもアディもこれが大好きだから』
『お前が作ってくれる物は全部好物だ』
いつも通り仲睦まじい言葉を交わす両親が、柔らかな緑の中に腰を下ろした。両親に挟まれる形で座ると、父が持って来たバスケットを開けた。
『わぁ、美味しそう!』
覗き込んだ途端、歓声が漏れる。籠の中には、淡いクリーム色を中心に、赤や白、黄色に緑など様々な彩が煌めいていた。薄く焼いた小さめの生地に、クリームやフルーツ、肉、野菜、チーズなどを乗せて二つ折りにしたパンケーキサンドだ。バスケットに整然と詰められたこれは母の得意料理で、父と自分の大好物でもある。
『たくさんあるから、好きな物を何個でもお食べなさい』
『お前が先に選ぶと良い』
『良いのですか、お父様?』
自分たちの中で最も序列が上であり、別格の立場と力を有するのは父だ。必然、家族の中では何をするにも父が最優先となる。だが今回は、その父が一番を譲ってくれた。礼を言ってから、瑞々しい葉野菜と卵フィリングを挟んだ物を取る。続いて、両親もそれぞれ好みのパンケーキを手にした。
(早く食べたいな)
お気に入りの食事を前に、頰が緩むのが抑え切れなかった。
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