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第8章
4.ある過去の情景 前編
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◆◆◆
『お許し下さい!』
血を吐くような哀訴が、見晴るかす天井に木霊している。容積の限界を持たない神殿の広間に集うのは数多の神々、上座にある数段高い舞台に佇むは色とりどりの神威を持つ高位神。そして舞台の最前中央に立つのは、火神の長子・煉神ブレイズ。自分の姉神だ。
『神逐だけはお許しを……!』
手足を縛り上げられた上でブレイズの従神たちに引きずられ、段下に平伏させられた青年が泣哭している。縮れた髪は無残にほつれ、ややつり目がちの瞳はしとどに濡れて腫れ上がっていた。生来の美しい容貌は見る影もなくやつれ衰えている。
『うるさい』
ブレイズの一言で、従神たちがすぐさま青年に神威の猿轡を噛ませた。くぐもった悲鳴と喘鳴が鈍く反響する。
腕組みし、無表情にそれを見下ろすルビー色の目は、微かに揺らめいていた。ほんの僅かな痛みと躊躇を宿した眼差し。姉はまだ、目の前の者を完全には切り捨ててはいないのだと察した。
ここまでしなくても良いと、反射的に体が動きかける。だが、カタカタと何かが擦れ合うような音がそれを遮った。
『動クな。お前は見テいるだけで良イと、皆から言われテいるだろウ』
いつの間にか、視界に入るだけでムカつく奴の姿が隣にあった。密やかな囁きが耳に滑り込む。
『それは――けど……!』
姉と神々の背面に庇われる形で舞台の奥に引っ込められている自分は、この場では口出しも手出しも無用だとあらかじめ言い含められている。
『やれヤれ、顕現してスぐに、神逐ヲこの目で見られルとは。中々に面白イ』
骨を鳴らしながら嗤う骸骨を横面で睨み、舌打ちを堪えながら、声量を抑えた声を絞り出す。
『何しに来やがった』
『連れナいことを言ウな。我ガ親友とお話しをシに来ただケだ』
《誰が親友だ気色悪いわ!》
念話で返したのは、肉声で怒鳴ってしまえば神々にまで聞こえてしまうからだ。
《フフフ》
横にいる神は、律儀に念話で応じて来る。醜悪な蛆虫を無数に這わせる肢体を見ていると、反射的にスーパーキラキラクリーンパウダー……もとい、神聖なる浄化の火で焼き払ってしまいたくなる。だが、そんなことをしたらお返しにウルトラベトベトヘドロスプレーをお見舞いするよと冗談混じりに言われているので、我慢した。悪神の醜悪なブツを噴射されるなどまっぴらごめんだ。向こうも同じように考えているだろうが。
《何笑ってやがる。相変わらずいけ好かねえなお前は》
《ソれはこチらの台詞だトも》
そう、この神とは出会い頭からして最悪だった。精霊を消耗品扱いする発言をしたことがこちらの逆鱗に触れた……のではなく、精霊を身内だと思う心が急速に薄れている状況を見抜かれたから。
《――お前は心が痛まねえのか。アイツは箔付けとはいえ神格を賜ってる。広い意味では俺たちの同胞じゃねえか。俺だってほんの少し前まではアイツと同じ立場だった》
火神の神使となり、限定的な神格を授かった時から、神々は自分を火神の御子にカウントしてくれるようになった。正式な神ではないため、正規の御子とは扱われなかったが。焔神の神格を得た今の自分を火神の嫡子だとするなら、神使であった頃の自分は、言ってみれば婚外子のような位置付けだった。
《心は痛ムよ。だが、正式な神デある君とアレとでは、考エる間でもなク君が優先ダ。あア、全くバカな奴だ。我欲ヲ満たしたイがためだケに、我らガ身内たる君を虐メていたナど》
《それは俺が神になる前の……ただの精霊だった頃の話だ。神々の基準じゃ、精霊だった頃の俺は身内にカウントされないんだろ》
《だガ今の君ハ完全なル神。正真正銘、僕たチの大切な同胞ダ。そしテ、今現在ノ君が過去に加虐さレた事実に痛みヲ抱いてオり、なおカつ加虐行為が利己的感情によルものだった時点で、アレは有罪確定だヨ》
《それはそれは、神々様らしい御神慮だことで》
《フフ、君ももウ、そノ神の一員だ》
『お許し下さい!』
血を吐くような哀訴が、見晴るかす天井に木霊している。容積の限界を持たない神殿の広間に集うのは数多の神々、上座にある数段高い舞台に佇むは色とりどりの神威を持つ高位神。そして舞台の最前中央に立つのは、火神の長子・煉神ブレイズ。自分の姉神だ。
『神逐だけはお許しを……!』
手足を縛り上げられた上でブレイズの従神たちに引きずられ、段下に平伏させられた青年が泣哭している。縮れた髪は無残にほつれ、ややつり目がちの瞳はしとどに濡れて腫れ上がっていた。生来の美しい容貌は見る影もなくやつれ衰えている。
『うるさい』
ブレイズの一言で、従神たちがすぐさま青年に神威の猿轡を噛ませた。くぐもった悲鳴と喘鳴が鈍く反響する。
腕組みし、無表情にそれを見下ろすルビー色の目は、微かに揺らめいていた。ほんの僅かな痛みと躊躇を宿した眼差し。姉はまだ、目の前の者を完全には切り捨ててはいないのだと察した。
ここまでしなくても良いと、反射的に体が動きかける。だが、カタカタと何かが擦れ合うような音がそれを遮った。
『動クな。お前は見テいるだけで良イと、皆から言われテいるだろウ』
いつの間にか、視界に入るだけでムカつく奴の姿が隣にあった。密やかな囁きが耳に滑り込む。
『それは――けど……!』
姉と神々の背面に庇われる形で舞台の奥に引っ込められている自分は、この場では口出しも手出しも無用だとあらかじめ言い含められている。
『やれヤれ、顕現してスぐに、神逐ヲこの目で見られルとは。中々に面白イ』
骨を鳴らしながら嗤う骸骨を横面で睨み、舌打ちを堪えながら、声量を抑えた声を絞り出す。
『何しに来やがった』
『連れナいことを言ウな。我ガ親友とお話しをシに来ただケだ』
《誰が親友だ気色悪いわ!》
念話で返したのは、肉声で怒鳴ってしまえば神々にまで聞こえてしまうからだ。
《フフフ》
横にいる神は、律儀に念話で応じて来る。醜悪な蛆虫を無数に這わせる肢体を見ていると、反射的にスーパーキラキラクリーンパウダー……もとい、神聖なる浄化の火で焼き払ってしまいたくなる。だが、そんなことをしたらお返しにウルトラベトベトヘドロスプレーをお見舞いするよと冗談混じりに言われているので、我慢した。悪神の醜悪なブツを噴射されるなどまっぴらごめんだ。向こうも同じように考えているだろうが。
《何笑ってやがる。相変わらずいけ好かねえなお前は》
《ソれはこチらの台詞だトも》
そう、この神とは出会い頭からして最悪だった。精霊を消耗品扱いする発言をしたことがこちらの逆鱗に触れた……のではなく、精霊を身内だと思う心が急速に薄れている状況を見抜かれたから。
《――お前は心が痛まねえのか。アイツは箔付けとはいえ神格を賜ってる。広い意味では俺たちの同胞じゃねえか。俺だってほんの少し前まではアイツと同じ立場だった》
火神の神使となり、限定的な神格を授かった時から、神々は自分を火神の御子にカウントしてくれるようになった。正式な神ではないため、正規の御子とは扱われなかったが。焔神の神格を得た今の自分を火神の嫡子だとするなら、神使であった頃の自分は、言ってみれば婚外子のような位置付けだった。
《心は痛ムよ。だが、正式な神デある君とアレとでは、考エる間でもなク君が優先ダ。あア、全くバカな奴だ。我欲ヲ満たしたイがためだケに、我らガ身内たる君を虐メていたナど》
《それは俺が神になる前の……ただの精霊だった頃の話だ。神々の基準じゃ、精霊だった頃の俺は身内にカウントされないんだろ》
《だガ今の君ハ完全なル神。正真正銘、僕たチの大切な同胞ダ。そしテ、今現在ノ君が過去に加虐さレた事実に痛みヲ抱いてオり、なおカつ加虐行為が利己的感情によルものだった時点で、アレは有罪確定だヨ》
《それはそれは、神々様らしい御神慮だことで》
《フフ、君ももウ、そノ神の一員だ》
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