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第8章
18.三本角の霊獣
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「おー、トライコーンですねー」
息を飲むアマーリエの耳に、ランドルフが呟いた声が流れ込み、己の推測が当たっていることを悟る。同時に、神官府で習った内容を高速でめくり直した。
(三角獣、またの名をトライコーン。一角獣や二角獣が地上で生まれる霊獣であるのに対し、三角獣は天界にしかいない上位種なのよね)
だが、何故そのトライコーンがフレイムの神域の壁を破壊して突っ込んで来るのか。巨体を注視すると、気が不自然に揺らめいていた。明らかに常態ではない。だが、かつて魔神と疫神に操られていた魔牛と魔鳥のように、正気を失って発狂するところまでは行っていないように思った。
「――あの天馬みたいにパニックになっている?」
ポツリと声が漏れた。美種と相乗りした天馬が、頭上から落ちて来た剣に驚いて迷走したことを思い出したのだ。あわや神罰牢に堕ちかけたあの一件は記憶に残る恐怖体験となっている。
(このトライコーンはあの天馬の状態に似ている気がするわ。狂っているのではなくて、単に興奮しているような……)
低い唸りが空気を振動させた。突貫の先触れだ。再度の襲撃を予兆するように、三本角の獣が前傾姿勢を取り、前脚で床をかく。
『危ない、主!』
『お下がり下さい!』
聖獣たちが飛び出した。毛を逆立たせ、トライコーンを阻む形でアマーリエの前に立ちはだかる。
「ラモス、ディモス。私は大丈夫だから下がっていてちょうだい。結界に閉じ込めて隔離……いえ、鎮められるならば鎮めてしまった方が良いわ。暴走状態が続くのは良くないでしょう」
敢然とした声で告げれば、聖獣たちがこちらを見上げ、別方向をチラと一瞥してから頷いた。退く二頭と入れ替わりに前に出たアマーリエは、鎮静と正常の聖威を放つ。
無数の花弁が大気を彩り、息を弾ませるトライコーンに降りかかった。不吉に喉を鳴らしていた霊獣が瞬きし、小さく体を震わせて上方を見る。
火の粉が爆ぜ、光が瞬く。幻想的な焔の花が咲き誇る中、紅葉色の燐光を領布のごとく纏ったアマーリエは、舞うように体を滑らせて鎮めの儀を行なった。宙を踊る花びらと戯れるように、その最後のひとひらが舞い落ちるまで。
(これでどうかしら。気配は穏やかになったようだけれど)
宙を遊ぶ花弁が全て溶け消えるのを確認し、トライコーンを伺うと、すっかり落ち着きを取り戻した様子でパチパチと転瞬している。こうして見ると、つぶらな瞳が中々可愛い。正面から覗き込むと金色に輝く瞳は、見る角度によっては白や茶、灰色や緑などめまぐるしく色を変えている。
(良かった、上手くいったわ。天界で力を使うのはまだ慣れていないから、少し不安だったのよね)
肩の力を抜きながら後ろを顧みれば、聖威で創り出した光の弓を持ったランドルフが微笑んでいた。
「ご苦労様ですー。僕も鳴弦で鎮静化と正常化をしようと思ったのですが、ここは焔神様の領域ですから。愛し子のアマーリエ大神官にお願いすることにしたんですー」
アマーリエ大神官はやる気十分でしたしね、と告げる。音を奏でて浄化や鎮撫を行う技法は、彼の父であるフルードが得意としていたものだ。当のフルードは、竪琴を自在に弾きこなすルファリオンからその技を教わったという。
「見事な手際でしたよ。焔神様方もそう思われますよねー?」
結局使用しないまま用済みとなった弓を消したランドルフが、クルンと振り向いた。先程聖獣たちも一瞥していた方向だ。もちろん気付いていたアマーリエもそちらに目を向けた。
『ああ、そうだな』
視線の先には、緩やかに微笑むフレイムが佇んでいる。背後には従神と使役を従えていた。ここで騒ぎが起こったことを、彼らが察知しないわけがない。アマーリエが鎮撫の舞を披露する前から、転移で駆け付けていた。従神の一柱が刺すような視線でトライコーンを睨め付け、別の従神に『落ち着けってヴィーダ』と肩を叩かれている。
『ユフィーが動きそうな様子を見せてたからな、ここはに任せてみようかと思ったんだ』
「ええ、こんな状況になるなんて、天界で力を振るうことを想定した実地訓練としては最適じゃない」
息を飲むアマーリエの耳に、ランドルフが呟いた声が流れ込み、己の推測が当たっていることを悟る。同時に、神官府で習った内容を高速でめくり直した。
(三角獣、またの名をトライコーン。一角獣や二角獣が地上で生まれる霊獣であるのに対し、三角獣は天界にしかいない上位種なのよね)
だが、何故そのトライコーンがフレイムの神域の壁を破壊して突っ込んで来るのか。巨体を注視すると、気が不自然に揺らめいていた。明らかに常態ではない。だが、かつて魔神と疫神に操られていた魔牛と魔鳥のように、正気を失って発狂するところまでは行っていないように思った。
「――あの天馬みたいにパニックになっている?」
ポツリと声が漏れた。美種と相乗りした天馬が、頭上から落ちて来た剣に驚いて迷走したことを思い出したのだ。あわや神罰牢に堕ちかけたあの一件は記憶に残る恐怖体験となっている。
(このトライコーンはあの天馬の状態に似ている気がするわ。狂っているのではなくて、単に興奮しているような……)
低い唸りが空気を振動させた。突貫の先触れだ。再度の襲撃を予兆するように、三本角の獣が前傾姿勢を取り、前脚で床をかく。
『危ない、主!』
『お下がり下さい!』
聖獣たちが飛び出した。毛を逆立たせ、トライコーンを阻む形でアマーリエの前に立ちはだかる。
「ラモス、ディモス。私は大丈夫だから下がっていてちょうだい。結界に閉じ込めて隔離……いえ、鎮められるならば鎮めてしまった方が良いわ。暴走状態が続くのは良くないでしょう」
敢然とした声で告げれば、聖獣たちがこちらを見上げ、別方向をチラと一瞥してから頷いた。退く二頭と入れ替わりに前に出たアマーリエは、鎮静と正常の聖威を放つ。
無数の花弁が大気を彩り、息を弾ませるトライコーンに降りかかった。不吉に喉を鳴らしていた霊獣が瞬きし、小さく体を震わせて上方を見る。
火の粉が爆ぜ、光が瞬く。幻想的な焔の花が咲き誇る中、紅葉色の燐光を領布のごとく纏ったアマーリエは、舞うように体を滑らせて鎮めの儀を行なった。宙を踊る花びらと戯れるように、その最後のひとひらが舞い落ちるまで。
(これでどうかしら。気配は穏やかになったようだけれど)
宙を遊ぶ花弁が全て溶け消えるのを確認し、トライコーンを伺うと、すっかり落ち着きを取り戻した様子でパチパチと転瞬している。こうして見ると、つぶらな瞳が中々可愛い。正面から覗き込むと金色に輝く瞳は、見る角度によっては白や茶、灰色や緑などめまぐるしく色を変えている。
(良かった、上手くいったわ。天界で力を使うのはまだ慣れていないから、少し不安だったのよね)
肩の力を抜きながら後ろを顧みれば、聖威で創り出した光の弓を持ったランドルフが微笑んでいた。
「ご苦労様ですー。僕も鳴弦で鎮静化と正常化をしようと思ったのですが、ここは焔神様の領域ですから。愛し子のアマーリエ大神官にお願いすることにしたんですー」
アマーリエ大神官はやる気十分でしたしね、と告げる。音を奏でて浄化や鎮撫を行う技法は、彼の父であるフルードが得意としていたものだ。当のフルードは、竪琴を自在に弾きこなすルファリオンからその技を教わったという。
「見事な手際でしたよ。焔神様方もそう思われますよねー?」
結局使用しないまま用済みとなった弓を消したランドルフが、クルンと振り向いた。先程聖獣たちも一瞥していた方向だ。もちろん気付いていたアマーリエもそちらに目を向けた。
『ああ、そうだな』
視線の先には、緩やかに微笑むフレイムが佇んでいる。背後には従神と使役を従えていた。ここで騒ぎが起こったことを、彼らが察知しないわけがない。アマーリエが鎮撫の舞を披露する前から、転移で駆け付けていた。従神の一柱が刺すような視線でトライコーンを睨め付け、別の従神に『落ち着けってヴィーダ』と肩を叩かれている。
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