41 / 601
第1章
41.本物は彼
しおりを挟む
「ぁ……」
アマーリエがそろりと少年神の方に視線を移すと、蒼白な顔をしたミリエーナが、ジリジリと彼から距離を取っていた。
『どうした僕のレフィー。もっと近くにおいで』
「……あ……あなたは、運命神ですよね? この赤毛の神使がデタラメを言っている、そうですよね?」
まろやかな笑みを湛えて答えない少年神に代わり、壮年の神が口を開く。
『もちろん、全てデタラメだとも。この方はまさしくルファリオン――』
「アンタは黙ってて、ルファ様に聞いてるの!」
「あーもう、しゃーねえなぁ」
舌打ちしたフレイムが、軽い音を立てて指を鳴らした。
「本物を視せてやるよ」
空間に丸い光が現れ、中に美しい風景が映り込む。
そこは、神話の様子を記した伝記に出て来るような幻想的な場所だった。僅かの不純物も無い金銀の砂粒を敷き詰めた地面が広がっている。
無数の煌めきの上に咲いているのは、宝玉でできた色とりどりの草花。向こうがはっきりと透けて見えるほど透明度の高い宝玉だ。
虚空には天の星々をばら撒いたような瞬きがチカチカと明滅を繰り返し、オーロラのように揺らめく淡い光が、幾重もの聖なる幕となって大気を彩っている。
(……綺麗……)
アマーリエは、思わず状況を忘れて見入ってしまった。これほど純度の高い金銀玉は、人間の世界では決して採取できないだろう。
「ここは――」
「ん、天界だよ」
(やっぱり)
フレイムの郷里であり、聖威師が還るべき場所であり、霊威師がいずれ召される境地。神々の暮らす天の園だ。
なお、至高神は天界よりもさらに上の領域に坐すため、天威師たちは昇天すればそちらに帰還する。
『ねえ、どこにいるの! 出て来てちょうだい』
神秘的な風景がぐるりと角度を変え、ローズレッドの長髪を軽く結い上げた女性が映った。縦に裂けた瞳孔と尖った耳、神衣の上からでも分かるほどに豊満な肢体を持つ女性は、ルビー色の双眸をあちこちに向けている。
『ここだよ。何だい、ブレイズ。……おや、末の義弟くんも一緒かい』
輝く地面を踏みしめ、玉花が触れ合う澄んだ音と共に現れたのは、気弱そうな細身の青年だった。金と茶の中間の色をした髪に、寝起きの猫のように細まった瞳。ひょろりと細い腕には、大きな水晶の籠を抱えている。中には宝石の花々が詰まっていた。
『何の用かな?』
『地上の神官府から奏上が届いたわ。先日あなたに神託を請うたけれど届かないって。再度の請願が届いているから、託宣を下ろしてあげてくれないかしら』
『んー、今回はパスするよ。請願を受けるか否かは、請われた神の一存で決めることだし』
『今回も、でしょう。もう五回連続で請願を退けているわね』
『俺は今、天珠の採取で忙しいんだよ』
『あなたの神使にやらせたら良いのに』
『今まで何度も話して来たけどね、自分でやりたいんだよ』
『あなたは本当に天珠収集が好きね。いつも自分の神殿に引きこもって採取に明け暮れている』
『天珠は俺の全てなんだよ。もちろん、君のことは別格だけど』
青年が神秘の楽園をぐるりと見渡して笑う。
『ごらん、ほぼ全種類の天珠が咲き誇る俺の神苑を。那由多の時を経てここまで育てたんだ。俺は永遠に天珠と触れ合っていたい。人間なんかどうでもいいね』
『あなたは何千兆年経っても変わらないわね。でも、今回の請願は無視できないわ。聖威師が直々に請うて来たの』
『えっ』
籠の中の花をうっとりと撫でていた青年が、初めて顔色を変えた。
『聖威師は私たちの同胞だわ。神格を抑えていても、神だもの。大事な身内の訴えを拒絶できないでしょう』
『うん……それなら仕方ないな。なるほど、だからわざわざ君が来たのか』
唸った青年が口笛を吹くと、大鷲のごとき巨躯を持つ鳥が羽ばたいて来た。真っ白な鳥だ。羽や躰だけでなく、くちばしや脚、眼球までも全てが白い。
『この籠を俺の神殿に持って行って。収獲室のいつもの場所だ。絶対に落としてはいけないよ』
純白の脚に籠を引っ掛けられた鳥は、了承を示すように一声鳴いて飛び去った。手ぶらになった青年がやれやれと頭をかく。
『はぁ~、地上にも人間にもこれっぽっちも興味ないんだけどな。ちょこちょこ入るんだよ、俺を指名した神託の請願。何故だろうね?』
『運命なんてものを司ったのが運の尽き! 私はそう思うわよ。ねえ、ルファ――運命神ルファリオン』
『はは、運命神なのに運の尽きかぁ。ブレイズは面白いことを言うね。さすがは火神様の長子で俺の妻だ』
苦笑いした青年が無造作に左手を掲げると、二色の神威が腕に絡み付くように渦を巻いた。どちらも紫色だ。薄紫と深紫。濃度の異なる二つの色が絡まり混ざり合い、紫水晶でできた竪琴が顕現した。
ずっと糸目のまま閉じていた双眸が開き、その眼が露わになる。右目は淡い紫、左目は濃い紫。神威と同じ色だ。
『さぁ、開演の時間だ。運命を奏でに行こう』
竪琴を携えて軽やかに歩き出した青年が、追随する女性を振り返った。女性が切れ長の目を細めて笑う。
『その気になってくれて良かったわ。放っておけばいつまでも神殿にこもって天珠を愛でているんだもの。いい加減にお尻を叩いて出て来てもらおうと思っていたのよ』
『はは、君には適わないよ。ところで義弟くん。他の神からちらりと聞いたのだけど。この前、ラミルファと取っ組み合いの喧嘩をしたんだって? 人間の言語では火神と禍神は読みが同じだから、それをネタにして揶揄ったラミルファに激怒して飛びかかったんだっけ。若い子は元気だねぇ』
優しい語調での問いかけに、女性が苦笑交じりに答えた。
『そうなのよ。この子はまったく、ヤンチャなのだから――』
ぶちっと映像が切れた。
アマーリエがそろりと少年神の方に視線を移すと、蒼白な顔をしたミリエーナが、ジリジリと彼から距離を取っていた。
『どうした僕のレフィー。もっと近くにおいで』
「……あ……あなたは、運命神ですよね? この赤毛の神使がデタラメを言っている、そうですよね?」
まろやかな笑みを湛えて答えない少年神に代わり、壮年の神が口を開く。
『もちろん、全てデタラメだとも。この方はまさしくルファリオン――』
「アンタは黙ってて、ルファ様に聞いてるの!」
「あーもう、しゃーねえなぁ」
舌打ちしたフレイムが、軽い音を立てて指を鳴らした。
「本物を視せてやるよ」
空間に丸い光が現れ、中に美しい風景が映り込む。
そこは、神話の様子を記した伝記に出て来るような幻想的な場所だった。僅かの不純物も無い金銀の砂粒を敷き詰めた地面が広がっている。
無数の煌めきの上に咲いているのは、宝玉でできた色とりどりの草花。向こうがはっきりと透けて見えるほど透明度の高い宝玉だ。
虚空には天の星々をばら撒いたような瞬きがチカチカと明滅を繰り返し、オーロラのように揺らめく淡い光が、幾重もの聖なる幕となって大気を彩っている。
(……綺麗……)
アマーリエは、思わず状況を忘れて見入ってしまった。これほど純度の高い金銀玉は、人間の世界では決して採取できないだろう。
「ここは――」
「ん、天界だよ」
(やっぱり)
フレイムの郷里であり、聖威師が還るべき場所であり、霊威師がいずれ召される境地。神々の暮らす天の園だ。
なお、至高神は天界よりもさらに上の領域に坐すため、天威師たちは昇天すればそちらに帰還する。
『ねえ、どこにいるの! 出て来てちょうだい』
神秘的な風景がぐるりと角度を変え、ローズレッドの長髪を軽く結い上げた女性が映った。縦に裂けた瞳孔と尖った耳、神衣の上からでも分かるほどに豊満な肢体を持つ女性は、ルビー色の双眸をあちこちに向けている。
『ここだよ。何だい、ブレイズ。……おや、末の義弟くんも一緒かい』
輝く地面を踏みしめ、玉花が触れ合う澄んだ音と共に現れたのは、気弱そうな細身の青年だった。金と茶の中間の色をした髪に、寝起きの猫のように細まった瞳。ひょろりと細い腕には、大きな水晶の籠を抱えている。中には宝石の花々が詰まっていた。
『何の用かな?』
『地上の神官府から奏上が届いたわ。先日あなたに神託を請うたけれど届かないって。再度の請願が届いているから、託宣を下ろしてあげてくれないかしら』
『んー、今回はパスするよ。請願を受けるか否かは、請われた神の一存で決めることだし』
『今回も、でしょう。もう五回連続で請願を退けているわね』
『俺は今、天珠の採取で忙しいんだよ』
『あなたの神使にやらせたら良いのに』
『今まで何度も話して来たけどね、自分でやりたいんだよ』
『あなたは本当に天珠収集が好きね。いつも自分の神殿に引きこもって採取に明け暮れている』
『天珠は俺の全てなんだよ。もちろん、君のことは別格だけど』
青年が神秘の楽園をぐるりと見渡して笑う。
『ごらん、ほぼ全種類の天珠が咲き誇る俺の神苑を。那由多の時を経てここまで育てたんだ。俺は永遠に天珠と触れ合っていたい。人間なんかどうでもいいね』
『あなたは何千兆年経っても変わらないわね。でも、今回の請願は無視できないわ。聖威師が直々に請うて来たの』
『えっ』
籠の中の花をうっとりと撫でていた青年が、初めて顔色を変えた。
『聖威師は私たちの同胞だわ。神格を抑えていても、神だもの。大事な身内の訴えを拒絶できないでしょう』
『うん……それなら仕方ないな。なるほど、だからわざわざ君が来たのか』
唸った青年が口笛を吹くと、大鷲のごとき巨躯を持つ鳥が羽ばたいて来た。真っ白な鳥だ。羽や躰だけでなく、くちばしや脚、眼球までも全てが白い。
『この籠を俺の神殿に持って行って。収獲室のいつもの場所だ。絶対に落としてはいけないよ』
純白の脚に籠を引っ掛けられた鳥は、了承を示すように一声鳴いて飛び去った。手ぶらになった青年がやれやれと頭をかく。
『はぁ~、地上にも人間にもこれっぽっちも興味ないんだけどな。ちょこちょこ入るんだよ、俺を指名した神託の請願。何故だろうね?』
『運命なんてものを司ったのが運の尽き! 私はそう思うわよ。ねえ、ルファ――運命神ルファリオン』
『はは、運命神なのに運の尽きかぁ。ブレイズは面白いことを言うね。さすがは火神様の長子で俺の妻だ』
苦笑いした青年が無造作に左手を掲げると、二色の神威が腕に絡み付くように渦を巻いた。どちらも紫色だ。薄紫と深紫。濃度の異なる二つの色が絡まり混ざり合い、紫水晶でできた竪琴が顕現した。
ずっと糸目のまま閉じていた双眸が開き、その眼が露わになる。右目は淡い紫、左目は濃い紫。神威と同じ色だ。
『さぁ、開演の時間だ。運命を奏でに行こう』
竪琴を携えて軽やかに歩き出した青年が、追随する女性を振り返った。女性が切れ長の目を細めて笑う。
『その気になってくれて良かったわ。放っておけばいつまでも神殿にこもって天珠を愛でているんだもの。いい加減にお尻を叩いて出て来てもらおうと思っていたのよ』
『はは、君には適わないよ。ところで義弟くん。他の神からちらりと聞いたのだけど。この前、ラミルファと取っ組み合いの喧嘩をしたんだって? 人間の言語では火神と禍神は読みが同じだから、それをネタにして揶揄ったラミルファに激怒して飛びかかったんだっけ。若い子は元気だねぇ』
優しい語調での問いかけに、女性が苦笑交じりに答えた。
『そうなのよ。この子はまったく、ヤンチャなのだから――』
ぶちっと映像が切れた。
52
あなたにおすすめの小説
結婚十年目の夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。彼は「送り間違えた」というけれど、それはそれで問題なのでは?
ぽんた
恋愛
レミ・マカリスター侯爵夫人は、夫と政略結婚をして十周年。侯爵夫人として、義父母の介護や領地経営その他もろもろを完ぺきにこなしている。そんなある日、王都に住む夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。義弟を通じ、夫を追求するも夫は「送り間違えた。ほんとうは金を送れというメモを送りたかった」という。レミは、心から思った。「それはそれで問題なのでは?」、と。そして、彼女の夫にたいするざまぁがはじまる。
※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。
婚約破棄から50年後
あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。
そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。
できない子に転生しましたが、家族と食卓があれば十分です ―人間不信だった私が、ゆっくり育つ異世界生活―
愛朱ひいろ
ファンタジー
人の顔色ばかり伺い、心を壊した26歳の会社員女性。
彼女は死後、異世界で「できない子」として転生する。
魔法は使えない。
体は不器用で、成長も人より遅い。
前世の記憶のせいで、人と関わることが少し怖い。
けれどこの世界には、
見守り支えてくれる両親と、
あたたかい食卓があった。
泣いて、つまずいて、できないことに落ち込みながら、
彼女は少しずつ「できないままでも、生きていていい」と知っていく。
これは、
最強でもチートでもない主人公が、
家族と食事に支えられながら、ゆっくり育ち直す
生活密着型・異世界転生×成長×グルメファンタジー。
……の、予定です。
毎日更新できるように執筆がんばります!
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。
灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。
曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。
婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。
前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。
ローザリンデの第二の人生
梨丸
恋愛
伯爵令嬢、ローザリンデの夫はいつも彼女より仕事を優先させ、彼女を無碍にしている。
彼には今はもういない想い人がいた。
私と結婚したことにいい思いをしていないことは知っていた。
けれど、私の命が懸かっていた時でさえも、彼の精神は変わらなかった。
あなたが愛してくれないのなら、私は勝手に幸せになります。
吹っ切れたローザリンデは自分自身の幸せのために動くことにした。
※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。)
1/10 HOTランキング2位、ありがとうございます。
侯爵令嬢ソフィアの結婚
今野綾
恋愛
ソフィアは希少なグリーンアイを持つヴィンセントと結婚したが、これは金が欲しいソフィアの父の思惑と高い爵位が欲しいヴィンセントの思惑が一致したからに過ぎない
そもそもヴィンセントには美しい恋人がいる
美男美女と名高いヴィンセントとその恋人は身分に大きな差があるために結婚することは叶わないのだ
その事をソフィアも耳にしており、この結婚が形ばかりのものであることを知っていた
結婚して早々、ソフィアは実家から連れてきた侍女夫婦とあばら家に住むように言われて…
表紙はかなさんです✨
ありがとうございます😊
2024.07.05
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる