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第1章
93.大好き①
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◆◆◆
「まあ! フレイム、まだ地上にいられるの?」
嬉しさが抑え切れず、アマーリエは声を弾ませた。
「あの人たちの処遇が決まったから、もう天に還るのだと思っていたわ」
ダライ、ネイーシャ、ミリエーナ、そしてシュードンは神官の務めから外され、地下で苦役に従事することになった。並行して、調教神オーアによる徹底的な再教育を受けるのだという。更生できるかどうかと死後の命運は、本人たちにかかっている。
ただし、仮に改心して天界に上がって来られたとしても、もはやアマーリエとは身分も立場も違う。フレイムの同意なく接触されることはないという。
「ああ、母神から特別に許可が出たんだ。密命をちゃんと果たした褒美ってことでな」
フレイムも明るい表情で笑っている。火神の命は既に完遂したことから、神使ではなく神としての降臨が許可された。そのため、もう神格を抑えてはいない。
とはいえ、神は理由なく地上に関わらないのが原則。神格を解放した状態で下界に降りる場合は短時間かつ単発が基本となっている。今回は火神の許可を得ての特別降臨なのでそれには当てはまらないが、それでも御稜威は可能な限り抑制しておくと言っていた。
「ま、褒美ってのは表向きで……実際のところは愛し子を得た祝いだろう。ユフィーとの新婚生活を楽しめっていうお心遣いだ」
「えっ」
頰をかいて言うフレイムに、アマーリエも顔を赤くする。お互い照れたように見つめ合った時、ゴォンと帝城の鐘が鳴った。
「もう少しで神官府の式典の時間だわ」
我に返ったアマーリエは、フレイムと手を繋いで歩き出した。
「お前、大神官の代理で式典の開会挨拶を任されたんだもんな。緊張して壇上ですっ転ぶなよ」
「転ばないわよ、失礼ね!」
「お前が捻挫でもしたら俺が暴れて会場をぶっ壊してやるからな」
「……絶対に怪我しないようにするわ」
神官府の中でも、聖威師と一部の霊威師しか入れない区画を歩いていると、応接室から声が聞こえて来た。フレイムと二人して中を覗くと、フルードが深水色の神官衣を来た神官と向かい合っている。
(濃い水色……属国にある神官府の方だわ。というか……あら? あの人、テスオラ王国の副主任ではない?)
帝国の属国の神官は水色、皇国の属国の神官は臙脂色の法衣を着用する。大神官の前で下を向いて畏まっている横顔には見覚えがあった。アマーリエがつい最近までいたテスオラ王国の神官府で、副主任であった神官だ。
(もしかして、彼が新しい主任神官になったのかしら)
アマーリエがいた頃の主任神官はダライの腰巾着で、常に彼の顔色を窺っては媚びへつらっていた。だが、サード家への取り調べでその件も明らかになり、主任神官の地位から更迭されたという。テスオラ王国だけではない。ここ帝都中央本府にいるダライの上司も、部下への教育不行き届きで処分を検討されていると聞く。
フルードがいつもの優しい笑みを浮かべて言った。
「何ですか、今回の不手際は。神への祈願で使用する守り玉の種類を間違えるなど。皇国語の安全と安産を間違えて発注し、儀式が始まる寸前で気付いて緊急救助要請の念話を送って来るとはどういう了見ですか。いきなり安産の守り玉を送って来られ、何とかして下さいと泣きつかれても困ります。誰が産めばいいのかと私たち聖威師は大騒ぎだったのですよ」
「何の話だよ……」
フレイムが呟き、アマーリエは遠い目をした。聖威師になりたてのアマーリエは、まだこういった対応には参加していない。が、色々と大変なようだ。
「それから。そちらの神官府から届く定期報告書を読みました。新米の受付係が、身分証を偽造した不審者の侵入を許してしまったそうですね。牛乳配達員を装った者が神官府を訪れ、ある神官から個人的に毎日注文を受けていると言うのを信じて結界を開けてしまったとか」
トントンとデスクを叩き、フルードが抑揚のない声で言う。
「馬鹿ですか? 職場にプライベートの牛乳配達をさせる神官がいるわけないでしょう。しかも大瓶をダース単位でという注文だったと書かれていましたよ。一人で毎日牛乳の大瓶を12本も飲む者がどこにいるのですか」
アマーリエとフレイムは仲良くズコッとこけた。不審者も受付もどちらも馬鹿である。
「主任神官として、神官たちの引き締めを徹底して下さい」
やはり彼が新しい主任になっていたらしい。聖威師から直々の注意を受け、縮こまって謝罪している。
「大体、あなたの所の神官はいつも要領を得ないのです。下らない話を長々と念話し、その第一声が『俺、俺です、俺俺、ほら俺』ですよ。誰ですか俺って。危うく詐欺だと思って通報しかけましたよ」
「「…………」」
アマーリエは無言でフレイムと顔を見合わせ、コソコソとその場を後にした。
「まあ! フレイム、まだ地上にいられるの?」
嬉しさが抑え切れず、アマーリエは声を弾ませた。
「あの人たちの処遇が決まったから、もう天に還るのだと思っていたわ」
ダライ、ネイーシャ、ミリエーナ、そしてシュードンは神官の務めから外され、地下で苦役に従事することになった。並行して、調教神オーアによる徹底的な再教育を受けるのだという。更生できるかどうかと死後の命運は、本人たちにかかっている。
ただし、仮に改心して天界に上がって来られたとしても、もはやアマーリエとは身分も立場も違う。フレイムの同意なく接触されることはないという。
「ああ、母神から特別に許可が出たんだ。密命をちゃんと果たした褒美ってことでな」
フレイムも明るい表情で笑っている。火神の命は既に完遂したことから、神使ではなく神としての降臨が許可された。そのため、もう神格を抑えてはいない。
とはいえ、神は理由なく地上に関わらないのが原則。神格を解放した状態で下界に降りる場合は短時間かつ単発が基本となっている。今回は火神の許可を得ての特別降臨なのでそれには当てはまらないが、それでも御稜威は可能な限り抑制しておくと言っていた。
「ま、褒美ってのは表向きで……実際のところは愛し子を得た祝いだろう。ユフィーとの新婚生活を楽しめっていうお心遣いだ」
「えっ」
頰をかいて言うフレイムに、アマーリエも顔を赤くする。お互い照れたように見つめ合った時、ゴォンと帝城の鐘が鳴った。
「もう少しで神官府の式典の時間だわ」
我に返ったアマーリエは、フレイムと手を繋いで歩き出した。
「お前、大神官の代理で式典の開会挨拶を任されたんだもんな。緊張して壇上ですっ転ぶなよ」
「転ばないわよ、失礼ね!」
「お前が捻挫でもしたら俺が暴れて会場をぶっ壊してやるからな」
「……絶対に怪我しないようにするわ」
神官府の中でも、聖威師と一部の霊威師しか入れない区画を歩いていると、応接室から声が聞こえて来た。フレイムと二人して中を覗くと、フルードが深水色の神官衣を来た神官と向かい合っている。
(濃い水色……属国にある神官府の方だわ。というか……あら? あの人、テスオラ王国の副主任ではない?)
帝国の属国の神官は水色、皇国の属国の神官は臙脂色の法衣を着用する。大神官の前で下を向いて畏まっている横顔には見覚えがあった。アマーリエがつい最近までいたテスオラ王国の神官府で、副主任であった神官だ。
(もしかして、彼が新しい主任神官になったのかしら)
アマーリエがいた頃の主任神官はダライの腰巾着で、常に彼の顔色を窺っては媚びへつらっていた。だが、サード家への取り調べでその件も明らかになり、主任神官の地位から更迭されたという。テスオラ王国だけではない。ここ帝都中央本府にいるダライの上司も、部下への教育不行き届きで処分を検討されていると聞く。
フルードがいつもの優しい笑みを浮かべて言った。
「何ですか、今回の不手際は。神への祈願で使用する守り玉の種類を間違えるなど。皇国語の安全と安産を間違えて発注し、儀式が始まる寸前で気付いて緊急救助要請の念話を送って来るとはどういう了見ですか。いきなり安産の守り玉を送って来られ、何とかして下さいと泣きつかれても困ります。誰が産めばいいのかと私たち聖威師は大騒ぎだったのですよ」
「何の話だよ……」
フレイムが呟き、アマーリエは遠い目をした。聖威師になりたてのアマーリエは、まだこういった対応には参加していない。が、色々と大変なようだ。
「それから。そちらの神官府から届く定期報告書を読みました。新米の受付係が、身分証を偽造した不審者の侵入を許してしまったそうですね。牛乳配達員を装った者が神官府を訪れ、ある神官から個人的に毎日注文を受けていると言うのを信じて結界を開けてしまったとか」
トントンとデスクを叩き、フルードが抑揚のない声で言う。
「馬鹿ですか? 職場にプライベートの牛乳配達をさせる神官がいるわけないでしょう。しかも大瓶をダース単位でという注文だったと書かれていましたよ。一人で毎日牛乳の大瓶を12本も飲む者がどこにいるのですか」
アマーリエとフレイムは仲良くズコッとこけた。不審者も受付もどちらも馬鹿である。
「主任神官として、神官たちの引き締めを徹底して下さい」
やはり彼が新しい主任になっていたらしい。聖威師から直々の注意を受け、縮こまって謝罪している。
「大体、あなたの所の神官はいつも要領を得ないのです。下らない話を長々と念話し、その第一声が『俺、俺です、俺俺、ほら俺』ですよ。誰ですか俺って。危うく詐欺だと思って通報しかけましたよ」
「「…………」」
アマーリエは無言でフレイムと顔を見合わせ、コソコソとその場を後にした。
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