118 / 602
第2章
15.動乱の幕開け
しおりを挟む
アマーリエは思わず、フレイムと顔を見合わせた。
《アヴェント侯爵家のリーリア様のことでしょうか?》
《違う。リーリアの件は私も聞いたが、それとは別だ》
《では、他にも神に見初められた者が出たのですか?》
驚きで声が高くなる。腕組みしたフレイムが言う。
《有り得ない話じゃねえな。仲の良い神が何柱かでつるんで下界を視て、各自良さげな奴を見初めた前例はある。今は神使選定の真っ最中だから、地上を確認する頻度も増えてるだろう》
中央本府がある帝都と皇都はあらかた視尽くしたので、地方や属国など他の場所を確認しようということになり、テスオラ王国にポイントを当てて視たのかもしれない。
《そういう場合、同じ国や近隣の地域で、同時期に複数の聖威師が誕生するんだ。今回もそれかもしれねえな》
《新たに聖威師となったのは、オーブリー・セドル・マキシム。テスオラの神官です》
(……オーブ、リー……?)
アマーリエの頭が真っ白になった。視界が狭まり、脈拍が速くなる。
「ん? オーブリー? どっかで聞いた名だな……」
フレイムが微かに呟いた声も耳に入らない。
《恐れながら、焔神様方に認証をお願いしたく思うのですが、いかがでしょうか?》
《んじゃ2日後、リーリアと一緒に確認すれば……ユフィー!?》
無意識の内によろめいていたらしい。くずおれかけた体をフレイムが抱きかかえてくれる。
「どうした!?」
《どうかなさいましたか》
念話越しでもただならぬ気配を察したか、アシュトンが声をかけて来た。
《……オーブリー・マキシムですか? ほ、本当に?》
《そう聞いている。何か知っているのか? テスオラの神官府にいたアマーリエならば情報を持っているかと思い、念話したのだが》
《ユフィーの知り合いなのか?》
落ち着かせるように背を撫でてくれるフレイムが、静かに聞いた。その手の温もりを支えに、アマーリエは頷く。
《ええ――よく知っています》
《それは助かる。話せる範囲で良い、私に教えてくれないか》
《王国の名門、マキシム侯爵家の嫡子で、年は私より三つ上。霊威の強さはリーリア様に次ぐと言われています。……自身の霊威と家格に対して、高い矜持と大きな自信を持っている人でした》
プライドだけは山のようにある高慢ちき、という自評を、どうにか穏便に言い換える。
《そして……》
息を吸い込み、続く言葉を発する前にフレイムを見る。
《フレイム、先に謝っておくわ。ごめんなさい。仕返しとか処罰とかよりも、早く忘れたいという思いの方が強くて。だから今まで言わなかったの。本当にごめんなさい》
《……何の話だ?》
唐突な言葉に付いて来られないフレイムが瞬きする。アマーリエはもう一度深呼吸し、中断した言葉を再開した。
《そして――オーブリーは私を虐めていました》
小さく息を呑む音が二つ。
《宗主国からの出向神官でありながら霊威が弱い私は、彼にとっては軽蔑の対象で――ずっと手酷い扱いを受けていました》
(オーブリーが……神の愛し子になった?)
あの男が神に見初められ、自分と同じ領域に上がって来たのか。
(もう関わることはないと思っていたのに)
オーブリーも霊威師である以上、死後は天に召されて神使になる。だが、聖威師となったアマーリエとは立場が開いたため、属国にいた頃のように接することはないと安堵していたのに。
――こっちを見るな、出来損ない
脳裏に蘇る記憶の中で、整った顔をした少年が罵声を上げている。傍らに控える形代は、大きなバケツを掲げていた。中身は空だ。並々と入っていた水は、全てアマーリエにぶちまけられた後だから。
『この前すれ違った時、俺を睨んだだろう。無能が偉そうにするな』と言いがかりを付けられ、彼が創り出した形代数体に体を抑えられ、バケツの中に頭を突っ込まれた。
睨んでなどいないと訴えても、やめて下さいと泣いて頼んでも、聞いてもらえなかった。意識を失う寸前まで溺れさせられては顔を引き上げることを繰り返された末、最後は中の水を引っ掛けられた。
辺りに漂う湿った土の匂い。泥が跳ねた神官衣が汚れている。
全てを形代にやらせ、己の手は動かしていない少年が、不意に顔を歪めた。アマーリエがもがいた拍子に飛び散った砂が、靴にかかったことに気付いたからだ。
――お前ごときが俺の足を汚すとは……!
低い唸りに続けて、聞くに堪えない罵倒が放たれる。
ナイフのような口撃に胸を抉られ、アマーリエは震えることしかできない。濡れ鼠になって咳き込みながら、涙を堪えてじっとうずくまっていた――。
「ユフィーッ!」
目の前が真っ暗になるような衝撃と共に、アマーリエはフレイムの胸に倒れかかるようにして崩れ落ちた。
《アヴェント侯爵家のリーリア様のことでしょうか?》
《違う。リーリアの件は私も聞いたが、それとは別だ》
《では、他にも神に見初められた者が出たのですか?》
驚きで声が高くなる。腕組みしたフレイムが言う。
《有り得ない話じゃねえな。仲の良い神が何柱かでつるんで下界を視て、各自良さげな奴を見初めた前例はある。今は神使選定の真っ最中だから、地上を確認する頻度も増えてるだろう》
中央本府がある帝都と皇都はあらかた視尽くしたので、地方や属国など他の場所を確認しようということになり、テスオラ王国にポイントを当てて視たのかもしれない。
《そういう場合、同じ国や近隣の地域で、同時期に複数の聖威師が誕生するんだ。今回もそれかもしれねえな》
《新たに聖威師となったのは、オーブリー・セドル・マキシム。テスオラの神官です》
(……オーブ、リー……?)
アマーリエの頭が真っ白になった。視界が狭まり、脈拍が速くなる。
「ん? オーブリー? どっかで聞いた名だな……」
フレイムが微かに呟いた声も耳に入らない。
《恐れながら、焔神様方に認証をお願いしたく思うのですが、いかがでしょうか?》
《んじゃ2日後、リーリアと一緒に確認すれば……ユフィー!?》
無意識の内によろめいていたらしい。くずおれかけた体をフレイムが抱きかかえてくれる。
「どうした!?」
《どうかなさいましたか》
念話越しでもただならぬ気配を察したか、アシュトンが声をかけて来た。
《……オーブリー・マキシムですか? ほ、本当に?》
《そう聞いている。何か知っているのか? テスオラの神官府にいたアマーリエならば情報を持っているかと思い、念話したのだが》
《ユフィーの知り合いなのか?》
落ち着かせるように背を撫でてくれるフレイムが、静かに聞いた。その手の温もりを支えに、アマーリエは頷く。
《ええ――よく知っています》
《それは助かる。話せる範囲で良い、私に教えてくれないか》
《王国の名門、マキシム侯爵家の嫡子で、年は私より三つ上。霊威の強さはリーリア様に次ぐと言われています。……自身の霊威と家格に対して、高い矜持と大きな自信を持っている人でした》
プライドだけは山のようにある高慢ちき、という自評を、どうにか穏便に言い換える。
《そして……》
息を吸い込み、続く言葉を発する前にフレイムを見る。
《フレイム、先に謝っておくわ。ごめんなさい。仕返しとか処罰とかよりも、早く忘れたいという思いの方が強くて。だから今まで言わなかったの。本当にごめんなさい》
《……何の話だ?》
唐突な言葉に付いて来られないフレイムが瞬きする。アマーリエはもう一度深呼吸し、中断した言葉を再開した。
《そして――オーブリーは私を虐めていました》
小さく息を呑む音が二つ。
《宗主国からの出向神官でありながら霊威が弱い私は、彼にとっては軽蔑の対象で――ずっと手酷い扱いを受けていました》
(オーブリーが……神の愛し子になった?)
あの男が神に見初められ、自分と同じ領域に上がって来たのか。
(もう関わることはないと思っていたのに)
オーブリーも霊威師である以上、死後は天に召されて神使になる。だが、聖威師となったアマーリエとは立場が開いたため、属国にいた頃のように接することはないと安堵していたのに。
――こっちを見るな、出来損ない
脳裏に蘇る記憶の中で、整った顔をした少年が罵声を上げている。傍らに控える形代は、大きなバケツを掲げていた。中身は空だ。並々と入っていた水は、全てアマーリエにぶちまけられた後だから。
『この前すれ違った時、俺を睨んだだろう。無能が偉そうにするな』と言いがかりを付けられ、彼が創り出した形代数体に体を抑えられ、バケツの中に頭を突っ込まれた。
睨んでなどいないと訴えても、やめて下さいと泣いて頼んでも、聞いてもらえなかった。意識を失う寸前まで溺れさせられては顔を引き上げることを繰り返された末、最後は中の水を引っ掛けられた。
辺りに漂う湿った土の匂い。泥が跳ねた神官衣が汚れている。
全てを形代にやらせ、己の手は動かしていない少年が、不意に顔を歪めた。アマーリエがもがいた拍子に飛び散った砂が、靴にかかったことに気付いたからだ。
――お前ごときが俺の足を汚すとは……!
低い唸りに続けて、聞くに堪えない罵倒が放たれる。
ナイフのような口撃に胸を抉られ、アマーリエは震えることしかできない。濡れ鼠になって咳き込みながら、涙を堪えてじっとうずくまっていた――。
「ユフィーッ!」
目の前が真っ暗になるような衝撃と共に、アマーリエはフレイムの胸に倒れかかるようにして崩れ落ちた。
14
あなたにおすすめの小説
結婚十年目の夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。彼は「送り間違えた」というけれど、それはそれで問題なのでは?
ぽんた
恋愛
レミ・マカリスター侯爵夫人は、夫と政略結婚をして十周年。侯爵夫人として、義父母の介護や領地経営その他もろもろを完ぺきにこなしている。そんなある日、王都に住む夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。義弟を通じ、夫を追求するも夫は「送り間違えた。ほんとうは金を送れというメモを送りたかった」という。レミは、心から思った。「それはそれで問題なのでは?」、と。そして、彼女の夫にたいするざまぁがはじまる。
※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。
幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。
灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。
曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。
婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。
前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。
君といるのは疲れると言われたので、婚約者を追いかけるのはやめてみました
水谷繭
恋愛
メイベル・ホワイトは目立たない平凡な少女で、美人な姉といつも比べられてきた。
求婚者の殺到する姉とは反対に、全く縁談のなかったメイベル。
そんなある日、ブラッドという美少年が婚約を持ちかけてくる。姉より自分を選んでくれたブラッドに感謝したメイベルは、彼のために何でもしようとひたすら努力する。
しかしそんな態度を重いと告げられ、君といると疲れると言われてしまう。
ショックを受けたメイベルは、ブラッドばかりの生活を改め、好きだった魔法に打ち込むために魔術院に入ることを決意するが……
◆なろうにも掲載しています
『外見しか見なかったあなたへ。私はもう、選ぶ側です』
鷹 綾
恋愛
「お前のようなガキは嫌いだ」
幼く見える容姿を理由に、婚約者ライオネルから一方的に婚約を破棄された
公爵令嬢シルフィーネ・エルフィンベルク。
その夜、嫉妬に狂った伯爵令嬢に突き落とされ、
彼女は一年もの間、意識不明の重体に陥る――。
目を覚ました彼女は、大人びた美貌を手に入れていた。
だが、中身は何ひとつ変わっていない。
にもかかわらず、
かつて彼女を「幼すぎる」と切り捨てた元婚約者は態度を一変させ、
「やり直したい」とすり寄ってくる。
「見かけが変わっても、中身は同じです。
それでもあなたは、私の外見しか見ていなかったのですね?」
静かにそう告げ、シルフィーネは過去を見限る。
やがて彼女に興味を示したのは、
隣国ノルディアの王太子エドワルド。
彼が見ていたのは、美貌ではなく――
対話し、考え、異論を述べる彼女の“在り方”だった。
これは、
外見で価値を決められた令嬢が、
「選ばれる人生」をやめ、
自分の意思で未来を選び直す物語。
静かなざまぁと、
対等な関係から始まる大人の恋。
そして――
自分の人生を、自分の言葉で生きるための物語。
---
最初からここに私の居場所はなかった
kana
恋愛
死なないために媚びても駄目だった。
死なないために努力しても認められなかった。
死なないためにどんなに辛くても笑顔でいても無駄だった。
死なないために何をされても怒らなかったのに⋯⋯
だったら⋯⋯もう誰にも媚びる必要も、気を使う必要もないでしょう?
だから虚しい希望は捨てて生きるための準備を始めた。
二度目は、自分らしく生きると決めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
いつも稚拙な小説を読んでいただきありがとうございます。
私ごとですが、この度レジーナブックス様より『後悔している言われても⋯⋯ねえ?今さらですよ?』が1月31日頃に書籍化されることになりました~
これも読んでくださった皆様のおかげです。m(_ _)m
これからも皆様に楽しんでいただける作品をお届けできるように頑張ってまいりますので、よろしくお願いいたします(>人<;)
ローザリンデの第二の人生
梨丸
恋愛
伯爵令嬢、ローザリンデの夫はいつも彼女より仕事を優先させ、彼女を無碍にしている。
彼には今はもういない想い人がいた。
私と結婚したことにいい思いをしていないことは知っていた。
けれど、私の命が懸かっていた時でさえも、彼の精神は変わらなかった。
あなたが愛してくれないのなら、私は勝手に幸せになります。
吹っ切れたローザリンデは自分自身の幸せのために動くことにした。
※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。)
1/10 HOTランキング2位、ありがとうございます。
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる