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第2章
29.回想時のアマーリエ
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低い声が耳朶を打つ。
「……え?」
思いがけない言葉に、空気が凍り付いた。父がオーブリーを示し、しどろもどろに言う。
「ど、どこと申されましても、こ、ここにおるではございませぬか……?」
だが、さっさと渦に向き直ってしまった紺月帝は、再度こちらに目をくれることはなかった。何かを確認するように視線を揺らしながら言う。
「ダメだ、俺も遠視してみたけど、今は聖威師が全員手一杯ですぐに動けない。兄上、やっぱり俺が代わる。もうここまでに……」
その瞬間、紅葉の光が煌めき、紺の皇帝はすんでのところで言葉を止めた。
「申し訳ありません、遅くなりました!」
声と共に虚空を割って飛び込んで来た少女が、振りかぶった掌中に自身が放つ光と同じ色の剣を召喚する。荒れ狂う雷に怯むことなく足を踏み込んで跳躍し、神威の渦に肉薄した。渦から爆ぜる稲妻の断片が全身を掠め、体のあちこちから血が噴き出すも、一歩も引かない。
そして、彼女が向かうのは渦の中ではない。その横に転がっている、壊れた神器だ。荒神の怒りとは別に、神器も神器で激しい火花を噴き出している。破損したことで安全弁が壊れ、暴走しているのだ。
少女の繊手がしなった。スラリとした肢体を優雅に舞わせ、剣を半円状に振るうと、神器から無秩序に放たれる強烈な閃光をかわし、受け流し、鮮やかに弾く。
「鎮静化!」
横一文字に薙ぎ払った紅葉色の剣線が、襲い来る神威を空間ごと斬り飛ばし、神器を直撃した。後方に吹き飛んだ神器が地面をバウンドし、煙を上げて止まる。それを追った少女が、返す刃を円を描くように閃かせる。赤い火の粉が花びらのごとく宙を踊った。
「修復……機能修正……正常化!」
神器のひび割れが消え、傷一つ無い状態に復元する。そして一度脈打ち、若干その色と形状を変化させた。仕上げとばかりに少女は剣を水平に構え、新生神器に向かって掲げた。
「――再起動っ!」
掛け声と共に神器がキラリと煌めき、明滅しながら光を放ち始めた。
「黇死皇様、神器の修復が完了いたしました。再起動済みです」
それを待っていたように、稲妻が収束した神威の渦から黄白の光が立ち昇った。ややあって、神威が穏やかになり、スゥと凪いで大気に溶ける。雷が消滅し、猛り狂っていた空気が嘘のように平穏に戻った。
「…………」
オーブリーは呆然と少女を見つめる。あの娘を知っている。アマーリエ・サード。かつて自分が散々に虐め倒した相手。いつも自信なさげに俯き、暗い眼差しで下を向いていた。
その彼女が、今は自分の全く知らぬ堂々とした様相で立ち振る舞い、紅葉が舞うかのごとき美しさで、敢然と刃を繰り出していた。
◆◆◆
一方、オーブリーが知る由もないが、こちらはその時のアマーリエである。この時、皇帝たちと神器に全力集中していた彼女は、マキシム家の神器で気配を隠していたオーブリーたちの存在を察知してなかった。フルードやアシュトンであれば、余裕で気付いていただろうが。
「到着が遅くなり、大変、大変申し訳ございません!」
神器が収まったことを確認したアマーリエは、剣を放り捨てる。火の粉のような煌めきと共に消失していく得物を視界の端に捉えながら、直角に腰を曲げる勢いで礼をした。
その頭を、歩み寄った紺月帝がくしゃりと撫でる。苛烈さを滲ませる獰猛な笑みが優しさを帯びた。
「ナイスフォロー、アマーリエ! おかげで助かったよ!」
朗らかに言ってグッと親指を立てる横で、続いて出て来た黇死皇も、アマーリエの背にそっと手を置く。
「アマーリエ、よく来てくれた。そしてよくやってくれた。礼を言う」
「黇死皇様、紺月帝様、この度はご迷惑をおかけしまして……」
「あのさー、俺のことはさ、名前でクレイスって呼んでよー。秀峰兄上のことも名前呼びオーケーだよ。なんたって君は聖威師で、俺たちの同族なんだから」
紺月帝は藍闇皇高嶺の双子の兄だと聞いている。両国の初代皇帝が双子の兄妹であったためか、末裔である皇帝家には双生児が生まれる確率が高いらしい。
立て板に水を流すがごとく喋りかけられ、アマーリエは目を白黒させる。
「きょ、恐悦にございます、紺月帝クレイス様……」
「あっはっは、君って真面目だねぇ。クレイス様かクレイス帝で良いのに。フルードとか佳良もそうだけど、聖威師って堅い子が多くてさぁ。名前呼びして欲しいのに、仕事の席ではいっつも紺月帝って呼ばれるんだよ。その分、プライベートの時にクレイス様って呼ばれると嬉しさ倍増なんだけど」
楽しそうな顔でペラペラと話し続ける紺月帝が、ふと思い出したように手を打った。
「あっ、けど天威師側も似たようなモンか。日香とかもそうだもんなぁ。超の付く堅物の秀峰兄上が指導者だったから、仕事の時は神のこと神格で呼ぶし。まぁ、神格呼びが他人行儀ってことじゃないんだけど。名前呼びよりちょびっと真面目かな、くらいだねぇ」
「は、はぁ……」
確かに、日香――紅日皇后は、以前見えた際はフレイムを焔神と呼称していた。あの時は仕事中か、その延長だったからだろう。
「よせ、アマーリエが困っている」
曖昧に頷くアマーリエの様子を見兼ね、黇死皇が紺月帝の袖を引いて窘めた。
「現在は折悪く聖威師たちに務めが重なっているところだったのだな。どうにか動けたのがそなただけであった。ありがとう」
「もったいないお言葉にございます」
黇死皇が緊急念話を発した際、アマーリエを除く聖威師たちは皆、他の重要業務の真っ最中だった。神と交信中であったり、神事や祭祀の真っ只中であったり、別の神鎮めや暴走神器への対処中であったりなど様々だが、誰もすぐに抜けることができなかった。
かくいうアマーリエも他の神器を鎮めているところだったのだが、もう終わりかけていた。
ゆえに、《何とか私が行きます!》と申し出ると、鎮静化の仕上げを超速で終わらせて必死にすっ飛んで来たのだ。
その事情を把握しているからこそ、皇帝たちは遅いと言うこともなく、アマーリエを労ってくれている。
「ほら、顔上げてよぉ。俺たちは身内なんだから、そんなに畏まらなくて良いんだって」
紺月帝がよいせとアマーリエの体を起こした。再起動した神器に目をやった黇死皇が呟く。
「神器の権能を一部書き換えたようだな」
「はい。従来の能力は単に火山活動を停止させて噴火を抑えるのみでしたが、少し修正しました。噴火しようとする火山の活気を随時吸収して、地熱の力に変換するようにしたのです。神器を視たところ、お創りになられた神は権利を放棄しておられるようでしたので」
この判断で適切だっただろうかと緊張しながら、アマーリエは控えめに目を伏せて答えた。
「……え?」
思いがけない言葉に、空気が凍り付いた。父がオーブリーを示し、しどろもどろに言う。
「ど、どこと申されましても、こ、ここにおるではございませぬか……?」
だが、さっさと渦に向き直ってしまった紺月帝は、再度こちらに目をくれることはなかった。何かを確認するように視線を揺らしながら言う。
「ダメだ、俺も遠視してみたけど、今は聖威師が全員手一杯ですぐに動けない。兄上、やっぱり俺が代わる。もうここまでに……」
その瞬間、紅葉の光が煌めき、紺の皇帝はすんでのところで言葉を止めた。
「申し訳ありません、遅くなりました!」
声と共に虚空を割って飛び込んで来た少女が、振りかぶった掌中に自身が放つ光と同じ色の剣を召喚する。荒れ狂う雷に怯むことなく足を踏み込んで跳躍し、神威の渦に肉薄した。渦から爆ぜる稲妻の断片が全身を掠め、体のあちこちから血が噴き出すも、一歩も引かない。
そして、彼女が向かうのは渦の中ではない。その横に転がっている、壊れた神器だ。荒神の怒りとは別に、神器も神器で激しい火花を噴き出している。破損したことで安全弁が壊れ、暴走しているのだ。
少女の繊手がしなった。スラリとした肢体を優雅に舞わせ、剣を半円状に振るうと、神器から無秩序に放たれる強烈な閃光をかわし、受け流し、鮮やかに弾く。
「鎮静化!」
横一文字に薙ぎ払った紅葉色の剣線が、襲い来る神威を空間ごと斬り飛ばし、神器を直撃した。後方に吹き飛んだ神器が地面をバウンドし、煙を上げて止まる。それを追った少女が、返す刃を円を描くように閃かせる。赤い火の粉が花びらのごとく宙を踊った。
「修復……機能修正……正常化!」
神器のひび割れが消え、傷一つ無い状態に復元する。そして一度脈打ち、若干その色と形状を変化させた。仕上げとばかりに少女は剣を水平に構え、新生神器に向かって掲げた。
「――再起動っ!」
掛け声と共に神器がキラリと煌めき、明滅しながら光を放ち始めた。
「黇死皇様、神器の修復が完了いたしました。再起動済みです」
それを待っていたように、稲妻が収束した神威の渦から黄白の光が立ち昇った。ややあって、神威が穏やかになり、スゥと凪いで大気に溶ける。雷が消滅し、猛り狂っていた空気が嘘のように平穏に戻った。
「…………」
オーブリーは呆然と少女を見つめる。あの娘を知っている。アマーリエ・サード。かつて自分が散々に虐め倒した相手。いつも自信なさげに俯き、暗い眼差しで下を向いていた。
その彼女が、今は自分の全く知らぬ堂々とした様相で立ち振る舞い、紅葉が舞うかのごとき美しさで、敢然と刃を繰り出していた。
◆◆◆
一方、オーブリーが知る由もないが、こちらはその時のアマーリエである。この時、皇帝たちと神器に全力集中していた彼女は、マキシム家の神器で気配を隠していたオーブリーたちの存在を察知してなかった。フルードやアシュトンであれば、余裕で気付いていただろうが。
「到着が遅くなり、大変、大変申し訳ございません!」
神器が収まったことを確認したアマーリエは、剣を放り捨てる。火の粉のような煌めきと共に消失していく得物を視界の端に捉えながら、直角に腰を曲げる勢いで礼をした。
その頭を、歩み寄った紺月帝がくしゃりと撫でる。苛烈さを滲ませる獰猛な笑みが優しさを帯びた。
「ナイスフォロー、アマーリエ! おかげで助かったよ!」
朗らかに言ってグッと親指を立てる横で、続いて出て来た黇死皇も、アマーリエの背にそっと手を置く。
「アマーリエ、よく来てくれた。そしてよくやってくれた。礼を言う」
「黇死皇様、紺月帝様、この度はご迷惑をおかけしまして……」
「あのさー、俺のことはさ、名前でクレイスって呼んでよー。秀峰兄上のことも名前呼びオーケーだよ。なんたって君は聖威師で、俺たちの同族なんだから」
紺月帝は藍闇皇高嶺の双子の兄だと聞いている。両国の初代皇帝が双子の兄妹であったためか、末裔である皇帝家には双生児が生まれる確率が高いらしい。
立て板に水を流すがごとく喋りかけられ、アマーリエは目を白黒させる。
「きょ、恐悦にございます、紺月帝クレイス様……」
「あっはっは、君って真面目だねぇ。クレイス様かクレイス帝で良いのに。フルードとか佳良もそうだけど、聖威師って堅い子が多くてさぁ。名前呼びして欲しいのに、仕事の席ではいっつも紺月帝って呼ばれるんだよ。その分、プライベートの時にクレイス様って呼ばれると嬉しさ倍増なんだけど」
楽しそうな顔でペラペラと話し続ける紺月帝が、ふと思い出したように手を打った。
「あっ、けど天威師側も似たようなモンか。日香とかもそうだもんなぁ。超の付く堅物の秀峰兄上が指導者だったから、仕事の時は神のこと神格で呼ぶし。まぁ、神格呼びが他人行儀ってことじゃないんだけど。名前呼びよりちょびっと真面目かな、くらいだねぇ」
「は、はぁ……」
確かに、日香――紅日皇后は、以前見えた際はフレイムを焔神と呼称していた。あの時は仕事中か、その延長だったからだろう。
「よせ、アマーリエが困っている」
曖昧に頷くアマーリエの様子を見兼ね、黇死皇が紺月帝の袖を引いて窘めた。
「現在は折悪く聖威師たちに務めが重なっているところだったのだな。どうにか動けたのがそなただけであった。ありがとう」
「もったいないお言葉にございます」
黇死皇が緊急念話を発した際、アマーリエを除く聖威師たちは皆、他の重要業務の真っ最中だった。神と交信中であったり、神事や祭祀の真っ只中であったり、別の神鎮めや暴走神器への対処中であったりなど様々だが、誰もすぐに抜けることができなかった。
かくいうアマーリエも他の神器を鎮めているところだったのだが、もう終わりかけていた。
ゆえに、《何とか私が行きます!》と申し出ると、鎮静化の仕上げを超速で終わらせて必死にすっ飛んで来たのだ。
その事情を把握しているからこそ、皇帝たちは遅いと言うこともなく、アマーリエを労ってくれている。
「ほら、顔上げてよぉ。俺たちは身内なんだから、そんなに畏まらなくて良いんだって」
紺月帝がよいせとアマーリエの体を起こした。再起動した神器に目をやった黇死皇が呟く。
「神器の権能を一部書き換えたようだな」
「はい。従来の能力は単に火山活動を停止させて噴火を抑えるのみでしたが、少し修正しました。噴火しようとする火山の活気を随時吸収して、地熱の力に変換するようにしたのです。神器を視たところ、お創りになられた神は権利を放棄しておられるようでしたので」
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