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第2章
42.ガルーンからの文
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(報復を選んだアリステル様と、赦しを選ぶフルード様……行く道が兄弟で正反対なのね)
先ほどの人形劇がアリステルの境遇を反映したものならば、レシスの兄弟は生き別れて育ち、聖威師となったことで運命の邂逅を果たしたということか。
「その件も含め、狼神様はフルードのことを案じておられました。根が優しすぎることで、悩みや重荷を一人で抱え込みがちだと。今は心身共に限界を超えかかっている状態ですから、特にご心配だったのでしょう。そこで、ガルーンを使ってフルードを試すことにされました」
「試す?」
「ガルーンが神に見初められたという報を聞いた時、大きく動揺するであろうフルードがどう動くかを確認されたのです。きちんと誰かに不安を吐露できるか、それとも一人で抱え込んでしまうか」
前者ならば良い。だが後者であれば――
「もし、誰にも言えず頼れず自分を追い込んでしまうようであれば、もはやここまで。命を絶って天に連れて行くと決めていたそうです。そのため、ガルーンの件は心配無用であること……天の神が画策した計画であることを、フルードに伝えませんでした」
「何で俺にも話してくれなかったんだろうな?」
「あなたはあらゆる意味でフルードの味方なので、話せないと言っていました。弟が不安に駆られている姿を見れば情に負け、本当のことを話してしまうと」
「…………」
反論できなかったか、フレイムが目を逸らした。自分が弟に激甘なことは自覚しているらしい。
「他の聖威師たちも同じです。皆フルードを大切に想っているので、隠し切れないだろうと内密にされました」
アリステルだけは、悪神であり邪霊や一の邪神とも通じている存在なので、あらかじめ裏事情を伝えられていたという。
「だからクソ貴族を遠視しようとしても弾かれたのか。すぐに確認されて邪霊に気付かれたら、セインを試験する前に色々なことがバレるからだな。仮に俺が独房に乗り込もうとしてても、何かの方法で止められてたんだろうな」
聖威師たちがあの場でガルーンの認証を即座に実行しなかったのも、神威でそれとなく思考を誘導されていたのかもしれない。時間稼ぎのために。
アリステルを鬼神の話し相手にして神殿に抱え込んだのも同じ理由だろう。天の神であるフレイムに、知っていることは全て話せと言われれば、聖威師のアリステルは逆らえない。ゆえに、接触や確認をされないよう退避させたのだ。
「しかし、内密に進められていたガルーンへの懲罰ですが、想定外の事態が起きました」
「想定外?」
「ガルーンが書いた脅迫状をシャルディ家の先祖に見せて、幻滅させるところまでは上手くいったのです」
しかし、と、形良い唇が次の言葉を紡ぐ。
「しかしその後、勢いづいたガルーンは同内容を認めた二通目の脅迫状を書き、邪霊を通さず直で神官府に転送したのです」
「あ?」
フレイムの声色が変わった。
「おい、それいつの話だ」
「泡神様が降臨される前日だったかと」
独房には霊威の使用を制限する装置が取り付けられている。だが、罪人の権利として、神官府への直訴状を送るための転送霊具は支給されており、ガルーンはそれを用いて手紙――という名の脅迫状を送った。
だが、その時は聖威師が出払っていたため、担当霊威師が唯一神官府にいたフルードに渡してしまったらしい。
「フルードはその晩から夜勤だったので、昼間のうちに仮眠を取っていたのですが――聖威師たちに次々と急務が入ったため、念のためいつでも仕事に入れるよう準備していたらしいのです。そこに脅迫状が届いてしまったと」
「あの、それ……フルード様は相当怖かったと思いますよ。今でもトラウマに苦しんでいらっしゃるのですよね?」
受け取ったフルードが、どれほど衝撃と恐怖を抱いたか。想像するだけで胃が縮む。
(その後で私と一緒に夜勤をこなして、四大高位神の神器暴走を食い止めて、フロース様の降臨を出迎えたりしていたの?)
考えるだけでも、立て続けのストレスで血を吐きそうだ。フルードの顔色が良くないことが気になっていたが、疲れが溜まるのも当然だろう。
だが、今日の様子を見た限り、具合はすっかり良くなっているようだった。聖威で回復術でもかけたのだろうか。
「ガルーンが聖威師になった報は、いずれフルードに届くことになっていました。その際の彼の行動で、強制昇天させるか否かを判断する予定でしたから。しかし、まさかこのような伝わり方をするとは、狼神様にとっても想定外だったようです」
「…………で?」
フレイムが押し殺した声で続きを促した。
「さらに厄介なことに、届いた脅迫状には、自分が神に見初められたことは他の聖威師には言うなとも書かれていたのです。主神の命令なのだと。そのため、フルードは他の聖威師に報告も相談もできなくなってしまいました。いかにも怪しい内容ではありますが、もし仮に本当だった場合、聖威師が天の神に逆らうことはご法度ですから」
「だが、同じ天の神である俺や狼神様になら話せたはずだ。そこで一人抱え込まずに相談できるか、弱音を吐けるかを試してたんだろ――って、まさか」
だが、途中で何かに気付いたように語調を変えた。
「だからラミルファが降臨したのか。至宝を守るために。……そうか、それで禍神様から特別降臨の許可も出たんだな」
「仰せの通りです」
納得しているフレイムとアリステルに付いていけず、アマーリエは遠慮がちに尋ねた。
「あのう……お話中すみません。どうしてそこでラミルファ様が出て来るのですか?」
「当然だろう。……もしや知らないのか?」
アリステルが意外そうに言った。
「何をですか?」
意味が分からないアマーリエが聞き返すと、どこからともなく人形が出現した。先ほどの男の子の人形とそっくりだが、目だけが違う。透き通った優しい青がキラキラと輝いていた。
直感で悟る。これはフルードを模した人形だと。
「実の両親から虐待され、売られた先でガルーンにも拷問の限りを受けていたフルードは、ある夜、一柱の神と邂逅した。それが彼の運命を根本から変える契機となった」
(ええと……つまり、狼神様と出会ったのよね)
一瞬でフルードの人形がボロ雑巾と化す。頭部から足先まで全身が歪み、千切れ、綿が飛び出し、血まみれになり、重そうな手枷と首枷、鎖が付けられた。それら全てが、かつての彼が置かれていた立場と凄惨な状況を如実に語っていた。
想像するだけで胸が刺されるようだったが、きっとここで狼神が来てくれる。そう思っていると、真っ白な人形が降って来るのが視界の上部に見えた。
(狼神様だわ)
アマーリエはホッとしてそちらに目を向け、えっと声を漏らす。
ボロ雑巾の前に降臨した白い人形は、狼ではなく骸骨だった。
先ほどの人形劇がアリステルの境遇を反映したものならば、レシスの兄弟は生き別れて育ち、聖威師となったことで運命の邂逅を果たしたということか。
「その件も含め、狼神様はフルードのことを案じておられました。根が優しすぎることで、悩みや重荷を一人で抱え込みがちだと。今は心身共に限界を超えかかっている状態ですから、特にご心配だったのでしょう。そこで、ガルーンを使ってフルードを試すことにされました」
「試す?」
「ガルーンが神に見初められたという報を聞いた時、大きく動揺するであろうフルードがどう動くかを確認されたのです。きちんと誰かに不安を吐露できるか、それとも一人で抱え込んでしまうか」
前者ならば良い。だが後者であれば――
「もし、誰にも言えず頼れず自分を追い込んでしまうようであれば、もはやここまで。命を絶って天に連れて行くと決めていたそうです。そのため、ガルーンの件は心配無用であること……天の神が画策した計画であることを、フルードに伝えませんでした」
「何で俺にも話してくれなかったんだろうな?」
「あなたはあらゆる意味でフルードの味方なので、話せないと言っていました。弟が不安に駆られている姿を見れば情に負け、本当のことを話してしまうと」
「…………」
反論できなかったか、フレイムが目を逸らした。自分が弟に激甘なことは自覚しているらしい。
「他の聖威師たちも同じです。皆フルードを大切に想っているので、隠し切れないだろうと内密にされました」
アリステルだけは、悪神であり邪霊や一の邪神とも通じている存在なので、あらかじめ裏事情を伝えられていたという。
「だからクソ貴族を遠視しようとしても弾かれたのか。すぐに確認されて邪霊に気付かれたら、セインを試験する前に色々なことがバレるからだな。仮に俺が独房に乗り込もうとしてても、何かの方法で止められてたんだろうな」
聖威師たちがあの場でガルーンの認証を即座に実行しなかったのも、神威でそれとなく思考を誘導されていたのかもしれない。時間稼ぎのために。
アリステルを鬼神の話し相手にして神殿に抱え込んだのも同じ理由だろう。天の神であるフレイムに、知っていることは全て話せと言われれば、聖威師のアリステルは逆らえない。ゆえに、接触や確認をされないよう退避させたのだ。
「しかし、内密に進められていたガルーンへの懲罰ですが、想定外の事態が起きました」
「想定外?」
「ガルーンが書いた脅迫状をシャルディ家の先祖に見せて、幻滅させるところまでは上手くいったのです」
しかし、と、形良い唇が次の言葉を紡ぐ。
「しかしその後、勢いづいたガルーンは同内容を認めた二通目の脅迫状を書き、邪霊を通さず直で神官府に転送したのです」
「あ?」
フレイムの声色が変わった。
「おい、それいつの話だ」
「泡神様が降臨される前日だったかと」
独房には霊威の使用を制限する装置が取り付けられている。だが、罪人の権利として、神官府への直訴状を送るための転送霊具は支給されており、ガルーンはそれを用いて手紙――という名の脅迫状を送った。
だが、その時は聖威師が出払っていたため、担当霊威師が唯一神官府にいたフルードに渡してしまったらしい。
「フルードはその晩から夜勤だったので、昼間のうちに仮眠を取っていたのですが――聖威師たちに次々と急務が入ったため、念のためいつでも仕事に入れるよう準備していたらしいのです。そこに脅迫状が届いてしまったと」
「あの、それ……フルード様は相当怖かったと思いますよ。今でもトラウマに苦しんでいらっしゃるのですよね?」
受け取ったフルードが、どれほど衝撃と恐怖を抱いたか。想像するだけで胃が縮む。
(その後で私と一緒に夜勤をこなして、四大高位神の神器暴走を食い止めて、フロース様の降臨を出迎えたりしていたの?)
考えるだけでも、立て続けのストレスで血を吐きそうだ。フルードの顔色が良くないことが気になっていたが、疲れが溜まるのも当然だろう。
だが、今日の様子を見た限り、具合はすっかり良くなっているようだった。聖威で回復術でもかけたのだろうか。
「ガルーンが聖威師になった報は、いずれフルードに届くことになっていました。その際の彼の行動で、強制昇天させるか否かを判断する予定でしたから。しかし、まさかこのような伝わり方をするとは、狼神様にとっても想定外だったようです」
「…………で?」
フレイムが押し殺した声で続きを促した。
「さらに厄介なことに、届いた脅迫状には、自分が神に見初められたことは他の聖威師には言うなとも書かれていたのです。主神の命令なのだと。そのため、フルードは他の聖威師に報告も相談もできなくなってしまいました。いかにも怪しい内容ではありますが、もし仮に本当だった場合、聖威師が天の神に逆らうことはご法度ですから」
「だが、同じ天の神である俺や狼神様になら話せたはずだ。そこで一人抱え込まずに相談できるか、弱音を吐けるかを試してたんだろ――って、まさか」
だが、途中で何かに気付いたように語調を変えた。
「だからラミルファが降臨したのか。至宝を守るために。……そうか、それで禍神様から特別降臨の許可も出たんだな」
「仰せの通りです」
納得しているフレイムとアリステルに付いていけず、アマーリエは遠慮がちに尋ねた。
「あのう……お話中すみません。どうしてそこでラミルファ様が出て来るのですか?」
「当然だろう。……もしや知らないのか?」
アリステルが意外そうに言った。
「何をですか?」
意味が分からないアマーリエが聞き返すと、どこからともなく人形が出現した。先ほどの男の子の人形とそっくりだが、目だけが違う。透き通った優しい青がキラキラと輝いていた。
直感で悟る。これはフルードを模した人形だと。
「実の両親から虐待され、売られた先でガルーンにも拷問の限りを受けていたフルードは、ある夜、一柱の神と邂逅した。それが彼の運命を根本から変える契機となった」
(ええと……つまり、狼神様と出会ったのよね)
一瞬でフルードの人形がボロ雑巾と化す。頭部から足先まで全身が歪み、千切れ、綿が飛び出し、血まみれになり、重そうな手枷と首枷、鎖が付けられた。それら全てが、かつての彼が置かれていた立場と凄惨な状況を如実に語っていた。
想像するだけで胸が刺されるようだったが、きっとここで狼神が来てくれる。そう思っていると、真っ白な人形が降って来るのが視界の上部に見えた。
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