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第2章
43.弟はキレる
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◆◆◆
「邪神様……!」
上半身を起こしたフルードに向かってスタスタと近付いたラミルファは、腰に手を当てた。
『駄目じゃないか、言い付けを破ったら。僕が戻るか連絡するまで、フレイムの神殿から出るなと言っただろう』
めっ、と言わんばかりに発した声は、信じ難いほど柔らかかった。眼差しも包み込むように温かい。だが、抑制を解いて放出されている神威の揺らぎが、彼がそれはもう急ぎに急いでここに駆け付けたことを示していた。
おそらく、フレイムの神殿に戻ってみればフルードがいなかったので、大慌てで気配を探したのだろう。ラミルファは、狼神やフレイムと同じく、フルードがどこにいようともその状態と気配を探知できる。そういう関係を結んでいる。
『この子は言い付けを破っていないぞ』
一の邪神がのんびりと口添えした。軽く閃かせた掌中に、流麗な筆跡な書かれた紙が現れる。眉を上げたラミルファを見て、頭をかく。
『お前のことを本当に信頼してるんだなぁ。何をどうやってもあの神殿から動いてくれなかった。だから、お前が以前他の神宛てに送った文を使ったんだ。ちょうど神官府の裏庭にも四阿があるだろ。筆跡も、残っている力の残滓もお前のもの。これで何とかおびき出せた。お前が筆まめで助かったよ』
「すみません、引っかかってしまいました」
ショボンとしたフルードが下を向く。
『そういうことなら、確かに僕からの連絡ではあるね。それなら仕方がない』
ラミルファが即座に許し、一転して困ったような笑顔で葬邪神を見た。
『弟のメモを神々からかき集めてコレクションしている、ブラコンな兄上が悪いのですよ』
『可愛い弟の文だぞ。欲しいだろう。お前の方こそ、お兄ちゃんの空間を力ずくでブチ抜いて押し入るとは。いつからそんなにヤンチャになったんだ』
言いながら、広い空間を見渡す。今しがた空いた穴は、瞬時に修復されていた。
そこで、クーと小さな音が鳴る。
「すみません……あなたが来て下さったら安心してしまって」
ラミルファを見ながら呟いたフルードが、腹をさすって気まずげに顔を伏せる。
『兄上をずっと勧請していたから、体力を使ったのだろう』
優しい声で言った末の邪神が、アンタのせいだと言わんばかりの目を兄に向けた。当の一の邪神はパッと笑顔になる。
『何だ、腹ペコなのか。よし、茶を淹れてやろう。作り置きの菓子もあるぞ』
ポンと軽い音を立て、テーブルと椅子、ティーセットが出現する。
『で、お前たちは俺に聞きたいことがあるんだろう』
『そうですとも。だから何回も何回も何回も何回も何回も何回も念話したのに、一向に出て下さいませんでしたね』
『ああ、重度の付きまとい並みに凄まじい念話攻撃だった。ものすごい執念だ。お兄ちゃんちょっとだけビビったぞ』
冗談混じりに言う葬邪神は、慣れた手付きで茶の準備を進める。茶葉を蒸らす間にふわりと手を広げると、巨大なタペストリーが現れた。鮮やかな原色の色彩を用いて、天地や瑞獣、吉祥文様などが精緻に縫い取られている豪華絢爛な逸品だ。
『見ろ、俺の渾身作だ。永年生きて無数の作品を作っても、これほど良い出来栄えのものはそう作れんぞ』
『はぁ、そうですか』
自慢げに広げて見せているが、末弟の反応は連れない。
『お前も刺繍が上手だろう、今度一緒に作ろう』
めげずにタペストリーを中空にかけた葬邪神が、茶の用意を再開する。
「相変わらず器用でいらっしゃいますね」
フルードは思わず呟いていた。自分を指導してくれたのがフレイムならば、アリステルを指南したのはこの一の邪神だ。生き別れの兄弟として再会したアリステルとの交流を通じ、必然的に一の邪神とも親交を温めることになった。
『はは、まあ俺たちの特性だなぁ。それで、何を聞きたい? いや、何から聞きたい?』
ご機嫌で尋ねる長兄に、ラミルファもにこやかに答えた。
『一番に質問しなければならないことができたので、お尋ねして良いですか?』
『よしよし、お兄ちゃんが答えてやろうとも。な~んだ~?』
次の瞬間、末の邪神から笑顔が剥がれ落ちた。漆黒の炎が迸り、空間を駆け巡る。
『何故この子を拐かした? 嘘の手紙で誘き出し、自分の領域に閉じ込めるなど』
灰緑の目が鈍い輝きを放ち、長兄を睨め付けた。
『我が至宝に何をするつもりだった。――私の宝玉に!』
「邪神様……!」
上半身を起こしたフルードに向かってスタスタと近付いたラミルファは、腰に手を当てた。
『駄目じゃないか、言い付けを破ったら。僕が戻るか連絡するまで、フレイムの神殿から出るなと言っただろう』
めっ、と言わんばかりに発した声は、信じ難いほど柔らかかった。眼差しも包み込むように温かい。だが、抑制を解いて放出されている神威の揺らぎが、彼がそれはもう急ぎに急いでここに駆け付けたことを示していた。
おそらく、フレイムの神殿に戻ってみればフルードがいなかったので、大慌てで気配を探したのだろう。ラミルファは、狼神やフレイムと同じく、フルードがどこにいようともその状態と気配を探知できる。そういう関係を結んでいる。
『この子は言い付けを破っていないぞ』
一の邪神がのんびりと口添えした。軽く閃かせた掌中に、流麗な筆跡な書かれた紙が現れる。眉を上げたラミルファを見て、頭をかく。
『お前のことを本当に信頼してるんだなぁ。何をどうやってもあの神殿から動いてくれなかった。だから、お前が以前他の神宛てに送った文を使ったんだ。ちょうど神官府の裏庭にも四阿があるだろ。筆跡も、残っている力の残滓もお前のもの。これで何とかおびき出せた。お前が筆まめで助かったよ』
「すみません、引っかかってしまいました」
ショボンとしたフルードが下を向く。
『そういうことなら、確かに僕からの連絡ではあるね。それなら仕方がない』
ラミルファが即座に許し、一転して困ったような笑顔で葬邪神を見た。
『弟のメモを神々からかき集めてコレクションしている、ブラコンな兄上が悪いのですよ』
『可愛い弟の文だぞ。欲しいだろう。お前の方こそ、お兄ちゃんの空間を力ずくでブチ抜いて押し入るとは。いつからそんなにヤンチャになったんだ』
言いながら、広い空間を見渡す。今しがた空いた穴は、瞬時に修復されていた。
そこで、クーと小さな音が鳴る。
「すみません……あなたが来て下さったら安心してしまって」
ラミルファを見ながら呟いたフルードが、腹をさすって気まずげに顔を伏せる。
『兄上をずっと勧請していたから、体力を使ったのだろう』
優しい声で言った末の邪神が、アンタのせいだと言わんばかりの目を兄に向けた。当の一の邪神はパッと笑顔になる。
『何だ、腹ペコなのか。よし、茶を淹れてやろう。作り置きの菓子もあるぞ』
ポンと軽い音を立て、テーブルと椅子、ティーセットが出現する。
『で、お前たちは俺に聞きたいことがあるんだろう』
『そうですとも。だから何回も何回も何回も何回も何回も何回も念話したのに、一向に出て下さいませんでしたね』
『ああ、重度の付きまとい並みに凄まじい念話攻撃だった。ものすごい執念だ。お兄ちゃんちょっとだけビビったぞ』
冗談混じりに言う葬邪神は、慣れた手付きで茶の準備を進める。茶葉を蒸らす間にふわりと手を広げると、巨大なタペストリーが現れた。鮮やかな原色の色彩を用いて、天地や瑞獣、吉祥文様などが精緻に縫い取られている豪華絢爛な逸品だ。
『見ろ、俺の渾身作だ。永年生きて無数の作品を作っても、これほど良い出来栄えのものはそう作れんぞ』
『はぁ、そうですか』
自慢げに広げて見せているが、末弟の反応は連れない。
『お前も刺繍が上手だろう、今度一緒に作ろう』
めげずにタペストリーを中空にかけた葬邪神が、茶の用意を再開する。
「相変わらず器用でいらっしゃいますね」
フルードは思わず呟いていた。自分を指導してくれたのがフレイムならば、アリステルを指南したのはこの一の邪神だ。生き別れの兄弟として再会したアリステルとの交流を通じ、必然的に一の邪神とも親交を温めることになった。
『はは、まあ俺たちの特性だなぁ。それで、何を聞きたい? いや、何から聞きたい?』
ご機嫌で尋ねる長兄に、ラミルファもにこやかに答えた。
『一番に質問しなければならないことができたので、お尋ねして良いですか?』
『よしよし、お兄ちゃんが答えてやろうとも。な~んだ~?』
次の瞬間、末の邪神から笑顔が剥がれ落ちた。漆黒の炎が迸り、空間を駆け巡る。
『何故この子を拐かした? 嘘の手紙で誘き出し、自分の領域に閉じ込めるなど』
灰緑の目が鈍い輝きを放ち、長兄を睨め付けた。
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