神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘

文字の大きさ
162 / 602
第2章

59.その神の名は

しおりを挟む
「お、大神様!」

 鈴を転がしたような可憐な声が場に割って入る。振り向くと、青ざめた面持ちのリーリアが口元を手で押さえていた。傍にフロースも佇んでいる。

「リーリア様」

 アマーリエが呼びかけると、澄んだ緑眼がこちらを向いた。数年前、テスオラの神官府で見かけた時には凛と前を見ていた眼差しが、今は動揺を示すように細かく震えている。

「アマーリエ様……わ、わたくし、こちらの神からお教えいただきましたの。今回誕生した聖威師は皆、神罰として邪霊に差し出された生贄だと……」

 チラと視線を振った先にいるのはフロースだ。フレイムがやれやれと頭をかく。

「泡神様は知ってたんだってな。降臨する時にセインの見守りも頼まれてたんだって?」
「うん。邪神様に阻止されて上手くできなかったけど」
「どこまで聞いててどこまで噛んでたのか知らねえけど、今回の聖威師は何かおかしい……とか言いながら、素知らぬ顔で考察してたのも演技か」
「全部ではないけど、大半は。焔神様も邪神様も、色んなことをすぐ分析したがる私の性格を知っている。だんまりで何もせずにいたら、逆に不自然に思われてしまうよ」

 ケロリとした顔でフロースが頷き、フレイムは嘆息した。

「お前、結構芝居上手だったんだな」
『私と葬邪神様が無理を言ってお願いしたのですよ。焔神様と骸邪神様には事情を伏せておいてくれと』

 フロースを庇うように、狼神が口を挟む。
 アマーリエは背伸びをし、そっと腕を上げた。かき回したせいでピョコピョコ跳ねているワインレッドの髪を手ぐしで整えてやる。

「フレイム、髪が乱れているわ」
「ありがとうユフィー」

 途端にフレイムが相好を崩した。山吹色の瞳が、熱々のパンケーキにかけた蜂蜜のように甘く蕩ける。そして、じんわりとした熱が籠る目で数瞬アマーリエを見つめた後、ふと温度を消して狼神を見る。

「取り越し苦労ですよ、狼神様」

 静かに燃える熾火のような気が揺らめく。灰銀の巨躯を見上げ、フレイムは微笑んだ。

「セインはもう一人で抱え込んだりしません。俺が降臨してから、何度も愚痴や悩みを打ち明けて来ました。俺の神殿内でこっそり話してましたから、把握できなかったんでしょうけど」

 フルードの心身はもう限界に来ている。最高神全柱の密命を受け、聖威師たちの状態を確認したフレイムは、そう判断した。それでも今なお強制昇天に踏み切らないでいるのは、大切な弟に渾身の泣き落としを食らったからと――きちんと胸中を他者に晒せるようになっていると分かったからだ。

「聖威師たちがあの子を変えた。俺の手元から出した後、全力で寄り添って、あの子に自分の心の守り方を教えてくれたんです。負担を背負いこんでしまうという従来の課題に関しては、セインはもう大丈夫です」

 フルードは、もう以前とは違う。今はきちんと言えるようになった。今回の降臨で久方ぶりに見え、そのことを知った。聞けば、焔の神器や聖威師たちにも打ち明けているらしい。

 つまり、地上にいる者たちで相談役は事足りていたため、あえて天界にいるフレイムや狼神、ラミルファと交信して発散することは無かった。ゆえに、三神ともフルードの変化を知らなかったのだ。

『ふぅむ……これは私の認識不足だったようですな。焔神様が仰せならそうなのでしょう。いやはや、愛し子の変化を見逃すとは、主神としてお恥ずかしい限り』

 狼神がひょいと身を竦めた。本気で恥じ入っているようには見えないが、一応フォローは入れておく。

「本人から聞いたところじゃ、時空神様の領域下にある空間を活用して、その中でこっそり吐き出してたみたいですからね。その前後はスパッと平常心に切り替えていたなら、気付かないかもしれません」
『ふふ、お気遣い痛み入りますぞ』

 含み笑いをする狼神の声に被さるように、甲高い絶叫が響いた。

「大神様、どうかお助け下さい! 邪霊の餌食になどなりたくない!」

 オーブリーだ。新たに顕れた少年神の前にひれ伏し、頭を地面に擦り付けんばかりにして頼んでいる。神の外見は10歳頃か。星降の儀に降臨していたので、見覚えがある。
 リーリアも見事な跪拝を取り、微動だにせず宙に浮かぶ少年神に敬意を表していた。

『愚か者が。貴様の昇天資格剥奪および地下行きを決定したのはこの私だ。6年前を発端とした度重なる無礼、忘れてはおらぬ。せめて他の神に縋れば良かったものを』

 美しいソプラノの声が大気を震わせる。

「なっ……何故です!? 6年前のことはお許しいただけたはず。だから御山洗の儀が成功したのでしょう?」
『世迷言も大概にせよ。6年前、儀式に力を貸したのは私ではない』
「そ、そんな馬鹿な。では代わりを見付けたということか……? いや、たった一晩で代役が見付かるはずが……」
『代役となった者はそこにおるではないか』

 ほっそりとした指がリーリアを示す。正確には、リーリアを守るようにその前に佇むフロースを。

「リーリアは許してやって欲しい。彼女まで邪霊に取り込まれるのは、今回の計画には無かったはずだ」

 自分より高い目線に浮遊する少年神を見上げ、フロースは言った。神の前に歩み出ると、さらに言葉を繋ぐ。

「あなたが怒っているのはオーブリーに対してのはずだ。リーリアに詰りは抱いていないだろう? だから、地下行きから助けても良いだろう――ウェイブ」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

結婚十年目の夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。彼は「送り間違えた」というけれど、それはそれで問題なのでは?

ぽんた
恋愛
レミ・マカリスター侯爵夫人は、夫と政略結婚をして十周年。侯爵夫人として、義父母の介護や領地経営その他もろもろを完ぺきにこなしている。そんなある日、王都に住む夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。義弟を通じ、夫を追求するも夫は「送り間違えた。ほんとうは金を送れというメモを送りたかった」という。レミは、心から思った。「それはそれで問題なのでは?」、と。そして、彼女の夫にたいするざまぁがはじまる。 ※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。

幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。

灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。 曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。 婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。 前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。

君といるのは疲れると言われたので、婚約者を追いかけるのはやめてみました

水谷繭
恋愛
メイベル・ホワイトは目立たない平凡な少女で、美人な姉といつも比べられてきた。 求婚者の殺到する姉とは反対に、全く縁談のなかったメイベル。 そんなある日、ブラッドという美少年が婚約を持ちかけてくる。姉より自分を選んでくれたブラッドに感謝したメイベルは、彼のために何でもしようとひたすら努力する。 しかしそんな態度を重いと告げられ、君といると疲れると言われてしまう。 ショックを受けたメイベルは、ブラッドばかりの生活を改め、好きだった魔法に打ち込むために魔術院に入ることを決意するが…… ◆なろうにも掲載しています

愛してもいないのに

豆狸
恋愛
どうして前と違うのでしょう。 この記憶は本当のことではないのかもしれません。 ……本当のことでなかったなら良いのに。 ※子どもに関するセンシティブな内容があります。

『外見しか見なかったあなたへ。私はもう、選ぶ側です』

鷹 綾
恋愛
「お前のようなガキは嫌いだ」 幼く見える容姿を理由に、婚約者ライオネルから一方的に婚約を破棄された 公爵令嬢シルフィーネ・エルフィンベルク。 その夜、嫉妬に狂った伯爵令嬢に突き落とされ、 彼女は一年もの間、意識不明の重体に陥る――。 目を覚ました彼女は、大人びた美貌を手に入れていた。 だが、中身は何ひとつ変わっていない。 にもかかわらず、 かつて彼女を「幼すぎる」と切り捨てた元婚約者は態度を一変させ、 「やり直したい」とすり寄ってくる。 「見かけが変わっても、中身は同じです。 それでもあなたは、私の外見しか見ていなかったのですね?」 静かにそう告げ、シルフィーネは過去を見限る。 やがて彼女に興味を示したのは、 隣国ノルディアの王太子エドワルド。 彼が見ていたのは、美貌ではなく―― 対話し、考え、異論を述べる彼女の“在り方”だった。 これは、 外見で価値を決められた令嬢が、 「選ばれる人生」をやめ、 自分の意思で未来を選び直す物語。 静かなざまぁと、 対等な関係から始まる大人の恋。 そして―― 自分の人生を、自分の言葉で生きるための物語。 ---

最初からここに私の居場所はなかった

kana
恋愛
死なないために媚びても駄目だった。 死なないために努力しても認められなかった。 死なないためにどんなに辛くても笑顔でいても無駄だった。 死なないために何をされても怒らなかったのに⋯⋯ だったら⋯⋯もう誰にも媚びる必要も、気を使う必要もないでしょう? だから虚しい希望は捨てて生きるための準備を始めた。 二度目は、自分らしく生きると決めた。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ いつも稚拙な小説を読んでいただきありがとうございます。 私ごとですが、この度レジーナブックス様より『後悔している言われても⋯⋯ねえ?今さらですよ?』が1月31日頃に書籍化されることになりました~ これも読んでくださった皆様のおかげです。m(_ _)m これからも皆様に楽しんでいただける作品をお届けできるように頑張ってまいりますので、よろしくお願いいたします(>人<;)

ローザリンデの第二の人生

梨丸
恋愛
伯爵令嬢、ローザリンデの夫はいつも彼女より仕事を優先させ、彼女を無碍にしている。 彼には今はもういない想い人がいた。 私と結婚したことにいい思いをしていないことは知っていた。 けれど、私の命が懸かっていた時でさえも、彼の精神は変わらなかった。 あなたが愛してくれないのなら、私は勝手に幸せになります。 吹っ切れたローザリンデは自分自身の幸せのために動くことにした。 ※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。) 1/10 HOTランキング2位、ありがとうございます。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

処理中です...