163 / 601
第2章
60.燃える神官府の傍で
しおりを挟む
◆◆◆
《やれやれ、仕方がないな~》
本棟の外で物陰に佇み、絶賛燃焼中の神官府を眺めているラミルファの脳裏に、長兄から念話が届いた。まだちょっぴり涙声だ。
《お前が出て来た時点で、どんな方法でフルードを遠ざけようともこうなる結果は予想できていた。今回は俺が退こう。念話中にお前たちの話を流し聞いていた限り、フルードにオーブリーを庇う気も無さそうだしなぁ》
《その通りですよ。譲ってくれてありがとう、兄上》
《可愛い弟よ……俺の方が折れると分かってて強気に出ただろう》
《あなたは弟想いの優しい兄ですから》
《はは。そう言ってもらえるなら、お兄ちゃん超大歓喜だ。では俺は天に還るぞ》
苦笑と共に念話が切れる。横にいるフルードが頭を下げた。
「ラ……邪神様。ここまでしていただいて、ありがとうございます」
『君のためだからな。少々際どいが、今可能な中ではこれが最も確実な方法だ。悪神としては落第の大サービスで、本棟にいた者は全員外に避難させてあげたよ。資料などは、後でまとめて復元させれば良い』
「はい、そうします。どうせ復元すれば良いのですから」
笑顔であっさりと答えたフルードに、ラミルファは無言で微笑んだ。そして、話題を変える。
『……ところで、一つ質問だ。リーリアはもうリミットを超えている。どうやって助けるつもりだい?』
「彼女を私の神使にしようと思っています」
『ふふ、そうか』
解決方法の一つを即答した宝玉に微笑んだラミルファは、だが、と続ける。
『だが、もっと良い方法があると、僕は思うがね』
「何でしょうか?」
『泡神様がリーリアを見初めるのだよ』
「ああ……」
フルードは察していた。フロースがリーリアに対して抱いているであろう感情を。
フロースがリーリアを見る眼差しは、フレイムがアマーリエを見るものと同じだ。恋をしている目。大事な大事な存在を見る目という意味であれば、狼神やフレイム、そしてこの邪神がフルードを見る時の視線とも通じている。
「…………」
フルードは、アマーリエや聖威師、主任神官たちと多重念話を行いながら、隣でヘラリと笑っている邪神を見た。
一番初めに自分を見初めてくれた。自分を宝玉としてくれた。自分の幸せにするため、あらゆる手間と労力を惜しまずに尽力してくれた。彼が起点となって、狼神やフレイムと巡り会え、一気に幸運に導かれた。全ての始まりは彼だった。
それまでハズレばかりを引き続けていた自分の人生における、最初で最後の大当たり。
そしてこの邪神は、フルードが聖威師として強くなりたいと望んだ時、唯一反対しなかった神だ。狼神もフレイムも、火神も煉神も運命神も、全員がやんわりと再考を促す中、ラミルファだけはこちらの意思を丸ごと受容した。
――強い聖威師になりたいのかい。やはり意思は変わらないのだね。良いよ良いよ。応援しよう。力を貸そう。だから君がフレイムと巡り合うようにしたわけだし
――君の望む全てを叶えよう。君が願う全部に応えよう。君が心から欲するもの全て、僕が与える。大丈夫、君は死にも壊れもしない。この僕が、必ず君を守り抜いてみせる
この神は、フルードの意思をどこまでも尊重し優先してくれる。焔の神器と並ぶまでのレベルで。
「お父様―!」
玉を軽く擦れせたような声が響き、虚空に小柄な影が出現した。12歳ほどの外見に、呼吸を忘れるほど美しい麗姿。ふわふわの金髪に透明で優しい碧眼。
リーリアやオーブリーが見れば、『帝都入りの挨拶時に案内してくれた少年』と表現するであろう人物が、音も立てず大地に降り立つ。
「今は勤務中です。大神官と呼んで下さい、フェル……いえ、ランドルフ」
「はいー、お父様」
「私の話を聞いていましたか?」
「はい~。ちょうどあなた方の気配の近くにいたので、念話ではなく直接来ましたー」
噛み合っていない会話を交わす親子を、ラミルファが笑いを堪えて見つめている。
「大神官、お気付きだと思いますが、私の主神たる波神様が降臨されました。オーブリーの件だと思われます~」
「承知しています。すぐに波神様の元に向かって下さい。神威がやや険しさを帯びていますから、ご機嫌によっては神鎮めを行うのです」
「分かりましたー。今みたいにちょっと不機嫌なだけの状態で、暴れようともしていない段階なら、天威師は動けませんものね」
天威師が出動できる範囲は、聖威師より格段に狭い。神が直に関与している出来事で、広範囲かつ無差別の被害が多数生じる場合しか動いてはならないと決まっている。
「頼みましたよ」
「は~い~」
気が抜けるような返事と共に、ランドルフはラミルファにぺこんとお辞儀し、かき消えた。
「申し訳ありません、息子がお騒がせいたしました」
『ふふ、あの子は君に生き写しだ。ランドルフ・フェル・イステンド。君と同じ目まで持っている』
その性格はとても好奇心旺盛で、興味を持ったものには一直線だ。神官府の頂点という皇帝にすら通ずる至尊の地位にありながら、『変な聖威師』であるリーリアとオーブリーを真っ先に見てみたいという理由で、案内役を買って出た。遠視を使えば良いと提案しても、いや直接見たいと言い張り、根負けしたフレイムの指示で迎えに行ったのだ。
『イステンド大公家の中で君だけ姓が異なるのは超法的な措置だが、致し方ない。君はレシス家の者だからね』
「家名など人の世での括りにすぎません。昇天して神になれば、私はただのフルード・セインになります。レシスは、この呪われた血は、私で終わらせる」
『……君で最後、ね。果たして……』
どこか憂慮を含んだ眼差しになったラミルファが口の中で呟くが、すぐにいつもの飄々とした顔を貼り付けた。
『さて、こちらの仕込みはもう終わる。早くアマーリエと合流したいだろう。一の兄上も言っていたが、狼神様も降臨している。君を待っているはずだ』
「抜き打ち試験を課すような意地悪な主神など知りません。少しくらい待ちぼうけを食らっていれば良いのです」
『おやおや』
拗ねたように言うフルードに、ラミルファは高らかに笑う。両名はそのまま、燃え落ちる神官府を横目に、今やるべきことの仕上げに入った。
《やれやれ、仕方がないな~》
本棟の外で物陰に佇み、絶賛燃焼中の神官府を眺めているラミルファの脳裏に、長兄から念話が届いた。まだちょっぴり涙声だ。
《お前が出て来た時点で、どんな方法でフルードを遠ざけようともこうなる結果は予想できていた。今回は俺が退こう。念話中にお前たちの話を流し聞いていた限り、フルードにオーブリーを庇う気も無さそうだしなぁ》
《その通りですよ。譲ってくれてありがとう、兄上》
《可愛い弟よ……俺の方が折れると分かってて強気に出ただろう》
《あなたは弟想いの優しい兄ですから》
《はは。そう言ってもらえるなら、お兄ちゃん超大歓喜だ。では俺は天に還るぞ》
苦笑と共に念話が切れる。横にいるフルードが頭を下げた。
「ラ……邪神様。ここまでしていただいて、ありがとうございます」
『君のためだからな。少々際どいが、今可能な中ではこれが最も確実な方法だ。悪神としては落第の大サービスで、本棟にいた者は全員外に避難させてあげたよ。資料などは、後でまとめて復元させれば良い』
「はい、そうします。どうせ復元すれば良いのですから」
笑顔であっさりと答えたフルードに、ラミルファは無言で微笑んだ。そして、話題を変える。
『……ところで、一つ質問だ。リーリアはもうリミットを超えている。どうやって助けるつもりだい?』
「彼女を私の神使にしようと思っています」
『ふふ、そうか』
解決方法の一つを即答した宝玉に微笑んだラミルファは、だが、と続ける。
『だが、もっと良い方法があると、僕は思うがね』
「何でしょうか?」
『泡神様がリーリアを見初めるのだよ』
「ああ……」
フルードは察していた。フロースがリーリアに対して抱いているであろう感情を。
フロースがリーリアを見る眼差しは、フレイムがアマーリエを見るものと同じだ。恋をしている目。大事な大事な存在を見る目という意味であれば、狼神やフレイム、そしてこの邪神がフルードを見る時の視線とも通じている。
「…………」
フルードは、アマーリエや聖威師、主任神官たちと多重念話を行いながら、隣でヘラリと笑っている邪神を見た。
一番初めに自分を見初めてくれた。自分を宝玉としてくれた。自分の幸せにするため、あらゆる手間と労力を惜しまずに尽力してくれた。彼が起点となって、狼神やフレイムと巡り会え、一気に幸運に導かれた。全ての始まりは彼だった。
それまでハズレばかりを引き続けていた自分の人生における、最初で最後の大当たり。
そしてこの邪神は、フルードが聖威師として強くなりたいと望んだ時、唯一反対しなかった神だ。狼神もフレイムも、火神も煉神も運命神も、全員がやんわりと再考を促す中、ラミルファだけはこちらの意思を丸ごと受容した。
――強い聖威師になりたいのかい。やはり意思は変わらないのだね。良いよ良いよ。応援しよう。力を貸そう。だから君がフレイムと巡り合うようにしたわけだし
――君の望む全てを叶えよう。君が願う全部に応えよう。君が心から欲するもの全て、僕が与える。大丈夫、君は死にも壊れもしない。この僕が、必ず君を守り抜いてみせる
この神は、フルードの意思をどこまでも尊重し優先してくれる。焔の神器と並ぶまでのレベルで。
「お父様―!」
玉を軽く擦れせたような声が響き、虚空に小柄な影が出現した。12歳ほどの外見に、呼吸を忘れるほど美しい麗姿。ふわふわの金髪に透明で優しい碧眼。
リーリアやオーブリーが見れば、『帝都入りの挨拶時に案内してくれた少年』と表現するであろう人物が、音も立てず大地に降り立つ。
「今は勤務中です。大神官と呼んで下さい、フェル……いえ、ランドルフ」
「はいー、お父様」
「私の話を聞いていましたか?」
「はい~。ちょうどあなた方の気配の近くにいたので、念話ではなく直接来ましたー」
噛み合っていない会話を交わす親子を、ラミルファが笑いを堪えて見つめている。
「大神官、お気付きだと思いますが、私の主神たる波神様が降臨されました。オーブリーの件だと思われます~」
「承知しています。すぐに波神様の元に向かって下さい。神威がやや険しさを帯びていますから、ご機嫌によっては神鎮めを行うのです」
「分かりましたー。今みたいにちょっと不機嫌なだけの状態で、暴れようともしていない段階なら、天威師は動けませんものね」
天威師が出動できる範囲は、聖威師より格段に狭い。神が直に関与している出来事で、広範囲かつ無差別の被害が多数生じる場合しか動いてはならないと決まっている。
「頼みましたよ」
「は~い~」
気が抜けるような返事と共に、ランドルフはラミルファにぺこんとお辞儀し、かき消えた。
「申し訳ありません、息子がお騒がせいたしました」
『ふふ、あの子は君に生き写しだ。ランドルフ・フェル・イステンド。君と同じ目まで持っている』
その性格はとても好奇心旺盛で、興味を持ったものには一直線だ。神官府の頂点という皇帝にすら通ずる至尊の地位にありながら、『変な聖威師』であるリーリアとオーブリーを真っ先に見てみたいという理由で、案内役を買って出た。遠視を使えば良いと提案しても、いや直接見たいと言い張り、根負けしたフレイムの指示で迎えに行ったのだ。
『イステンド大公家の中で君だけ姓が異なるのは超法的な措置だが、致し方ない。君はレシス家の者だからね』
「家名など人の世での括りにすぎません。昇天して神になれば、私はただのフルード・セインになります。レシスは、この呪われた血は、私で終わらせる」
『……君で最後、ね。果たして……』
どこか憂慮を含んだ眼差しになったラミルファが口の中で呟くが、すぐにいつもの飄々とした顔を貼り付けた。
『さて、こちらの仕込みはもう終わる。早くアマーリエと合流したいだろう。一の兄上も言っていたが、狼神様も降臨している。君を待っているはずだ』
「抜き打ち試験を課すような意地悪な主神など知りません。少しくらい待ちぼうけを食らっていれば良いのです」
『おやおや』
拗ねたように言うフルードに、ラミルファは高らかに笑う。両名はそのまま、燃え落ちる神官府を横目に、今やるべきことの仕上げに入った。
23
あなたにおすすめの小説
結婚十年目の夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。彼は「送り間違えた」というけれど、それはそれで問題なのでは?
ぽんた
恋愛
レミ・マカリスター侯爵夫人は、夫と政略結婚をして十周年。侯爵夫人として、義父母の介護や領地経営その他もろもろを完ぺきにこなしている。そんなある日、王都に住む夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。義弟を通じ、夫を追求するも夫は「送り間違えた。ほんとうは金を送れというメモを送りたかった」という。レミは、心から思った。「それはそれで問題なのでは?」、と。そして、彼女の夫にたいするざまぁがはじまる。
※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。
婚約破棄から50年後
あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。
そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。
できない子に転生しましたが、家族と食卓があれば十分です ―人間不信だった私が、ゆっくり育つ異世界生活―
愛朱ひいろ
ファンタジー
人の顔色ばかり伺い、心を壊した26歳の会社員女性。
彼女は死後、異世界で「できない子」として転生する。
魔法は使えない。
体は不器用で、成長も人より遅い。
前世の記憶のせいで、人と関わることが少し怖い。
けれどこの世界には、
見守り支えてくれる両親と、
あたたかい食卓があった。
泣いて、つまずいて、できないことに落ち込みながら、
彼女は少しずつ「できないままでも、生きていていい」と知っていく。
これは、
最強でもチートでもない主人公が、
家族と食事に支えられながら、ゆっくり育ち直す
生活密着型・異世界転生×成長×グルメファンタジー。
……の、予定です。
毎日更新できるように執筆がんばります!
侯爵令嬢ソフィアの結婚
今野綾
恋愛
ソフィアは希少なグリーンアイを持つヴィンセントと結婚したが、これは金が欲しいソフィアの父の思惑と高い爵位が欲しいヴィンセントの思惑が一致したからに過ぎない
そもそもヴィンセントには美しい恋人がいる
美男美女と名高いヴィンセントとその恋人は身分に大きな差があるために結婚することは叶わないのだ
その事をソフィアも耳にしており、この結婚が形ばかりのものであることを知っていた
結婚して早々、ソフィアは実家から連れてきた侍女夫婦とあばら家に住むように言われて…
表紙はかなさんです✨
ありがとうございます😊
2024.07.05
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。
灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。
曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。
婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。
前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。
ローザリンデの第二の人生
梨丸
恋愛
伯爵令嬢、ローザリンデの夫はいつも彼女より仕事を優先させ、彼女を無碍にしている。
彼には今はもういない想い人がいた。
私と結婚したことにいい思いをしていないことは知っていた。
けれど、私の命が懸かっていた時でさえも、彼の精神は変わらなかった。
あなたが愛してくれないのなら、私は勝手に幸せになります。
吹っ切れたローザリンデは自分自身の幸せのために動くことにした。
※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。)
1/10 HOTランキング3位、ありがとうございます。
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる