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第2章
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◆◆◆
《ユフィー、笑顔笑顔! 顔が引き攣ってる!》
《ふふふ。可愛い間抜け顔が可愛い潰れ顔になっているよ、アマーリエ》
脳裏にフレイムの励ましとラミルファの笑声が響く。現実の二人は人間の姿に変化し、澄まし顔で部屋の隅に控えていた。
《だって、こんなに連続して挨拶が来るなんて聞いていないわ! 夕方限定の大特価品の棚にもここまでの行列は並ばなかったわよ!?》
《いや、ちょっと例えがイメージできねえけど……》
《君は節約上手な奥方になれそうだ》
現在、照覧祭は終盤に差し掛かっている。連日雲霞のようにやって来る謁見の人々に、アマーリエは目を白黒させながら対応している。言うまでもなく、自分を神使に選んで欲しいという神官たちの売り込みの列だ。
ここは神官府の第二広間。大規模な収容人数を誇るこの場所を、臨時の謁見室として使用していた。
隣を見ると、鉄壁の笑顔を貼り付けたフルードが謁見の群れをさばいている。
「こんにちは。本日はようこそ。ありがとう。お気を付けて」
先程から全く同じ台詞を全く同じペースで繰り返している。完全に流れ作業だ。他の聖威師たちも、淡々と列に応じていた。控えめに見ても、神使を選び出そうという気は感じられない。天の神々としても、もし良い者がいたら唾を付けておけ、程度の提案だったので、選ばずとも全く問題はないそうだ。
……ちなみに、フルードからは先日、優しく注意を受けた。まだ聖威師になっていない時分のリーリアを、様付けで呼んでいたためだ。人間に敬称を付ける必要はありません、と言われてしまった。自分で気付くか様子を見ていたが直す気配がなかったので、指摘することにしたらしい。これまでも、高位の霊威師相手にうっかり敬語を使ってツッコまれたこともある。自身が上り詰めた至尊の地位に、アマーリエはまだ慣れ切っていない。
《お姉様、一人一人に時間をかけなくて良いのですよ》
《こういうのは丁寧さより数が大事なんですよー。質より量なんでー》
ルルアージュとランドルフがアドバイスを送ってくれる。アマーリエよりも年下だが聖威師として先輩の彼らは、この状況でも平然としている。
なお、リーリアはいない。近日中に生家の除籍処理が完了し、老侯が邪霊に引き渡される予定なので、彼女が表舞台に立つのはその後だ。
リーリアと共にいるフロースの姿もない。愛し子を見付けるという目的が果たされた今、わざわざ聖威師の部下のフリをする必要はないのだ。
ラミルファが未だ従者になりすましているのは、フルードを案じてだ。アマーリエの側にいたいフレイムも部下を継続している。焔神の姿でここに来れば、会場が大騒ぎになってしまうためだ。
《いやはや、皆なかなか汚い気だ。これでは新たな愛し子候補など見付かりそうにない。ああ、この僕に相応しい逸材はいないのだろうか》
神官たちを眺めるラミルファがわざとらしく嘆くが、内心では愛し子や神使など眼中に無いのだろう。若葉色に転じた瞳に、『興味無し』と大きく書かれているのが見えるかのような錯覚を覚えながら、アマーリエは謁見に意識を戻す。
(……辛くても、進まなくては)
過去の魔手にどれだけ精神を削られようと、フルードは笑顔でここに立っている。己の鼓動が脈打つ限り、熱い血潮がその身を巡る限り――生きている限り、歩き続けなければならないからだ。胸の奥で慟哭する魂を抱えながら。
アマーリエ自身もきっとそうするだろう。人としての生を終える刹那まで、少しでも前へ進み続ける。
視線を前方に巡らせて見たものの、大広間の入口を越えて外まで続く行列の果ては見えない。
(まあ、高齢の方に……あんなに小さな子どもまでいるわ)
聖威師は数段高くなった場所にいるため、遠視を使う間でもなく並ぶ人々を見下ろせる。列には杖を持ったご老人や幼児まで加わっていた。
(こんなに長い間並んでもらって、申し訳ないわね……)
高齢者や幼児であっても、れっきとした神官だ。霊威を用いれば身体強化や体力増強、疲労回復もできるので、長時間立ち続けることは苦ではないはずだが、やはり心苦しい。
視線に気付いたか、ご老人が照れ臭そうに破顔して白髪頭を下げる。アマーリエも視線で礼を返した。老人の前に目を移すと、零れ落ちそうに大きな瞳をした幼児が、無邪気な笑みを見せている。
(可愛い~)
目の前にいる謁見者が礼をして背を向けた瞬間を狙い、小さな子どもに向かって一瞬だけ微笑む。
(たくさん待ってもらってごめんね。並んでくれてありがとう)
そんな思いを込めて、優しくにっこりと、心からの笑みを向けた。一瞬驚いたように目を見開いた幼児に、もう一度破顔してみせる。視線が絡まり合い、子どものあどけない童顔がさらに綻んだように見えた。
《ユフィー、笑顔笑顔! 顔が引き攣ってる!》
《ふふふ。可愛い間抜け顔が可愛い潰れ顔になっているよ、アマーリエ》
脳裏にフレイムの励ましとラミルファの笑声が響く。現実の二人は人間の姿に変化し、澄まし顔で部屋の隅に控えていた。
《だって、こんなに連続して挨拶が来るなんて聞いていないわ! 夕方限定の大特価品の棚にもここまでの行列は並ばなかったわよ!?》
《いや、ちょっと例えがイメージできねえけど……》
《君は節約上手な奥方になれそうだ》
現在、照覧祭は終盤に差し掛かっている。連日雲霞のようにやって来る謁見の人々に、アマーリエは目を白黒させながら対応している。言うまでもなく、自分を神使に選んで欲しいという神官たちの売り込みの列だ。
ここは神官府の第二広間。大規模な収容人数を誇るこの場所を、臨時の謁見室として使用していた。
隣を見ると、鉄壁の笑顔を貼り付けたフルードが謁見の群れをさばいている。
「こんにちは。本日はようこそ。ありがとう。お気を付けて」
先程から全く同じ台詞を全く同じペースで繰り返している。完全に流れ作業だ。他の聖威師たちも、淡々と列に応じていた。控えめに見ても、神使を選び出そうという気は感じられない。天の神々としても、もし良い者がいたら唾を付けておけ、程度の提案だったので、選ばずとも全く問題はないそうだ。
……ちなみに、フルードからは先日、優しく注意を受けた。まだ聖威師になっていない時分のリーリアを、様付けで呼んでいたためだ。人間に敬称を付ける必要はありません、と言われてしまった。自分で気付くか様子を見ていたが直す気配がなかったので、指摘することにしたらしい。これまでも、高位の霊威師相手にうっかり敬語を使ってツッコまれたこともある。自身が上り詰めた至尊の地位に、アマーリエはまだ慣れ切っていない。
《お姉様、一人一人に時間をかけなくて良いのですよ》
《こういうのは丁寧さより数が大事なんですよー。質より量なんでー》
ルルアージュとランドルフがアドバイスを送ってくれる。アマーリエよりも年下だが聖威師として先輩の彼らは、この状況でも平然としている。
なお、リーリアはいない。近日中に生家の除籍処理が完了し、老侯が邪霊に引き渡される予定なので、彼女が表舞台に立つのはその後だ。
リーリアと共にいるフロースの姿もない。愛し子を見付けるという目的が果たされた今、わざわざ聖威師の部下のフリをする必要はないのだ。
ラミルファが未だ従者になりすましているのは、フルードを案じてだ。アマーリエの側にいたいフレイムも部下を継続している。焔神の姿でここに来れば、会場が大騒ぎになってしまうためだ。
《いやはや、皆なかなか汚い気だ。これでは新たな愛し子候補など見付かりそうにない。ああ、この僕に相応しい逸材はいないのだろうか》
神官たちを眺めるラミルファがわざとらしく嘆くが、内心では愛し子や神使など眼中に無いのだろう。若葉色に転じた瞳に、『興味無し』と大きく書かれているのが見えるかのような錯覚を覚えながら、アマーリエは謁見に意識を戻す。
(……辛くても、進まなくては)
過去の魔手にどれだけ精神を削られようと、フルードは笑顔でここに立っている。己の鼓動が脈打つ限り、熱い血潮がその身を巡る限り――生きている限り、歩き続けなければならないからだ。胸の奥で慟哭する魂を抱えながら。
アマーリエ自身もきっとそうするだろう。人としての生を終える刹那まで、少しでも前へ進み続ける。
視線を前方に巡らせて見たものの、大広間の入口を越えて外まで続く行列の果ては見えない。
(まあ、高齢の方に……あんなに小さな子どもまでいるわ)
聖威師は数段高くなった場所にいるため、遠視を使う間でもなく並ぶ人々を見下ろせる。列には杖を持ったご老人や幼児まで加わっていた。
(こんなに長い間並んでもらって、申し訳ないわね……)
高齢者や幼児であっても、れっきとした神官だ。霊威を用いれば身体強化や体力増強、疲労回復もできるので、長時間立ち続けることは苦ではないはずだが、やはり心苦しい。
視線に気付いたか、ご老人が照れ臭そうに破顔して白髪頭を下げる。アマーリエも視線で礼を返した。老人の前に目を移すと、零れ落ちそうに大きな瞳をした幼児が、無邪気な笑みを見せている。
(可愛い~)
目の前にいる謁見者が礼をして背を向けた瞬間を狙い、小さな子どもに向かって一瞬だけ微笑む。
(たくさん待ってもらってごめんね。並んでくれてありがとう)
そんな思いを込めて、優しくにっこりと、心からの笑みを向けた。一瞬驚いたように目を見開いた幼児に、もう一度破顔してみせる。視線が絡まり合い、子どものあどけない童顔がさらに綻んだように見えた。
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