神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘

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第3章

10.フレイムの一時帰還

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 クラーラがしょんぼりと頷く。何とか誤魔化されてくれたらしい。

「パパがいなかったら、おうちにひとりぼっちになっちゃうわ。夜のお家は暗くて静かで怖いのよ」

 両手で顔を覆い、クラーラはしくしくと泣き出した。止まりかけていた涙が、丸い頰を濡らして滑り落ちる。

《この子を一人にはできませんし、少しの間わたくしかアマーリエ様の邸で預かりませんこと? 信頼できるシッターを手配することもできますが、いずれ孤児院に行くことを説明するならば、わたくしたちと最低限の信頼関係は築いておかなくてはなりませんわ》
《そうね。リーリア様の邸の使用人は人間ではなく形代かたしろなのよね? 私も少し前にそうなったの》

 大神官補佐という役職に就き、重要事項や機密事項を多く扱うようになったことで、アマーリエの邸にいた使用人たちは形代に交代した。
 既にテスオラで副主任補佐や主任補佐として実績を積んでいたリーリアは、経験有りとしてすぐに神官長補佐になったため、こちらも使用人は形代だ。

《ええ。ですが、見た目は人間そっくりですもの。喜怒哀楽の表情と言動を付与すれば、一般人は形代だと気付かないと思いますわ》
《確かに……ただ、リーリア様の邸だとフロース様のご負担にならないかしら。子どもとはいえ、知らない者と生活するのはストレスに感じるかもしれないわ。かといって、私の邸にはラモスとディモスがいるのよ。クラーラちゃんには怖いかもしれないわね》

 フロースに我慢を強いることは有り得ない。子どものためだろうが何だろうが、神官たる者が天の神より人間を優先して神のストレスを増やすなどご法度はっとだ。かといって、大型の獅子である聖獣たちは、幼女にとっては恐怖の対象になりかねない。

《申し訳ないけれど、ラモスとディモスには猫の姿にでも変化へんげしてもらおうかしら》

 後はフレイムだが、彼ならばクラーラを嫌がったりしないだろうと考えた時、ちょうどその声が脳裏に響いた。

《ユフィー。今ちょっとだけ良いか?》
《フレイム! ええ、大丈夫よ》

 噂をすれば何とやらである。すぐに応返しながら、同時並行でリーリアにも念話する。

《ごめんなさい、フレイムからも念話が入ったわ。リーリア様との念話回路も繋いでおくわね》

 一度に複数の念話や遠視を展開する技術も、随分と上達した。聖威師になる前のアマーリエの霊威では、霊具の補助無しにはとてもできなかったことだ。

《どうしたの?》
《すまん、姉上から連絡があってな、母神に仕える下働きの精霊が、二体ほど神使に昇格しそうなんだと。その関係で、審査とか火神一族内の高位神での評議とか色々あって、俺も参加して欲しいって言われちまった》
《まあ、それはおめでたいわね。……もしかしてラモスとディモスの時も、審査とかがあったのかしら?》
《いや、アイツらは神使選定で見出したからな。初めから神使にする前提で選んでて、全権も俺に一任されてたから、下働きが昇格するのとはプロセスが違うんだ》

 だからこそフレイムは選定に苦慮していたのだ。一足飛びに神使になるので、慎重に選ばなければならなかった。

《そんな訳で、ちょっとの間、天界と地上を往復することになると思う。なるべくお前の側にいるようにはするが。今日いっぱいは戻れそうにない》
《良いのよ、私のことは気にしないで。今日は神鎮めや神器鎮静が入らなければ、属国の神官の挨拶を受けるくらいだもの。それよりしっかり審査してあげて》
《悪いな。取り合えずこれから一時帰還するが、何かあったら遠慮せず念話をくれ。すぐに飛んでくから》
《分かったわ》
《あと、何でか分からんがラモスとディモスも連れて来てくれって言われてるんだ。神使としての割り振りの打ち合わせかもしれん。ちょっと借りてくぜ》

 聖獣たちは、今までにも幾度か天界にばれている。火神の神使としての担当部分決めのためだ。

《確かに、新しい神使が生まれるなら再調整が必要かもしれないわね。あの子たちはもう火神様の御遣いよ。私に遠慮せず連れて行って》
《すまん、ありがとうな。あ、お前の部屋の整理は終わったし、夕食は昨日の内にもうポトフを作ってあるぜ。一晩じっくり寝かせて、肉や芋に味を染ませてある》
《ありがとう……》

 仕事が早い。フレイムは良いハウスキーパーになれそうだと思いつつ、アマーリエは頷いた。

《んじゃいったん還るが、くれぐれも何かあれば喚ぶんだぞ。愛し子絡みの用事は、審査よりも評議よりも優先される事項として認められてるからな》

 そう念押しし、フレイムは念話を切った。アマーリエはリーリアに事の次第を説明する。

《……というわけだから、クラーラちゃんにはひとまず私の邸に来てもらおうかしら。少なくとも今夜は私と形代だけしかいないから》
《ではそのようにいたしましょう。わたくしもフロース様にお聞きしてみて、ご了承がいただけましたら、交代で預かることもできますわ》

 手早く話し合い、未だ泣いているクラーラに向き直る。

「うえぇぇん……パパ……パパァ~」
「クラーラちゃん、良かったら私の家に来ない? お父さんはすぐに帰れないみたいだし、どうか娘をお願いしますと手紙に書いているの。だから少しの間、私たちがあなたを預かるわ。その後のことは、他の大人たちと相談してみるから」
(神格を持つ存在は、人間のことにはあまり関われないけれど……フルード様が孤児院のボヤで焼け出された子どもたちに、別邸や食事を短期間だけ提供した前例があったはず)

 また、以前に当真とうまから聞いた話では、彼がまだ聖威師になっていないどころかしるしを発現してもいなかった頃に、紅日皇后から神官府で受ける試験のアドバイスをもらったことがあるという。途中から黇死皇も加わり、問答形式で付き合ってくれたそうだ。

 さらに別件では、属国の酒屋の店主ミハロ・デーグに対し、フルードが陰から手を回して社会的に抹殺されるよう采配したらしい。ただ、ミハロは神器を暴走させたという天に対する明確な落ち度があった上、手を回したのも裏から間接的な手段を用いたそうなので、今回のように孤児みなしごの面倒を直に見るのとはまた事情が違うだろう。

(あくまで人間の範疇で表面的に関わるだけなら、少しは制限が緩いのかもしれないわ)

 それでも限度はあるだろうが……少女を何泊かさせるだけなら何とかなりそうではある。

(後でフルード様に確認しましょう。駄目と言われたら、信頼できる人に託すなり他の手を考えないと)

 内心でメモしていると、驚いた顔でこちらを見上げていたクラーラが、小さく呟いた。

「一緒に……いてくれるの?」
「ええ。ずっとは無理だけれど、何日かなら大丈夫だと思うわ。もしそれが無理になっても、クラーラちゃんが寂しくならない方法を考えるから」
「……うん……ありがとう。一人は怖いわ。お姉ちゃんと一緒が良い」
「じゃあ決まりね」

 にっこりと笑いかけながら、ハンカチで白い頰を拭いてやる。そして、こっそりと探査の聖威を使った。万々が一を考え、クラーラが言動や容姿も含めて嘘やごまかしをしていないか、悪意や害意を持っていないか、誰かに操られていないか等々をざっと確認したのだ。

(……うん、大丈夫ね)

 クラーラに怪しい部分や引っかかる箇所は無かった。ホッとしながら、小さな手をそっと握る。

「ただ、私はまだ仕事中なの。神官たちとたくさんお話をするし、他の人には見せられない大事なものも扱っているから、私が仕事をする場所の続き部屋で待っていてくれる?」
「分かったわ。あたし、良い子で静かにしてるわね」

 ほんの少しだけ元気を取り戻した顔で、まだ目の縁に涙の煌めきを残しているクラーラは口元に人差し指を当てて笑った。
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