神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘

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第3章

15.焔神の参戦

「フレイムーッ!」

 気が付けば叫びが漏れていた。単なる肉声ではない。魂が発するび声だ。左手の薬指にはまった赤い指輪が眩い輝きを放つ。

 その瞬間、幾つものことが同時に起こった。

 アマーリエの胸元から赤黄色の光が放たれる。
 魔物がガクンと脚を折り、動きを鈍らせる。
 紅葉色の盾が砕け散る。
 アマーリエの視界の端に、無表情でじぃぃぃっとこちらを見ているクラーラが映る。
 そして――

「ユフィー!」

 紅蓮の神威が迸る。煌々と天を照らす月光を背負い、ワインレッドの髪をなびかせる焔の神が顕現した。盾が消滅したことで無防備になったアマーリエを右腕で抱きしめ、左腕で魔物の角をわし掴んで突進を食い止めている。

「……何だ貴様は」

 山吹色の眼が狂った魔物を睨め付けた。

「我が愛し子を害する愚行、断じて許し難い」

 常とは異なる口調と、圧倒的な闘気。瞬殺で気圧された敵が体を波立たせた。

「ま、待って。これは地上の事件よ。フレイムが関わって良いの?」
(喚んだ張本人の私が言えることではないけれど……)

 葬邪神の神器が暴走した時も、直接の対処はアマーリエたちに任せ、陰からのフォローに専念していたはずだ。

「ああ。神自身が直に関わってる件で、愛し子が危機的状況に置かれた場合は、干渉が許される」

 端的に答えたフレイムが、角を握る拳に力を入れた。絶叫を上げた魔物が全身から血を噴き出し、ひび割れた角が根元から砕け散る。おそらく神威を流し込んで破砕したのだろう。

「こんなモン要らん。返す」

 フレイムは素っ気なく言い捨て、掌中に取り残された鋭利な欠片を無造作に投擲した。一直線に虚空を切り裂いて飛んだ欠片は、漆黒の神威をも貫通し、角を綺麗に剥ぎ取られた異形の眉間に深々と突き立った。
 断末魔の絶叫を上げ、魔物がドゥと倒れる。しばし痙攣していた体は、やがて動かなくなった。むくろとなった体が、砂と化して消えていく。

「あ、ありがと……」
「まだだ」

 ホッと力を抜きかけたアマーリエに、フレイムは目を眇めてあらぬ方を見遣る。

「どっかから視てるな……」

 低い声に、切れかけた緊張が蘇った。おそらく、黒い神威の使い手だろう。空気が再び緊迫した時、場違いに朗らかな声が響いた。

「お待たせいたしました~。デザートとお紅茶でございまぁ~す」

 メイド姿の形代がにっこにこの笑顔を満開にし、ココアブラウニーと紅茶を乗せた盆を持って割り込んで来る。ライナスもびっくりな空気の読めなさである。
 だが、彼女は悪くない。感情や意思のない形代なので、ただ出された指令に忠実に従っただけだ。『小さな少女が安心するよう、にこやかな表情と親しみやすい態度で、デザートを持って来るように』と。

(こ、こんなタイミングで……)

 ズルッとコケるアマーリエ。だが、傍に寄り添うフレイムは冷静だった。視線を宙に向けたまま手だけを動かし、表情一つ変えずブラウニーに添えられていたナイフを取ると、掌中で一回転させてから宙に投げ放つ。紅蓮の神威を帯びて輝くナイフが大気を翔け、スッと消える。

 銀色の閃きが吸い込まれた空間をしばし睨んでいたフレイムが、ふと力を抜く。

「……駄目か。気配を辿ってみたが、途中で見失った。視線も消えちまったし、視るのを止めたんだろう。すまん、逃した」

 どこからか戻って来たナイフが、カランと地面に落ちた。

「いいえ、助けてくれてありがとう」

 良いってことよ――とカラリと笑う、いつもの返事は来なかった。硬さを宿す美貌がアマーリエを見つめ、優しく抱きしめる。

「ユフィー、無事で良かった……!」
(フレイム……)
「心配をかけてごめんなさい」

 謝ると、一度腕を解いたフレイムが正面から見下ろして来た。

「何があった。あの魔物は神威を帯びていた。だが神器の力じゃねえ。神自身が手を貸してやがったぞ」
「ええと――あ、ちょっと待って」
(クラーラちゃんのフォローが先だわ。すごく怖い思いをさせてしまったもの)

 急いで邸を遠視するが、小さな姿はどこにもない。

(あら? ……そうか、転移が発動したんだわ!)

 どうにか彼女を離脱させようと、ずっと転移を使い続けていたのだ。どのタイミングかは分からないが、聖威を阻んでいた力が消えたことで発動したのだろう。

《アマーリエ様! 聞こえますの!?》

 その瞬間、まるで図ったように、切羽詰まった声が響いた。

《リーリア様?》
《たった今、湯浴みを済ませて戻りましたら、わたくしの部屋にクラーラがいて泣いておりましたのよ》

 ちなみに、フロースは不在だという。少し前に水神から呼ばれ、天界に一時帰還したそうだ。

《何があったのか聞いても、お姉ちゃんが4本足の化け物に殺されると泣き叫ぶばかりで……パニック状態だったので、ひとまず聖威で眠らせましたの。今はわたくしのベッドに寝かせておりますわ》
《そうだったのね。ありがとう、リーリア様》
(クラーラちゃんに怖い思いをさせてしまったわ)

 ぎゅっと拳を握った時、ふと先ほどのことを思い出した。魔物に盾を破られた瞬間、あの幼い少女は感情を削ぎ落とした顔でこちらを見ていなかったか。

(――いえ、多分気のせいよ。だってきちんと見たわけではないもの。視界の端をチラッと掠めただけだったから……恐怖で表情を失くしていたのかもしれないし)
《リーリア様、驚かせてごめんなさい。何があったか話すわ。フレイムとフルード様たちにも話したいから、念話を送るわね》

 クラーラも、後できちんとケアをしなければ。申し訳なさに苛まれつつ、アマーリエは念話網を展開した。

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