神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘

文字の大きさ
325 / 602
第4章

41.最後の手段

しおりを挟む
(聖威師でもない人間を守ってくれる悪神なんかいないわ)

 仮にそんな奇特な悪神がいたとしても、人間の思考や価値観を尊重してくれるはずがない。確実に悪神の基準で行動し、エイリーに苦行を押し付けるだろう。

 アマーリエの危機には影に日向に全力で立ち回ってくれたラミルファが、今は完全に素知らぬ顔で動こうとしない。その落差が、同胞とそれ以外への残酷なまでの線引きを物語っている。

「……一つだけ打開策がある。私がエイールの守護神になる案だ。私が今すぐ神に戻り、昇天する。フルードかアマーリエが即座に私を勧請し、エイールの守護神になることを請願する。それを私が受ければ、助けられる」
「そ、それはそうですけれど、そうしたらアリステル様はもう聖威師に戻れなくなってしまいます。奇跡の聖威師はとても稀少なのでしょう?」
「聖威師が神官府の長となってより三千年強、奇跡の聖威師がいたことはほとんどなかった。それでも務めはこなせていた」

 悪神を宥めることも、悪神の神器を鎮静することも、通常の聖威師にも可能だ。もしも奇跡の聖威師がいたなら、同じ悪神同士なのでそちらが対応する方が好ましい、という程度である。

「奇跡の聖威師は、神であるのだから畏敬と尊崇の対象だ。だが同時に、悪神の神格を持つことから、恐怖の対象でもある」

 アリステルの存在は、中央本府でもあまり話題にならない。滅多に表に出ないのだから当然のこととはいえ、それでもれっきとした正式な大神官であるのにだ。
 聖威師を除いたほとんどの神官たちは、無意識に彼を話題や意識そのものから除外し、考えないようにしている。アリステルは、その存在自体を憂虞ゆうぐすべき悪神だからだ。

「私は元人間ではあるが、人に興味も愛着も持っていない。人間にどう思われようが、どう評価されようが全く気にしない。それでも、大神官として神官府の和を考慮するならば、私は早くいなくなった方が良いのかもしれない」
「待って下さい、そんなこと……」

 ない、とは言い切れなかった。今でこそ聖威師の仲間入りを果たし、アリステルとも親しくしているアマーリエだが、もし人間の霊威師のままであったなら――きっと悪神をとても恐れていただろうから。

「……アリステルがエイリーの守護神となることは、最終手段として検討します」

 難しい顔をしたフルードが告げる。彼にとっても苦渋の判断なのだろう。

「ただ、エイリーには厳しい言い方になりますが――世界を守ることができる聖威師と、何の力も持たないただの人間。どちらに価値があるかといえば、比べようもなく前者です」

 同じ貌にはまり込む正反対の青が、正面から絡み合った。

「大神官とはいえ悪神であるあなたは、表立って前に出ることが少ない。その活動や務めの全容も周知されていませんが……誰も見ていない、聞いていない、知られてないところで、数え切れないほどの人々を救っています。その総数は億の単位程度では済みません。世界そのものを救ったことも幾度もあります。あなたがいれば、これからも大勢の者が助かるでしょう」
「それがどうした。繰り返すが、私は人間からの毀誉褒貶きよほうへんはどうでも良い。ただ、私を愛しんで下さる神々に認めていただければそれで良い。それに、お前が今言ったことは、目の前にいる者の危機を見過ごして良い理由にはならない」
「ええ、その通りです。いつかどこかの日、まさに目の前で危機に瀕して泣いている者たちを守ることができるのがあなただと言っているのです。あなたはまだこの世界に必要な存在です。……エイリーを救いつつ、アリステルを失わずに済む他の方法があれば良いのですが」

 別の良案がないか頭を回すフルードを眺め、アリステルは口の中で呟いた。

「例え今少し長らえたとしても、私が地上にいられるのはどのみち残り僅かだ。フルード、お前も同じだろう」

 その声は音にならないほど小さく、やはり妙案がないかと必死で考えているアマーリエには届かない。ただ、フレイムとラミルファは神妙な顔でレシスの兄弟を見ている。
 少しの間、宙を睨んでいたフルードが口を開いた。

「ライナス様に頼み、爆発する前にエイリーの時間を止めていただきましょうか」

 時空神の愛し子であるライナスは、自らも時の神の神格を有している。アマーリエは一度、彼がその権能を行使しているところを見たことがある。輝く時計盤を左手の甲に浮き上がらせ、その中にある時針と分針、秒針を右手の指で自在に動かすことで時間操作を行なっていた。

 時計型の他にも、スロットのようにズラリと横に並んだ数字を手や中空に出現させるやり方もあるという。数字は年月日と時間、分、秒を示しており、スロットを回せば任意の時を設定できる。
 また、シャボン玉のように浮かせた無数の数字を好きなように抽出・配置する場合もあるらしい。後は、砂時計や水時計などを出現させて時間を操る方法もあると聞いた。

 そして何より、その気になればそういった小道具を用いる必要もなく、己の意思一つのみで思うままに時を制御できるそうだ。だが、時間操作は国法で禁術とされているため、どの方法であれ滅多に使う機会がないとも言っていた。聖威師は超法的な存在だが、人の世の決まりはできる限り尊重するようにしている。

「そんなことをしても一時しのぎだろう。時間停止は禁術だ、使用上の制約が大きい。制限が緩いライナス様でもそれほど長くは止められない」
「ですが、少しだけでも時間稼ぎしている間に、聖威師全員で知恵を出し合えば、新しい策が浮かぶかもしれないではありませんか……」

 冷静なアリステルに、僅かでも希望を繋げるのなら無駄ではないと、フルードが反論しかけた時だった。

「ああ、残念だが時間切れだよ」

 ラミルファが軽く口笛を吹いた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

結婚十年目の夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。彼は「送り間違えた」というけれど、それはそれで問題なのでは?

ぽんた
恋愛
レミ・マカリスター侯爵夫人は、夫と政略結婚をして十周年。侯爵夫人として、義父母の介護や領地経営その他もろもろを完ぺきにこなしている。そんなある日、王都に住む夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。義弟を通じ、夫を追求するも夫は「送り間違えた。ほんとうは金を送れというメモを送りたかった」という。レミは、心から思った。「それはそれで問題なのでは?」、と。そして、彼女の夫にたいするざまぁがはじまる。 ※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。

幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。

灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。 曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。 婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。 前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。

君といるのは疲れると言われたので、婚約者を追いかけるのはやめてみました

水谷繭
恋愛
メイベル・ホワイトは目立たない平凡な少女で、美人な姉といつも比べられてきた。 求婚者の殺到する姉とは反対に、全く縁談のなかったメイベル。 そんなある日、ブラッドという美少年が婚約を持ちかけてくる。姉より自分を選んでくれたブラッドに感謝したメイベルは、彼のために何でもしようとひたすら努力する。 しかしそんな態度を重いと告げられ、君といると疲れると言われてしまう。 ショックを受けたメイベルは、ブラッドばかりの生活を改め、好きだった魔法に打ち込むために魔術院に入ることを決意するが…… ◆なろうにも掲載しています

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

最初からここに私の居場所はなかった

kana
恋愛
死なないために媚びても駄目だった。 死なないために努力しても認められなかった。 死なないためにどんなに辛くても笑顔でいても無駄だった。 死なないために何をされても怒らなかったのに⋯⋯ だったら⋯⋯もう誰にも媚びる必要も、気を使う必要もないでしょう? だから虚しい希望は捨てて生きるための準備を始めた。 二度目は、自分らしく生きると決めた。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ いつも稚拙な小説を読んでいただきありがとうございます。 私ごとですが、この度レジーナブックス様より『後悔している言われても⋯⋯ねえ?今さらですよ?』が1月31日頃に書籍化されることになりました~ これも読んでくださった皆様のおかげです。m(_ _)m これからも皆様に楽しんでいただける作品をお届けできるように頑張ってまいりますので、よろしくお願いいたします(>人<;)

愛してもいないのに

豆狸
恋愛
どうして前と違うのでしょう。 この記憶は本当のことではないのかもしれません。 ……本当のことでなかったなら良いのに。 ※子どもに関するセンシティブな内容があります。

婚約破棄から50年後

あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。 そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。

ローザリンデの第二の人生

梨丸
恋愛
伯爵令嬢、ローザリンデの夫はいつも彼女より仕事を優先させ、彼女を無碍にしている。 彼には今はもういない想い人がいた。 私と結婚したことにいい思いをしていないことは知っていた。 けれど、私の命が懸かっていた時でさえも、彼の精神は変わらなかった。 あなたが愛してくれないのなら、私は勝手に幸せになります。 吹っ切れたローザリンデは自分自身の幸せのために動くことにした。 ※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。) 1/10 HOTランキング2位、ありがとうございます。

処理中です...