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第4章
43.神罰は生きている
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(と、とりあえず、霧が調査棟の外の漏れる心配はないのね。といっても、ここからどうすれば良いの?)
思考を切り替えていると、無秩序に漂っていた黒霧がエイリーを覆う形で収束していった。
「霧が戻っていく……?」
「本来の神罰対象者に的を絞ったのだろう。今までは爆発した勢いで広がっていたようだが」
訝しげに眉を顰めるアリステルの声に、霧をじっと見ていたアリステルが言う。
(神罰なら神が関与しているわけだから、天威師が出られ……ないか。被害がエイリーさん一人だけでは少なすぎるもの)
自分たちが何とかするしかない。アマーリエは身をよじってフレイムの腕から抜け出た。
「ユフィー」
「私なら大丈夫だから。――エイリーさん、聞こえている? 私の声が聞こえたら、声でもジャスチャーでも何でも良いから返事をして!」
だが、デスクに上体を伏せたエイリーは応じない。黒い霧がべっとりと張り付いた下で、小さく痙攣を繰り返しているようだった。耳を澄ませると、小さな声で何やら呻いている。『やめて』『許して下さい』『ごめんなさい、ごめんなさい』と繰り返している。
「とても苦しそうにしているわ。霧に侵食されているのかしら?」
「ふふ、悪い夢でも見せられているのだろう。例えば、脱走に失敗して娼館に連れ戻され、手酷い報復を受けているとか。あるいは脱走先でタチの悪い者たちに捕まって酷い目に遭わされるとか」
「そんな……」
「因子が覚醒し、爆発した以上、彼女にもはや安寧の時はない。何しろ、対象者を不幸と絶望の底に突き落とす神罰だからね。今はまだほんの序章で、本番を迎えるのはこれからだ」
平然と告げるラミルファの言葉に、いたたまれなくなったアマーリエは腕を振り上げた。
(駄目元だけれど浄化の聖威を……!)
掌中に凝った紅葉色の光を、一直線にエイリーへと放つ。だが。黒い靄に触れた途端に吸い込まれ、そっくりそのまま跳ね返された。
(聖威が反射され――!)
「ユフィー、下がれ」
フレイムがアマーリエの肩を抱き、返された力の軌道から外そうとするが、葬邪神が動いた。
「おぉ、危ない」
呑気に呟きながらアマーリエの前に身を滑らせ、ペシンと片手を振るうと、ハエでも払うように聖威をはたき落とす。
「あ、ありがとうございます……」
「気にするな、俺はお前の守護神だからなぁ」
肩越しにこちらを一瞥し、大らかな笑みを向けてくれるが、その優しさを芥子粒一つ分だけでも良いのでエイリーに分けてやって欲しい。
と、ザワリと霧が蠢いた。一部がエイリーの体から剥がれ、こちらを窺うようにジリジリと接近する。
「この神罰、生きてる。本能ある。感情ない、意思疎通できない。本能だけある」
疫神がケラケラ笑いながら霧を指差した。
「ほ、本能……って、どんな本能ですか?」
「標的、どこまでも追いかける。アマーリエ、エイリーと同じ。変異した神罰、継いでる。だから――標的認識、された」
「――――!」
息を呑んだフレイムが、アマーリエを背後に隠す。ラミルファが硬い顔で葬邪神を見た。
「兄上、アマーリエを! フルードとヴェーゼも念のために下がれ」
「分かってる分かってる、この子たち三人ともまとめて守るとも」
「我も我も! アマーリエ、フルード、アリステル、助ける!」
「あの、エイリーさんは……」
無力な人間であるエイリーを真っ先に守ってあげてくれと思うアマーリエだが、悪神三兄弟は誰も聞いていない。
ブスブスと不穏に煙っていた霧が、束の間動きを止めた。次の瞬間、グバリと大口を開けるように広がり、アマーリエに急迫する。
「アマーリエ!」
「危ない!」
フルードとアリステルが血相を変える。だが、ヒラリと神衣を翻した葬邪神の一閃で、霧はあっさり吹き飛ばされた。精悍な美貌が、刹那、獰猛な凶暴さを帯びる。
「シュナの力だからと手出しを控えていたが、本気でアマーリエを狙うならば容赦はせんぞ」
(シュナ?)
聞き覚えのない――いや、疫神がそれとなく口にしていた気もするが――単語に首を捻ると、フレイムが囁いてくれた。
「遊運命神シュナイツァー様。この超絶めんどい神罰を創り出して今も爆睡してる、選ばれし神だ」
アマーリエたちにとって、最大のキーポイントとなる神だ。彼の神さえ起きてくれれば、せめて夢を通じてコンタクトできれば、神罰の構造や全容を解明することが可能になる。そして、神罰そのものを解除してくれるよう頼むこともできるというのに。
(力を多めに解放していた寝起きの疫神様は、一目で神罰のことを見抜いていたわ。だったら、フレイムたちの誰かが同じようにすれば良いと思ったけれど……今分かっていること以上の深部を探るのは、神威の出力を上げても難しいのよね)
疫神は神威を多く出していた分、神罰の概要への到達が速かったというだけで、それより先を解明するとなると至難の業だという。遊運命神は疫神やフレイムたちと同格の神だからだ。同等の存在が作り上げた術式を完全に解析することは容易ではない。
(つくづく厄介だわ)
内心でげんなりしていると、聞き捨てならない台詞が鼓膜を揺らした。
「宿主ごと消滅させてくれる」
無慈悲に告げる葬邪神が掲げた手に、暗い赤黄色の神威が凝る。ラミルファの御稜威と酷似した色だが、少しだけ明度が低い。彼が述べた物騒な言葉に、アマーリエは肩を跳ねさせた。
「や、宿主って……エイリーさんですか!?」
「ああ。エイリーごと神罰を無に還す。それで解決だ」
思考を切り替えていると、無秩序に漂っていた黒霧がエイリーを覆う形で収束していった。
「霧が戻っていく……?」
「本来の神罰対象者に的を絞ったのだろう。今までは爆発した勢いで広がっていたようだが」
訝しげに眉を顰めるアリステルの声に、霧をじっと見ていたアリステルが言う。
(神罰なら神が関与しているわけだから、天威師が出られ……ないか。被害がエイリーさん一人だけでは少なすぎるもの)
自分たちが何とかするしかない。アマーリエは身をよじってフレイムの腕から抜け出た。
「ユフィー」
「私なら大丈夫だから。――エイリーさん、聞こえている? 私の声が聞こえたら、声でもジャスチャーでも何でも良いから返事をして!」
だが、デスクに上体を伏せたエイリーは応じない。黒い霧がべっとりと張り付いた下で、小さく痙攣を繰り返しているようだった。耳を澄ませると、小さな声で何やら呻いている。『やめて』『許して下さい』『ごめんなさい、ごめんなさい』と繰り返している。
「とても苦しそうにしているわ。霧に侵食されているのかしら?」
「ふふ、悪い夢でも見せられているのだろう。例えば、脱走に失敗して娼館に連れ戻され、手酷い報復を受けているとか。あるいは脱走先でタチの悪い者たちに捕まって酷い目に遭わされるとか」
「そんな……」
「因子が覚醒し、爆発した以上、彼女にもはや安寧の時はない。何しろ、対象者を不幸と絶望の底に突き落とす神罰だからね。今はまだほんの序章で、本番を迎えるのはこれからだ」
平然と告げるラミルファの言葉に、いたたまれなくなったアマーリエは腕を振り上げた。
(駄目元だけれど浄化の聖威を……!)
掌中に凝った紅葉色の光を、一直線にエイリーへと放つ。だが。黒い靄に触れた途端に吸い込まれ、そっくりそのまま跳ね返された。
(聖威が反射され――!)
「ユフィー、下がれ」
フレイムがアマーリエの肩を抱き、返された力の軌道から外そうとするが、葬邪神が動いた。
「おぉ、危ない」
呑気に呟きながらアマーリエの前に身を滑らせ、ペシンと片手を振るうと、ハエでも払うように聖威をはたき落とす。
「あ、ありがとうございます……」
「気にするな、俺はお前の守護神だからなぁ」
肩越しにこちらを一瞥し、大らかな笑みを向けてくれるが、その優しさを芥子粒一つ分だけでも良いのでエイリーに分けてやって欲しい。
と、ザワリと霧が蠢いた。一部がエイリーの体から剥がれ、こちらを窺うようにジリジリと接近する。
「この神罰、生きてる。本能ある。感情ない、意思疎通できない。本能だけある」
疫神がケラケラ笑いながら霧を指差した。
「ほ、本能……って、どんな本能ですか?」
「標的、どこまでも追いかける。アマーリエ、エイリーと同じ。変異した神罰、継いでる。だから――標的認識、された」
「――――!」
息を呑んだフレイムが、アマーリエを背後に隠す。ラミルファが硬い顔で葬邪神を見た。
「兄上、アマーリエを! フルードとヴェーゼも念のために下がれ」
「分かってる分かってる、この子たち三人ともまとめて守るとも」
「我も我も! アマーリエ、フルード、アリステル、助ける!」
「あの、エイリーさんは……」
無力な人間であるエイリーを真っ先に守ってあげてくれと思うアマーリエだが、悪神三兄弟は誰も聞いていない。
ブスブスと不穏に煙っていた霧が、束の間動きを止めた。次の瞬間、グバリと大口を開けるように広がり、アマーリエに急迫する。
「アマーリエ!」
「危ない!」
フルードとアリステルが血相を変える。だが、ヒラリと神衣を翻した葬邪神の一閃で、霧はあっさり吹き飛ばされた。精悍な美貌が、刹那、獰猛な凶暴さを帯びる。
「シュナの力だからと手出しを控えていたが、本気でアマーリエを狙うならば容赦はせんぞ」
(シュナ?)
聞き覚えのない――いや、疫神がそれとなく口にしていた気もするが――単語に首を捻ると、フレイムが囁いてくれた。
「遊運命神シュナイツァー様。この超絶めんどい神罰を創り出して今も爆睡してる、選ばれし神だ」
アマーリエたちにとって、最大のキーポイントとなる神だ。彼の神さえ起きてくれれば、せめて夢を通じてコンタクトできれば、神罰の構造や全容を解明することが可能になる。そして、神罰そのものを解除してくれるよう頼むこともできるというのに。
(力を多めに解放していた寝起きの疫神様は、一目で神罰のことを見抜いていたわ。だったら、フレイムたちの誰かが同じようにすれば良いと思ったけれど……今分かっていること以上の深部を探るのは、神威の出力を上げても難しいのよね)
疫神は神威を多く出していた分、神罰の概要への到達が速かったというだけで、それより先を解明するとなると至難の業だという。遊運命神は疫神やフレイムたちと同格の神だからだ。同等の存在が作り上げた術式を完全に解析することは容易ではない。
(つくづく厄介だわ)
内心でげんなりしていると、聞き捨てならない台詞が鼓膜を揺らした。
「宿主ごと消滅させてくれる」
無慈悲に告げる葬邪神が掲げた手に、暗い赤黄色の神威が凝る。ラミルファの御稜威と酷似した色だが、少しだけ明度が低い。彼が述べた物騒な言葉に、アマーリエは肩を跳ねさせた。
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