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第5章
54.神々の帰天
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◆◆◆
「では行ってきます」
身支度を整えたフルードが優雅に礼をする。身に付けた装身具がシャラリと鳴った。
「神使選定のために天よりお越しになっておられる使役たちや、王侯貴族及び官僚たちの退避誘導は、オーネリア様を始め先達の方々が行って下さいます。アマーリエはアシュトン様……アシュトンに付いて、一般神官や民間人の避難指示と周辺の封鎖を行って下さい。リーリアも同様にお願いします。ランドルフとルルアージュはアシュトンの側で、適宜状況を見ながらサポートして下さい」
フルードの横にはランドルフとルルアージュが佇んでいる。両名とも驚くほどに落ち着いていた。
「はい、フルード様」
「ご武運をお祈りしておりますわ」
これが、聖威師として生きている彼と話す最後の機会かもしれない。言葉を詰まらせそうになりながら一礼する。テスオラでは職場環境に恵まれなかった自分にとって、フルードは初めて出会った優しい上司にして指導者だった。
(お綺麗だわ。こんな時に考えることではないけれど)
特別な神器と対峙するために大神官の正装を纏ったフルードは、まさしく天の神が降臨したかと錯覚させるような凄絶な美しさを醸していた。
彼のこの姿を見るのは、星降の儀以来だ。長い外套に刺繍されている精緻な紋様は、神官府の頂点であることを示す専用紋だ。両の手首には、複雑な模様が彫り込まれたブレスレット。それと揃いの首飾りと髪飾り。どれも極上の品なのだろうが、やはり豪奢な枷のようだと感じた。
「邪神様、こちらを」
フルードが差し出したのは、丁寧に折り畳まれた涅色の上衣だった。
「秘奥の神器と相対する時、他の神由来の物は身に付けられません。一時お返しいたします」
同様の理由で、焔の神器も魂の奥深くに引っ込んでもらっているそうだ。最後まで大神官として立ちたい、だから手を出さないでくれ、他の神の力を挟んではいけないから自分一人でやる。どうか今際の時まで全力でやらせてくれと懇願し、渋々了承してもらったという。
「そうか。では預かっておこう。君が天界に来たら返すよ」
淡々とした様子で上衣を受け取ったラミルファは、不意に宙を仰いだ。わざとらしい口調でのたまう。
「あ~あ。新しい愛し子を探そうと特別降臨したが、やはりこの僕に相応しい傑物はいないようだ。ミリエーナもどこかの誰かがき~っっっっったな~い火の粉をシャカシャカ浴びせたせいで、全然綺麗にならない。つまらないなぁ。もう飽きた。特別降臨は終わりだ、天に還る」
「え……」
アマーリエは咄嗟に言葉が出て来なかった。そういえば彼は、建前上はミリエーナの代わりの愛し子を探すという名目で降臨していた。真の理由は宝玉を守るためと、いられる限りは側にいたいというものだったのだろうが、当のフルードがもう昇天するとなれば、地上に留まる動機付けはなくなる。
「還って、しまわれるのですか?」
ポツンと落とした声は、自分でもハッとする程弱々しかった。ほんの一年前までは、神々しくて美しく、忌まわしくて呪わしい存在だったこの神は、今はもう大切な仲間の一員となっている。事実、レシスの神罰の件では、これでもかという程に奔走して必死に助けてくれた。
「この子が昇天する時は真っ先に天界で出迎えると約束しているからね。一足先に戻って待っているよ。……情けない顔をするな、アマーリエ。僕と話したければ声を上げておいで。僕は慈悲深いから、君が交信して来たら応じてあげないこともない」
いつも通り、軽薄で皮肉な笑みの下に優しさを滲ませる末の邪神の横から、フレイムとフロースが静かに声をかけて来た。
「ユフィー。すごく残念な報せだが、俺も還らないといけねえ。天堂での騒動が終わった後で、母神からお達しが来た」
「私もだよ、レアナ。特別降臨の期限が来たんだ。私は通常の期限。焔神様は遊運命神様と強硬派の襲撃の恐れがあって、特例で延びていたのが終わった。遊運命神様の誤解は解けたし、強硬派も力ずくには出ないという方針になったから」
「では行ってきます」
身支度を整えたフルードが優雅に礼をする。身に付けた装身具がシャラリと鳴った。
「神使選定のために天よりお越しになっておられる使役たちや、王侯貴族及び官僚たちの退避誘導は、オーネリア様を始め先達の方々が行って下さいます。アマーリエはアシュトン様……アシュトンに付いて、一般神官や民間人の避難指示と周辺の封鎖を行って下さい。リーリアも同様にお願いします。ランドルフとルルアージュはアシュトンの側で、適宜状況を見ながらサポートして下さい」
フルードの横にはランドルフとルルアージュが佇んでいる。両名とも驚くほどに落ち着いていた。
「はい、フルード様」
「ご武運をお祈りしておりますわ」
これが、聖威師として生きている彼と話す最後の機会かもしれない。言葉を詰まらせそうになりながら一礼する。テスオラでは職場環境に恵まれなかった自分にとって、フルードは初めて出会った優しい上司にして指導者だった。
(お綺麗だわ。こんな時に考えることではないけれど)
特別な神器と対峙するために大神官の正装を纏ったフルードは、まさしく天の神が降臨したかと錯覚させるような凄絶な美しさを醸していた。
彼のこの姿を見るのは、星降の儀以来だ。長い外套に刺繍されている精緻な紋様は、神官府の頂点であることを示す専用紋だ。両の手首には、複雑な模様が彫り込まれたブレスレット。それと揃いの首飾りと髪飾り。どれも極上の品なのだろうが、やはり豪奢な枷のようだと感じた。
「邪神様、こちらを」
フルードが差し出したのは、丁寧に折り畳まれた涅色の上衣だった。
「秘奥の神器と相対する時、他の神由来の物は身に付けられません。一時お返しいたします」
同様の理由で、焔の神器も魂の奥深くに引っ込んでもらっているそうだ。最後まで大神官として立ちたい、だから手を出さないでくれ、他の神の力を挟んではいけないから自分一人でやる。どうか今際の時まで全力でやらせてくれと懇願し、渋々了承してもらったという。
「そうか。では預かっておこう。君が天界に来たら返すよ」
淡々とした様子で上衣を受け取ったラミルファは、不意に宙を仰いだ。わざとらしい口調でのたまう。
「あ~あ。新しい愛し子を探そうと特別降臨したが、やはりこの僕に相応しい傑物はいないようだ。ミリエーナもどこかの誰かがき~っっっっったな~い火の粉をシャカシャカ浴びせたせいで、全然綺麗にならない。つまらないなぁ。もう飽きた。特別降臨は終わりだ、天に還る」
「え……」
アマーリエは咄嗟に言葉が出て来なかった。そういえば彼は、建前上はミリエーナの代わりの愛し子を探すという名目で降臨していた。真の理由は宝玉を守るためと、いられる限りは側にいたいというものだったのだろうが、当のフルードがもう昇天するとなれば、地上に留まる動機付けはなくなる。
「還って、しまわれるのですか?」
ポツンと落とした声は、自分でもハッとする程弱々しかった。ほんの一年前までは、神々しくて美しく、忌まわしくて呪わしい存在だったこの神は、今はもう大切な仲間の一員となっている。事実、レシスの神罰の件では、これでもかという程に奔走して必死に助けてくれた。
「この子が昇天する時は真っ先に天界で出迎えると約束しているからね。一足先に戻って待っているよ。……情けない顔をするな、アマーリエ。僕と話したければ声を上げておいで。僕は慈悲深いから、君が交信して来たら応じてあげないこともない」
いつも通り、軽薄で皮肉な笑みの下に優しさを滲ませる末の邪神の横から、フレイムとフロースが静かに声をかけて来た。
「ユフィー。すごく残念な報せだが、俺も還らないといけねえ。天堂での騒動が終わった後で、母神からお達しが来た」
「私もだよ、レアナ。特別降臨の期限が来たんだ。私は通常の期限。焔神様は遊運命神様と強硬派の襲撃の恐れがあって、特例で延びていたのが終わった。遊運命神様の誤解は解けたし、強硬派も力ずくには出ないという方針になったから」
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