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邪神が見る夢
☆邪神が見る夢③
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『馬鹿ナ……』
想定していなかった状況に焦りが生じる。原則、愛し子の主神は一柱のみだ。最高神全柱から寵愛を受ける奇跡の神のように、特殊な多重誓約を結んだ場合は例外だが、基本的には一人の愛し子に一柱の主神が付く。
つまり、ラミルファとの仮誓約が有効なままでは、狼神との本誓約は正常に完了しない。
――何をシている、僕に未練なド残すナ! 狼神様に惹かレたのだろう? 君は気高く澄ンだ狼神様の寵児になルんだ。僕のこトなど忘れロ
フルードの魂にそう言って聞かせても、必死で仮誓約の繋がりにしがみつかれる。
――神様。神様……どうして忘れろなどと言うのですか? 忘れられるわけがない。僕を最初に見付けて下さったのはあなたです。僕を助けて下さった、優しくして下さった、抱きしめて下さった。迎えに行くと言って下さった。だから、僕はあなたを待っていたんです。あなたの迎えを……
フルードの魂がそう語りかけて来る。
本格的な焦燥がラミルファの心を焼いた。まずい、まずい。このままではまずい。力ずくで仮誓約を白紙にすることはできるが、そうすれば衝撃でフルードの魂が傷付く。狼神との本誓約の最中に、下手な衝撃を与えるのは良くない。
頭を高速回転させ、新たな道を考える。愛し子の誓約以外で、その代替となるものを。神の誓いや契りには幾多もの種類がある。愛し子の代わりにすらなる約定も。
時間がない。瞬時に弾き出した答えを伝える。
――ナらば……なラば包珠の契りヲ結べば良い。君ハ僕の宝玉になり、僕は君の包翼神にナる。我が身ノ全てを以ッて君を守る。狼神様ト君の誓約が成立シた後で、君と契りを結ブ
包珠の契り。神が己にとってかけがえのない存在……〝特別〟となる存在を得たものの、その相手が既に他の神の愛し子であった場合などに結ぶ約定だ。その位置付けと効果は、愛し子の誓約に匹敵する。
包珠の契りを結べば、ラミルファはフルードを抱いて守護する包翼の神となり、フルードはラミルファの掌中の珠――すなわち宝玉となる。
――守る……? 僕は雑用係なのに、守って下さるのですか? では、これからもあなたと繋がっていられるのですね?
――雑用係? 何の話ダ……いや、今は時間ガない。――あア、そうダ。君ヲ守ってあゲよう、これからモ。そレで良いだロう。とにカく狼神様とノ誓約を完了シろ
――後で必ず契りを結んでくれますか?
――我ガ神性に置いテ約束スる。ダから早く狼神様ト誓約するンだ!
――はい、神様……分かりました
ラミルファが真っ当な神でないことは、フルードも分かっている。悪神らしく土壇場で口約束を反故にされることを恐れて、再確認して来た。
このままでは長引くと危ぶみ、やむを得ず自身の神性を出して約束する。一部の特殊な神を除けば、悪神を含めた神は己の神性を掲げて誓うことに偽りは述べない。
フルードも神官の端くれなのでそれを知っていたのだろう。ようやく安心して仮誓約の撤回を受け入れ、入れ替わりに、狼神との本誓約が正式に結ばれた。
こうしてフルードは無事に狼神の愛し子となった。そして、神格を得たフルードがすぐにそれを抑制するまでの刹那の隙間で、ラミルファは神状態のフルードと包珠の契りを結んだ。契約は魂の次元で行われた行為で、現実世界の時間ではほんの一瞬で完了した。
だが、神同士の契約では互いの本性を出現させる。ほんの僅かな時間ではあれど、真の神格を表出して誓言を告げたラミルファの姿を、契りに応じたフルードの魂はきちんと捉えていた。
――うわぁ……神様、すごく綺麗……
真の神格を出したラミルファは、骸骨ではなく青年の姿で顕現する。涅色の髪と双眸を持つ青年神だ。無邪気な感嘆の声とともに、ラミルファはフルードの包翼神になり、フルードはラミルファの宝玉になった。
だが、フルードは神官だ。聖威師となった以上、未来の神官府の長でもある。
高潔な狼神の寵を受けているはずのフルードが、何故か悪神の掌中の珠でもあると知れ渡っては、神官たちから要らぬ不信を買いかねない。
善神だけでなく悪神すらも引き込んでしまう器量の持ち主なのだ、と良い方に認識されれば問題ないが、そう上手くはいかないのが世の常だ。
自分だけならば何を言われようが全く気にしないが、フルードが悪く言われるのは嫌だった。
ゆえに、包珠の契りについてきちんと説明した後で、聖威師となったばかりのフルードに厳命した。
『僕は君ノ包翼神になッたが、君ガ地上で聖威師としテ在る間は、極力そのコとを表に出さナい。君も不用意ニ神官たちに触レ回るな。余計ナ混乱を招ク元になる。狼神様の愛し子デあることヲ前面に出セ。僕との関係ハできる限り奥に引っ込メていろ』
神事で対面することがあっても、事情を知らない者が同席している時は、一神官としてラミルファと相対するように。包翼神と宝玉の関係であることはできるだけ表面に出すな。
そう言い諭し、いずれ君が昇天して天界に来れば、その時は堂々と一緒に過ごそうと約束した。
狼神の後ろ盾を得たことで環境が激変し、順応するのに精一杯のフルードが心配だったが、狼神が全面的に支えるだろうと思い、陰から手助けするに留めた。
フルードがフレイムと巡り合った時もだ。物心つく前から熾烈な虐待を受けていたフルードは、魂に甚大な損傷を負っていた。それもあり、聖威師になったは良いものの、トラウマのせいで力を使いこなせず苦しんでいた。
聖威師として大成したいと望むも、そのために必要な強さを手に入れるには今までの自身を殺さなければならなくなった。
フルードの心は無意識下でそれを察知し、自分が死なずとも強くなれるように導いてくれる存在を求めてフレイムを探し当て、力を放って助けを求めた。
その時、フルードがフレイムに向かって伸ばした縁の糸を、ラミルファの力で繋いでやった。聖威しか使えず、しかも地上に在るフルードが、天高くにいる選ばれし高位神に己の力を届かせることができたのは、ラミルファが密かに助力したからだ。
想定していなかった状況に焦りが生じる。原則、愛し子の主神は一柱のみだ。最高神全柱から寵愛を受ける奇跡の神のように、特殊な多重誓約を結んだ場合は例外だが、基本的には一人の愛し子に一柱の主神が付く。
つまり、ラミルファとの仮誓約が有効なままでは、狼神との本誓約は正常に完了しない。
――何をシている、僕に未練なド残すナ! 狼神様に惹かレたのだろう? 君は気高く澄ンだ狼神様の寵児になルんだ。僕のこトなど忘れロ
フルードの魂にそう言って聞かせても、必死で仮誓約の繋がりにしがみつかれる。
――神様。神様……どうして忘れろなどと言うのですか? 忘れられるわけがない。僕を最初に見付けて下さったのはあなたです。僕を助けて下さった、優しくして下さった、抱きしめて下さった。迎えに行くと言って下さった。だから、僕はあなたを待っていたんです。あなたの迎えを……
フルードの魂がそう語りかけて来る。
本格的な焦燥がラミルファの心を焼いた。まずい、まずい。このままではまずい。力ずくで仮誓約を白紙にすることはできるが、そうすれば衝撃でフルードの魂が傷付く。狼神との本誓約の最中に、下手な衝撃を与えるのは良くない。
頭を高速回転させ、新たな道を考える。愛し子の誓約以外で、その代替となるものを。神の誓いや契りには幾多もの種類がある。愛し子の代わりにすらなる約定も。
時間がない。瞬時に弾き出した答えを伝える。
――ナらば……なラば包珠の契りヲ結べば良い。君ハ僕の宝玉になり、僕は君の包翼神にナる。我が身ノ全てを以ッて君を守る。狼神様ト君の誓約が成立シた後で、君と契りを結ブ
包珠の契り。神が己にとってかけがえのない存在……〝特別〟となる存在を得たものの、その相手が既に他の神の愛し子であった場合などに結ぶ約定だ。その位置付けと効果は、愛し子の誓約に匹敵する。
包珠の契りを結べば、ラミルファはフルードを抱いて守護する包翼の神となり、フルードはラミルファの掌中の珠――すなわち宝玉となる。
――守る……? 僕は雑用係なのに、守って下さるのですか? では、これからもあなたと繋がっていられるのですね?
――雑用係? 何の話ダ……いや、今は時間ガない。――あア、そうダ。君ヲ守ってあゲよう、これからモ。そレで良いだロう。とにカく狼神様とノ誓約を完了シろ
――後で必ず契りを結んでくれますか?
――我ガ神性に置いテ約束スる。ダから早く狼神様ト誓約するンだ!
――はい、神様……分かりました
ラミルファが真っ当な神でないことは、フルードも分かっている。悪神らしく土壇場で口約束を反故にされることを恐れて、再確認して来た。
このままでは長引くと危ぶみ、やむを得ず自身の神性を出して約束する。一部の特殊な神を除けば、悪神を含めた神は己の神性を掲げて誓うことに偽りは述べない。
フルードも神官の端くれなのでそれを知っていたのだろう。ようやく安心して仮誓約の撤回を受け入れ、入れ替わりに、狼神との本誓約が正式に結ばれた。
こうしてフルードは無事に狼神の愛し子となった。そして、神格を得たフルードがすぐにそれを抑制するまでの刹那の隙間で、ラミルファは神状態のフルードと包珠の契りを結んだ。契約は魂の次元で行われた行為で、現実世界の時間ではほんの一瞬で完了した。
だが、神同士の契約では互いの本性を出現させる。ほんの僅かな時間ではあれど、真の神格を表出して誓言を告げたラミルファの姿を、契りに応じたフルードの魂はきちんと捉えていた。
――うわぁ……神様、すごく綺麗……
真の神格を出したラミルファは、骸骨ではなく青年の姿で顕現する。涅色の髪と双眸を持つ青年神だ。無邪気な感嘆の声とともに、ラミルファはフルードの包翼神になり、フルードはラミルファの宝玉になった。
だが、フルードは神官だ。聖威師となった以上、未来の神官府の長でもある。
高潔な狼神の寵を受けているはずのフルードが、何故か悪神の掌中の珠でもあると知れ渡っては、神官たちから要らぬ不信を買いかねない。
善神だけでなく悪神すらも引き込んでしまう器量の持ち主なのだ、と良い方に認識されれば問題ないが、そう上手くはいかないのが世の常だ。
自分だけならば何を言われようが全く気にしないが、フルードが悪く言われるのは嫌だった。
ゆえに、包珠の契りについてきちんと説明した後で、聖威師となったばかりのフルードに厳命した。
『僕は君ノ包翼神になッたが、君ガ地上で聖威師としテ在る間は、極力そのコとを表に出さナい。君も不用意ニ神官たちに触レ回るな。余計ナ混乱を招ク元になる。狼神様の愛し子デあることヲ前面に出セ。僕との関係ハできる限り奥に引っ込メていろ』
神事で対面することがあっても、事情を知らない者が同席している時は、一神官としてラミルファと相対するように。包翼神と宝玉の関係であることはできるだけ表面に出すな。
そう言い諭し、いずれ君が昇天して天界に来れば、その時は堂々と一緒に過ごそうと約束した。
狼神の後ろ盾を得たことで環境が激変し、順応するのに精一杯のフルードが心配だったが、狼神が全面的に支えるだろうと思い、陰から手助けするに留めた。
フルードがフレイムと巡り合った時もだ。物心つく前から熾烈な虐待を受けていたフルードは、魂に甚大な損傷を負っていた。それもあり、聖威師になったは良いものの、トラウマのせいで力を使いこなせず苦しんでいた。
聖威師として大成したいと望むも、そのために必要な強さを手に入れるには今までの自身を殺さなければならなくなった。
フルードの心は無意識下でそれを察知し、自分が死なずとも強くなれるように導いてくれる存在を求めてフレイムを探し当て、力を放って助けを求めた。
その時、フルードがフレイムに向かって伸ばした縁の糸を、ラミルファの力で繋いでやった。聖威しか使えず、しかも地上に在るフルードが、天高くにいる選ばれし高位神に己の力を届かせることができたのは、ラミルファが密かに助力したからだ。
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