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番外編-焔の神器とフルード編-
8.お前のためだけにいる 前編
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「ありがとうございます、こんな所まで降臨していただいて――」
『違う』
端的に返されたのは否定の言葉。だが、その声音はどこまでも柔らかい。
『天から降りたんじゃない。俺はお前の中にいた』
「え?」
咄嗟に意味が掴めず、首を傾げる。同時に、ざらついた怨嗟が鼓膜を揺らした。
『邪魔をするなぁ! 一度ならず二度までも邪魔立てするか!』
炎の壁の向こうに弾き出されたガルーンが怒鳴っている。その身からドス黒い靄が立ち上っていた。
『二度……てことは、さっきのは勘違いじゃなかったんだな。セインの声が聞こえた気がして、寝ながら力を使ったんだ。何だかよく分からんが力になれてたのか?』
「はい、お兄様。先ほども危ういところを助けていただきました」
答えると、フレイムは心の底から嬉しそうな笑みを浮かべた。
『そうか、そんなら良かった』
その様相に、微かな違和感がよぎる。目の前の彼は、紛れもなく自分の知っているフレイムなのだが……何かが違う気がしたのだ。表現しようのない感覚に困惑しつつ、一度目の悪夢を回想する。あの時、現実に帰ることができた自分は、焔の神器を握っていた。
「あの、お兄様」
『ん? なーんだ』
即座に応えが向けられる。呼応して違和感も大きくなった。何だろう、お兄様はお兄様だが、しかしお兄様ではないのだ。自分でも何を言っているのか分からないが。
と、フレイムを睨み付けたガルーンが、靄に浸食されてドロリと溶けた。黒い粘体がスライムのように蠢きながら言い放つ。
『其奴を返せ。其奴は不幸と絶望の底辺へ突き落とす。永久に我が掌中で滂沱の涙を流してもがき苦しむのだ。我が獲物を奪わせはしない』
『黙れ』
今までの穏和な声とは真逆の一音が、鈍黒の世迷言を切り捨てた。キラキラと輝いていた銀杏色の双眸から、色と温度と感情が根こそぎ消失している。
『今セインが話してるだろ。つか大事な弟をお前の手になんか渡すか馬鹿。その溶け落ちた目ん玉ひん剥いてよく見てみろ、セインがいるのは俺の腕の中だ』
右腕でフルードを抱えたまま、左の拳を前へ突き出して握ると、紅蓮の焔が噴き出す。瞬き一つもしない内に、手中に剣が出現した。焔の神器だ。それを無造作に一振りすれば、軌跡に沿って迸る神炎が熱波となって靄を焼き払った。
土壁に囲まれた仄暗い空間が崩れ去り、気が付けば晴れ渡った青空が広がる草原にいた。降り注ぐ暖かな日差しに、助かったことを悟る。
「……ぅっ……」
緊張の糸が切れたフルードはすすり泣いてしまった。修行で散々教え込んだ精神制御はどうしたと言われるかと思ったが、フレイムは呆れも叱責も注意すらもしなかった。神器を消すと、両腕でフルードを抱え直し、ただ優しい手付きで体を包み込んでくれる。
『怖かっただろ。もう大丈夫だからな。あの黒いのを燃やした時、この空間の制御権をブン獲ったんだ。ここは全部俺の思い通りにできるようになったから、危険なことは起こらないんだぜ。お前を縛ってたモンも解除したし、普段通り力が使えるはずだ』
そう言われ、そっと人差し指を立てて思念を送ると、指先に聖威の灯りがポンと点いた。力が復活している。纏わされていた囚人服のようなボロ布も消え、いつの間にか柔らかな絹の衣に変わっていた。
『お兄様、あの靄は……?』
『取り合えず燃やした。けど、殲滅できたわけじゃない。多分また復活する。そんな気がするんだ』
『それはお兄様の勘ですか?』
『ああ』
『ならばきっと当たりますね。お兄様の直感は外れませんから』
不安げに俯いたフルードに、フレイムがふっと笑みを向けた。幼い子どもを安心させるような口調で言う。
『心配しなくても俺が守ってやる。俺はそのためにいるんだからな』
よっこいせ、と草原に腰を下ろし、腕の中に抱え込んだままのフルードを見下ろすと、未だ頰を濡らす涙をそっと拭ってくれる。
『で、お前は何を言おうとしてたんだ? せっかくお前の声を聞いて気分が良くなってたのに、あの靄が割り込んで来やがって』
「あ、ええと……先ほど助けていただいた時、自分でも気付かない内に焔の神器を握っていたことを思い出したのです。お兄様も今、神器を使われておいででした」
『あー、それか』
一つ頷き、フレイムはあっけらかんと言った。
『あの神器は俺なんだよ。俺が神器なんだ』
『違う』
端的に返されたのは否定の言葉。だが、その声音はどこまでも柔らかい。
『天から降りたんじゃない。俺はお前の中にいた』
「え?」
咄嗟に意味が掴めず、首を傾げる。同時に、ざらついた怨嗟が鼓膜を揺らした。
『邪魔をするなぁ! 一度ならず二度までも邪魔立てするか!』
炎の壁の向こうに弾き出されたガルーンが怒鳴っている。その身からドス黒い靄が立ち上っていた。
『二度……てことは、さっきのは勘違いじゃなかったんだな。セインの声が聞こえた気がして、寝ながら力を使ったんだ。何だかよく分からんが力になれてたのか?』
「はい、お兄様。先ほども危ういところを助けていただきました」
答えると、フレイムは心の底から嬉しそうな笑みを浮かべた。
『そうか、そんなら良かった』
その様相に、微かな違和感がよぎる。目の前の彼は、紛れもなく自分の知っているフレイムなのだが……何かが違う気がしたのだ。表現しようのない感覚に困惑しつつ、一度目の悪夢を回想する。あの時、現実に帰ることができた自分は、焔の神器を握っていた。
「あの、お兄様」
『ん? なーんだ』
即座に応えが向けられる。呼応して違和感も大きくなった。何だろう、お兄様はお兄様だが、しかしお兄様ではないのだ。自分でも何を言っているのか分からないが。
と、フレイムを睨み付けたガルーンが、靄に浸食されてドロリと溶けた。黒い粘体がスライムのように蠢きながら言い放つ。
『其奴を返せ。其奴は不幸と絶望の底辺へ突き落とす。永久に我が掌中で滂沱の涙を流してもがき苦しむのだ。我が獲物を奪わせはしない』
『黙れ』
今までの穏和な声とは真逆の一音が、鈍黒の世迷言を切り捨てた。キラキラと輝いていた銀杏色の双眸から、色と温度と感情が根こそぎ消失している。
『今セインが話してるだろ。つか大事な弟をお前の手になんか渡すか馬鹿。その溶け落ちた目ん玉ひん剥いてよく見てみろ、セインがいるのは俺の腕の中だ』
右腕でフルードを抱えたまま、左の拳を前へ突き出して握ると、紅蓮の焔が噴き出す。瞬き一つもしない内に、手中に剣が出現した。焔の神器だ。それを無造作に一振りすれば、軌跡に沿って迸る神炎が熱波となって靄を焼き払った。
土壁に囲まれた仄暗い空間が崩れ去り、気が付けば晴れ渡った青空が広がる草原にいた。降り注ぐ暖かな日差しに、助かったことを悟る。
「……ぅっ……」
緊張の糸が切れたフルードはすすり泣いてしまった。修行で散々教え込んだ精神制御はどうしたと言われるかと思ったが、フレイムは呆れも叱責も注意すらもしなかった。神器を消すと、両腕でフルードを抱え直し、ただ優しい手付きで体を包み込んでくれる。
『怖かっただろ。もう大丈夫だからな。あの黒いのを燃やした時、この空間の制御権をブン獲ったんだ。ここは全部俺の思い通りにできるようになったから、危険なことは起こらないんだぜ。お前を縛ってたモンも解除したし、普段通り力が使えるはずだ』
そう言われ、そっと人差し指を立てて思念を送ると、指先に聖威の灯りがポンと点いた。力が復活している。纏わされていた囚人服のようなボロ布も消え、いつの間にか柔らかな絹の衣に変わっていた。
『お兄様、あの靄は……?』
『取り合えず燃やした。けど、殲滅できたわけじゃない。多分また復活する。そんな気がするんだ』
『それはお兄様の勘ですか?』
『ああ』
『ならばきっと当たりますね。お兄様の直感は外れませんから』
不安げに俯いたフルードに、フレイムがふっと笑みを向けた。幼い子どもを安心させるような口調で言う。
『心配しなくても俺が守ってやる。俺はそのためにいるんだからな』
よっこいせ、と草原に腰を下ろし、腕の中に抱え込んだままのフルードを見下ろすと、未だ頰を濡らす涙をそっと拭ってくれる。
『で、お前は何を言おうとしてたんだ? せっかくお前の声を聞いて気分が良くなってたのに、あの靄が割り込んで来やがって』
「あ、ええと……先ほど助けていただいた時、自分でも気付かない内に焔の神器を握っていたことを思い出したのです。お兄様も今、神器を使われておいででした」
『あー、それか』
一つ頷き、フレイムはあっけらかんと言った。
『あの神器は俺なんだよ。俺が神器なんだ』
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