すっぽんじゃなくて太陽の女神です

土広真丘

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本編

10.有り得ない日神

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(……へ?)

 宗基家は唯全家と並ぶ一位貴族であり、神千国随一の権門だ。

「並行して宗基邸より放たれた伝令が都中を駆け回り、その報を喧伝しております。めでたいことではありますが、すぐに規制をかけなければ地上の全土が混乱に陥ります!」

 焦りを隠せない神官の言葉に、秀峰が舌打ちした。高嶺も眉を曇らせている。

(ちょっとちょっと、何で触れ回っちゃうかな~)

 天威師が覚醒した際は、即発表はしない。天威師の誕生は世界を挙げての祝賀騒ぎになるからだ。ゆえに限られた者が連携し、あらかじめ事前準備や根回しを行い、体勢を整えてから公表する。日香の場合も、いずれ来たる発表の日に備えて今まで着々と手はずを整えていた。
 ぽかんと口を開けたフルードが、日香と薄緋衣の神官を交互に見つめる。

「あの、ちょっと待って下さい。日の女神はこちらの……」

 だが、佳良が素早くフルードの口を押えて遮った。

「神官府にて詳細を聞かせなさい」
「私も行こう」

 秀峰が同意し、佳良と共に気遣うような眼差しで日香を一瞥した後、神官を連れて天威で姿を消した。高嶺が日香とフルードを見遣る。

「どうやら有事が起こったようだ。フルード・レシス神官、紅日皇女の件はひとまず内密にして欲しい」
「は、はい! 藍闇太子様の仰せのままに。ここで起こったことは誰にも言いません」

 佳良と日香が神の気配を遮断していたため、この場で発生した騒ぎは外の者には察知されていないだろう。一部の聖威師は勘付いたかもしれないが、彼らは日香が本当は天威師であると知らされている者たちばかりなので問題はない。

「恐縮ながら狼神様におかれましても――」

 神々も日香の真価を知っているのだ。高嶺にみなまで言わせず、狼神が温厚に目を細めた。

『承知しております。私も口を閉ざしておきましょう。鷹と孔雀にも口外せぬよう伝えておきますゆえ、ご安心を』
「ご厚情に感謝するばかりでございます」

 高嶺が謝意を述べ、日香も感謝を込めて狼神の毛を撫でた。神の尻尾が嬉しそうに揺れる。気持ちよさそうに細められた目が、不意に憂慮の光を帯びた。

『しかし、上手くいかぬものでございますな。ようやっと紅の皇女様が光射す場にお出になると楽しみにしておりましたが』

 風にそよぐ耳がぴくぴくと動いた。

『天威師は神格を抑えているとはいえれっきとした神。神を騙ることは禁忌。……これは天が荒れるやもしれません』

 やれやれとばかりに吐息を漏らし、巨大な尻尾でフルードの体を包み込む。

『セイン、私たちも場所を変えよう』
「分かりました。……尊き方々、これにて失礼いたします」

 ふかふかの尾に巻かれたフルードがぺこりと一礼した。辞去の言葉と共に、その姿がかき消える。

「日香、私も神官府に向かう。追って連絡するゆえ、そなたは宮で待機せよ」
「分かりました。今後のことは、神と国と人間を優先して決定して下さいね。私はもう少しすっぽん延長になってもいいですから」
(やっと月と太陽の姉妹になれると思ってたけど、仕方ないよね)

 日香の思いを読んだように、高嶺が少しだけ眉を下げた。

「ありがとう。まだ状況が把握できていない現時点では何とも言えぬが」

 夜を閉じ込めたような漆黒の双眸。その奥に滲む悔しさとやるせなさ。

「何故、そなたはこうも不遇を強いられるのか」
(高嶺様……)

 脳裏で光が瞬き、かつての情景が蘇る。

 日香が高嶺と出会ったのは12歳の時。力の覚醒に伴って月香と共に離宮から皇宮に戻り、天威師たち――後の義家族と初対面した。今までも皇帝の形代に教育や世話を受けていたが、実際に会うのはこの時が初めてだった。

 当時の秀峰は15歳、高嶺は14歳。秀峰は少し前に覚醒していた。交流を続ける中で高嶺と惹かれ合うようになった日香だが、己の真価を秘匿することになったため、彼の横に立つことはできなかった。正室にはなれたものの、隣に寄り添うことはもちろん、同じ場に同席することすら難しかったのだ。同じ皇家の者でも、天威師と庶子では格差が大きすぎる。

 日香が息を殺して日陰にいなければならないこと、皆に陰口を言われることを誰よりも悔しがっていたのは高嶺だ。

『そなたは私と並ぶ存在なのに』
『早く私の横に来て欲しい』
『そなたは私の太陽だ』

 彼はずっとそう言っていた。公務の際、最愛の妻と共に活動する兄たちを羨ましそうに、寂しそうに見ていた。だからこそ、日香の力が安定した昨日は、それはもう喜びに喜んでいた。なのに――

「――!」

 突如として胸が大きく高鳴り、体中の血が逆流するような悪寒が全身を駆け巡った。思い出をたゆたっていた日香は現実に帰還する。

(何……っ!?)

 心臓がどくんどくんと早鐘を打つ。日神の力が共鳴しているのだ。瞬時に高まった緊張で口の中が渇いた。高嶺も微かに息を呑んでいる。これは――

(どうして? 私の力、もう安定したはずなのに!)
「高嶺様、が暴走しそうです! ……」

 その瞬間、もう一つ別の日神の力が炸裂した。広がりかけていた波動が収束し、収まっていく。痛いほどに脈打っていた心の臓も、それに呼応して落ち着きを取り戻していった。
 高嶺がふっと肩の力を抜く。

「大丈夫だ、叔父上が収拾して下さった。天威師以外は気付いていないだろう」
「よ、良かったです。でもどうして」
「件の宗基家の娘が皇宮に来た。そのせいであれが反応したのだ」
「宗基家の――花梨さんが? じゃあ本当に日神だってことですか? そんなはずは……」
「ああ、有り得ない。それをこれから確認して来る。そなたは宮で待機せよ。孔雀神の件については、私から皇帝方に報告を上げておく」

 高嶺は安心させるように日香を見た。

「もはやそなたの力は安定した。遅かれ早かれ、身分と立場は盤石となる。これは確定事項だ。宗基家の娘が何であれその未来は変わらない」
「はい」
「それにあれだ、今の状況がもう少し続くとしても、すっぽんはとても可愛いぞ。私は好きだ。うん、すっぽんは素晴らしい。飼育動物にもできるし滋養がある、鍋にしても美味しい。すっぽん万歳だ。ゆえにそなたも自信を持っていい」
「はぁ……」

 きっと励まそうとしているのだろう。すっぽんの良さを懸命に力説した後に、高嶺は「では後でな」と言い置き、ふっと姿を消した。

(今のでどう自信を持てと……)

 静寂と共に一人残された日香は、目を点にしてむにょーんと唇を突き出した。
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