すっぽんじゃなくて太陽の女神です

土広真丘

文字の大きさ
16 / 101
本編

16.荒ぶる雷霆

しおりを挟む
『それ、は……』
(うわー、花梨さん真っ青)

 日香はそろりとラウとティルを見た。視線に気付いた二人がすぐに微笑みかけて来る。だが、それだけだ。

(花梨さんが本当に天威師なら、お義兄様方は放っておかない。ここまで怯えてるんだもの、慰めに飛んで行くはず)

 帝家は穏和な皇家を守護する剣と盾。皇家が笑えば幸せに包まれ、皇家が泣けばその原因に全霊で対処する。逆に皇家は、好戦的な帝家を宥める鎮め手だ。怒り狂った帝家は、皇家の制止の一声でたちまち鎮火する。

(でも、花梨さんは偽物だから……何でこんなことしたんだろう。天威師詐称なんて)

 思っている間に、脳裏に映る白珠は神妙な顔で言った。

『橙日帝様のお越し。それこそが、私が急ぎこの場に来た理由です。あの方はそなたの内にある真相を容易く見抜き、容赦なく問い質されるでしょう。耐えられますか? その前に真実を話すならば、私と太子から取り成すこともできましょう』

 今にも卒倒しそうな恐怖を見せる花梨に、日香は我知らず呟いていた。

「お義父様の尋問……」
(無理、怖すぎて死ぬ)

 そんな考えを察したか、ラウとティルが口々に話しかけて来る。

「日香は大丈夫だ。父上は身内には慈悲深い」
「そうそう、日香は父上の大事な家族なんだから」

 白珠が重ねて述べた。

『白状するならば今の内です。私たちが口添えすれば、お情けを下さるやもしれません』
「そりゃあ究極の愛妻家ですからね」

 胸中に浮かんだ合いの手を声に出してしまった日香に、ラウとティルが笑いながら追随した。

「過保護な親馬鹿でもあるな」
「ああうん、最強の子煩悩だよねぇ」

 日香の義父は、神族に対しては底無しに慈悲深い。神は身内だからだ。だが、身内ではない……神ではない者には、塵ほどの存在価値すら見出さない。例外は皇帝家の庶子、つまり王族くらいだ。

『……わた、私は……』

 白珠の双眸に見据えられ、花梨が焦点の定まらない眼差しで唇を開いた時。
 室内にゴゥと風が渦巻いた。臓腑の底まで抉るような威圧感と圧迫感が満ちる。天井付近に星屑のような輝きが幾つも瞬き、閃光のように爆ぜた。弾けた光は火花を上げながら四散し、無数の雷撃となって花梨めがけて降り注ぐ。
 ――これは荒神の神威だ。

「危ない!」

 反射的に声を上げ、日香は脳裏に映る場所に転移した。

(どこかの神が怒ったんだ!)

 室内全体に結界を張り、中で起こっていることを外から察知できないようにすると、目を見開いて硬直している花梨の前に滑り込む。同時に、数条の雷撃が太い槍のように日香の腹を、胸を、太ももを貫いた。焼け付くような激痛と共に大型の獣に撥ねられたような衝撃が走り、全身に痺れが駆け巡る。

(っ……!)

 だが、ここで退けば花梨が消し炭になる。日香は彼女の盾になる形で立ちはだかったまま、こちらに殺到する稲妻の大群を見据えた。

(私が全部受ける。天威師だから大丈夫)
「日香!」

 だが、顔色を変えた高嶺が脇座から飛び出した。両手を広げて唱える。

「神威よこちらにおいでませ。我は神の御心を抱く者」

 その声が響いた途端、雷が方向転換して高嶺の方に向かった。瞬き一つの間も開けず、白熱の閃光が命中する。呻き声一つ上げず、眉の一つも動かさず、ただ無表情で蜂の巣になっている高嶺の前に、音もなく動いた白珠が割り込んだ。降り注ぐ集中砲火を息子に代わって受ける。その右目に閃光の矢が突き刺さり、澄んだ黒眼が弾けて潰れた。

「高嶺様、お義母様!」

 日香はすぐさま二人の方に走った。両名とも喉の奥からごぷりと大量の鮮血を吐いている。美の極致と言えるまでの容貌がズタボロだ。
 秀峰が身を翻し、高嶺と白珠、そして駆け寄った日香をまとめて突き飛ばした。追加で迫っていた稲妻を自らの体で受け止める。少女のように細い右腕と右足が血飛沫を上げて千切れ飛び、棒状の炭と化して宙を舞う。

「秀峰様っ」

 飛び出した月香が秀峰を押しのけ、その背に幾本もの雷撃が突き刺さった。

「神よ、我が元へ」
「こっちだよー」

 日香に続いて転移して来たラウとティルが声を重ねる。稲妻が再び急旋回して向きを変え、帝家の太子たちを打ち据えた。兄弟の腹が裂け、臓物がぼろりと溢れ出る。
 それでも爆ぜる閃光は止まらない。
 白珠が一瞬でかき消え、皆から離れた部屋の隅に移動する。そのまま繊手せんしゅを翻して雷を手招いた。

「偉大なる雷霆らいていの神に伏して申し上げます。此方へ集い給え。残り全ての御心、我が身がお受けいたします」

 閃く大量の稲光が音を立てて宙を翔け、一斉に蒼き皇帝へと飛んだ。

 ――だがそれより早く、淡い金髪が翻った。

 優美さを醸し出す長身痩躯が白珠の眼前に出現すると、軽くかざした掌の人差し指の先で雷撃を受け止める。肉が焦げ付くような臭いと共に白煙が上がり、たちまち消えた。天上に鳴り響く鐘のごとく美しい声が紡がれる。

「否、御身の心はこの身が受ける。思いの丈は全て我が方に放たれよ」

 その言に応え、夜空を照らす星の数ほどの稲妻が長身に降り注ぐ。だが、人影はびくともしない。平然としたまま、襲い来る全ての熱を一本の指先だけで受けた。やがて雷は勢いを無くし、プスプスと小さな音を立てながら勢いを収めていった。

「もうよろしいのか。遊び足りないならばお気が済むまでお相手仕るが、如何なさる」

 涼やかに告げられた声に、追加の稲妻は来なかった。身を切るような緊迫感と威圧は消え去り、凪いだ空気だけがたゆたっている。

(良かった、収まった)

 ほっと息を吐いた日香は、横目で花梨がいる方を盗み見た。

(花梨さんは――うん、大丈夫そう。……身体的には。精神面が心配だけど)

 刹那の間に起こった怒涛の出来事に腰を抜かしたのか、床にへたりこんでいる。それでも大きな怪我はないようだった。若干のかすり傷と軽いやけどくらいだ。

(というか私、出て来ちゃったのまずかったかな。花梨さんに何て説明しよう?)

 どう出るべきか相談するため、高嶺に念話をしようとした時。大量の雷撃を楽々と受けた長身が掌を降ろした。

「鎮まったか。気が済んだのだろう」

 事も無げに発された呟きに、白珠が頷く。

「はい、橙日帝様」

 白珠以外の皆が揃って一礼し、頭を上げた高嶺とティルが喜色を浮かべた。

「父上」
「父上ー!」

 日香も含めた全員、先ほど負った損傷は跡形もなく治っている。傷や火傷は綺麗に塞がり、手足は元通り復元し、内臓は腹に収まっていた。天威師の頑強さと治癒力をもってすれば、致命傷を超えた損害を負っても超速で全快できるためだ。
 ただ、ボロ切れのようになった衣と、全員の衣をぐっしょり濡らしている血潮、室内に飛び散った肉片や残骸など色々なモノが、一瞬だけであっても確かに重傷を負ったのだという証を刻んでいた。
 しかし、それすらもすぐに消え、新品同様に復元する。天威師たちが傷を負っていた痕跡が、軌跡が、証が、全て無かったことになる。

「ああ」

 長身が振り向き、絶世の美貌が露わになった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

魔力ゼロの英雄の娘と魔族の秘密

藤原遊
ファンタジー
魔法が支配する世界で、魔力を持たない少女アリア・マーウェラ。彼女は、かつて街を守るために命を落とした英雄的冒険者の両親を持ちながら、その体質ゆえに魔法を使えず、魔道具すら扱えない。しかし、彼女は圧倒的な身体能力と戦闘センスを武器に、ギルドでソロ冒険者として活動していた。街の人々やギルド仲間からは「英雄の娘」として大切にされつつも、「魔力を捨てて進化した次世代型脳筋剣士」と妙な評価を受けている。 そんなある日、アリアは山中で倒れていた謎の魔法使いイアンを助ける。彼は並外れた魔法の才能を持ちながら、孤独な影を背負っていた。やがて二人は冒険の中で信頼を深め、街を脅かす魔王復活を阻止するため、「カギ」を探す旅に出る。 しかしイアンには秘密があった。彼は魔族と人間の混血であり、魔王軍四天王の血を引いていたのだ。その事実が明らかになったとき、アリアは「どんな過去があっても、イアンはイアンだよ」と笑顔で受け入れる。 過去に囚われたイアンと、前を向いて進むアリア。二人の絆が、世界を揺るがす冒険の行方を決める――。シリアスとギャグが織り交ざる、剣と魔法の冒険譚!

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

心が折れた日に神の声を聞く

木嶋うめ香
ファンタジー
ある日目を覚ましたアンカーは、自分が何度も何度も自分に生まれ変わり、父と義母と義妹に虐げられ冤罪で処刑された人生を送っていたと気が付く。 どうして何度も生まれ変わっているの、もう繰り返したくない、生まれ変わりたくなんてない。 何度生まれ変わりを繰り返しても、苦しい人生を送った末に処刑される。 絶望のあまり、アンカーは自ら命を断とうとした瞬間、神の声を聞く。 没ネタ供養、第二弾の短編です。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ

さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。 絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。 荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。 優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。 華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。

処理中です...