すっぽんじゃなくて太陽の女神です

土広真丘

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番外編 -焔神フレイムとフルード編-

優しいだけでは⑦

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 ◆◆◆

「どうしようどうしよう」

 神官府の裏庭にある四阿あずまやの陰で、フルードは一人頭を抱えていた。

 本日は聖威師として初めて、狼神以外の高位神を勧請する予定になっていた。
 少し前に、狼神を喚び出そうとしていたところ、孔雀くじゃく神が乱入して天威師まで参入したことがあったが、あれは想定外の事態だった。

 今日は違う。初めから高位神をお喚びすることになっている。勧請対象は四大高位神が一、火神の御子である焔神だ。数多の神々の中で一握りしかいない色持ちの高位神の中でもさらに別格であり、最高神に準ずる選ばれし神である。まさしく神々の最高峰に位置する存在だ。

 いくら聖威師とはいえ、まだ未熟なフルードが一人で担当するのは荷が重いということで、皇国の大神官にして当真の父である唯全家の当主が補佐についてくれることになっていた。何度か会ったことがある彼はとても穏やかで、息子の当真によく似ていた。彼がいてくれるならば、とフルードも安心していたのだが。

 しかし――何と土壇場どたんばで神鎮めが入り、当真の父は緊急でそちらに行くことになったという報が入った。
 勧請の刻限に間に合わなければ、フルードは一人で焔神の相手をつかまつらなければならない。

「一人でなんて無理だよ……」

 自分の未熟さを自覚し、涙が込み上げる。

 つい先日、紅日こうにち皇女日香が皇帝家の神器を修復した。その際、朝日に照らされて生きる神官や人々を見て、この人たちを守りたいと思った。
 世界の汚いものばかり見てきたフルードにとって、輝く陽光の中で笑う人々の姿は、とてつもなく新鮮で感動を覚えるものだった。
 自分も立派な聖威師になって、彼らを守りたい。そう思ったのだ。

 だが、現実は理想とは程遠い。
 実際の自分は何もできない半人前で、こうして陰でうずくまって動けないでいる。

 その時だった。
 膝を抱えて座り込み、すすり泣きながら震えていると、ガサガサと音がした。複数の声が響く。

『いけません、いけませんぞ我が主! まだ勧請を受けていないのに降臨されるなど。天にお戻りを!』
『ちょっとくらいいいだろ~。俺、地上に単独で来たことねえし。いつも姉神か兄神と一緒の勧請だったからなぁ。今回は好機チャンスってことで、ちょっと地上見物してみたいんだよ』
『うぃっす、でもバレたら怒られるっすよ。大丈夫なんすか?』
『そんな心配すんなって。ここ裏庭だろ、どうせ誰もいねえだろうしバレねーバレねー。ほらアレだ、勧請されたら今来たぜぃーって顔でシラッと上の方から降りて行けばいいじゃねえか』

 呑気に笑いながら草木をかき分けて出てきた青年が、目を丸くしているフルードを見て固まった。

『いっ!? こんな所に人間が……うわやっべ……』

 青年の背後に追随する幾つかの影が、揃って頭を抱える。

『ああ、だから言わんこっちゃないですぞ!』
『おーっとマジヤバっすよ、どうするんすか?』
『しかし我らに気配を悟られぬとは、ただ者ではありません』

 そして全員でフルードを見つめ、うわぁーと額を抑えた。

『マジか、このチビすけ聖威師じゃねえか。守護の神威がかけられてやがる。それで気配に気付かなかったんだな』
「あ、あなた方は……」

 フルードは大急ぎで平伏した。青年の外見は人のものではない。葡萄酒色ワインレッドの短髪に赤みの強い山吹色の瞳。縦に避けた瞳孔、尖った耳。喋るたびに口から僅かに覗く牙。後ろから続いた者たちも、帝国人でも皇国人でもない色彩と容姿をしていた。
 そして、立ち上る圧倒的な御稜威みいつ――彼らはおそらく神だ。

「お、お目汚しをしてしまい失礼をいたしました」

 土で指が汚れるのも気にせず叩頭する。

『そんなかしこまらなくていいんだぜ。いいから顔上げな。……泣いてたのか?』

 ヒラリと手を振った青年の神が、おずおずと顔を上げたフルードを改めて見つめ、首を傾げた。フルードは慌てて神官衣の袖で目元をこする。

『もしかしていじめられたのか。お前チビだし、見るからにピヨピヨしてるしなぁ』
「ち、違います。ええと……ちょっと目にゴミが入っただけです」
『ふーんそうか。……あのさ、ここで俺たちと会ったこと内緒にしてくれねえ?』

 すぐに興味をなくしたらしい青年神は、あっさりと話題を変えた。

『ここにいることがバレたら、俺の母神からこわーいお説教をされちまうんだ。……ま、それでも御子神には激甘だから、神妙に聞いてりゃすぐ終わるけど』

 中盤以降は小声だったので、フルードには聞こえなかった。

(ここにいることがバレたら怒られるってことかな……?)

 悪夢の記憶が蘇る。酔いつぶれた父から身を隠して逃げ込んだクローゼット。助けを求めた息子を母はあっさり切り捨て、酒瓶という凶器を持つ父に差し出した。クローゼットの中から引きずり出された後のことは思い出したくない。
 フルードの胸の内を知るよしもない青年神が続けた。

『内緒にしてくれたら、お礼にお前の願いを一つ聞いてやるよ。もちろん聞ける範囲や限度はあるから、それを超えてたらダメだけどな。なんかあれば、とりあえず言ってみな』
「か、神から謝礼など受け取れません。私は一人の神官として――」
『あー、そういうお堅いのはいいから。まぁ言ってみろよ』
(そ、そう言われても……あ!)

 フルードはピコンと閃いた。

「で、ではご温情に甘えまして、差し出がましいことながら一つ教えていただけませんでしょうか」
『おっ! よし、何だ何だ?』
「焔神様をご存知でしょうか? 恐れ多くも最高神が一柱、火神様の分け身であらせられる貴き大神様です」
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