すっぽんじゃなくて太陽の女神です

土広真丘

文字の大きさ
59 / 101
番外編 -焔神フレイムとフルード編-

優しいだけでは⑳

しおりを挟む
◆◆◆

「……ぅ、ん……」

 フルードがパッチリと目を開こうとすると、瞼がやけに重かった。指で顔を触ってみると、頰がぐっしょりと濡れている。

(僕、また泣いてたんだ)

 謹慎初日の夜から今朝まで、この状態が続いていた。何もしていなくても涙が勝手に溢れて来る。だが、心はとても穏やかだ。力強い腕の中で守られる安心感を、常に感じている。
 原因は分かっていた。三日前に師匠兼お兄様になってくれたフレイムが、去り際にフルードの魂を神炎で包くるんでいったからだ。
 守護と癒しの力を込めたという温かな炎に抱かれた魂が安堵し、涙している。それが現実世界でも反映されているのだろう。

 もちろん、主神である狼神も同じようにフルードを包み込んで守ってくれている。だがフレイムの場合、こちらが欲する救いをど真ん中のピンポイントで与えてくれる。彼自身が精霊上がりのため、下の者や弱い立場にいる者の気持ちを真の意味で理解できるからだ。

(今、何時だろう)

 ノロノロと起き上がり、時計を見ると6の時だった。

(今日は神官府に行くんだ。始業は9の時だけど、神官長たちと会うんだし)

 大神官と神官長には昨日のうちに念話して、話がしたい旨を伝えている。緊急の仕事が入らない限り、時間を取ってくれるとのことだった。

『もう起きたのか。おはようセイン』
「お兄様! おはようございます」

 寝室の壁にかけた鏡が揺らぎ、ワインレッドの髪を持つ青年――フレイムが映る。端整な顔立ちの中で輝く山吹色の瞳がフルードを優しく見下ろしていた。三日前よりたびたび、天界にある自分の領域から話しかけてくれるようになったのだ。

 フルードはベッドから降り、深く頭を下げた。

「お兄様……いえ、焔神様。昨日は先生を救って下さってありがとうございました」

 劣悪な環境である懲罰房に入れられた、フルードの恩師。彼に食事や毛布を届けたいと念話で願い出たフルードだが、差し入れは禁止だとオーネリアに一蹴された。すると、落ち込むフルードを見たフレイムが動いてくれた。

 手先が器用な恩師は、絵画を描いて天界に奉納したことがある。フレイムは自らの従神に命じ、『焔神様がその絵を素晴らしいと褒めていらっしゃるゆえ、ほまれに思え』という声を託宣として神官府に下ろさせたのだ。
 神よりお褒めの言葉を賜った功績により、恩師は懲罰房から出ることができたという。供物を粗末なものに変更し、同じく懲罰房に入れられている先輩神官も、恩師の嘆願で特別に待遇が改善されたそうだ。

『いいってことよ、気にすんな。あの神官の絵が見事だったことも嘘じゃねえしな』
「後日、改めてお礼をさせていただきたく。お望みのものがあれば可能な範囲で用意いたします。私にできることなら何でも……」

 真面目な顔で告げるフルードに、フレイムはヒラリと手を振り、温かな声で言う。

『弟から礼を取るような兄になるつもりはねえよ。一ついいことを教えてやる。俺に何か頼む時は弟として頼めば、無償でソッコー叶えてやるぜ。俺の力が及ぶ範囲でだけどな』

 選ばれし高位神である焔神に叶えられない願いなどほぼ無い。冷静に考えればとんでもない厚遇を取り付けたわけだが、今のフルードにまだ自覚はなかった。素直に礼を言う。

「あ……ありがとうございます」

『それよりお前自身のことだ。今日で謹慎が解けるから、聖威師たちに話すんだろ?』
「はい」

 頷いた時、室内が光った。空色がかった灰銀の毛並みを反射させ、巨大な狼が現れる。

『セイン、目が赤い。よく眠れておるか』
「狼神様、おはようございます」

 ふかふかの尾にクルンと巻かれたフルードは、狼神の毛に顔をうずめた。

「ここ数日はよく眠れています。とても安心できて……気持ちがすっごく穏やかなんです」
『ふむ……魂が安心し、喜んでいるな。焔神様のご加護が、セインの魂を最奥から救って下さっておる』

 愛し子の中をじっと視つめた狼神が言い、若干悔しげにムムッと唸った。

『礼を申します。……焔神様は我が愛し子の心を掴むのがお上手ですな』
『成り上がりの小器用さです。寛大な御心でお許しを』

 フレイムが両手を軽く上げて会釈した。フルードは慌てて口を挟む。

「狼神様にもたくさんたくさんお救いいただきました。僕は狼神様の寵を得て、今こんなに幸せにしていただけたのですから」
『ふむ、そうか』

 それを聞いた狼神が一気に機嫌を直す。

「もうすぐ神官府に行きます」

 神官衣に着替え、寝室と続きになっているリビングに向かう。立てかけてある大きな姿見にフレイムの姿が移動した。

『朝食はどうするのだ? ……そもそもこの邸に仕える者は、主人の起床時に茶の一杯も出しに来ぬのか』

 狼神が声のトーンを変えた。聖威師は専用の広大な邸を用意され、数多の使用人が付く。だが、誰も朝の機嫌伺いに来ていない。

「ち、違います。謹慎中のお世話は最低限でいいと、僕の方から頼んだんです。朝食は元々あまり食べないので……夜食のビスケットの残りで十分です」
『……ふぅむ。そうか……』

 不承不承といった体ながら、狼神が気迫を和らげた。
 一方のフレイムは、姿見の中でウロウロと歩き回っている。

『しかしどうするかな。指導するにしても、一からみっちりとなると通いじゃ時間がかかる。指導中は一緒に暮らした方がいいかもしれねえ。どうにかして長期降臨できねえかな。セインの神官の務めもなるべく減らして、修行に専念できるといいんだが……それは難しいだろうな』

 小声で呟きながら、今後どう教えていくかを検討しているようだ。

『いっそ時間を止めた空間を作るか? 天の神なら時空操作も使用可能なんだし。……いや、だが人間世界じゃ禁術って認識だからな。何かの拍子にバレて、禁忌の術を神に使わせて無理矢理修行した聖威師、なんて悪評が立ったら困る。これは最終手段だな。他に良い方法があればそっちにするか』

 フルードはそんなフレイムの様子を見て、思わず口を開いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

魔力ゼロの英雄の娘と魔族の秘密

藤原遊
ファンタジー
魔法が支配する世界で、魔力を持たない少女アリア・マーウェラ。彼女は、かつて街を守るために命を落とした英雄的冒険者の両親を持ちながら、その体質ゆえに魔法を使えず、魔道具すら扱えない。しかし、彼女は圧倒的な身体能力と戦闘センスを武器に、ギルドでソロ冒険者として活動していた。街の人々やギルド仲間からは「英雄の娘」として大切にされつつも、「魔力を捨てて進化した次世代型脳筋剣士」と妙な評価を受けている。 そんなある日、アリアは山中で倒れていた謎の魔法使いイアンを助ける。彼は並外れた魔法の才能を持ちながら、孤独な影を背負っていた。やがて二人は冒険の中で信頼を深め、街を脅かす魔王復活を阻止するため、「カギ」を探す旅に出る。 しかしイアンには秘密があった。彼は魔族と人間の混血であり、魔王軍四天王の血を引いていたのだ。その事実が明らかになったとき、アリアは「どんな過去があっても、イアンはイアンだよ」と笑顔で受け入れる。 過去に囚われたイアンと、前を向いて進むアリア。二人の絆が、世界を揺るがす冒険の行方を決める――。シリアスとギャグが織り交ざる、剣と魔法の冒険譚!

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

処理中です...