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中学編
不健康女子の中三・冬至 大晦日
しおりを挟む就。
元々は、城門の落成を祝う儀式を就といって、だから欠けることなく達成されたもの、できたものに使うおめでたい文字だ。
今の私たちは字の本質を気に留めない。
就の左側の京が城門を示し、右側が実は犬の漢字の変形で、落成式のお祝いで殺された生贄の犬を指すのだということも。
「いぬぅー!!」
ええ、叫びましたとも、はじめて知った時は!
犬可哀想。私もうこの漢字一生忘れない。書くたび「いぬぅ……」ってしんみりすると思う。
本を棚へ戻す。パパにせがんでクリスマスプレゼントにしてもらった、漢字の成り立ち関連図書だ。めっちゃ面白い。
満願成就。
神仏に願ったことが、ぜんぶまるっと叶うこと。
私は『岩並君の願い事が満願成就しますように』と願えばいいわけか。
お願い事をする、んじゃなくて、お願い事が叶うようお願いする、のだ。岩並君は一休さんの生まれ変わりですか? でなきゃ吉四六さんかな? なんだこのトンチ。
そもそも岩並君は一体何をお願いしたんでしょうか。私、気になります!
刻一刻と今年が終わりに近づいていく。
紅〇でper〇umeを見てからお風呂に入って、後はもう寝るだけだ。大掃除して綺麗になった部屋はなんだか落ちつかない。意味もなくウロウロしたあげく、文庫本を入れている低い棚の前に立つ。
棚の上にはポプリにドレスを着たトルソー、お土産のミニ香水瓶。あんまり可愛すぎると子供っぽくなっちゃうから色味は控えて、ヴィクトリアン風に並べた小物の中から、銀のアクセサリーボックスを手にする。
亡くなったおばあちゃまの白蝶貝の蝶のブローチ、アメジストがはまったラペルピンに白い鳥のキルトピン。
それらに囲まれて真ん中にあるのが、ふわふわした夢みたいな毛糸の花のパッチン留め。岩並君からもらったアイリッシュクロッシェの髪飾りだ。
想像もしてなかった。
こんなに仲好くなるなんて。
岩並君。
でっかくてむきむきで、丈夫なイケメンの男の子。
あんなに格好よければ調子にのってもいいはずなのに、同い年なのに落ち着いていて、慌てず騒がず静かに話す、真面目なひと。優しくて、笑顔が可愛いひと。
どこか罪作りなフェミニストの部分があると思っていたけれど、この間岩並家にお邪魔したときに、おうちで女のひとたちに揉まれているせいなのだと理解した。
岩並君ちの女のひとたちは、みんなして岩並君に点が辛いと思うの。真面目で優しいお気遣い紳士じゃありませんか、優しくしてあげて!
たまたま塾が一緒で話すようになっただけ。生きる速度も場所も考え方も全く違う、別世界のひと、みたいな感覚がはじめからあった。
だからずっと、「ハイスペックだずるいなー、でもむっちゃ眼福だなー、ありがたや南無南無」としか思ってなかったのだ。
あ、今でも眼福だと思っています、ヌード写真集とかあったらいいよね!! もう3冊買う。保存と鑑賞と布教用! だから岩並君、脱ぐのだ。世界の愛と平和のために!
私が貧血になったのを送り届けてくれてから、なんだか一緒に勉強するようになって、受ける高校も同じで、あれよあれよと接点が増えて……。
岩並君の寝顔見たよ! とか去年の私に教えても絶対信じないと思う。
岩並君は動物好きだから、弱ってるイキモノを放っておけないんだろう。始終ぐんなりしてる私は保護対象枠なのに違いない。
だってさあ、たまに私を見る岩並君の目が孫に甘いおじいちゃんみたいになってるんだもん。愛犬に赤ちゃん言葉で話しかけてる人とおんなじ感覚じゃない?
脱、動物枠! 脱、孫枠!
ちゃんと仲良しの友人関係になるんだったら、一方的に保護されるんじゃなくて、持ちつ持たれつになりたいよね。
一緒にいると居心地よすぎて甘えてしまうから、来年は一層心を引き締めて、甘えすぎないようがんばりたいと思う。
フタを開けて、パッチン留めのお花へ触れてみる。
柔らかくなめらかな、質のいい毛糸で編まれたバラモチーフ。ひんやりとしたクリスタルビーズ。
これを見て、知世ちゃんはコメントを控える、なんて言っていたけれど、「これ自体は素敵だと思う」とひと言付け加えていた。これ自体は、ですか……?
今、知世ちゃんは九州だ。
知世ちゃんパパはもしかして、湯布院に行くフリをして受験生の知世ちゃんを太宰府天満宮に連れて行くつもりだったのではないでしょうかね?
いやぁ、だって。あれだけ罵倒をされていてなお、湯布院行きたいなんていう自分の欲望を優先とか、並の神経していたら無理でしょう。
他人様のうちのパパを悪く言いたくはないけれど、もしこれでやっぱり湯布院が目的地だったら、知世ちゃんのパパの心臓には剛毛が生えているとしか思えない。
年末年始の旅行、楽しむとはいかないまでも、嫌な思いをしないでいて欲しい。
知世ちゃんが毎日帰る場所で、顔を合わせて生活する家族だもん。一緒にいることが、ちょっとでも楽になればいいね、知世ちゃん。
汚さないようフタを閉じて、アクセサリーボックスを元の場所に戻す。電気を消してベッドの中へ入り、その時を待つ。
―――そろそろだ。
ああ、耳に痛いほどの静寂を溶かして、鐘の音がする。
ごおおん、ごおおん、と冷たい空気を震わせて、空に響き渡ったものが私のところにまで届く。
除夜の鐘。
私の煩悩を払ってください。
悪いものはみんな今脱ぎ捨てて、まっさらな自分で、新しい年を迎えたいのです。
元気印! とはいかないまでも、周りに迷惑をかけない程度には健康体になりたいです。
風邪やインフルにかからず受験できますように。
私の大事なひとたちが、元気で幸せでありますように。
岩並君の願い事が満願成就しますように。
何のお願いかはわからないけど、優しく真面目なひとだから、叶うといいなと思います。
最近彼は寝ぼけることがあるから、ちょっと心配しています。元気づけてあげたくて、彼の喜びそうなことを考えています。うまくいきますように。
秋口あたりからとっても仲好くなって、一緒にいる時間が増えたひと。彼の側は居心地がよくて、安心する……。
大きな手。あったかくて優しい手。手をつないで歩いていると、怖いことなんて何もないんだって言われている気に、なって。
変にはしゃいだりしない、落ち着いた穏やかな声。透き通った紅茶色のまなざしは、なんだか最近とろりと優しい。
凛々しい顔は、笑うと可愛くて。
小指に感じた柔らかな唇。
指先に絡みつく、
濡れた、
熱い、
―――舌。
「うわぁーッ!?」
うとうとしていた意識が覚醒した。え、なに、今のなに、なんなの!?
「イコちゃん!?」
「どうしたイコ!」
下の階からママとパパの声。
「だ、だいじょぶ! 寝ぼけただけ!!」
2人に叫んで、布団をかぶる。
心臓がばくばく言ってる。
待って、待って、年が暮れてしまう。こんな気持ちで年越しさせないで。お願い。
ああ。ああ。
どうしよう。
岩並君の、馬鹿。
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