健康優良男子が不健康女子に片思い中です。

法花鳥屋銭丸

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中学編

中三・冬至の末候①

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「イコ……?」

 初夢はイコの夢だった。
 久しぶりに見る鳥籠の夢。
 だがもうそれは、鳥籠の体を成していない。
 天蓋部分は外れて下に落ち、その残骸につる薔薇が絡みついて咲いている様は生け垣のようにも見える。

 薔薇は今を盛りと小さな花を一面に咲かせている。ベビーピンクとクリーム色のグラデーション。白いサテンのクッションにも花びらが積もってとても綺麗だ。

 ただイコが見つからない。

「イコ?」

 鳥籠の割れ目から指を差し入れ、クッションへ積もった花びらをどける。どこかにいないかと目をこらし探す。
 どこへ行ったのだろうか、不安になって顔を鳥籠へ近づけると、押し殺した笑い声。

「イコ、どこだ」

 積もった花びらの中から親指姫みたいに小さなイコが顔を出す。ふわふわした髪に咲く、贈った毛糸の白い花。
 落ちた天蓋のドーム部分をテントのように使って寝そべり、楽しげにこちらへ手を振っている。
 ああ、そこにいたのか。

「そこじゃ狭いだろう」

 俺の言葉に、寝そべるイコはころん、と転がって見せる。狭くないよ、とでも言うように。可愛い。
 俺はそっとイコへ指先を近づける。

『岩並君』

 イコは俺の指へ手を伸ばす。触れる寸前、ミシリ、と音がして。
 俺は焦ってイコに何か叫ぼうとし、そうして夢から覚めた。

 起きてからも、夢の余韻がさめなくて、俺は横になったまま額をおさえる。

 きっと、今年も、俺は―――。


 ◇


 明日からようやく、塾の冬季講習後半が始まる。
 イブから一週間、ほぼ毎日会っていたイコ。
 だからだろうか、イコのいない年末年始を過ごすのは、予想以上にこたえた。忙しかったせいで気持ちが弱っているのかもしれない。

 ここにイコがいてくれたらと、そんなことばかり思っていた。
 イコはどんな新年を過ごしているだろうか。
 俺のことを少しでも、考えていてくれるだろうか。

『岩並君、岩並君』

 ちょっと早口の、跳ねるような呼び方が恋しい。
 冬休みが明け、また週に何度かイコと会うだけに戻ってしまったら、俺はどうなるだろう。
 考えるのが怖い気もする。

 夕方、黒柴ペロの散歩を終えて戻ると、ニヤニヤしながら姉さんが出てきた。

「丈夫、世渡さんちのイコちゃんから電話があったよ」
「えっ」

 イコから電話。
 なんだろう、何があった。心拍数が上がっていく。焦るな落ち着け。まずは手を洗うんだろう。
 洗面所に行く途中、じいちゃんに声をかけられる。

「おう丈夫、世渡さんちの嬢ちゃんから電話があったらしいぞ」
「わかった」

 手を洗って部屋へ戻ろうとすれば、今度はばあちゃんに呼び止められる。

「世渡さんちのあのちっちゃな可愛い子から、電話があったって? お返事はしたの?」
「これからだよ」

 みんな、『世渡さん』と口にするときに、なんだか嬉しそうになる。好きなもの、素敵なものを呼ぶときのような、少しだけ照れてはにかんだ顔になる。
 それも仕方ないだろう、クリスマス大停電で家に来た世渡家の母娘は、短い間に俺の家族をメロメロにして行ったのだ。

 イコはじいちゃんから果樹の挿し木について楽しそうに聞き、ばあちゃんと陶芸について語り合い、「岩並君のおうちはいろんなこと教えてもらえていいね!」と喜びながらファンを獲得していったし。

 世渡のお母さんは小さいが働き者の料理上手で、「嘘だ……ユニ〇ロのセーターがブランドものに見える……」と、姉さんはその上品な着こなしに感心しきり。母さんに至っては「留子ちゃん料理上手ー!」よほどウマが合ったのか、びっくりするほど仲好くなっていた。

 後日お礼だと緒石院のお菓子と大きなタッパーが届いたが、タッパーの中身はうちではお目にかかったことのない豚肉とリンゴのソテーで、その美味さにみんな夕食で会話を忘れる程だった。
 めちゃめちゃ美味かった。

 とっても小さい、うちとは全く違う雰囲気の親子。
 妖精でも見ているような気分になるらしい。
 その気持ちはわからないでもない。
 そういえば、イコも自分のうちをホ〇ット家族だなんて言っていたっけ。

 俺は電話の子機を手に自分の部屋へ戻った。電話番号のメモと筆記用具を用意する。
 深呼吸を、ひとつ。
 イコの家につながる番号をかける。

『はい!』

 コール3つで出たのは、ここ数日ずっと聞きたかった声。それでも、定型の言葉を口にするのは礼儀だろう。

「世渡さんのお宅……」
『はい世渡さんですよー。世渡さんちのイコです。岩並君ですか?』
「ああ。そうか、ナンバーディスプレイでわかるか」
『正解! ちゃんと岩並君のおうち、登録してあるのですよ』

 どこか得意そうに言う。可愛い。
 俺の家の番号を登録してくれたのか。嬉しさに顔が緩むのが自分でもわかる。

『岩並君、明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いします』
「明けましておめでとう、今年もよろしく」

 短い言葉に、思いを込める。
 今年もイコと過ごしていきたいと。

『岩並君ごめんね、お出かけだったんだね。わからなくてお電話しちゃった。かけてくれてありがとう』

 イコの声から察するに、具合も悪くなさそうだ。ほっとすると同時に耳が幸福で、その幸福具合がくすぐったい。

「犬の散歩だったんだ。電話もらったそうだけど」
『うん、あのね岩並君。明日、塾へ早めに来られる?』

 イコの口にした時間は、冬季講習開始30分前。

「そんなに早く行っても大丈夫なのか」
『開いてるよー、冬の間は伊井先生が早く来て教室暖めてくれてるから』
「伊井先生が?」

 本当に、あの先生はそつがない。

「俺は大丈夫だけど、なにかあるのか」
『ふたりでお茶会しよう。新春茶会!』

 ふたりで。
 お茶会。
 単語の威力が強すぎて頭が回らない。

『道具とかみんな私が持って行くから、お茶会へお呼ばれして欲しいんだ。去年は岩並君にたくさんお世話になったしね! お礼になるかわからないけど、新年だしゆっくりお茶して、お菓子食べて、のんびりしてからお勉強はじめてもいいんじゃないかと思って』

 ゆっくりお茶。
 イコと。
 2人きりで。

『お呼ばれしてくれる?』
「ああ、行く」

 何を置いても絶対行く。

『よかった。じゃあ岩並君、 また明日ね』
「ああ。また明日、塾で」

 ぷつん、と切れた電話の子機を耳に当てたまま、嬉しさを噛みしめる。
 俺は今こんなに幸せでいいんだろうか。受験前に人生の全ての運を使い果たすんじゃないだろうか。無意識にイコへ運を全振りしてるんだろうか。
 それを後悔しなさそうな自分が怖い。

 お茶会、イコ、2人きり。
 3つの言葉が頭の中をぐるぐる回る。

 ああ、もう。
 新年早々、嬉しくて、倒れそうだ。

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