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中学編
中三・桃の節句②
しおりを挟む抱えていたイコをベッドへ座らせ、自分は床に座る。
目の前で真っ直ぐ俺を見つめるイコに、泣きたいような気持ちになる。
「しばらく混じっちゃうかもしれないよ?」
「それでもいい、呼んでくれるなら」
「わかった、たぁくん」
俺のこいびと。
俺の情けなさも愚かさも許して、俺を肯定してくれるひと。
大事な大事な、大好きな俺のお姫様。
俺はイコの右足を手にし、綿で編まれたレースの靴下を、小さな足の指へ引っかけないよう、ゆっくり脱がす。
引き抜いた靴下を床に置いて、露わになった可愛らしいつま先を握る。手の中に感じる小さな指は、力を込めたら壊れてしまいそうだ。
白い足の甲へくちづけを落とす。
卑怯で弱い俺よりも、真っ直ぐ心を口にしてくれたイコへ、今度こそちゃんと誓う。
お前を絶対、大事にすると。
◇
うちの母さんとイコのお母さんがそろって出かけていった、俺にとって衝撃的な出来事の直後。
「仲好しなんだもん、くっついてるくらい普通だよ!」
イコのお母さんへ2人でくっついているところを見られてしまいうなだれる俺を、イコはそう笑い飛ばした。
「慌てる方が、やましいことでもあるように見えるでしょ岩並君。それともなにかね、キミは玄関でことに及ぼうと」
「してない!」
「じゃあ気にしなーい」
あっさり言って、イコは俺の手をすり抜けた。
今日は2人でスマホを持ち寄って、電話帳の登録や使い方の勉強などをしよう、という約束だった。イコの部屋ではなく和室を使い、床の間のお雛様の前で、説明書を手にスマホと格闘する。電話にメール、SNSなど試しに互いへ使い、気が付けば昼時。
桃の節句だけあって世渡家の食事はさらに豪華、錦糸玉子も鮮やかなちらし寿司かと思ったら海鮮ちらし。切子細工のグラスには冷えた桃の甘酒が注がれていた。つい食べる前に撮影して「岩並君OLみたいだよ」と笑われてしまう。
ご馳走になったからと自分から提案し、拭き担当のイコと一緒に台所へ立ち皿を洗えば、なんだか新婚みたいで、こんな共同作業も嬉しいものだと思った。
ただ。イコとの時間を楽しみながらも、どこか集中しきれなかったのは、あの言葉がずっと頭の中をぐるぐる回っていたからだ。
『今日は夜までずーっと2人っきりなんだよー』
イコは他意のない事実を口にしただけなのかもしれない。動揺なんてする必要ないかもしれない。そんなことを考えながら、皿を洗った後の小休止、和室で2人お茶を飲んでいると。
「んしょ」
イコが俺の足の上へ座った。可愛い。スカートから白く壊れそうに華奢な膝が見え、慌てて目をそらす。俺は湯飲みをひっくり返さないよう、テーブルの少し離れたところへ置いた。
「なあ、イコ」
細い体を抱きしめながら、本当は今日1番に訊かなければならなかった事を訊く。
「俺のせいで熱が出たのか」
「違うよ。あの日、いつもと反応違ったでしょ? もうあの時、首のリンパ節腫れてたんだよ」
もう大丈夫だけど首はしばらく触らないでね、とイコはうなじを小さな手でおさえた。
「そうか」
「自分の手が早いせいじゃなくて安心した?」
「うっ」
いたずらっぽく言われて二の句が継げない。
「付き合って2週間も経ってない女の子の、服のボタンを外してキスマークとか」
「悪かった。その、でも、イコを大事にしたいのは本当なんだ」
誰より好きな女の子だ。傷つけたくない。
「あの日も言ったけど。イコが俺とそういうことをしていいって思ってくれるまで、セックスを無理強いしたり、しないから」
俺の言葉にイコは顔をしかめ、俺の方を向いて膝立ちになった。こちらの首に腕を絡め額同士をくっつける。
「岩並君、それはずるい。その言い方はやめてほしい」
「イコ?」
「岩並君が好き。真面目なところ、優しいところ、あったかい手も、こうしてくっついているのも好き。ときどき1人だけで決めちゃうところとか、言葉に保険がついてるところは、岩並君が考えすぎるせいかなって思ってるけど、そういうトホホなところも合わせて、岩並君が全部好き」
イコからの思いが込もった言葉は、とても率直だった。
「『ちょっと離れたくらいで寂しくならないように、こうしてたいんだ』って岩並君言ってたけど。私も寂しくなんかならないように、岩並君と繫がりたい。痛くても苦しくても構わないから岩並君が欲しい。体中全部、触れたいし触れてほしい。岩並君が相手なら、ひどいことだってされてみたいの」
熱烈な言葉を赤裸々に語り、顔を離したイコは願うように俺を見る。
「だからね、私の覚悟が足りないのが原因みたいな言い方はやめて」
情けない。
誰よりイコを大事にしたいのに、イコに触りたくて自分へ言い訳をして、手前勝手にイコを傷つけて、こんなことまで言わせてしまった。
最低だ。
「イコ」
イコの肩へ顔をうずめる。
「悪かった。覚悟が足りなかったのは俺だ。イコを大事にしたくて、でもイコが欲しくて、1人で都合のいいことばかり言って。あげくに押し付けてイコのせいにするなんて」
卑怯な俺を、情けない俺をそれでも好きだと肯定してくれたイコを抱きしめる。嬉しさと苦しさに鼻の奥がつんとする。
ああ。
イコが好きだ。
イコが好きだ、傷つけたくない。だからといって俺の独りよがりでも、イコに全部決めさせるような無責任でもいけない。俺はしばらくそのままイコを抱きしめ、小さく華奢な体と体温を味わってから手を離す。
「俺はイコが大好きで、イコに触れたいといつだって願ってる」
「私もそうだよ、岩並君。だから今日は岩並君を誘惑しようと思って」
「誘惑!?」
「うん、でも誘惑ってどうやったらいいのかわからないから、とりあえず生足で勝負パンツ穿いてみたんだけど……。岩並君?」
「悪い、ちょっと、誘惑が効き過ぎて」
俺は額をおさえて息を吐く。
勝負パンツ。単語の強さにくらくらする。でも負けていられない、たとえイコの生足が魅力的で、ちらちら見える可愛い膝小僧に心が奪われそうになろうとも。
「イコ、俺はまだ中学生で、俺のせいでイコに何かあっても責任が取れない。今日2人きりにしてくれたイコのお母さんの信頼だって、裏切りたくない。俺から約束させてくれ。しばらくは、どれだけ触れあおうが最後まではしないって」
「それって手前までしませんかってことだよね?」
「いや、あの、そうなんだけど……」
イコの攻勢にたじろぎつつも、深呼吸をして居住まいを正す。
「イコを傷つけないと約束します。今日、イコに触れてもいいですか」
「どうぞ?」
返事をしてイコが抱きついてきた。
「ちょっとくらい傷つけたっていいんだよ岩並君?」
「そんなの俺が耐えられない、それよりイコ」
「何?」
「いつまで俺を名字で呼んでるつもりなんだ」
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