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中学編
中三・啓蟄の初候①
しおりを挟む朝稽古の帰り道、横の車道をすべるように通って行った黒のSUVが、ゆっくりと減速して路肩へ止まった。点滅するハザードを見ながら前へ進むと、「たぁくん!」と声がして驚く。跳ねるボールのような話し方で俺の胸を弾ませる、可愛い声。
助手席の窓から大好きな女の子が、こちらへ身を乗り出して手を振っていた。
「イコ!」
早足で近づく。贈ったパッチン留めをしてふわふわの髪を揺らしたイコは、とても嬉しそうで可愛くて、見ていてくすぐったくなる。
俺と会えたのがそんなに嬉しいのか、イコ。
「出かけるのか」
「もう行ってきたんだよ、ねえパパ」
イコが振り向いた運転席で、小柄な男性がこちらに笑いかけた。
「こんにちは岩並君」
イコのお父さん。
腹の奥がきゅっと縮むと同時、俺は背筋を伸ばして挨拶を返す。
「こんにちは!」
緊張する。握った手のひらに汗をかく。会ったのは、倒れたイコを送った後、イコの両親がうちへ来て以来だ。
運転席に埋まりそうに小柄なイコのお父さんは、俺の力んだ返事を馬鹿にすることなく、優しく声をかけてくれた。
「岩並君は今帰りかい、よければ送らせてくれないか」
「ありがとうございます、でもご迷惑じゃ……」
「会えてイコが嬉しそうだからね、迷惑なんてとんでもない! さあ、乗って」
イコが嬉しそう、と他ならぬイコのお父さんから言われ、自分が認めてもらえたようで嬉しくなる。
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
乗ってシートベルトをすると、車は静かに走り出した。
振動が少ないのは高級車だからかもしれないが、イコのお父さんの運転が丁寧なせいもあるだろう。うちの母さんがハンドルを握ったら、やたらブレーキを踏むから体ががくがく揺れるのだ。
乗った車のシートもふかふかの高級仕様で、うっかり汚しでもしたら大変だ。自分の靴底のヨゴレが心配になってくる。落ちつかない気分でいると、イコがこちらを振り向いてにっこり笑った。うう、可愛い。顔が緩む。
「お出かけだったの?」
「4月になる前にまた体を慣らそうと思って、武道場に行ってきたんだ。受験で休んでいたから」
「そっかあ」
イコと話していると、イコのお父さんがすごいねえ、と呟いた。
「岩並君は高校でも空手をするんだよね、熱心だなあ」
「好きなんです、体を動かすのが」
感心したように言われて恥ずかしくなる。趣味にはしっているようなものだ、感心されるようなことじゃない。
「イコがお世話になってるね、ありがとう。キミのおかげで、この冬はイコの寝込む回数が減ったって聞いているよ」
「そんなことは」
「たぁくんにいっぱいお世話になってるんだよパパ! 勉強教えてもらったりしてるの」
否定しようと口を開くも、イコに先を言わせてもらえない。どうしようかと戸惑えば、ミラー越しにイコのお父さんと目が合う。イコによく似た目が和んでいる。
「高校も一緒だ、これからもイコと仲好くしてやってほしいな」
「はい」
じわっと腹の中が歓喜で熱くなる。イコとの付き合いを、他ならぬイコの家族から認めてもらえたことが本当にありがたくて、嬉しい。
嬉しすぎてぼんやりしていると、耳に楽しげな声が届く。
「いやあ嬉しいな会えて! 直接話してみたかったんだ。イコと付き合っているそうだけど、断片しか聞かせてもらえてないからね」
そして訊かれた。
「それで、うちの子とちゅーはした?」
「えっ」
「パパ!?」
さっき、交際を認められ熱くなった体が一気に冷える。
キスだけじゃない、最後まではしていないとはいえ、俺はイコに――――。
大事な一人娘。俺がイコにしたことを知ったなら、この人は激昂し殴りかかってくるだろうか、そうされてもおかしくないだけのことを俺はイコにしている。
でも後悔はしていないし、したくない。あの日イコが、身も心も俺にゆだねて好きだと言ってくれたのを否定したくない。
真剣で、必死で、幸福だったあの時間。
すみませんでしたと謝ることは、あの時の自分やイコさえも裏切ることだ。
どうする、どう答える。大事なイコの親、イコのお父さんに嘘なんかつきたくない。
決められない中、なぜか笑顔のイコのお父さんからうめき声がした。
「っは、やっぱりダメだ辛い! 口にするだけで辛い!」
イコのお父さんはやおら眉間をおさえて叫ぶ。
「イコ、パパのお嫁さんになるって言ってたのにッ!」
「パパ落ちついて、もうすぐ信号変わるから! 青になっちゃうから!」
それきりイコのお父さんは黙ってしまった。俺のせいか、どうすればいい? 内心うろたえる俺へイコが、至っていつも通りに声をかける。
「あ、気にしないでいいよ、たぁくん。パパ、運転に集中すると黙るんだ」
「そうなのか」
「うん。また赤信号とか、交通量の少ない道とかになったら話しはじめるから」
イコの言うとおり、次の赤信号でイコのお父さんはまた話しはじめた。
「あー、やっぱり自分のためにも訊いちゃいけないんだなぁ。質問するだけで心臓痛いもんなぁ」
「あ、あの」
「あっ、岩並君、ヘンなこと訊いて悪かったね。もちろん答えなくていいよ。2人とももうすぐ高校生だ、保護者に言いたくないこともあるだろうから」
ごめんね、と苦笑いされ言葉に詰まる。
「少しずつ親に言えないこと、言いたくないことが増えていくのは、自立の準備だそうだから。プライバシーは大事だよ、今のはパパが悪いね」
「自立の準備?」
「ああ。それにね、パパだって若い頃があったさ。保護者に訊かれるのが辛かったり、嫌だったりした時期があったんだ。だからあれこれ言われるのが嫌なのはわかる」
そうイコに答え、大きくため息。
「きっとイコもそのうち、パパうざいとかパパくさいとかパパどこか行ってとか! 言うんだ……ッ!」
「大丈夫パパ、言わないから! 今だってパパ理屈っぽいなとか、お説教くさいなとか思うけど、私そんなひどいこと言った事ないよ!」
「やっぱり思ってる!」
独特過ぎる父娘の会話に、口を挟むことなく聞きながら思う。
ああこの人、本当にイコのお父さんだ。
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