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高校編

高一・穀雨②

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「こんにちはー、岩並ですー、お忙しい中すみません」
「ああ! いらっしゃい」

 玄関近く、庭先の入り口で母さんが声をかけると、庭の向こうからタオルで手ををふきながらおばさんが出てきた。家の方を向いて声を張り上げる。

「ばあちゃん、千代さんが来なったよー!」

 母さんは紙袋を差し出す。中身は、それぞれタッパーに詰められたぼたもちとぬか漬けだ。

「これ、うちで作ったぼたもちです、よかったら」
「まあ、勝恵さん、ご馳走さまです。ささ、千代さん上がってください。ばあちゃん、足悪くしてから退屈がってて。喜びます」
「おじゃまします」

 紙袋を受け取ったおばさんにうながされ、ばあちゃんはにこにこと玄関へ進んだ。玄関の中ではおばあさんが嬉しげに手を振っている。

「千代さん、ささ、上がってえ」
「美保さんお久しぶりねえ」

 その様子を見送ったおばさんは、こちらに向き直る。

「たけおちゃんも大きくなって。もう高校生? いやあ、泰山さんにそっくり! 2人とも買い出しでしょう? 気にせず車とめてくれていいのに」
「いやそんな、いつもすみません」

 ゴールデンウィーク2日目、ショッピングモール周辺の渋滞は酷いものだろう。
 ばあちゃんの友だちのうちはショッピングモールのちょうど裏手。買い出しのため車をとめさせてもらい、友だちと話しに花を咲かせるばあちゃんを残して、通用口からモールに併設された大型スーパーへ入る。

「母さん、少し買い物してきていいか」
「いいよ、でもあんた荷物持ち要員なんだから、早くね」
「わかった」

 カートを押しながら買い物を始めた母さんを残し、大型スーパーから専門店エリアへ移動する。

 空気こそ冷たいものの、昨日の雨が嘘のような晴天。父さんがゆっくりと時間をかけて田んぼの代掻しろかきをしている間、俺は田植えの準備や果樹園の作業など、細々した手伝いをしていた。

 そんな中、母さんがばあちゃんを連れショッピングモール併設の大型スーパーへ買い出しに行くというので、荷物持ちに立候補して同行したのだ。
 目的はひとつ。
 以前来たファンシーな雑貨屋へ真っ直ぐ向かう。

「こんにちは」
「いらっしゃ、あ、あ、ああー!」

 エプロン姿の店員さんは俺を覚えていたらしい。こちらを見て目を丸くすると、カウンターから出てきて見上げてくる。

「こんにちは! お久しぶり! ずっと気になってたんですよー。どう、プレゼント気に入ってもらえました? うまくいってます?」
「はい」

 頷くと、それでそれで? とわくわくした目をされ、詳しく話すことになる。仕方ない、イコへのプレゼントではお世話になったのだ。

「プレゼント、喜んでもらえました。黒のヘアピンは学校で付けてくれています。薔薇の方は休みの日なんかに。その」

 今は自分の彼女なのだ、そう説明しようとした瞬間、昨日の焼き林檎味のくちづけがよみがえって頬が熱くなる。

「おかげさまで、付き合うことになって……。2か月ちょっと経ちました」
「うわあ、おめでとう、よかったですねー! じゃあ今日も、彼女さんのものを選びに?」
「はい、夏のものを」
「どうぞー、ゆっくり選んでいってください」

 残念ながらそんなに時間はかけられない。ヘアアクセのコーナーで、イコへ贈る夏の飾りを選ぶ。色とりどりの棚を見ながら思うのは、昨日聞いたイコの話だ。

 イコがビブリオバトル同好会に入るのだという。うちへ帰ってすぐビブリオバトルについては調べたが、気になるのが同好会メンバーのことだ。

 変な人間はいないだろうか。
 先輩にいじめられたりしないだろうか。
 自分の世界を広げていきたいというイコの気持ちはわかるのだが、もしメンバーが男ばかりだったなら、俺の方が耐えられそうにない。

 イコは自分のことをからっぽだと言う。自分のことを好きじゃないと言う。
 小さくて細くて壊れそうに儚いイコ。目を好奇心いっぱいに輝かせて話す、俺の大事なお姫様。
 どれほどイコが魅力的なのか、どれほど俺がイコを好きなのか、俺が伝えるだけではなく、イコ自身で納得する必要があるのだろう。

 しかし今回のことに限らず、イコはがんばっていると思う。
 普段使わないため乗り方がわからず、揺れで座席から落ちかけた電車も、今や通学の往復で使い、満員電車も慣れたものだ。

 人間関係でも、ずっと永井以外の人間とは親しくしてこなかったのに、具合の悪さを心配してくれる友人ができた。

 少しずつでいい、焦らなくていいのにと思うのは、俺の身勝手なのかもしれない。
 イコががんばりたいと望むなら、内心どうあれ、俺は応援しなければ。いや、イコのことはいつも全身全霊で応援している。変な虫が嫌なだけだ。

 さあ、今は夏の御守り、髪飾りをを選ぼう。5月5日、俺の誕生日を祝ってくれた後、お礼のかわりに渡すのはどうだろう? やっぱり今回も、学校で使えるものと一緒に贈ろうか。

 俺はヘアアクセの棚近辺をうろうろし、イコへのプレゼントを探す。あれこれ考えながら眺めれば、クリアパーツや貝やヒトデのモチーフなど、夏向きの品が色々と並べられていた。その隣に、見覚えのあるヘアピンを見つける。

 普段使いにとイコへ贈ったグログランリボンのヘアピンだ。イコのものとは色違いの白と紺が並んでいた。
 学舎の女子の夏服は白地に紺のパイピングがされたブラウスとスカートだ。紺色なら身に付けられるし服にも合う。まずはこれにしよう。
 あとは本命の飾りを選ぶだけ。

 輝く金銀の金属パーツが使われた大ぶりのものは、大人っぽいのだが少しケバい。夏の陽光の下ならなおさらギラギラするだろう。イコには似合わないと思う。クリアパーツも善し悪しで、プラスチックが子どもっぽく見えたりする。
 
 イコに似合う、何か涼しげなものはないだろうか。そう思い目をさまよわせた先に、控え目な輝き。
 色をおさえ涼しげな髪飾りだ。小柄でほっそりとした色白のイコとイメージが重なる。
 手に取ってみればパッチン留めで、簡単に身に付けられるものだった。

 これがいい。
 きっと、似合う。

 夏の強い日差し、高い気温が今年もきっとイコをさいなむのだろう。せめて少しだけでも夏の強さが弱まりますように、ひとすじの涼風がイコのそばを吹きますように、そう願いながらこれを贈ろう。
 イコは気に入ってくれるだろうか。

 イコ。
 愛しい俺の、お姫様。
 俺はいつでもイコの味方で、イコを心から応援している。
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