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薬の効果
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屋敷に向かって駆け出していくカテリーナを見送る……ことはなく、カテリーナの後に続いて一緒に駆け出すタオ。
もちろん、隠形術はそのままで。
その姿はおろか、足音や気配、影さえも消し去ってしまうタオの隠形術は、夢と現との間を逍遥する仙人仕込みのもの。
どのような達人であろうと、俗人に見破れるものでは決してない。
そんなわけで、こっそり後をついてくるタオの存在にカテリーナが気づくことはなく、タオはあっさりとカテリーナの父であるラモス領主の寝室へとたどり着くことができた。
う~ん、ちょっと心配でついて来ちゃったけど、これはかなり酷いなぁ。
全身に毒が回りかけてる。一刻の猶予もないよ。
ほんと、念の為太上老君の金丹の方を渡しといて正解だったね。
ボクの金丹だと、場合によっては手遅れになってたかもしれない。
ベッドに横たわる男の顔面は蒼白で、既に死んでいるのかと見間違うほどだ。
「爺や、薬です! お水を! 早くお父様に飲ませて!」
慌てて部屋に駆け込んできたカテリーナに、目を丸くする爺やと医師。
しかし、その顔はすぐに痛ましげなものに変わり、カテリーナの手の上の丸薬を見た医師は、深いため息を吐く。
「お嬢様、これは?」
尋ねる医師に先ほどのタオとの邂逅を語るも、爺やと医師の反応は悪い。
タオという名の黒髪の少女。黒髪というのなら東国の生まれで間違いないだろう。
お嬢様が“少女”と呼ぶくらいなのだから、年齢はお嬢様よりも下か……。
東人は若く見えるというから、もしかするとお嬢様と同い年くらいなのかもしれない。
だが、いずれにせよ、そのような得体の知れない少女から渡されたものを、領主様に飲ませるわけにはいかない。
それがたとえ、死を直前に控えた主人であってもだ。
「お嬢様、せっかくのお薬ですが、旦那様の治療についてはヤブー様にお任せしております。ここは先生にお任せして、お嬢様はお部屋で少しお休みください」
「何を言っているの、爺や。大体、ヒドラの毒には手の施しようがないって言ったのはヤブー先生でしょう。
それを、治療は先生に任せるって……。そんなの、初めから諦めているのと同じじゃない!
このお薬を飲めばきっと良くなるのよ! いいから早く飲ませなさい!」
激昂するお嬢様を前に、なんとか気を落ち着かせようと提案するヤブー。
「……わかりました。では、一旦そのお薬は私が預かりましょう。あとでどのような薬か私の方で確認し、それで問題ないようでしたら、お嬢様のおっしゃる通り領主様にお飲みいただきましょう」
「それでは間に合わない!!」
つい叫んでしまうカテリーナと、なんとか落ち着かせようとオロオロする爺やと医師。
『まぁ、こうなる気もしてたけどね』
隠形の術を維持しつつ部屋の隅で様子を伺っていたタオは、3人のやり取りに小さなため息を吐いた。
なんとなく予想はしてたのだ。
龍脈から突然現れたボクを直接見たカテリーナならともかく、たまたま見知らぬ子供にもらった薬など誰も信用しないと思う。
カテリーナからもらった知識によると、領主の暗殺など然程珍しい話ではなく、口に入れるものに気を使うのはむしろ領主の嗜みであるらしい。
食べたい物も自由に食べられないなんて、可哀想な人たちだとは思うけど、カテリーナの知る西方地域の状況を考えると、上に立つ者にとっては仕方のないことだと理解できる。
当然、この知識をくれたカテリーナだって、普段であれば理解できるだろう。
訳のわからない物を領主に与えられない。たとえ、放っておけば死ぬとわかっていたとしてもだ。
『仕方がない。少しサービスしてあげよう』
タオは領主の眠るベッドに近づくと、両の掌を開いて領主の胸の辺りに軽く当てた。
ボクの仙気を少しだけ流して、一時的に体内の気を活性化させる。
これだけ毒が回っていると、こんなのは気休め程度にしかならないけど。
精々、目を覚まして、死ぬ前にちょっとだけ話ができる程度のもの。
でも……。
「うっ、カテリーナ、か……」
「お父様!」 「旦那様」 「領主様」
「カテリーナ……あまり耳元で、騒ぐから……パパは、ゆっくり、寝て、いられない、よ」
「あぁ、お父様」
「泣くんじゃ、ない……カテ、リーナ。あとの、ことは、アンドレに、任せて、お前は、幸せに、なっ」
「そうだわ、お父様! 今すぐこのお薬を飲んで! 早く!」
そう言って手に持った丸薬を父親の口に押し込もうとするカテリーナ。
色々と心残りはあるものの、最後に愛する娘と話ができたと、いい感じに人生の幕を引こうとしていた領主バルドは、訳もわからず口に放り込まれた丸薬を飲み下す。
効果は劇的であった。
なんだ、これは!?
力が、漲ってくる。
身体中の血が湧き立ち、忌まわしきヒドラの毒が蒸発していくのを感じる。
すっかり血色も良くなり、覇気を取り戻したバルドは、勢いよくベッドから起き上がると、愛する娘をその胸に抱きしめ、娘の泣き顔をその大きな胸で包み込んだ。
「カテリーナ、心配をかけた。パパはもう大丈夫だ。
何が起きたのかはわからないが、お前のお陰で私は九死に一生を得たよ」
そんな急展開に訳もわからず立ちすくむ爺やと医師。
そして、嬉しそうな親子を確認して、タオはゆっくりとその場を離れていった。
もちろん、隠形術はそのままで。
その姿はおろか、足音や気配、影さえも消し去ってしまうタオの隠形術は、夢と現との間を逍遥する仙人仕込みのもの。
どのような達人であろうと、俗人に見破れるものでは決してない。
そんなわけで、こっそり後をついてくるタオの存在にカテリーナが気づくことはなく、タオはあっさりとカテリーナの父であるラモス領主の寝室へとたどり着くことができた。
う~ん、ちょっと心配でついて来ちゃったけど、これはかなり酷いなぁ。
全身に毒が回りかけてる。一刻の猶予もないよ。
ほんと、念の為太上老君の金丹の方を渡しといて正解だったね。
ボクの金丹だと、場合によっては手遅れになってたかもしれない。
ベッドに横たわる男の顔面は蒼白で、既に死んでいるのかと見間違うほどだ。
「爺や、薬です! お水を! 早くお父様に飲ませて!」
慌てて部屋に駆け込んできたカテリーナに、目を丸くする爺やと医師。
しかし、その顔はすぐに痛ましげなものに変わり、カテリーナの手の上の丸薬を見た医師は、深いため息を吐く。
「お嬢様、これは?」
尋ねる医師に先ほどのタオとの邂逅を語るも、爺やと医師の反応は悪い。
タオという名の黒髪の少女。黒髪というのなら東国の生まれで間違いないだろう。
お嬢様が“少女”と呼ぶくらいなのだから、年齢はお嬢様よりも下か……。
東人は若く見えるというから、もしかするとお嬢様と同い年くらいなのかもしれない。
だが、いずれにせよ、そのような得体の知れない少女から渡されたものを、領主様に飲ませるわけにはいかない。
それがたとえ、死を直前に控えた主人であってもだ。
「お嬢様、せっかくのお薬ですが、旦那様の治療についてはヤブー様にお任せしております。ここは先生にお任せして、お嬢様はお部屋で少しお休みください」
「何を言っているの、爺や。大体、ヒドラの毒には手の施しようがないって言ったのはヤブー先生でしょう。
それを、治療は先生に任せるって……。そんなの、初めから諦めているのと同じじゃない!
このお薬を飲めばきっと良くなるのよ! いいから早く飲ませなさい!」
激昂するお嬢様を前に、なんとか気を落ち着かせようと提案するヤブー。
「……わかりました。では、一旦そのお薬は私が預かりましょう。あとでどのような薬か私の方で確認し、それで問題ないようでしたら、お嬢様のおっしゃる通り領主様にお飲みいただきましょう」
「それでは間に合わない!!」
つい叫んでしまうカテリーナと、なんとか落ち着かせようとオロオロする爺やと医師。
『まぁ、こうなる気もしてたけどね』
隠形の術を維持しつつ部屋の隅で様子を伺っていたタオは、3人のやり取りに小さなため息を吐いた。
なんとなく予想はしてたのだ。
龍脈から突然現れたボクを直接見たカテリーナならともかく、たまたま見知らぬ子供にもらった薬など誰も信用しないと思う。
カテリーナからもらった知識によると、領主の暗殺など然程珍しい話ではなく、口に入れるものに気を使うのはむしろ領主の嗜みであるらしい。
食べたい物も自由に食べられないなんて、可哀想な人たちだとは思うけど、カテリーナの知る西方地域の状況を考えると、上に立つ者にとっては仕方のないことだと理解できる。
当然、この知識をくれたカテリーナだって、普段であれば理解できるだろう。
訳のわからない物を領主に与えられない。たとえ、放っておけば死ぬとわかっていたとしてもだ。
『仕方がない。少しサービスしてあげよう』
タオは領主の眠るベッドに近づくと、両の掌を開いて領主の胸の辺りに軽く当てた。
ボクの仙気を少しだけ流して、一時的に体内の気を活性化させる。
これだけ毒が回っていると、こんなのは気休め程度にしかならないけど。
精々、目を覚まして、死ぬ前にちょっとだけ話ができる程度のもの。
でも……。
「うっ、カテリーナ、か……」
「お父様!」 「旦那様」 「領主様」
「カテリーナ……あまり耳元で、騒ぐから……パパは、ゆっくり、寝て、いられない、よ」
「あぁ、お父様」
「泣くんじゃ、ない……カテ、リーナ。あとの、ことは、アンドレに、任せて、お前は、幸せに、なっ」
「そうだわ、お父様! 今すぐこのお薬を飲んで! 早く!」
そう言って手に持った丸薬を父親の口に押し込もうとするカテリーナ。
色々と心残りはあるものの、最後に愛する娘と話ができたと、いい感じに人生の幕を引こうとしていた領主バルドは、訳もわからず口に放り込まれた丸薬を飲み下す。
効果は劇的であった。
なんだ、これは!?
力が、漲ってくる。
身体中の血が湧き立ち、忌まわしきヒドラの毒が蒸発していくのを感じる。
すっかり血色も良くなり、覇気を取り戻したバルドは、勢いよくベッドから起き上がると、愛する娘をその胸に抱きしめ、娘の泣き顔をその大きな胸で包み込んだ。
「カテリーナ、心配をかけた。パパはもう大丈夫だ。
何が起きたのかはわからないが、お前のお陰で私は九死に一生を得たよ」
そんな急展開に訳もわからず立ちすくむ爺やと医師。
そして、嬉しそうな親子を確認して、タオはゆっくりとその場を離れていった。
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