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大切な存在
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たまに夢に見る。トラウマとか重い過去とかそんなんじゃないけれどその夢は俺を疲弊させる。
母親と父親の言い争う声が聞こえる。深夜遅く、リビングの向こうでは毎日のように両親は争っていた。布団の中で耳を塞ぎ、その声を聞かないようにした。
朝起きると両親は昨晩争ったことなどなかったように仲の良い様子を俺に見せた。お面をつけたように笑顔を向ける両親。俺はその変わりように恐怖した。
母親が用意した朝食は全く味がしなかった。両親の顔色を伺って食べる朝食はただのゴムのようだった。
俺が高校に上がった時に両親が離婚した。俺はひどく安堵した。あの表面化しない、でもピリピリと張り詰めた雰囲気に疲れ切っていたからだ。
安堵と同時に俺はあの時何かを悟った気がする。一度は愛し合った二人。恋をして愛を誓ってもどうしても離れてしまう。
そうしたらどうして人は恋をするのだろうか。結局最後は離れてしまうかもしれないのに。一緒にいてもいつか別れが来るかもしれないと怯えながら過ごすのだろうか。
俺は耐えられない。そんなの無理だ。恋をしたくない。不確かな愛なんて誓いたくない。
小さくて無力な子供の俺がいる。
誰だろう?子供の俺の手をつなぐ人がいる。大きな背中をした男が俺を優しく包み込む。
彼はーーー
「樹、起きろ」
「んー」
「樹」
まだぼやけた視界に俺を覗き込む男がいる。カーテンの隙間から差し込む朝の光が男の輪郭を照らす。
「ガンちゃん……」
「ん?」
どうしてガンちゃんがいるのだろう。まだ機能しない頭で俺は不思議に思う。
あ、そうか。終電がなくなってしまったから昨日はガンちゃんを家に泊めたんだった。どういう顔をしていいか分からなくて俺は先にベッドに入って眠ってしまったのだ。
それにしても…
「ち、近い」
「ああ。悪い」
ガンちゃんの顔が離れる。俺はやっと体を起こした。
なんだかいい匂いがした。懐かしい匂いがする。俺の気持ちを読み取ったかのようにガンちゃんは声をかけた。
「朝飯、作ったんだけど食べるか?」
「え?ガンちゃんが?」
「ああ。簡単なものだけど、良かったら食べてくれ」
「うん、食べる」
温かい匂いだ。お味噌汁のいい香り、ほか香ばしい匂いもする。こんな朝はいつぶりだろうか。
「んーしみる」
自然と声が漏れた。テーブルの上には白米、味噌汁、目玉焼きとシンプルなものばかりなのにとても美味しい。
「樹は普段朝飯食わないのか?」
「うん、基本食べないね。面倒くさいし食べてる時間があったら寝たいもん」
ガンちゃんは眉をひそめる。
「朝食は大事なんだから少しでもいいから食べろよ」
「んー。ガンちゃんの朝飯だったら毎日食べられるかも」
「結婚したら俺の朝飯毎日食べられるぞ」
その言葉を聞いた瞬間、俺は盛大にむせた。サラッとまたこの男はその話を掘り返してくる。昨日言っていたことはやっぱり夢ではなかったのだとわかる。
俺を見て苦笑するガンちゃん。少し恨めしく思い、軽く睨む。
「早く食わないと会社遅刻するぞ」
「分かってる」
ガンちゃんとこれからどういう距離感でいればいいのか分からないが今はとりあえず目の前の食事に集中しよう。
やっぱりガンちゃんのご飯はおいしいのだ。優しい味になんだか元気が出てくる。
でもそれだけじゃない。誰かと一緒の朝はいつぶりだろうか。目の前にはガンちゃんがいる。一緒にご飯を食べる。ただそれだけがこんなにも心を温かくするのだと初めて知った。
一人じゃない朝。ガンちゃんが隣にいる朝。部屋に差し込む朝日がいつもより優しく感じた。
「じゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃい」
俺の家の前にスーツを着た俺と普段着のガンちゃんは立っていた。俺は会社へ、ガンちゃんは家に帰って小説の執筆。全く生活スタイルの違う二人がこうして一緒にいるのがなんだかおかしく感じた。全く違う二人が親友で、今はその関係も変わりつつある。
「樹、ネクタイ曲がってる」
「え?ああ」
ガンちゃんの手が器用に俺のネクタイを直す。
「ありがとう」
ガンちゃんの手が離れていく。
「樹」
俺のネクタイに視線を落としたままガンちゃんは俺を呼んだ。
「何?」
「俺と一緒に住まないか?」
「え?」
結婚しよ、好きだ、その次は一緒に住まないか?
俺の頭はすでにキャパオーバーなのにこの男はさらに追い討ちをかけてくる。
「俺のことを知ってもらうためには一緒にいる時間を取ることが大事だと思うんだ。それに一緒に住んでみないと分からないこともあるだろ。だからーー」
「ちょ、ちょっと待って。話が急すぎるよ」
俺はガンちゃんの話を遮った。
「朝昼晩の食事は俺が保証する。他の家事も俺が全部やる。だから検討してもらえないか?」
朝昼晩の食事を保証… 一瞬心が傾きかけた自分を叱咤する。そんなのダメだ。ガンちゃんとは親友だ。一緒に住むなんて…
「俺と住むの嫌か?」
こういう時のガンちゃんはずるい。昨晩も俺のこと嫌いかと尋ねた時のガンちゃんは寂しそうな顔で俺を見るのだ。
そんな顔をされたら拒みきれないじゃないか。
「嫌とかそういうんじゃなくて……あの、ちゃんと考えるから待ってくれ」
「本当か。考えてくれるのか?」
「…うん」
「ありがとう」
あーその顔もずるい。普段は面白いほど表情が変わらないのに俺の一言でそんなに嬉しそうな顔するなよ。
その幸せそうに笑う顔を見ると俺はおかしくなる。鼓動が忙しくて普段と違う動きをする。俺は必死に正常な動きに戻るように深呼吸する。
ガンちゃんは親友。親友なんだ。だからこんなに胸が高鳴るのはおかしい。
会社へ行く道すがら俺の頭はガンちゃんのことで一杯だった。ガンちゃんの言葉、表情全てが俺をおかしくさせる。
お腹の辺りが温かい。朝食の温もりがまだ俺の体に残っていた。
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