30歳の誕生日、親友にプロポーズされました。

文字の大きさ
3 / 18
大切な存在

3


 たまに夢に見る。トラウマとか重い過去とかそんなんじゃないけれどその夢は俺を疲弊させる。

 
 母親と父親の言い争う声が聞こえる。深夜遅く、リビングの向こうでは毎日のように両親は争っていた。布団の中で耳を塞ぎ、その声を聞かないようにした。
 朝起きると両親は昨晩争ったことなどなかったように仲の良い様子を俺に見せた。お面をつけたように笑顔を向ける両親。俺はその変わりように恐怖した。
 母親が用意した朝食は全く味がしなかった。両親の顔色を伺って食べる朝食はただのゴムのようだった。

 俺が高校に上がった時に両親が離婚した。俺はひどく安堵した。あの表面化しない、でもピリピリと張り詰めた雰囲気に疲れ切っていたからだ。
 

 安堵と同時に俺はあの時何かを悟った気がする。一度は愛し合った二人。恋をして愛を誓ってもどうしても離れてしまう。
 
 そうしたらどうして人は恋をするのだろうか。結局最後は離れてしまうかもしれないのに。一緒にいてもいつか別れが来るかもしれないと怯えながら過ごすのだろうか。
 俺は耐えられない。そんなの無理だ。恋をしたくない。不確かな愛なんて誓いたくない。


 小さくて無力な子供の俺がいる。
 誰だろう?子供の俺の手をつなぐ人がいる。大きな背中をした男が俺を優しく包み込む。
 彼はーーー





 

 「樹、起きろ」




 「んー」




 「樹」




 まだぼやけた視界に俺を覗き込む男がいる。カーテンの隙間から差し込む朝の光が男の輪郭を照らす。




 「ガンちゃん……」




 「ん?」




 どうしてガンちゃんがいるのだろう。まだ機能しない頭で俺は不思議に思う。
 あ、そうか。終電がなくなってしまったから昨日はガンちゃんを家に泊めたんだった。どういう顔をしていいか分からなくて俺は先にベッドに入って眠ってしまったのだ。
 それにしても…



 「ち、近い」




 「ああ。悪い」



 ガンちゃんの顔が離れる。俺はやっと体を起こした。
 なんだかいい匂いがした。懐かしい匂いがする。俺の気持ちを読み取ったかのようにガンちゃんは声をかけた。



 「朝飯、作ったんだけど食べるか?」




 「え?ガンちゃんが?」




 「ああ。簡単なものだけど、良かったら食べてくれ」



 
 「うん、食べる」



 温かい匂いだ。お味噌汁のいい香り、ほか香ばしい匂いもする。こんな朝はいつぶりだろうか。




 「んーしみる」



 自然と声が漏れた。テーブルの上には白米、味噌汁、目玉焼きとシンプルなものばかりなのにとても美味しい。



 「樹は普段朝飯食わないのか?」




 「うん、基本食べないね。面倒くさいし食べてる時間があったら寝たいもん」




 ガンちゃんは眉をひそめる。




 「朝食は大事なんだから少しでもいいから食べろよ」




 「んー。ガンちゃんの朝飯だったら毎日食べられるかも」




 「結婚したら俺の朝飯毎日食べられるぞ」



 その言葉を聞いた瞬間、俺は盛大にむせた。サラッとまたこの男はその話を掘り返してくる。昨日言っていたことはやっぱり夢ではなかったのだとわかる。
 
 俺を見て苦笑するガンちゃん。少し恨めしく思い、軽く睨む。



 「早く食わないと会社遅刻するぞ」



 「分かってる」



 ガンちゃんとこれからどういう距離感でいればいいのか分からないが今はとりあえず目の前の食事に集中しよう。
 やっぱりガンちゃんのご飯はおいしいのだ。優しい味になんだか元気が出てくる。
 でもそれだけじゃない。誰かと一緒の朝はいつぶりだろうか。目の前にはガンちゃんがいる。一緒にご飯を食べる。ただそれだけがこんなにも心を温かくするのだと初めて知った。

 
 一人じゃない朝。ガンちゃんが隣にいる朝。部屋に差し込む朝日がいつもより優しく感じた。





 「じゃあ、行ってきます」




 「いってらっしゃい」
 


 
 俺の家の前にスーツを着た俺と普段着のガンちゃんは立っていた。俺は会社へ、ガンちゃんは家に帰って小説の執筆。全く生活スタイルの違う二人がこうして一緒にいるのがなんだかおかしく感じた。全く違う二人が親友で、今はその関係も変わりつつある。




 「樹、ネクタイ曲がってる」




 「え?ああ」




 ガンちゃんの手が器用に俺のネクタイを直す。




 「ありがとう」




 ガンちゃんの手が離れていく。



 「樹」



 俺のネクタイに視線を落としたままガンちゃんは俺を呼んだ。




 「何?」




 「俺と一緒に住まないか?」




 「え?」




 結婚しよ、好きだ、その次は一緒に住まないか?
 俺の頭はすでにキャパオーバーなのにこの男はさらに追い討ちをかけてくる。



 「俺のことを知ってもらうためには一緒にいる時間を取ることが大事だと思うんだ。それに一緒に住んでみないと分からないこともあるだろ。だからーー」




 「ちょ、ちょっと待って。話が急すぎるよ」




 俺はガンちゃんの話を遮った。




 「朝昼晩の食事は俺が保証する。他の家事も俺が全部やる。だから検討してもらえないか?」



 朝昼晩の食事を保証… 一瞬心が傾きかけた自分を叱咤する。そんなのダメだ。ガンちゃんとは親友だ。一緒に住むなんて…



 「俺と住むの嫌か?」



 こういう時のガンちゃんはずるい。昨晩も俺のこと嫌いかと尋ねた時のガンちゃんは寂しそうな顔で俺を見るのだ。
 そんな顔をされたら拒みきれないじゃないか。



 「嫌とかそういうんじゃなくて……あの、ちゃんと考えるから待ってくれ」



 「本当か。考えてくれるのか?」



 「…うん」



 
 「ありがとう」




 あーその顔もずるい。普段は面白いほど表情が変わらないのに俺の一言でそんなに嬉しそうな顔するなよ。
 その幸せそうに笑う顔を見ると俺はおかしくなる。鼓動が忙しくて普段と違う動きをする。俺は必死に正常な動きに戻るように深呼吸する。
 ガンちゃんは親友。親友なんだ。だからこんなに胸が高鳴るのはおかしい。



 会社へ行く道すがら俺の頭はガンちゃんのことで一杯だった。ガンちゃんの言葉、表情全てが俺をおかしくさせる。
 お腹の辺りが温かい。朝食の温もりがまだ俺の体に残っていた。



 
感想 0

あなたにおすすめの小説

恋人に好きな人が出来たと思ったら、なにやら雲行きが怪しい。

めっちゃ抹茶
BL
突然だが、容姿も中身も平凡な俺には、超絶イケメンの王子と呼ばれる恋人がいる。付き合い始めてそろそろ一年が経つ。といってもまだキスもそれ以上もした事がない健全なお付き合い。王子は優しいけど意地悪で、いつも俺の心臓を高鳴らせてくる——だけどそれだけだ。この前、喧嘩をした。それきり彼と話していない。付き合っているのか定かじゃない関係。挙句に、今遠目から見つけた王子の側には可憐な女の子。彼女が彼に寄り掛かって二人がキスをしている。 その瞬間、目の前が真っ黒になった。もう無理だ。俺がスイッチが切れたようにその場に立ち尽くした、その時だった。前にいる彼から聞いたこともない怒声が俺の耳に届いたのは。 ⚪︎佐藤玲央……微笑みの王子と呼ばれ、常に笑顔を絶やさない。物腰柔らかな姿勢に男女問わずモテる ⚪︎中田真……両親の転勤で引っ越してきた転校生。平凡な容姿で口が悪いがクラスに馴染めず誰とも話さないので王子しか知らないし、これからも多分バレない ※全四話、予約投稿済み。 本編に攻めの名前が出てこないの書き終わってから気が付いた。3/16タイトル少し変更しました。 ※後日談を3/25に投稿予定←しました。Rを書くかはまだ悩み中

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

生まれ変わりは嫌われ者

青ムギ
BL
無数の矢が俺の体に突き刺さる。 「ケイラ…っ!!」 王子(グレン)の悲痛な声に胸が痛む。口から大量の血が噴きその場に倒れ込む。意識が朦朧とする中、王子に最後の別れを告げる。 「グレン……。愛してる。」 「あぁ。俺も愛してるケイラ。」 壊れ物を大切に包み込むような動作のキス。 ━━━━━━━━━━━━━━━ あの時のグレン王子はとても優しく、名前を持たなかった俺にかっこいい名前をつけてくれた。いっぱい話しをしてくれた。一緒に寝たりもした。 なのにー、 運命というのは時に残酷なものだ。 俺は王子を……グレンを愛しているのに、貴方は俺を嫌い他の人を見ている。 一途に慕い続けてきたこの気持ちは諦めきれない。 ★表紙のイラストは、Picrew様の[見上げる男子]ぐんま様からお借りしました。ありがとうございます!

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

【完結】恋人になりたかった

ivy
BL
初めてのキスは、 すべてが始まった合図だと思っていた。 優しい大地と過ごす時間は、 律にとって特別で、 手放したくないものになっていく。 けれど……

虐げられた令息の第二の人生はスローライフ

りまり
BL
 僕の生まれたこの世界は魔法があり魔物が出没する。  僕は由緒正しい公爵家に生まれながらも魔法の才能はなく剣術も全くダメで頭も下から数えたほうがいい方だと思う。  だから僕は家族にも公爵家の使用人にも馬鹿にされ食事もまともにもらえない。  救いだったのは僕を不憫に思った王妃様が僕を殿下の従者に指名してくれたことで、少しはまともな食事ができるようになった事だ。  お家に帰る事なくお城にいていいと言うので僕は頑張ってみたいです。