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1.呪わしき人生の終わり
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「それでは契約の確認を…」
パーカーのフードを深く被った人物が1枚の紙をテーブルに出しながら静かに告げる。
特定を避けるためだろう、眼鏡をかけ、マスクをした姿は顔もほとんど見えない。
ここへ来るまでに掴まれた手の感触と、体格、静かにかけられる声だけで、女性なのだろうと判断する。
抑揚のない声で、契約の内容を読み上げ、確認していく。
紙面に書かれたその内容は、既に一度軽く説明を受けている。
読み上げが終わった瞬間、一度確認するように私に視線を向けた彼女は、私の前に静かにペンを置いた。
この契約書にサインすれば、ようやく私は解放される。
この呪わしき"私"の人生から─。
「……ん…」
カーテンの隙間から差し込む光を感じ、私は小さく身じろぎ、薄く目を開いた。
数度の瞬きをして、時計に目をやる。
時間を確認してから、手を頭の上へ引き上げ、大きく伸びをした。
私が"ここ"に来てから3ヶ月。
もう随分私自身も"ここ"に馴染んできたと感じる。
そんな思考を巡らしながら、手早く身支度を済ませた。
カーテンを開け、外へ目を向ける。
敷き詰められた石畳みの通り。
煉瓦造りの家々。
少し先には陽に照らされて鮮やかな緑が映える。
もう見慣れた景色がそこには広がっていた。
眩しい光に目を細め、しばらく外を眺めてから、部屋を出て台所へと移動する。
ようやく慣れた台所に立ち、簡単な朝食を用意し、テーブルにつく。
1人での食事はもういつからか…
食事を済ませると、手早く片付け、荷物の確認に部屋へと…
コンコン
戻ろうとしたところで、軽いノックの音に玄関扉の方へ目を向けた。
「どうぞ」と短く返せば、ゆっくりと扉が開かれた。
紫みを含んだ暗い青色の長い髪をゆるく結び、目鼻立ちの整った、私より遥か長身の男性が姿を表す。
この3ヶ月で随分見慣れてしまった、"案内人"だ。
「おはようございます、ルイーズ」
「おはようございます、アルバート」
見た目に合った爽やかな声で挨拶する彼に、彼の方へ体ごと向け私も挨拶を返すと、それを待って彼は扉を閉め、一歩だけ歩を進め語を継いでいく。
「今日でちょうど3ヶ月です。私の契約期間は終了しますが、もう"こちら"には馴染めましたか?」
「ええ。ある程度勝手も分かるようになりましたし、"こちら"の方にも良くしていただいていますから」
にっこりと穏やかな笑みを浮かべながら話す彼は、優しく問いかけてくれる。
私も柔らかな笑みを浮かべそれに応えると、彼は安心したようにふぅっと息を吐いた。
「それは良かった。では、私は今日を以ってルイーズとの契約は終了させていただきます。ここからが、貴方の新たな人生の本番です。どうか、良き人生を…」
そう言うと、彼は貴族か何かのように手を自身の胸に寄せ、恭しくお辞儀をしてみせた。
そう、これは私の新たな人生の始まり。
日本という国で産まれ育ち、20年という時を過ごした私が、望んで"生まれ変わった"。
10歳の時に、両親と妹を一度に事故で亡くし、親類中で私の押し付け合いが始まった。
最終的に母の妹である叔母夫婦に引き取られる事になったけれど、その後の8年間は地獄だった。
父の友人だった弁護士の方が未成年後見人として、遺産及び慰謝料等の金銭の管理を申し出てくれて、叔母夫婦には養育費という形で最低限必要な金額しか渡されなかった。もちろん、その他にかかった必要経費があればきちんと申告すれば出してもらえる。
けれど、厄介者を押し付けられ、余分なお金も入らない叔母一家は、私を"家族"としては扱ってくれなかった。
暴力、暴言、実子との差別は当たり前。
本当に最低限の衣・食・住と学校へ行かせてもらえただけだった。
今から思えば、性暴力がなかったことだけは救いだった。
外聞があるからと高校までは行かせてもらえたが、私もそんな家に長く居たくはなかった。
だから、高校を卒業と同時に叔母夫婦の家を出た。
未成年後見人の方を頼り、住む場所を借り、大学の進学費用を遺産から払ってもらった。
ようやく地獄から解放され、これからようやく自分の人生を始めよう。そう思ったのに、叔母夫婦の娘、私の従姉妹が執拗に私に嫌がらせをしてきた。
挙句、厭らしい男を雇って、私を襲わせようとまでしてきた。
接触してきた彼女の厭らしい顔付きで、事に気付いた私は彼女たちから逃げ、隠れていたところを"転写屋"の彼女が助けてくれた。
そして、辿り着いた─。
今、この世界へ。
─転写─
それは元の世界の自分の存在を全て消し去り、新たな別の世界の人物として魂を写すこと。
その人の持つ資産の全てを貰い受ける代わりに、別世界に創られた"器"にその魂を転写する。
前の人生の記憶は持ったまま、全く別の身体で生まれ変わる。
資産の多さに応じて、身体的特徴や年齢、性別、転写後の生活基盤を得ることができる。
そうして手に入れた。この"器"を─。
ルイーズ・クリスティ。
16歳。
深紅のウェーブのかかった、胸の辺りまで伸びた髪。
すみれ色をした瞳。二重の大きな目。
高く整った鼻筋。
薄く綺麗な唇。
16歳なりに、出るところが出て、くびれるところのくびれた、理想的な体型。
随分と見目の良い"器"を手に入れた。
「ありがとう、アルバート」
恭しくお辞儀をするアルバートにお礼を言うと、彼はゆっくりとした動作で上体を起こした。
それを確認してから私は言葉を続ける。
「この後は"前の人生"でなれなかった分、必ず幸せな人生にしてみせるわ!"新しい私"、ルイーズ・クリスティとして」
転写されてすぐに、この世界のことは案内人から、大まかには聞いていた。
地球上ではないどこか。
もしかしたら、私たちの知る宇宙の内でもないかもしれない。
ゲームや本の中の世界なのか、はたまた死後の夢なのか、全く分からないけれど、私たちの知るどんな世界に似ているかと言えば、西洋風のお伽話や乙女ゲームの感覚に近いらしい。
国を治める王族が居て、それを守る騎士が居る。
そんな国が幾つもある世界。
モンスターなんかは出てこないけど、普通に戦争があったりもするらしい─。
元の世界と大きく変わる世界観。
戸惑うことも多いけど、全てを"リセット"した今、私に怖いものはない。
最初から1人だもの。失う"もの"もない。
さぁ、これから何をしようかしら。
お伽話なら、庶民からプリンセスにでも成りあがるところかしら。
でも、私はそんなものに興味はない。
そうね…。たった1人でいいから、"私"を愛してくれる人に出逢いたい─。
私を愛してくれる"家族"をもう一度もつことができるかしら…。
そんな風に考えを巡らせていると、アルバートが招待状のような小綺麗な封筒を私へと差し出してくる。
「これは職業紹介状と、学校への紹介状です。こちらを提示していただければ、職業の紹介または、学校への入学の手続きをしてもらえます」
お好きに選んでください。そう言って、私の手へその封筒を押し付けてくる。
「いつかどこかで、貴方の幸せな噂を聞けることを楽しみにしています」
そう言って、優しい笑みを浮かべるアルバートから、封筒を受け取ると、私も彼へと微笑み返した。
「ええ。ありがとうアルバート」
私が言うと、アルバートは「では」と言って踵を返す。
扉に手をかけ、閉める前に最後に「ご機嫌よう、ルイーズ」と一言残し去って言った。
契約に基づいたサポート。
流石アッサリしたものだ。
別に良い。
私が得たいものは、契約やお金で縛れる"もの"じゃない。
今度こそ始めよう。私の新たな人生を─。
パーカーのフードを深く被った人物が1枚の紙をテーブルに出しながら静かに告げる。
特定を避けるためだろう、眼鏡をかけ、マスクをした姿は顔もほとんど見えない。
ここへ来るまでに掴まれた手の感触と、体格、静かにかけられる声だけで、女性なのだろうと判断する。
抑揚のない声で、契約の内容を読み上げ、確認していく。
紙面に書かれたその内容は、既に一度軽く説明を受けている。
読み上げが終わった瞬間、一度確認するように私に視線を向けた彼女は、私の前に静かにペンを置いた。
この契約書にサインすれば、ようやく私は解放される。
この呪わしき"私"の人生から─。
「……ん…」
カーテンの隙間から差し込む光を感じ、私は小さく身じろぎ、薄く目を開いた。
数度の瞬きをして、時計に目をやる。
時間を確認してから、手を頭の上へ引き上げ、大きく伸びをした。
私が"ここ"に来てから3ヶ月。
もう随分私自身も"ここ"に馴染んできたと感じる。
そんな思考を巡らしながら、手早く身支度を済ませた。
カーテンを開け、外へ目を向ける。
敷き詰められた石畳みの通り。
煉瓦造りの家々。
少し先には陽に照らされて鮮やかな緑が映える。
もう見慣れた景色がそこには広がっていた。
眩しい光に目を細め、しばらく外を眺めてから、部屋を出て台所へと移動する。
ようやく慣れた台所に立ち、簡単な朝食を用意し、テーブルにつく。
1人での食事はもういつからか…
食事を済ませると、手早く片付け、荷物の確認に部屋へと…
コンコン
戻ろうとしたところで、軽いノックの音に玄関扉の方へ目を向けた。
「どうぞ」と短く返せば、ゆっくりと扉が開かれた。
紫みを含んだ暗い青色の長い髪をゆるく結び、目鼻立ちの整った、私より遥か長身の男性が姿を表す。
この3ヶ月で随分見慣れてしまった、"案内人"だ。
「おはようございます、ルイーズ」
「おはようございます、アルバート」
見た目に合った爽やかな声で挨拶する彼に、彼の方へ体ごと向け私も挨拶を返すと、それを待って彼は扉を閉め、一歩だけ歩を進め語を継いでいく。
「今日でちょうど3ヶ月です。私の契約期間は終了しますが、もう"こちら"には馴染めましたか?」
「ええ。ある程度勝手も分かるようになりましたし、"こちら"の方にも良くしていただいていますから」
にっこりと穏やかな笑みを浮かべながら話す彼は、優しく問いかけてくれる。
私も柔らかな笑みを浮かべそれに応えると、彼は安心したようにふぅっと息を吐いた。
「それは良かった。では、私は今日を以ってルイーズとの契約は終了させていただきます。ここからが、貴方の新たな人生の本番です。どうか、良き人生を…」
そう言うと、彼は貴族か何かのように手を自身の胸に寄せ、恭しくお辞儀をしてみせた。
そう、これは私の新たな人生の始まり。
日本という国で産まれ育ち、20年という時を過ごした私が、望んで"生まれ変わった"。
10歳の時に、両親と妹を一度に事故で亡くし、親類中で私の押し付け合いが始まった。
最終的に母の妹である叔母夫婦に引き取られる事になったけれど、その後の8年間は地獄だった。
父の友人だった弁護士の方が未成年後見人として、遺産及び慰謝料等の金銭の管理を申し出てくれて、叔母夫婦には養育費という形で最低限必要な金額しか渡されなかった。もちろん、その他にかかった必要経費があればきちんと申告すれば出してもらえる。
けれど、厄介者を押し付けられ、余分なお金も入らない叔母一家は、私を"家族"としては扱ってくれなかった。
暴力、暴言、実子との差別は当たり前。
本当に最低限の衣・食・住と学校へ行かせてもらえただけだった。
今から思えば、性暴力がなかったことだけは救いだった。
外聞があるからと高校までは行かせてもらえたが、私もそんな家に長く居たくはなかった。
だから、高校を卒業と同時に叔母夫婦の家を出た。
未成年後見人の方を頼り、住む場所を借り、大学の進学費用を遺産から払ってもらった。
ようやく地獄から解放され、これからようやく自分の人生を始めよう。そう思ったのに、叔母夫婦の娘、私の従姉妹が執拗に私に嫌がらせをしてきた。
挙句、厭らしい男を雇って、私を襲わせようとまでしてきた。
接触してきた彼女の厭らしい顔付きで、事に気付いた私は彼女たちから逃げ、隠れていたところを"転写屋"の彼女が助けてくれた。
そして、辿り着いた─。
今、この世界へ。
─転写─
それは元の世界の自分の存在を全て消し去り、新たな別の世界の人物として魂を写すこと。
その人の持つ資産の全てを貰い受ける代わりに、別世界に創られた"器"にその魂を転写する。
前の人生の記憶は持ったまま、全く別の身体で生まれ変わる。
資産の多さに応じて、身体的特徴や年齢、性別、転写後の生活基盤を得ることができる。
そうして手に入れた。この"器"を─。
ルイーズ・クリスティ。
16歳。
深紅のウェーブのかかった、胸の辺りまで伸びた髪。
すみれ色をした瞳。二重の大きな目。
高く整った鼻筋。
薄く綺麗な唇。
16歳なりに、出るところが出て、くびれるところのくびれた、理想的な体型。
随分と見目の良い"器"を手に入れた。
「ありがとう、アルバート」
恭しくお辞儀をするアルバートにお礼を言うと、彼はゆっくりとした動作で上体を起こした。
それを確認してから私は言葉を続ける。
「この後は"前の人生"でなれなかった分、必ず幸せな人生にしてみせるわ!"新しい私"、ルイーズ・クリスティとして」
転写されてすぐに、この世界のことは案内人から、大まかには聞いていた。
地球上ではないどこか。
もしかしたら、私たちの知る宇宙の内でもないかもしれない。
ゲームや本の中の世界なのか、はたまた死後の夢なのか、全く分からないけれど、私たちの知るどんな世界に似ているかと言えば、西洋風のお伽話や乙女ゲームの感覚に近いらしい。
国を治める王族が居て、それを守る騎士が居る。
そんな国が幾つもある世界。
モンスターなんかは出てこないけど、普通に戦争があったりもするらしい─。
元の世界と大きく変わる世界観。
戸惑うことも多いけど、全てを"リセット"した今、私に怖いものはない。
最初から1人だもの。失う"もの"もない。
さぁ、これから何をしようかしら。
お伽話なら、庶民からプリンセスにでも成りあがるところかしら。
でも、私はそんなものに興味はない。
そうね…。たった1人でいいから、"私"を愛してくれる人に出逢いたい─。
私を愛してくれる"家族"をもう一度もつことができるかしら…。
そんな風に考えを巡らせていると、アルバートが招待状のような小綺麗な封筒を私へと差し出してくる。
「これは職業紹介状と、学校への紹介状です。こちらを提示していただければ、職業の紹介または、学校への入学の手続きをしてもらえます」
お好きに選んでください。そう言って、私の手へその封筒を押し付けてくる。
「いつかどこかで、貴方の幸せな噂を聞けることを楽しみにしています」
そう言って、優しい笑みを浮かべるアルバートから、封筒を受け取ると、私も彼へと微笑み返した。
「ええ。ありがとうアルバート」
私が言うと、アルバートは「では」と言って踵を返す。
扉に手をかけ、閉める前に最後に「ご機嫌よう、ルイーズ」と一言残し去って言った。
契約に基づいたサポート。
流石アッサリしたものだ。
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