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第一章〜幼年期編〜
帰還
しおりを挟む暗殺者を警察に引き渡した翌日、俺はリンと共に退院し、今は病院の玄関先まで見送りに来てくれたルカと話をしていた。
「退院おめでとうございます、御二人とも。生憎ミラは別件で手が塞がっていて、僕だけですが」
「いえ、こうしてお見送り頂き感謝致します。リン共々お世話になりました、この御礼は何れ必ず」
「はい、その日を楽しみにしていますね?」
王族としての社交辞令だが、ミラやルカが時間が取れるなら俺としては本当にパーティを開いても良い。帰ったらフリードリヒやユリウスの爺さんに頼んでみるのも良いだろう。
レオナやエステル、ジャック達3兄妹も招いて楽しいパーティを開きたい、と。
「アンナ様、そろそろ…」
「えぇ、…そうだ、一つだけアドバイスを」
「何でしょう…?」
リンに促される形でノワール国のポータルまでの送迎車に乗る前にルカの耳許迄唇を近付け囁く。
「…ルカはルカ、私が貴方になれないようにルカはルカにしかなれないのです、…それだけは忘れないでくださいね」
「アンナ……えぇ、分かりました。…僕からも一つ」
「…?何でしょうか?」
「医師として患者の情報を口には出来ませんが、昨日いらっしゃってたエステルという方、偏にアンナを心配してお見舞いに来ていただけかと」
「……なるほど、医師としての意識が高いルカがそう言うという事はそうなのでしょう、ありがとうございます。…それでは、また」
つまり、病院にはエステルの父親自体は居るがエステルが見舞いに来る程ではない、或いは足繁く通う程ではない、といった所か…この辺りは問い詰めるつもりはないが、俺を案じて態々顔を見に来てくれた事は少し嬉しい気がする。
「アンナ様?笑顔を浮かべて……そんなに帰りたかったのですか?申し訳ありません…私が早く退院出来ていれば…」
「いえ、リンは悪くありませんよ。…その、そんなに笑顔でしたか?」
マジか、自分じゃ表情なんて分からんが…気を付けとくか。
◆❖◇◇❖◆
アンナ達が去り、昼時になりルカは中庭でサンドイッチを頬張りながら木を見上げ、そんな彼をミラは不思議そうに見つめていた。
「………」
「ルカ様ー、どうかしましたか?」
「いえ、なんでもありません…ただ、僕は僕で居て良いのかな…と」
「んー?私にとってはルカ様はルカ様ですよ。他の誰でもないです」
そう、アンナもミラも最初からルカの事はルカ、という個人としてしか見ていなかった、ルカ自身が両親や祖父といった先達が成した偉業に押し潰されそうになり、自分自身を見ていなかっただけだ。
だが、昨日アンナやミラが見せた等身大の自分が出来る事を成す、その当たり前だが大事な事を傍で見た結果、ルカは自分が自分にしか成れない事を悟った。結果的に雨降って地固まる、というやつだろう。
「…ミラ…ありがとうございます」
「変なルカ様…でも、久しぶりに見ました、ルカ様の笑顔!」
「そういうミラも…何か良い事がありましたか?」
「えへへ…私、尊敬出来る人が出来たんです!何時かその人みたいに強くなりたい…って思える位の人です!」
「おや、奇遇ですね、僕もですよ」
「そうなんですね!はぁ…また逢いたいなぁ…」
「…そうですね、僕も逢えるのが楽しみです」
お互いに尊敬出来る人物が出来た、その人物にまた逢いたい、2人の研修医は自然と笑顔を浮かべ隣同士寄り添った。
◆❖◇◇❖◆
場所は変わり、某国の地下牢。アンナに敗れた暗殺者はどういった取引があったのかはさておき、この地下牢に入れられ、その国の主と話をしていた。
「で、失敗したという訳か…?」
「…言い訳はしない、ただそっちの情報が古かったのも事実だ、提供された情報にはターゲットが結界術を使うなんていう情報は無かったしな」
「………暗殺者風情が、…まぁ良い。仕留める機会は幾らでもある、幸い聖女候補は無事だったようだしな」
「ターゲットを始末する為だけに、聖女候補を使い潰すつもりで、然も友好国の王子と、その婚約者まで殺せと命じた人間の言う言葉だとは思えんな」
「ふん、…貴様の才能を見出してやったのが誰か、努々忘れるなよ」
「…さて、久しぶりにガキ共の顔でも見に行くかね」
こんな牢屋なんて事は無いと暗殺者は笑う、その笑顔は血に飢えた獣、というよりは護るべきものを護る“母”のような顔をしていた。
◆❖◇◇❖◆
ポータルまでの送迎車に揺られ、時刻は午後3時。俺達を迎え入れてくれたのは3人の小さなメイド見習いと、全てのメイドを統括するメイド長であった。
「「おかえりなさい!アンナ様!」」
「おかえり…アンナさま」
「ただいま、3人とも…変わりはありませんか?」
「「はい!」」
「シュリのおば「ん~?」っ…シュリの姉ちゃんの扱きが大変だけど、なんとか…」
「そうですか…シュリ、子供達の世話をしてくれてありがとうございます」
「いえいえー、こう見えてメイド長ですから~」
「お疲れですよね、お風呂が湧いていますが如何なさいますか?」
アリスは3人の中でも一番しっかりしているが、それ故に適度にガス抜きをしてやらないといけない、…此処は妹に使っていた手を使うとしよう。
「そうですか、…なら、たまには一緒に入りますか?」
「え、で、でもまだお仕事が…」
「んー…良いんじゃない?アンナ様の命令なら~」
「…甘えて良い?」
「甘えたい…です」
「お前らなぁ…」
「ふふ、なら一緒に入りましょうか?久しぶりに甘やかしたいですから」
シュリが能天気に笑い、ミモザが小動物宛ら擦り寄り、アリスがぽつり、と本心を吐露し、エミルが呆れたような、照れているような表情を浮かべる。
こうして、俺は少し長く離れていた帰るべき場所へと帰還した。
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