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月と桂
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「あ……もう出てる」
「何がだっけ?」
「ほら、キンモクセイの、限定の」
「ああっ! えっ、もうそんな季節?」
気付かなかった。不覚!
キンモクセイの香りは、好き。
毎年、夏の終わりの頃になると、デパートとかバラエティショップでたくさん見かける。
ママに「キンモクセイ、いいよね」って前に言ったけど。ママは「ばあちゃん家のトイレの芳香剤のイメージしかないなぁ」って。
悪気は全然ないと思うけど、なんかちょっとムカついて、ママの大切にしてる高い香水を、ファブリーズみたいに部屋で十回シュッシュした。私には、ママの香水の方が変なにおいだよ、お線香みたいで。って思った。
「美月、キンモクセイ、好きなんだ」
ちょっとだけ……、いや、結構嬉しい。このかわいい同級生、大好きな友だちの美月と、センスがおんなじだって事が。
私は小学生くらいの頃から、キンモクセイの香りが好き。
去年は初めてのバイト代で、ヘアミルクやら、ボディクリームやら、色々買ってしまった。限定品が多いから、使い終わるとリピはできなかったけど。
私の髪は湿気をよく吸うふわふわの毛質で、しかも結構長いから、ヘアミルクは何本か買っとこうって思ったんだった。
「うん。昔は良さが分かんなかったけど」
美月は、キンモクセイコーナーのアイテムを吟味する。ここのお店は大きいから、品数も充実している。
「ほう。私は結構、昔から好き。おばあちゃん家的な」
ばあちゃん家のトイレの芳香剤……。ママが変な事いうから、思い出しちゃったじゃん。くそー。
私は、テスターの小さな黄色い香水を手首にスプレーする。いい香り。全然、トイレの芳香剤じゃないし。
美月はおばあちゃん家か、なるほど、なるほどと言いながらレジへ向かう。
「今年は私、どこのやつにしようかな。色んなブランドから出てるから、ちょっとずつ香りが違って楽しいんだよねえ」
お店を出て、並んで歩く。
美月は、前を向いたまま言う。
「キンモクセイのはね。去年から好きになったの」
「へえ? 去年。いいね。大学入って、目覚めたんだ」
私たちは、大学の同級生。
学籍番号が前後ろで、すぐに仲良くなった。
美月はかわいくて、頭良くて、大好き。まつ毛が長くて、ふとした時、本当に美少女だなあって思う。
「すっごくいい匂いで、好きになっちゃった……かも」
「かもて」
そこは、好きになっちゃった、えへ、でいいじゃん。可笑しくなる。ヘンな言い方。かわいいなあ。
「桂の髪の毛が、隣で、すっごくいい匂いだから」
「髪の毛? あ、ヘアミルクかな。私の髪、水分吸うから。ほわほわパサパサしちゃうから、結構つけてたの」
おかげで、すぐ使い切っちゃったよ。そう続ける私の方を見ないで、美月は言う。
「いい匂い、するし。好きになっちゃった」
「髪の毛? それとも、私? なんてね。へへ」
笑ってしまってから、美月の声が、小さくなってる事に気付く。歩くのも、ちょっとだけ早い。いつもより。
後ろから見える、耳が赤い。小さい声が続ける。
「好きになっちゃったんだもん……」
「おぁ……」
わ……私だったぁ……。
「だ、だから、これ。桂は髪の毛ふわふわで、いい匂いで、かわいいから。ヘアミルク……。キンモクセイの。これ、つけて」
えっ。
美月は、さっきのお店のお買い物袋を私に押し付ける。
「そんな、そんな、誕生日でもないのに。悪いよ。これ、超いい香りじゃん。自分で使いなよ」
美月は、首を横に振る。耳だけじゃなくて、ほっぺも赤い。
「これだけじゃ、違うの。足りないって言うか」
「足りない?」
「か……桂の髪の毛からするキンモクセイの匂いが、好きなの。混ざって、ふわっとして、すごく……いい匂いになるから」
こ……この! かわいすぎるだろ!
なんて返したらいいか分からなくて、私はカキーンと固まる。多分、私も真っ赤になっている。
通路の真ん中で固まる私を、よいしょ、と端にずらして、美月は顔を近付ける。
「桂とキンモクセイの混じった匂いで、秋になるの」
し……詩人? なんかもう、なんて答えたらいいか分からない。
「明日から、つけてね。秋にして。……それじゃ、また明日」
美月は耳を真っ赤にしたまま、エスカレーターを駆け降りていった。
とんでもねぇ……重責。私が、キンモクセイと一緒に、美月の秋になる。
私は美月からもらったお買い物袋を握りしめる。
どきどきして体温が上がっちゃったのか、手首に付けたキンモクセイの香水の香りがふわっと立ち上った。
「何がだっけ?」
「ほら、キンモクセイの、限定の」
「ああっ! えっ、もうそんな季節?」
気付かなかった。不覚!
キンモクセイの香りは、好き。
毎年、夏の終わりの頃になると、デパートとかバラエティショップでたくさん見かける。
ママに「キンモクセイ、いいよね」って前に言ったけど。ママは「ばあちゃん家のトイレの芳香剤のイメージしかないなぁ」って。
悪気は全然ないと思うけど、なんかちょっとムカついて、ママの大切にしてる高い香水を、ファブリーズみたいに部屋で十回シュッシュした。私には、ママの香水の方が変なにおいだよ、お線香みたいで。って思った。
「美月、キンモクセイ、好きなんだ」
ちょっとだけ……、いや、結構嬉しい。このかわいい同級生、大好きな友だちの美月と、センスがおんなじだって事が。
私は小学生くらいの頃から、キンモクセイの香りが好き。
去年は初めてのバイト代で、ヘアミルクやら、ボディクリームやら、色々買ってしまった。限定品が多いから、使い終わるとリピはできなかったけど。
私の髪は湿気をよく吸うふわふわの毛質で、しかも結構長いから、ヘアミルクは何本か買っとこうって思ったんだった。
「うん。昔は良さが分かんなかったけど」
美月は、キンモクセイコーナーのアイテムを吟味する。ここのお店は大きいから、品数も充実している。
「ほう。私は結構、昔から好き。おばあちゃん家的な」
ばあちゃん家のトイレの芳香剤……。ママが変な事いうから、思い出しちゃったじゃん。くそー。
私は、テスターの小さな黄色い香水を手首にスプレーする。いい香り。全然、トイレの芳香剤じゃないし。
美月はおばあちゃん家か、なるほど、なるほどと言いながらレジへ向かう。
「今年は私、どこのやつにしようかな。色んなブランドから出てるから、ちょっとずつ香りが違って楽しいんだよねえ」
お店を出て、並んで歩く。
美月は、前を向いたまま言う。
「キンモクセイのはね。去年から好きになったの」
「へえ? 去年。いいね。大学入って、目覚めたんだ」
私たちは、大学の同級生。
学籍番号が前後ろで、すぐに仲良くなった。
美月はかわいくて、頭良くて、大好き。まつ毛が長くて、ふとした時、本当に美少女だなあって思う。
「すっごくいい匂いで、好きになっちゃった……かも」
「かもて」
そこは、好きになっちゃった、えへ、でいいじゃん。可笑しくなる。ヘンな言い方。かわいいなあ。
「桂の髪の毛が、隣で、すっごくいい匂いだから」
「髪の毛? あ、ヘアミルクかな。私の髪、水分吸うから。ほわほわパサパサしちゃうから、結構つけてたの」
おかげで、すぐ使い切っちゃったよ。そう続ける私の方を見ないで、美月は言う。
「いい匂い、するし。好きになっちゃった」
「髪の毛? それとも、私? なんてね。へへ」
笑ってしまってから、美月の声が、小さくなってる事に気付く。歩くのも、ちょっとだけ早い。いつもより。
後ろから見える、耳が赤い。小さい声が続ける。
「好きになっちゃったんだもん……」
「おぁ……」
わ……私だったぁ……。
「だ、だから、これ。桂は髪の毛ふわふわで、いい匂いで、かわいいから。ヘアミルク……。キンモクセイの。これ、つけて」
えっ。
美月は、さっきのお店のお買い物袋を私に押し付ける。
「そんな、そんな、誕生日でもないのに。悪いよ。これ、超いい香りじゃん。自分で使いなよ」
美月は、首を横に振る。耳だけじゃなくて、ほっぺも赤い。
「これだけじゃ、違うの。足りないって言うか」
「足りない?」
「か……桂の髪の毛からするキンモクセイの匂いが、好きなの。混ざって、ふわっとして、すごく……いい匂いになるから」
こ……この! かわいすぎるだろ!
なんて返したらいいか分からなくて、私はカキーンと固まる。多分、私も真っ赤になっている。
通路の真ん中で固まる私を、よいしょ、と端にずらして、美月は顔を近付ける。
「桂とキンモクセイの混じった匂いで、秋になるの」
し……詩人? なんかもう、なんて答えたらいいか分からない。
「明日から、つけてね。秋にして。……それじゃ、また明日」
美月は耳を真っ赤にしたまま、エスカレーターを駆け降りていった。
とんでもねぇ……重責。私が、キンモクセイと一緒に、美月の秋になる。
私は美月からもらったお買い物袋を握りしめる。
どきどきして体温が上がっちゃったのか、手首に付けたキンモクセイの香水の香りがふわっと立ち上った。
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