ビーズとシーグラス

下野 みかも

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シーグラスのヘアゴム

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 あぁ……毎日、息が苦しいな。
 好きな人にはきっと、想いは届かない。
 就活だって、終わりがないし。
 お兄ちゃんは、県職員になった。
 お姉ちゃんは、地元の上場企業。
 私だけ、決まらない……。
 二人は、頭、いいから。
 私、十歳の頃、海に落っこちて、岩で頭を打ったから。だから、ばかなんだ。じわっと、涙が出てくる。
 長すぎる就活。食欲なくて、リクルートスーツ、ゆるくなっちゃった。
 もう、秋なのに。周りの子達はとっくに就職決まったり、親から「就職しなくていいよ」って、言われてるのに……。


 色んなことがものすごく嫌になって、車で海に来た。
 子供の頃、家族で来た海。小さな、狭いビーチ。 私はリクルートスーツのまま岩場に座って、ぼーっと海を見る。
「こんにちは」
「わっ」
 海の中から、女の子に話しかけられる。地元の小学生かな。わお、胸、出てますけど……。野生児だ。
「えへへ……。これ、おぼえてる?」
「な、何。この辺の子? こんな所で泳いで、ここ、禁止だよ。それに、寒いでしょ」
 女の子は、くすくす笑う。
「きんしだよ。おもしろい。きんしだよ。まえもいってたね」
「お、面白い? 前? 誰かと、間違えてるかな。お友達とか、お父さんお母さん、近くにいるの?」
 女の子は、首をかしげる。
「ひとりだよ。おともだち、あなた」
「お友達……」
 すぐに、お友達って言っちゃうタイプの子なのかもしれない。 
 小・中学生くらいに見えるけど、見た目より、だいぶん幼い雰囲気で喋る。
「これ、おともだちでしょ」
 手首に付けた、ビーズのブレスレットを見せてくる。 子供が手作りでやりそうな、ちゃちなビーズ。魚、イルカ、貝殻、お星様、ハート……。自慢気だ。
「それ、こうかんでしょ」
 女の子は、私の携帯電話のストラップを指差す。子供の頃、気に入っていたヘアゴム。丸っこい、プラスチックじゃない、色とりどりのきらきらがついている。ガラスかな。どこで買ってもらったのか全然覚えてなかったけど、すごく気に入っていた。
「交換? 交換したいの?」
 女の子は、首をぶんぶん振る。
「こうかんでしょ。あなたがあげたから、わたしが、あげたでしょ」
「私が、あげたの? だから、あなたが、このきらきらをくれたって事?」
 嬉しそうに、頷く。
「おともだち、まってたの」
 女の子は、続ける。
「おともだち、わたしがおいでっていったら、おちちゃったでしょ。あたま、ごっちんして……」
「頭、ごっちんして」
 十歳の頃、海で。岩場に、頭をぶつけて。
「ごめんなさいが、したくて。まってたの」
「待って……。十二年も、前だよ。あなたは……」
 ぱしゃん、と水音がする。女の子の……尾びれが見えた。
「ごめんなさいって、したかったの。あと、すごいのくれて、ありがとうって」
 私はリクルートスーツのまま、岩場を降りる。 
 携帯電話を握りしめて。 
 女の子は、ぱちぱちと拍手する。
「おりるの、じょうずになったね」
 何でか、涙が出てくる。
「上手になった……? ふふ。ありがとう」
「あのね、まってたの。あたまごっちんして、いたかったね。ごめんね。こうかん、ありがとう。これ、たからものなの」
 宝物……? この、ビーズのブレスレットが?
 女の子は、私のパンプスを撫でる。5センチヒール、すり減って、歩くとカツカツ鳴ってしまう、黒のパンプス。
「おもしろいね」
「あなたの尾びれは、素敵だよ」
 二人で、ふふっと笑う。
「ね、ずうっと、待っててくれたの?」
 女の子はまた、頷く。
「おともだち、あいたかったの。また、おはなししたかった。あなたは、ちのにおい、にくのにおい、かなしいにおいがしない……」
 血の匂い、肉の匂い? 何だろう。
 あ、もしかして。
「私、お魚、食べたことない。だからかな?」
 自己満足だし、何の意味もないって分かってる。だけどお魚食べるのは、昔から、なぜだかかわいそうで。
 女の子は、にこにこになって頷く。
「おともだちも、きっとにんぎょなんだよ。いっしょだね」
「ふふ。一緒だね」


 暗くなるまで、二人で話した。かわいい女の子の、人魚と。
「あーあ、帰りたくないな。どうせ就職、決まんないし。好きな子は、女の子だし。どうせ、幸せになんかなれないんだ」
 彼女は、私のスカートを引っ張る。
「なれるよ」
「なれないよ。私、向いてない。この世に」
 こんな事言っても、しょうがないのに。帰るのが、本当にいやだ……。
 涙が、ぼろぼろ出てくる。
「じゃあ、にんぎょになろ。わたしと、いこ」
「……ふふ。そしたら、毎日楽しいね」
 小さい子に、気を遣われて。恥ずかしい。
 彼女は私の頬に、キスをする。涙を舐める。
「なれるよ。まず、おさかな、たべたことないでしょ。 それに、なみだが、うみのあじ。おともだちは、だから、にんぎょです」
「何それ……。涙は皆んな、しょっぱいんだよ」
 彼女は、私のリクルートスーツのラペルを引っ張る。 私はそのまま、海に落ちる。
「おともだちは、にんぎょです」
「もう、人魚でいいや。一緒に、いってみようかな」
 手を引かれて、海の中へ、潜っていく。 


 目が覚めたら、そこに、彼女がいた。
「ほらね。にんぎょだよ」
 信じられない。私の下半身、おへそは……ある。腰骨の下から、お魚みたいになっている。上半身は、ブラウスとジャケットを着たまま(そんな人魚、フィクションでも見たことはない……)。
「ふふ……。人魚だ。すてき」
「うみは、おもしろいよ。うみのそこ、きらきらがらす、おちてるから。いっしょにさがそう。いっしょなら、たくさんみつけられる」
 彼女は、私の手をぎゅっと握る。
「にんぎょは、おもしろいけど、さみしかったよ。ママがしんだら、ひとりぼっち。おともだち、ずうっとまってたよ」
 私の胸元に、すりすりする。ずうっと、待ってたの? 就活、どこからも必要とされなくて、女の子が好きって、誰にも言えなかった私を?
「ねえ、人魚さん。お名前、何ていうの?私は、夕海ゆうみだよ」
「ゆーみ。にんぎょのなまえは、かわいこちゃんだよ。ママは、そうよんでたよ」
 かわい子ちゃん。 
 彼女のママは、とってもとっても、可愛がってたんだ。
「ふふ。じゃあ、長いから、かこちゃん。かこちゃんって、呼んじゃおうかな」
「かこちゃん? かこちゃん! かわいい、かわいい」
 かこちゃんは、私の周りをくるくる回る。
「これ、たからもの」
 また、ブレスレットを見せてくれる。もう色褪せた、プラスチックのビーズ。
「ゆーみのたからもの」
 私の携帯電話。ストラップにした、きらきらのヘアゴム。一緒に海の底へ、持ってきてくれたんだ。
「ゆーみは、かこちゃんの、あたらしいたからもの」
 かこちゃんはそう言って、私に抱き付く。
「かこちゃんは、夕海の、新しい宝物」
 私も、ぎゅっとする。


 暗い海の底は、暑くもなく、寒くもない。お腹も空いてるのか、分からない。私が生きているのか、死んでいるのかも。
 だけど、心は満たされてる。
 就活、八十社も落ちて。生きてる価値ないって、言われてるみたいだった。
 好きな子には、好きって言えなくて。だって、女の子が好きだなんて、言えない。困らせたくない。
 かこちゃんは、待っててくれた。十二年も、私を。
 かこちゃんが見つけた、宝物。私が、宝物。
 その宝物を、私だって大切にする。これから、ここで。
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