魔法香る街へようこそ!

吉野茉莉

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第一話「日常と残り香」

第一話「日常と残り香」2

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 教室には、クラスメイトが一人先に来ていて、席に座って本を読んでいた。ちらりとこちらを見て、ふっと息を吐いたかと思うと、また本に目を戻す。

「おはよう、リリー」

 いつものことだ。

ためいき混じりで私があいさつをする。

 ていねいにとかされた細い金髪が前に垂れ顔を覆い隠していたので、その表情は読み取れない。

「おはよう。仲がいいのね、お二人さん」

 腰まで伸びた髪に青いカチューシャをしている。

 彼女はリリー、街で一番大きなお屋敷のお嬢様で、昔からこんな感じで周囲を寄せつけようとしないオーラを出している。勉強はクラストップに出来るし、運動だって男子顔負けだ。

 おまけに美人ときている。何もかも私と差があることくらいはこの歳だからわかっている。

「今日も朝からお勉強か、リリー?」

「放っておいてちょうだい」

 茶化すようなユーリに、リリーが返す。

 ただ残念なのがこのつっけんどんな性格で、このおかげであまり友達はいない。本人も友達を欲しがっているようには見えない。その時間があるなら一冊でも本を読み進めたい、と思っているようだった。

 リリーは来年街の外、都会へ行くのだろう。そのために毎日勉強をしているのだ。

「そうだリリー、大時計の話知ってるか?」

「なにそれ」

「ほら、教会の時計がおかしくなっちゃったんだ。たぶん、残り香だろうって噂」

「残り香?」

「なんだ知らないのか。残り香っていうのは……」

「知っているわよ、それくらい」

「ならいいよもう」

 ユーリが手をひらひらとさせてさじを投げ自分の席に座る。私もそれにならって席に着こうとした。

「それで」

 珍しくリリーが話を続けようと顔を上げた。はっきりとした目鼻立ちで、私なんかとは大違いだ。青みがかった瞳で力強く私たちを見る。

「他には?」

「他?」

「他にも残り香があるんじゃないの?」

 リリーの問いかけにユーリが首を傾げ、はっとした顔で手を一度叩いた。

「え、ああ、そうだった。誰も使ってない加工場が、一晩中明りがついていたって」

「それは北西の?」

「ああ、そうだよ」

 街の北西には昔の魔法石の加工場が残っているが、今は利用する人もいないので廃墟になっているのだ。私たちよりも年下の子どもたちは肝試しとしてそこに行っているらしい。そういう私も何年か前にユーリと行ったことがある。

「あと、なんだっけ、鉱山の方で大きな音が何度もしていた、っていう人もいるらしいけど、これはよくわかんないな」

「そう、そうなの」

「どうしたの? 何か気になるのリリー?」

 あまりにも滅多にないことなので、リリーに聞く。

「え?」

「だって、そんなのあまり気にしそうにないから……」

「……」

 無言で、リリーは言いあぐねているようだった。

「いや、やっぱり何でもない。忘れて」

 ぷい、と顔をそむけてリリーがまた下を向く。

 ガヤガヤと他のクラスメイトがやってきて、話はそれで打ち切りになった。
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