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エピローグ「魔法使いの弟子」
エピローグ「魔法使いの弟子」
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次の日。
私は右手に竹で編まれた小さなバスケットを持って、学校へ向かう道を歩いていた。昨日の魔法石は、おばあちゃんのお守りの中に入っている。
街のいろんな場所で、昨日の騒ぎの片づけに追われていた。
なにせ街にあるものたちが自由気ままに動き出してしまったのだから、道までおもちゃや仕事道具が散らかっている。
それがかえって、街が活気づいているようにも思えた。
面倒くさそうに見えても、どこか生き生きと街の人たちが声をかけあったりしながら愚痴をこぼして掃除をしている。
街自体が半周してしまったことも、大人たちは『魔法の残り香』ということで納得しているみたいだった。わかってももう半周回せる方法がないのだから、仕方ないと思うしかないのだろう。
我が家で気にしているのは、もっぱら洗濯物を干す場所をどうしようか、というものくらいだった。太陽の当たる場所が反対になってしまったので、他の家でも同じように困っていることだろう。
それ以外は、街に暮らす人にはそれほど影響はないみたいだった。自分の家だけならともかく、街ごと動いたから、街の中を歩く分には問題ないのだ。
街が周ってしまった本当の理由は、私たち四人しか知らない。
私たちだけの秘密だ。
そう思うと、なんだか楽しくなってくる。
今日、学校は休みになっていた。子どもも総出で家の片づけをしなければいけないからだ。私の家は被害が少なかったのと、どうせこんな日にケーキを買いに来るお客さんはいないんだからついでに模様替えもするわ、とはりきるお母さんのおかげで私は自分の部屋を適当に掃除するだけで済んだ。
学校へ行くのは、何となく街を見物したかったのと今のうちに教室の片づけをしておくのも悪くないかな、と思ったからだった。
それともう一つ。
教室に入り、まるで当たり前のように座っている銀髪の少年を見つける。
「カルミナ!」
彼はぼんやりと手元の本を読んでいた。ガレットが横の机に乗って、やっぱりのん気に伸びをしていた。
「どうしたんだい? お嬢さん?」
私の声に驚くでもなく、カルミナはゆっくりと本を閉じて顔を上げる。
「もう、いなくなっちゃったんじゃないかと思って……」
私はカルミナが荷物をまとめて街の外へ行ってしまったかもしれないと思っていた。
もしかしたら、荷物を取りに学校に立ち寄るかも、と期待して私は学校へ来たのだ。
「いなくなったら、君はさみしい?」
この街の誰よりも年上の魔法使いは、優しく、少しだけ意地悪に微笑んだ。
「ば、馬鹿! そういうことじゃないけど!」
顔がかあっと熱くなってしまうのを左手で隠す。
「そう、それなら良かった」
「お、やっぱりいたか」
背後から声がして、肩がびくっと震える。
「ユーリ」
「よう」
「なんで学校に?」
「そういうニーナも。まあ、大体考えることは一緒みたいだな」
ユーリが親指で自分の後ろを指した。
「みんな、ずいぶんお暇さんなのね」
「リリー」
リリーがいつもの調子で立っていた。
「ユーリもリリーも、片づけはどうしたの?」
「ああ、俺の家は元からごちゃごちゃだから別にいいんだよいまさら。それに師匠の手伝いも明日から、街のみんなが直してくれってたくさんもってくるだろうから、今日は身体を休めておけってさ」
「私の家は、お手伝いさんがすべて片づけてくれるから」
「そういうこと。で、ニーナも、目的は同じなんだろう?」
ユーリがそう言って、カルミナを見る。リリーもユーリの横に立ってカルミナを見ていた。
三人に見つめられて、カルミナは席を立つ。
身長も体つきも、私たちとそれほど違いはない。
私と同じ色のその黒い瞳だけが、時間の流れを感じさせていた。
「僕は街を出るべきだ」
カルミナが言う。
「でも、誰も言わないよ!」
私の言葉に、ユーリもリリーもうなずく。
カルミナの正体を知っているのは、この三人だけだ。
「僕は永遠にこのままだ。歳も取らないし、死ぬこともない。だから、魔法使いかどうか関係なく、一箇所に留まるわけにはいかない」
「そんな……」
「でも、そうだね」
彼が続ける。
「この街にはまだ秘密がありそうだ。それにまだ魔法の影響が強く残っている。昨日のようなことがまた起こらないとは限らない。なにより、昨日僕が言った通り、僕は街が浮かび上がるという事象そのものの『時』を魔法で止めたに過ぎないから、いつ魔法が解けて動き出すのか正直なところわからないんだ。当面は大丈夫なのは僕が保証するけれど、数か月か、数年か、あるいは数十年か、放っておけばまた同じことを繰り返すことは間違いない」
「え、それじゃあ……」
「もうしばらく、この街にいようと思う」
ユーリもリリーも、顔が明るくなっていくのがわかった。
「そこで一つ相談がある」
カルミナが指を立てる。丸まっていたガレットがぴょんと、カルミナの机の前に跳び乗った。
「もちろん、正体は誰にも言わない」
ユーリが胸を張って答えた。
「それは当然。そんなことをしたら僕は君たちをカエルに変えないといけないからね」
表情を変えないので、冗談なのか本気なのかわからない。
「そう、もし君たちにやる気があるなら、だけど」
もったいぶって、カルミナがゆっくりしゃべる。
「僕がいなくなったあと、この街で起こる魔法関連に対処できるようになったらどうかな。幸い君たちはそれぞれ素質があるようだから」
「それって」
「魔法の修行をしてみないかい?」
「えっ?」
思わず声をあげる。
「どうかな」
カルミナが肩をすくめる。
私は二人と顔を見合わせる。何も言わなくても、ユーリもリリーも言葉は決まっているようだった。
「もちろん!」
私が答え、
「当たり前だ」
ユーリが答え、
「こちらこそ」
リリーが答えた。
「じゃあ、決まりだね」
カルミナが軽く返す。
「ところでニーナ、さっきから気になっていたのだけどその右手のは何かしら?」
「あ、すっかり忘れていた」
リリーに言われて、右手に重さがあるのを思い出す。
バスケットを持っていたのだった。
「もしカルミナに会えたら渡そうと思っていたんだけど、人数分はあるから今食べちゃおうか」
バスケットに被せてあった白い布をめくる。
「イチゴのケーキ。自信作だよ」
中には、ホールのケーキが入っていた。生クリームでデコレーションされて、その上に赤い粒が均等に並んでいる。スポンジの中にも同じく粒がぎっしりと詰まっている。
「これがイチゴ、なのかしら?」
「初めて見た」
「僕は五十年振りに見た」
昨日のイチゴを夜にお母さんに見せると、お母さんも小さい頃に一度食べたきりだと言ってとても喜んでいた。それで二人で散らかった家の片づけもせずに、厨房でケーキを作りはじめたのだ。
イチゴは裏庭に植え直されている。
お店に出せる量は作れないだろうけれど、まだ少しは実がなりそうだった。
「どうせならうちに来ない? 紅茶も用意できるけれど」
「ほんとに!?」
リリーの提案に飛びつく。
そうだ、ケーキには紅茶がなくては始まらない。
「そうと決まれば話は早い。リリーの家に行こうぜ」
「リリーの家で秘密のお茶会をしなきゃ」
「秘密という響きが素敵ね」
「僕は真剣に言ったつもりなんだけど」
「それはそれ! これはこれ!」
苦笑いするカルミナをよそに三人は盛り上がる。
「わかったよ、でもその前に一応儀式をしておかないと」
「儀式?」
「簡単なもの。それじゃ、前に手を前に出して」
カルミナが右手を出す。
少し戸惑ったあと、私、ユーリ、リリーとその手の上に右手を置く。
最後に、器用にガレットが立ちあがって前足を置いた。
「ここで三名が魔法使いへの扉をくぐることを、先人たる魔法使いカルミナが承認します。生徒は不断の努力を、教師は不断の忍耐を、誓います」
しん、と教室が静まりかえる。
「誓います、と」
ぼそっとカルミナが私たちに言う。
『誓います』
慌てて、三人がばらばらに返した。
「我々に、祝福多からんことを」
おまじないのように、カルミナがつぶやく。ガレットが呼応するように、にゃあと鳴いた。
「これでよし、と。では行こう」
カルミナが手を下ろすのと同時に、ガレットがカルミナの肩に乗る。
「よろしく、魔法使い見習いたち」
四人はお互いに顔を合わせて、小さく笑った。
私は右手に竹で編まれた小さなバスケットを持って、学校へ向かう道を歩いていた。昨日の魔法石は、おばあちゃんのお守りの中に入っている。
街のいろんな場所で、昨日の騒ぎの片づけに追われていた。
なにせ街にあるものたちが自由気ままに動き出してしまったのだから、道までおもちゃや仕事道具が散らかっている。
それがかえって、街が活気づいているようにも思えた。
面倒くさそうに見えても、どこか生き生きと街の人たちが声をかけあったりしながら愚痴をこぼして掃除をしている。
街自体が半周してしまったことも、大人たちは『魔法の残り香』ということで納得しているみたいだった。わかってももう半周回せる方法がないのだから、仕方ないと思うしかないのだろう。
我が家で気にしているのは、もっぱら洗濯物を干す場所をどうしようか、というものくらいだった。太陽の当たる場所が反対になってしまったので、他の家でも同じように困っていることだろう。
それ以外は、街に暮らす人にはそれほど影響はないみたいだった。自分の家だけならともかく、街ごと動いたから、街の中を歩く分には問題ないのだ。
街が周ってしまった本当の理由は、私たち四人しか知らない。
私たちだけの秘密だ。
そう思うと、なんだか楽しくなってくる。
今日、学校は休みになっていた。子どもも総出で家の片づけをしなければいけないからだ。私の家は被害が少なかったのと、どうせこんな日にケーキを買いに来るお客さんはいないんだからついでに模様替えもするわ、とはりきるお母さんのおかげで私は自分の部屋を適当に掃除するだけで済んだ。
学校へ行くのは、何となく街を見物したかったのと今のうちに教室の片づけをしておくのも悪くないかな、と思ったからだった。
それともう一つ。
教室に入り、まるで当たり前のように座っている銀髪の少年を見つける。
「カルミナ!」
彼はぼんやりと手元の本を読んでいた。ガレットが横の机に乗って、やっぱりのん気に伸びをしていた。
「どうしたんだい? お嬢さん?」
私の声に驚くでもなく、カルミナはゆっくりと本を閉じて顔を上げる。
「もう、いなくなっちゃったんじゃないかと思って……」
私はカルミナが荷物をまとめて街の外へ行ってしまったかもしれないと思っていた。
もしかしたら、荷物を取りに学校に立ち寄るかも、と期待して私は学校へ来たのだ。
「いなくなったら、君はさみしい?」
この街の誰よりも年上の魔法使いは、優しく、少しだけ意地悪に微笑んだ。
「ば、馬鹿! そういうことじゃないけど!」
顔がかあっと熱くなってしまうのを左手で隠す。
「そう、それなら良かった」
「お、やっぱりいたか」
背後から声がして、肩がびくっと震える。
「ユーリ」
「よう」
「なんで学校に?」
「そういうニーナも。まあ、大体考えることは一緒みたいだな」
ユーリが親指で自分の後ろを指した。
「みんな、ずいぶんお暇さんなのね」
「リリー」
リリーがいつもの調子で立っていた。
「ユーリもリリーも、片づけはどうしたの?」
「ああ、俺の家は元からごちゃごちゃだから別にいいんだよいまさら。それに師匠の手伝いも明日から、街のみんなが直してくれってたくさんもってくるだろうから、今日は身体を休めておけってさ」
「私の家は、お手伝いさんがすべて片づけてくれるから」
「そういうこと。で、ニーナも、目的は同じなんだろう?」
ユーリがそう言って、カルミナを見る。リリーもユーリの横に立ってカルミナを見ていた。
三人に見つめられて、カルミナは席を立つ。
身長も体つきも、私たちとそれほど違いはない。
私と同じ色のその黒い瞳だけが、時間の流れを感じさせていた。
「僕は街を出るべきだ」
カルミナが言う。
「でも、誰も言わないよ!」
私の言葉に、ユーリもリリーもうなずく。
カルミナの正体を知っているのは、この三人だけだ。
「僕は永遠にこのままだ。歳も取らないし、死ぬこともない。だから、魔法使いかどうか関係なく、一箇所に留まるわけにはいかない」
「そんな……」
「でも、そうだね」
彼が続ける。
「この街にはまだ秘密がありそうだ。それにまだ魔法の影響が強く残っている。昨日のようなことがまた起こらないとは限らない。なにより、昨日僕が言った通り、僕は街が浮かび上がるという事象そのものの『時』を魔法で止めたに過ぎないから、いつ魔法が解けて動き出すのか正直なところわからないんだ。当面は大丈夫なのは僕が保証するけれど、数か月か、数年か、あるいは数十年か、放っておけばまた同じことを繰り返すことは間違いない」
「え、それじゃあ……」
「もうしばらく、この街にいようと思う」
ユーリもリリーも、顔が明るくなっていくのがわかった。
「そこで一つ相談がある」
カルミナが指を立てる。丸まっていたガレットがぴょんと、カルミナの机の前に跳び乗った。
「もちろん、正体は誰にも言わない」
ユーリが胸を張って答えた。
「それは当然。そんなことをしたら僕は君たちをカエルに変えないといけないからね」
表情を変えないので、冗談なのか本気なのかわからない。
「そう、もし君たちにやる気があるなら、だけど」
もったいぶって、カルミナがゆっくりしゃべる。
「僕がいなくなったあと、この街で起こる魔法関連に対処できるようになったらどうかな。幸い君たちはそれぞれ素質があるようだから」
「それって」
「魔法の修行をしてみないかい?」
「えっ?」
思わず声をあげる。
「どうかな」
カルミナが肩をすくめる。
私は二人と顔を見合わせる。何も言わなくても、ユーリもリリーも言葉は決まっているようだった。
「もちろん!」
私が答え、
「当たり前だ」
ユーリが答え、
「こちらこそ」
リリーが答えた。
「じゃあ、決まりだね」
カルミナが軽く返す。
「ところでニーナ、さっきから気になっていたのだけどその右手のは何かしら?」
「あ、すっかり忘れていた」
リリーに言われて、右手に重さがあるのを思い出す。
バスケットを持っていたのだった。
「もしカルミナに会えたら渡そうと思っていたんだけど、人数分はあるから今食べちゃおうか」
バスケットに被せてあった白い布をめくる。
「イチゴのケーキ。自信作だよ」
中には、ホールのケーキが入っていた。生クリームでデコレーションされて、その上に赤い粒が均等に並んでいる。スポンジの中にも同じく粒がぎっしりと詰まっている。
「これがイチゴ、なのかしら?」
「初めて見た」
「僕は五十年振りに見た」
昨日のイチゴを夜にお母さんに見せると、お母さんも小さい頃に一度食べたきりだと言ってとても喜んでいた。それで二人で散らかった家の片づけもせずに、厨房でケーキを作りはじめたのだ。
イチゴは裏庭に植え直されている。
お店に出せる量は作れないだろうけれど、まだ少しは実がなりそうだった。
「どうせならうちに来ない? 紅茶も用意できるけれど」
「ほんとに!?」
リリーの提案に飛びつく。
そうだ、ケーキには紅茶がなくては始まらない。
「そうと決まれば話は早い。リリーの家に行こうぜ」
「リリーの家で秘密のお茶会をしなきゃ」
「秘密という響きが素敵ね」
「僕は真剣に言ったつもりなんだけど」
「それはそれ! これはこれ!」
苦笑いするカルミナをよそに三人は盛り上がる。
「わかったよ、でもその前に一応儀式をしておかないと」
「儀式?」
「簡単なもの。それじゃ、前に手を前に出して」
カルミナが右手を出す。
少し戸惑ったあと、私、ユーリ、リリーとその手の上に右手を置く。
最後に、器用にガレットが立ちあがって前足を置いた。
「ここで三名が魔法使いへの扉をくぐることを、先人たる魔法使いカルミナが承認します。生徒は不断の努力を、教師は不断の忍耐を、誓います」
しん、と教室が静まりかえる。
「誓います、と」
ぼそっとカルミナが私たちに言う。
『誓います』
慌てて、三人がばらばらに返した。
「我々に、祝福多からんことを」
おまじないのように、カルミナがつぶやく。ガレットが呼応するように、にゃあと鳴いた。
「これでよし、と。では行こう」
カルミナが手を下ろすのと同時に、ガレットがカルミナの肩に乗る。
「よろしく、魔法使い見習いたち」
四人はお互いに顔を合わせて、小さく笑った。
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